閑話 有村 雪子
運動部に所属している子は全員明朗快活な性格をしていると思ったら大間違いである。
他でもない私がそれを体現している。
私の名前は有村 雪子。
自分で言うのも悲しくなるけど、決して明るい性格ではないし、能動的に何かをやろうという性格でもない。
バレーボールにしても小学校の頃、偶々集団登校で一緒に通学している2歳年上のお姉さんがやっていて、それに誘われる形で始めただけ。
その後、そのお姉さんが引っ越した後に辞めますとも言えず、中学校では部活が強制だったからそれまでやっていたバレーボールを選んだだけ。
だから、困るのだ。私に『運動部に所属している活発な女子高生』を期待されると。
「ねぇねぇ!雪ちゃんってさ、砂川中学にいなかった?去年の全中出場をかけた県予選の決勝であった気がするの!あ、私は六崎中学出身よ」
「知佳?どうしたの?」
「正美!この子、覚えてない?今年の6月じゃなくて去年の6月!全中の県予選で砂中にいた子!」
「あっ!あのすっごく巧いリベロの子!私の中3の時のスパイク、あそこまで取られたの、全国でもいなかったよ」
……お願いだから私のペースで喋らせてほしい。そんなに矢継ぎ早に会話なんて出来ない。しかも初対面でいきなり雪ちゃんって――
「2人とも、ちょっとは落ち着いて。有村さんが困ってるわ。ごめんなさい。この子達、いい子なんだけど、とにかく元気で……」
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国民体育大会 通称国体が始まる2週間前。
今日と来週の2回、私は顔合わせと合同練習のために姫咲高校に出向いていた。
私の出場するバレーボール 少年女子の部では都道府県毎に選出基準が異なり、インターハイ本選出場高校がそのまま出場するところもあれば、県出身者での選抜チームを作るところもある。
私の県では後者の県の出身者の選抜チームで出場することになっている。
選抜チームと言っても母体はインターハイで全国ベスト4まで勝ち残った姫咲高校の女子バレー部であり、そこから県外出身者が除外(県内出身者だけでも姫咲高校は複数チームが作れるくらいの部員がいる)され、反対に私が1人混ざるだけ。
いざ合同練習を開始すると、レベルがやはり高い。8月の下旬に玉木商業や県外の有力公立高校と合同合宿をしたけれども、あの時のメンバーより何歩か上のレベルで練習している。
優莉が全日本合宿から帰ってきた時に言った「次の行動を意識した繋ぐバレー」が私達よりずっとできている。設備もしっかりしているし、11月にはこの人たちと戦うのか……
「有村さん。ちょっといいかしら?」
休憩時間を見計らって私に声をかけてきたのは姫咲高校女子バレー部の主将 西村 沙織さんだ。
体育館に入るなり猛烈な勢いで話しかけられて困っていた私を助けてくれた人でもある。
「どう?うちの練習?」
「皆さんすごく巧いですね。6月にあそこまで善戦できたのは偶然だと思い知りました」
「そんなに謙遜しなくていいわよ。有村さんはあの試合中は凄く嫌らしかったし、今日の練習であれがまぐれじゃないって思い知ったわ」
多分私は、気を使われているのだと思う。
普段練習に混じらない私という異物を混ぜてどう国体で戦うのか、入ってきた私が馴染むためにはどうすればいいのか。そうした気遣いをさせている。申し訳ない気分だ。
「有村さんはそんなこと気にしなくていいのよ。私は名ばかり主将だからこれくらいしないと」
「名ばかり主将……ですか?」
「そう。私は3年生になって初めて高校での公式戦デビューをしたんだけど、それでも1年生と併用。でも3年生だからってチームキャプテンを任されていてね」
試合に出続けるわけじゃないからゲームキャプテンは別の人なんだけどね、と西村さんは苦笑するが、私は立派な人だと思っている。
下級生にレギュラーを取られるのは悔しいし、それでも腐らずに主将の役目を担って私みたいな部外者にも気遣いをして……
それに謙遜しているが、バレーだって巧い。西村さんはセッター。私達で同じポジションの陽菜や未来と比べて総合力ではずっと上だ。
「あっ。いたいた。お~い。雪ちゃ~ん!」
遠くから私を呼ぶのは同じ1年生の沖野さんだ。本人からは「知佳」でいいと言われているが、会って半日でそれは……
「ねぇねぇ。この後時間ある?1年生で雪ちゃんの歓迎会をしようとおもうんだけど」
「1年生だけって、なんで?」
「そりゃ上級生がいるといえないことってあるじゃない。国体の間だけだけど、チームメイトになるんだし、もっと仲良くなれないかなって」
これも私を困らせる。明日香は姫咲高校の人達を親の仇みたいに言うけど、実際にはすごくいい人たちだ。今はいいけど、春高出場をかけて戦う11月を思うとちょっと気が重い。
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そうして迎えた国民体育大会 バレーボール 少年女子の部 1回戦目当日。
ポスッ
「ユキ、ナイスレシーブ!」
飛んできたスパイクをレシーブ。ちょっと右に流れたけど、セッターに返球できた。
「知佳!レフト!」
レフトの徳本さんがボールを呼ぶ。セッターの沖野さんはそれに答えてレフトへトス
が、相手はスパイクコースを完全に塞ぐ形でブロックに飛び――
バチーン!!
完全に塞いでいたと思えたスパイクコース。けれどもほんのわずかな隙間を見つけてサイドラインぎりぎりにスパイクを叩き込んだ。
キレのあるストレートのスパイク。
徳本さんは伊達に強豪校で1年生ながらレギュラーに入っているわけではなかった。
ピーッ!
そしてそれで試合終了。私達は1回戦を勝ち抜くことが出来た。
やっぱり姫咲高校の人達は巧い。ブロック1つにしても、相手のスパイクコースを塞ぐだけじゃなくてリベロの視界を塞ぐようなこともしない。
連係も私達よりずっときれいだ。
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「いいプレイでした。あなたを去年、取りに行かなかったことを少し後悔しています」
試合終了、赤井監督からそう声をかけられた。この『少し』の意味を私は知っている。
その後、赤井監督はチーム全体を見渡し、
「まずは初戦、勝利おめでとう。よく頑張りました。2回戦目は明日です。疲れを残さないよう、ストレッチ、整理体操を欠かさずに行ってください。では解散」
と言って、自由行動へ。私は――
「雪ちゃん!私達、この後バスで成年女子の応援に行くんだけど、雪ちゃんもどう?」
願ってもない。私もそこに行きたいのだ。
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少年女子の部とは別会場で行われているバレーボール成年女子の部。試合開始時間が違っていることもあって何とか間に合った。
「でもさ、雪ちゃん。誘っておいて悪いけど、来てよかったの?私達はOGがいるから応援をするために来たんだけど?」
「私も応援したかったんです。友達のお姉さんがいますから」
「あ、そっか。雪ちゃんのチームメイトって立花先輩の妹なんだよね」
「ほら、2人とも始まるわよ」
――試合が始まった。男女問わずバレーボール成年の部では社会人チームが主体となり、私の地元の社会人チームは本来決して強くないのだが、
目の前の試合では相手を圧倒している。
「重野先輩さっすが!」
「今のは川村先輩でしょ?あんなところから速攻が使えるんだよ?千佳出来る?」
「できなーい」
圧倒している理由は社会人チームに加わった県内出身の3人。それぞれが点取屋、司令塔、守護神と異なった重要なポジションを担っている。
3つのポジションとも姫咲高校のOGが務めていて、3人ともU-23の代表選手だ。
私が注目しているのは陽菜達のお姉さん、立花 美佳さん。
バレーボールでリベロというポジションは背が低い方が有利とされている。
ボールを落とす前にレシーブをするには背が低い、つまり地面に近い方が有利で、アンダーは重心が低い方が安定するというものがある。
それでも世界的にはリベロの大型化が進んでいる。それはなぜか。その答えが目の前に示される。
相手スパイカーはブロッカーの意表をついてフェイントで攻撃。強打に備え、自陣深くに構えていた守備陣は間に合わない。少なくとも私がコートにいたらそうなる。けれども――
陽菜達のお姉さん、立花美佳さんは1歩でそこにフライングレシーブで飛びつく。長身もあって片手の手のひら1枚だけがボールの下に潜り込めた!
そのまま拾い上げ、最後にはスパイクで相手コートへボールを返した。
また1点リードを広げた。
私ではたとえどんなに頑張ってもフライングレシーブであそこまで届かない。
背丈の高い選手の方がどうしたって1歩で動ける範囲、手をのばした際に届く範囲の広さで有利だ。
――あなたを去年、取りに行かなかったことを『少し』後悔しています――
赤井監督がそういうのも仕方がない。半端な強さではなく、全国で勝ち続けるくらい強いチームには私の様な低身長ではなく高身長のリベロを見つけなくてはいけない。
いや、それも言い訳だ。
背が高いだけならまだ何となったのかもしれない。
けれども、コートの立花美佳さんは違った。
誰よりも腰を落としボールに備え、コート内では一番低く構えている。
優莉もそうだったけど、姉の美佳さんもボールへの反応速度が非常に速い。
そして何より、レシーブが巧い。
ただ、背が高いだけでなく、センスもあり、練習をして技術も身に着けている。赤井監督が、有力高校の監督が欲しいリベロとはあんなリベロなのだ……
「ひゃー。重野姐さん。相変わらず半端ないなあ」
「千鶴。うるさい。ちょっと黙って」
「なんやねん。とっつぁん、不機嫌になってもうて?あ、ひょっとして川村姐さんのプレイにびびってる?」
「はりたおすわよ」
他所からはそんな声が聞こえる。
称賛はエースやセッターに集まるかもしれないが、ボールを落とさなければ負けないバレーボールにおいて守備の要のリベロこそが勝敗を左右するポジションなのだ。
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試合はそのまま、一度も優勢を譲ることなく私達の応援している立花美佳さんのいるチームが勝った。
わかっていたけど、立花美佳さんは凄かった。圧倒された。きっとあの姿が今後のバレー界では標準となるのだろう。
終了後はそのまま宿泊施設まで戻るのだと思ったのだけど、姫咲の人達はOG達と話してから戻るのだという。
まあ私には関係ない。一足先に会場を――
「あっ。待って。君、ひょっとして有村さん?」
会場を後にしようとしたところを陽菜達のお姉さん、立花美佳さんに呼ばれた。
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「陽菜と優から聞いててさ。チームメイトのすっごい巧いリベロが国体に出るからもし会ったらよろしくってさ」
あの後、私は陽菜達のお姉さん、立花美佳さんとちょっと離れたところで2人で話すことになった。
「あの、いいんですか?私と2人で話すことになって」
「ん?ひょっとして姫咲の子達を気にしてる?大丈夫。あっちとは後でも話す機会はたくさんできるし。でも有村さんとはこれっきりかもしれないだろ?」
そんなものだろうか。
「それより、学校での優はちゃんとできてる?陽菜は心配することもないと思うんだが、優がちゃんとできるか、わからなくてさ」
そうか。確か優莉が日本に来たのは昨年の9月。本格的に日本で生活するようになったのは11月からとか前に言っていた。身内としてはうまくやっていけているのか不安なのだろう。
「優莉は大丈夫です。日本語も母国語じゃないかと思えるくらい堪能で周りに溶け込んでますし、学業も常にトップ10に入っているくらい優秀です」
「本当?いや~よかった。あ、でも私の前だからってヨイショしなくてもいいよ。本当のところはどうなの?」
「特に良く言っているわけではありません。日本の常識もよく知ってますし……
あっ。でも時々デリカシーに欠ける発言で周りをびっくりさせます。あそこまで日本の風習や文化に馴染んでいるのにそれだけが不思議で……
有体に言ってしまうと男の子みたいな言動が見られます」
男の子みたい、というのはやはり失礼だったのだろうか?美佳さんは露骨にがっくりした表情になった。
「そうか……。ありがとう。今度家に戻ったら女子教育をもう一度叩き込むよ。他には?」
「……優莉の母国での習慣が原因だと思うんですけど、ファッションにも疎いですね。あれだけ素材がいいのにもったいないです。
服装も無頓着です。前に陽菜から写真を見せてもらったんですが、お姉さん達が優莉に着させたような衣類が優莉には似合うと思うんですけど……」
「衣類に関してはあれでもかなりマシになった方なんだけど、やっぱりね。ちなみに私達が着させたって奴はひょっとして8月に着させた奴?」
「か、どうかはわからないんですが――」
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「だいたいわかった。優の奴は今度会ったら教育しておくよ。で、有村さん。今度は君のことを聞きたいんだけど、ぶっちゃけ今バレーで困ってるだろ?」
私が学校での優莉の様子を一通り話すと、美佳さんからこんなことを言われた。
「……どうしてそう思うんですか?」
「う~ん。勘。なんとなくだけど今の有村さんは高校1年の頃の私と雰囲気が似てるからそうかな~って気がした」
どうしよう。言ってしまうか、言わないか。でも相手とは初対面だ。いきなり重い話をするのも気が引ける
「困っているというか、迷っています。」
なぜか言葉は私の考えより先に出た。
「迷ってるって何に?」
「松原女子高校のみんなと違って私だけ伸びしろがないって……」
「そりゃそうだろ。妹から聞いてるけど、君達のチームは君ともう1人以外は素人だったり、ブランクがあったりなんだろ?
それだと最初はちょっと何かが出来るようになるだけですごく巧くなったように見えるさ。
気にしなくてもすぐにその伸びは止まるさ。それに君に伸びしろがない?そんなわけないだろ?レシーブ1つ取ったって、有村さんは自分が世界で1番レシーブが巧いって思ってるの?」
私は首を横に振る。
「だろ?だったらそれは伸びしろだ。そしてその伸びしろ分成長するには練習するしかない。
優がそうであるようにスパイクみたいのはある程度身体能力がものを言うけど、レシーブは違う。
人によって多少成長速度は違うかもしれないけど、練習をしなかったら絶対に巧くなれない」
「でも最後の最後は身体能力がものを言いますよね。私は体が小さいですし……」
「う~ん。有村さん。君はどこまでバレーをやりたい?プロになってオリンピックに出たり、それで生活が出来るところまで上り詰めたい?だったら悪いことは言わない。
今すぐバレーの強豪校に転校した方がいい」
「そこまでは考えたことはありません」
「そうだね。私も本当につい最近まで将来のことなんて考えてなかったし。今、目の前のことだけを考えてたよ。
有村さんもそうしてみれば?高校生レベルだったら有村さんは十分に巧いんじゃないの?現にこうして県で一番巧い女子高生リベロとしてここにいるんだし」
「でも所詮は高校生レベルです。将来につながるものではありません」
「だよね。だったらどうしてバレーをやってるの?」
「……」
どうしてだろう。惰性?雰囲気?誰かに誘われたから?
「なんとなくで続けているなら辞めちゃえば?これも妹からの又聞きだけど、毎日結構な練習してるんだろ?時間的にも内容的にもハードだ。
毎日クタクタになるまで練習して、しかも有村さん達の高校は私の通っていた姫咲と違ってちゃんとテストでいい点を取らないと留年だってするんだろ?
勉強だって姫咲なんかと比べるとずっと高度な内容だ。部活なんてやってなければその分勉強が出来てもっと余裕のある高校生活が出来るかもしれない。
遊べるよ?部活動をやっている時間でバイトをしてみるのは?欲しい物だってたくさんあるでしょ?家でのんびりするのだっていい」
……
「そうかもしれません。けれども、上手く言えませんが何かが違うと思います」
私がそういうと美佳さんはにっこり笑った。
「だろうね。私もそう思うから。断言しよう。有村さんはバレーが好きなんだよ。多分今自分が思っている以上にね」
……そうなんだろうか?よくわからない。
「今、わからなければ、いつかわかるその日に後悔しないよう、一生懸命練習した方がいい。
本格的にバレーが楽しくなるのはバレーを支配できるくらい巧くなってからだから。
あと、これも言っておこう。
有村さんは自己評価が異常なくらい低いけど、普通に巧いよ。もっと自信を持った方がいい。今君がここに選ばれてるその凄さに誇りを持っていい」
よくわからない。よくわからないけど、わかったことが1つだけ。
「あの、美佳さんは優莉のことを聞きたかったんじゃなくて私にそれを伝えたくて話しかけたんですよね」
「さて?どうだろうね?」
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視点変更
立花 優莉 視点
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目の前で体育祭最後の種目、3年生の棒倒しの決勝が終わった。
見知った人によく似た女性が最後まで守り切った自陣の棒の上によじ登り勝利の雄叫びをあげている。
きっとあれは別人。バレー部の先輩なんかじゃない。
ブルッ!!
?
ジャージに忍ばせたスマホが揺れた。なんだろう?
見るとSNSアプリに更新があったようだ。
ちょっと見てみると――
『友達になりました』
そんなメッセージと共にユキと美佳ねえのツーショット写真が送られてきた。
いや、何があったんだよ!
補足
リアルの大阪は本作とは違い、選抜チームを派遣します。あくまでお話の中でのものとお考え下さい。
大坂代表との試合もいれようと思いましたが、尺の都合で次話へ。
次話予告「姫咲&雪子 連合チーム VS 大阪代表」




