006 最高到達点
立花陽菜・優莉がバレーボール部入部を決めたその夜の某SNSより
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『で、二人ともバレーボール部に入部することにしたんだ?』
『ま、流れでね』
『美佳ねえ。質問。ド素人2名含む私達がIHや春高で優勝することは可能だと思いますか?』
『悪いけど、現実的に考えればその可能性は限りなくゼロに近い』
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バレー部入部を決めた日の翌日。昨日までの試運転も終わり、今日からきっちり1日5限目まで授業が入る。といっても最初の1週間は先生の自己紹介と授業の進め方なんかで終わったりするから割とぬるい。
前に2ヶ月だけ男子高校生をやった時はGWまではローギアでアクセルを踏み、GW明けと共にいきなり高速ギアに切り替わり、アクセルもベタ踏みに変わった。
そんなわけでぬるい授業が終わり放課後。松原女子高校の部活は入学4日目の今日から始まる。ちなみに名目上は最初の一か月、4月いっぱいは仮入部期間とされている。また、部活動も必須ではない。なので半分以上の生徒はそもそも部活動はしない。が、俺達は着替えて体育館へ向かう。……いや、本当にどうしてこいつら普通に教室で着替えられるんだろ?
「「「「「お願いしまーす!」」」」」
俺は陽菜と都平さん、さらに村井さんに有村さんまで合流し体育館に入る。不思議と運動部って部室や体育館、グランドや球場に入るたびに「失礼します!」とか「よろしくお願いします!」ってあいさつするよな。
「お、来たか」
そんなにのんびりときたつもりはなかったが、すでに顧問と思しき若く背の高い女性(昨日の若い体育教師だ)と、サックスカラーのジャージを纏った生徒が3人いた。おそらくジャージの3人が3年生のバレー部員なんだろう。
俺達1年はあらかじめまとまって5人揃ってここに来ている。
「んん。先生から聞いたよ。君たち5人が仮入部届じゃなくて、ちゃんとした入部届を出したって。ようこそ。松女バレー部へ。これからよろしくね」
ジャージを纏った生徒の一人が俺達を歓迎する言葉を述べた。きっと主将なのだろう。
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『美佳ねえ。その限りなくゼロに近い可能性をあげるにはどうすればいい?』
『そうだね。正攻法でいくなら今からあげる3つを徹底的に鍛え上げる。1つは基礎体力。陽菜たちのチームは1年生が8人中5人もいるんでしょ。だったらまずは基礎体力。男子ほどじゃないにしろ、女子も中学生と高校生とじゃ基礎体力が違う。さらに言えば新1年生は運動をしなかったであろう受験期間を挟んでいるからね』
『ま、王道だね。2つめは?』
『2つめはアンダーハンドレシーブ。バレーボールってのは自陣のコートにボールを落とさなきゃ絶対に負けないんだ。だからレシーブの基本、アンダーハンドレシーブを磨く』
『これも王道だね。3つめは?』
『サーブ。サーブはバレーで唯一練習の成果を100%発揮できるプレイなんだ。だから一番練習しがいがある』
『どうして【唯一練習の成果を100%発揮できるプレイ】なの?』
『サーブ以降のプレイを想像してご覧。普通に考えるなら来たサーブをアンダーハンドレシーブして、セッターに返す。セッターは来たボールをトスしてスパイカーがアタックする。ここで重要なのが、サーブで飛んでくるボールを100%再現することは出来ないという点だよ。
大抵の試合は初めて会う人が初めて打つサーブを受けるところから始まる。そんなものは再現できない。再現できないサーブレシーブから始まるトス、アタックも再現性は100%とは言えない。サーブだけなんだ。唯一、他者からの妨害がなくて練習の力を100%発揮できるのは』
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「1年6組 砂川中学出身 有村 雪子。志望ポジションはリベロです」
一年から順々に自己紹介し、最後の有村さんでこっちはおしまい。ということで……
「それじゃ今度はこっちの番だね。私がこの部の主将で3年生の板垣 恵理子。ポジションはウイングスパイカーだよ」
「同じく3年生の萩野 美穂。ポジションはセッター」
「最後は私ね。岡崎 唯。ポジションはミドルブロッカー」
「そして私が顧問の佐伯 加奈子だ。ちなみに6年前にこの松原女子高校を卒業し、当時やっていた部活もバレーボールだったから高校だけでなく、部活でもOGだな」
「6年前ってあのIHに出場した最後の年ですか?」
「よく知ってるな。そうだ。私はあの時、エースではなかったが、レギュラーとしてIHに出場したよ。私の目標はずばり、バレー部の再興だ。練習は厳しいものになるぞ!」
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『基礎体力、レシーブ、サーブ。この3つを鍛えれば私達でも勝てるようになると?』
『うんや。まともにこの3つを鍛えても0%が0.1%になるくらいでまず勝てない。なぜなら二人が勝とうとしている強豪校も同じようにこの3つを鍛えているからね』
『じゃあどうすればいいのさ?』
『決まっている。古来より弱者が勝つための方法は2つ。ルールを変えるか、常識を変えるか、さ。そしてルールは私達じゃ変えられない。だから常識を変える』
『どういうこと?』
『その前に確認なんだけど、バレーボールは点を取って勝つ球技、っていうのはわかるよね?』
『そんなのほぼすべての球技がそうじゃん』
『いいや。中には点を取らなくても勝てるスポーツもある。例えばサッカー。これは最後まで失点を0に抑えればリーグ戦なら勝ち点がもらえる。トーナメント戦なら運要素の強いPK戦に持ち込める。サッカーは点の入りにくい競技だ。だからガチガチに守りを固めるのも一つの正しい戦術だ。でもバレーボールは違う、いくら失点を0にしても得点が0なら意味がない。失点なんて10点だろうが20点だろうがしてもいい。先に25点取った方の勝ちなんだ』
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顧問の佐伯先生は俺達の身体能力を見たいらしい。ついては最高到達点を測るから飛んでみろ、と。なお、先に三年生が手本として飛ぶらしい。
……佐伯先生は人が悪い性格のようだ。俺の身体能力がぶっ壊れて飛びぬけているのは知っているであろうに
わざわざ
「未経験者の二人は経験者の後で飛ぶように」
などと言いおった。これあれですよね?最後に度肝を抜けっていう振りですよね?
ちなみに最高到達点とは助走をつけて飛び、指先が地上何cmのところまで届いたかを測定するものだ。
ネットの高さは高校生女子なら2m20cm。
必ずしも最高到達点の高さでスパイクやブロックができるわけではないが、少なくとも240cmはないと高校女子バレーではやっていけない。
280cmも飛べればだいたいの高校でエースが名乗れる。
300cm飛べば全国レベルのエースアタッカーorブロッカーだ。
ちなみに先輩たちの身長と最高到達点は
・板垣先輩 身長 165.4cm 最高到達点 258cm
・岡崎先輩 身長 170.9cm 最高到達点 271cm
・萩野先輩 身長 160.0cm 最高到達点 251cm
確か女子高生の平均身長が160cm未満であること考えると全員が平均身長以上か。
……平均並みに育ったと思った俺だが、ここでは依然チビ扱いのようだ。
「よーし。3年の手本はここまでだ。次、1年の経験者飛んでみろ」
1年の1番目は有村さんが飛ぶ。
・有村さん 身長 143.4cm 最高到達点 248cm
意外なくらい飛んだ。これ身長がもうちょっとあればリベロ以外もできるのではないか。
「その仮定は無意味。技術は練習で身につくけど、身長は努力ではどうしようもない」
有村さんその可能性をばっさり切り捨てた。ひょっとしたら彼女は彼女で身長で悩んでいるのかもしれない。
1年の2番目はやたら威勢のいい都平さん。やる前からうるさかったが、いざ測る時は真剣になった。おまけに飛ぶときのフォームがすごくきれいだ。
・都平さん 身長 168.7cm 最高到達点 284cm
ジャンプ力が凄い。170cm未満で280cm以上まで飛ぶなんて!だが、注目はそこじゃない!
「都平さんって左利きだったんですね」
「うん。鉛筆とかお箸は子供の頃に矯正されちゃって右手で持つけど、利き手は左」
サウスポーのスパイカーはすごい。ジャンプ力も問題なし。フォームもよかったから、これすごいウイングスパイカーだな。
「都平さんは284cmか。よ~し」
次は陽菜。こいつ、実は負けず嫌いだからなぁ。
・陽菜 身長 173.8cm 最高到達点 286cm
「「負けたぁああああ」」
なぜか負けたと叫ぶ陽菜と都平さん。
「なんで立花のお姉さん……あぁ!もうめんどい!なんで陽菜さんが負けたことになるのさ!」
「陽菜、でいいよ。立花だと優ちゃんとごっちゃになるし、私も今からそっちを明日香って呼ぶから。で、私の方が5cmも背が高いんだよ?だったら最高到達点も5cm勝たないと。なのに2cmしか差がない。
ほら、私の負けじゃん」
「身長含めての最高到達点だよ。それに陽菜はセッター志望でしょ。ジャンプ力要らないじゃん。私、ウイングスパイカーだよ?スパイク打つのに打点がセッター以下ってダメダメじゃん」
「ローテーションでどんどんポジション変わるんだから、スパイク打たないセッターなんていないって。明日香のバレーはローテーションがない小学生のバレーで止まってるの?それに――」
知らない人から見ればあれが昨日までバレー部に入る入らないでもめていた二人とは思わないだろう。二人はいいコンビになりそうだ。
ちなみに3年生の先輩たちは唖然としている。
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『25点取った方が勝ちってさっきのレシーブが大事と矛盾してない?防御より攻撃の方が大事ってことでしょ?』
『矛盾してない。いいスパイクを打つためにはいいトスが必要。いいトスをあげるためにはいいレシーブが必要。全部つながってるんだ。そしてここが重要なんだけど、いいスパイクを打っても女子バレーの世界だと決定率は5割程度なんだよ』
『5割ってことはいいスパイクを打っても半分は止められるってこと?』
『そう。ブロックやレシーブに阻まれて止められる。けど、男子はこうはならない。これも理由があってね。プロの世界の男子ではスパイクで飛んでくるボールは時速150キロ。女子は130キロ。これは筋力に違いがあるから速度に違いが出るのは仕方ない。でも男女で反射神経まではそう変わらないだろ?だから速いボールが飛んでくる男子では決定率が違う。戦術も違うね。男子に比べて女子の試合ではラリーが多い。これはスパイクが決め手にならないから。クイックやバックアタックを駆使して何とか1点をもぎ取るのが女子のバレー。そんな小細工をしないでスーパーエースの力技で1点を勝ち取るのが男子のバレー。
そもそも男子と女子じゃ力だけでなく、高さも違うよ。女子の世界なら3mの高さに手が届けば世界レベルだけど、男子だと3mじゃ高校生でも県大会で敗退するレベルだよ』
『まあ。TVで世界大会とかでバレーを見てもそうなんだろうけど』
『ここまでが常識の話。さて優。私は優がどれだけ運動能力が高いか知っている。ちなみに女子のバレーボール選手で最高到達点が340cmを超えた選手はいない。もし仮に、優が350cmまで飛ぶことができたら?その高さからスパイクを打つことができたら?』
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俺は最後に飛べと言う指示をもらったので、先に村井さんが飛ぶことになった。バレー初心者が見よう見まねで飛んでみました、って感じでフォームがめちゃくちゃ。
・村井さん 身長 176.5cm 最高到達点 281cm
あのめちゃくちゃなフォームでこの数字って、ちゃんとしたフォームを覚えればこれは実はとんでもないことになるんじゃ
「最後は立花 優莉だ。スポーツテストの時のように思いっきりやらかしてくれ」
ご指名とあればやらかさないわけにはいくまい。
俺は今の俺が出来る全力で飛ぶ――
「……え?嘘、でしょ?」
「今、あの子、バスケットのゴールリングより高く飛んだよね?」
「それよりもジャンプしたとき、もしかしたら私の背丈より飛んでるんじゃ……」
3年生の先輩方が唖然呆然としている。
・立花 優莉 身長 156.1cm 最高到達点 348cm
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『女子バレーはラリーのバレー。そこにもし、ブロックの上から、人が反応できないくらいの高速スパイクが打てたらどうなる?ラリーになんかならない。もうわかっただろ?優や陽菜達が採るべき戦法が』
『常識をぶっ壊して、力ずくで25点もぎ取るバレーをするんだ』
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