閑話 姫咲with雪ん子 VS 大阪代表の面をかぶった金豊山 前編
国民体育大会 バレーボール 少年女子の部 2日目
この日も1試合だけ行われる。しかし、百戦錬磨の名将 赤井 典子は今日こそが天王山だと位置付けている。
それもそのはず。相手は大阪代表。その大阪は1ヶ月前のインターハイを制した金豊山学園高校女子バレーボール部がそのまま代表として出てくる。
試合前のミーティングでは
「皆さん知っての通り、大阪代表は今大会の優勝候補筆頭です。その実力は私達の数段上でしょう」
と言った。そして……
「しかし、私達が勝てないわけではありません。勝ち筋は必ずあります。そして勝利のカギを握るのは、有村さん。あなたです」
====
「「「「「お願いしまーす」」」」」
双方の選手がお互いにエンドラインから一礼し、ネットに駆け寄る。
そこで相手選手と握手を交わし、試合開始となるのだが……
(っ!!高い!!)
それが雪子が受けた第一印象だった。
金豊山の正セッター 飛田 舞の身長は女性としては長身の176cm。その彼女が、金豊山のコート中では小さく見えてしまう。事実、コート内の6人の中では2番目に低い。ちなみに1番低いのはリベロの選手である。
――大阪代表の、金豊山学園高校の女子バレー部の特徴を一言でいうなら『大きなバレー』です――
昨日のミーティングで赤井監督はそう告げた。
これには金豊山の監督、大友重雄の意向が強く反映されている。彼は現高校女子バレーのみならず、日本女子バレー界全体を覆う流行を嫌悪している。
短く速く低いトス回しからの速攻攻撃
背が低い日本人に適した団結力と技術力で戦うバレー
なんやねんそれ。そんなんやっとって、いったい何十年日本は世界でてっぺん取れてへんのや?
それどころか最近じゃアジアですら1位になれてへんやん。
背が低いから技術で補う?
アホ抜かせ。背が低いんやったらごまかさんと背ぇ伸ばす工夫しいや。
世界基準のでっかいバレーを高校で教える。高校で一番になる。小中学生からは目指される、大学・社会人にはここからようさん送り込んででっかいバレーを標準にする。そしていずれ金豊山イズムで育った日本代表が世界を制したる。
大友監督はそんな妄想を本気で考え、実行しようとしている。
故に金豊山はまず入部の時点から(原則ではあるが)身長制限がある。
セッター志望なら172cm以上、ウイングスパイカー志望なら177cm以上、ミドルブロッカー志望なら182cm以上。本当はもう3cm増やしたいところだが、スカウトが「それでは選手を集められない」と泣きついたので3cmオマケしている。
そうして入部した大型選手を寮生活で私生活から鍛える。練習もハードだが、飯トレと称される栄養バランスを考えたうえでの大量の食事は一部の選手からは練習以上にきついと言われる。
飲み物も制限している。在学中は水、スポーツドリンク、牛乳、乳酸菌飲料、無添加野菜ジュース、100%果汁ジュース、お茶以外の飲み物は禁止している。
炭酸飲料などもってのほかや。間食?んなもんは買わせる時間も場所もやらへん。
練習時間は長いが、それでも睡眠時間はきっちり確保させている。
運動・食事・睡眠の徹底管理生活もあって、一般には中学生で身長の伸びが止まるとされる女子において、例外的に金豊山の女子バレー部は在学中にも身長が伸びる場合が多い。中には12cmも伸びたという例すらある。
元々高い身長がさらに成長で伸びることもあり、金豊山女子バレー部の平均身長はリベロを除くと驚異の184.2cm
もちろん全国1位である。
恵まれ、鍛え、作り上げた巨躯から繰り出されるパワーバレー。それこそが現女子高生バレーボール界の女王たる金豊山のバレーである。
ピーッ!!!
第1セットは金豊山からのサーブで始まる。そのサーブの1番手はセッターの飛田。
彼女のサーブは世界標準となりつつあるスパイクサーブ。その威力は『日本』女子バレー界でも屈指の威力を誇る。もはやプロの上位レベルである。
それを自覚しているが故に、初顔合わせの相手の場合、
『自分は女子バレー界屈指のビッグサーバーである』という自信と
『拾えるものなら拾ってみなさい』という傲慢さと
『まだゲームの流れが出来ていないうちに相手の守備力を測ろう』という計算から
あえて相手チームで一番のレシーブ巧者であるリベロを狙ってサーブを狙うことが多い。
対戦相手はほぼ姫咲のレギュラー陣。その中で姫咲のリベロを押しのけて出場する小学生並みの短躯の少女は初見だ。
――さて、お手並み拝見と行きましょうか。おチビちゃん――
飛田 渾身のスパイクサーブは雪子へ飛んで行った。
そのサーブを受ける雪子はその鋭さに驚いた。
さすが夏の女王。昨日の対戦相手よりずっと凄いサーブだ。玲子が練習で何十本に一本くらいの割合で出せるスーパーサーブを当たり前のように最初から出せるなんて……
それにこの回転、多分このボールはここから伸びる……じゃない!!きっと落ちる!
雪子の手前で急に落ちたサーブをレシーブ。しかし……
「すいません!ちょっと流れました!フォローを!」
思わずそう言うが、周りの反応は少し違った。
「ナイスレシーブ!」
「むしろ上がっただけでもありがとう!」
コート内では飛田だけが1人、違和感を覚えていた。
自分のサーブは同性内では強力とはいえ所詮は女子のサーブ。絶対無敵のサーブではない。故に先ほどのように(ぎりぎりとはいえ)Aパス(のようなもの)でセッターに返球されることもある。
が、彼女が違和感を覚えたのはそこではない。
自分のサーブは女子にしては速い。速いので初見では大体のレシーバーは初めて見る球速にぎょっとしてしまい、レシーブミスをすることが多々ある。なのに、あの小さいリベロは慣れた風にレシーブをして見せた。なぜ?
コート外では1人、赤井監督だけが自らの予感が確信に変わったことに、にっこりというにはいささか意地の悪い笑みを浮かべていた。
その後、雪子が上げたボールはセッターの本来の位置より少しずれたところに飛んで行ったが、Aパスの範囲。
セオリー通りセンターからブロックの隙間をついて速攻を仕掛けるも、相手レシーバーに拾われた。拾われたボールはこれまたAパスでセッターの位置へ。同時にセンターとレフトからの2名が走り込む。ファーストテンポの2枚スパイカー攻撃だ。飛田はギリギリまで悟られることなくレフトへトス。しかし姫咲のブロッカー陣も冷静でセンターの囮に引っかかることなくレフトへ2枚ブロック体制。
一連の流麗なラリーにコート内では雪子1人が感動とショックと焦りを感じた。
先ほどの相手の攻撃。セッターはギリギリまでセンターかレフトか構えからは読ませないトスで、一方でこちらのブロッカーはそんな相手にも騙されることなくレフトに2枚のブロックをつけた。
普段一緒に練習しているからわかるが、陽菜も未来もよくよく見ればトスには癖があるし、仮に松女がブロックしていれば誘惑に引っかかりレフトのブロックは1.5枚になっていたと思う。
しかもただの2枚ブロックではない。松女と違ってブロックの高さはそろっているし、リベロの視界を塞ぐような位置で飛んでいない。
ここまでお膳立てされれば……
雪子は金豊山のレフトが打ったスパイクを危なげなくレシーブする。
(敵味方ともに当たり前のようにこのラリーをしている。レベルが違う……)
雪子にとってそれは感動的なものであると同時に、レベルの高さにショックを受けた。
(もう9月末。後、1.5ヵ月後の11月中旬には春高予選なのに……)
悲観的な未来予想図は雪子を焦らせるのに十分であった。
ほぼ同時刻の同じ場所では雪子を除くコートにいる11人全員が同じ感想を持った。
今のは金豊山のエースどころかU-19のエース、つまり女子高生最強のスパイカーが打ったスパイクなのだ。
そのスパイクを何事もなかったように平然とあげるレシーブ。
11人が同時に感じた感想。それは……
(((((あの小さいリベロは何かがおかしい!!!)))))