050 体育祭 本番
「じゃ、じゃあ400mと1マイルは優莉が出るって言うことで」
「は~い。頑張ります」
……あれ?なんかクラスの雰囲気が微妙……
司会進行の佳代も歯切れ悪くこっちをちらちら見ながら黒板の400m、1マイルと書かれた下に俺の名前を書いていく。
???
なんか周りの様子が変。こんな時は陽菜に聞いて―――
「立花 優莉。お前は本当にいいのか?嫌だったら嫌って言っていいんだぞ?」
なんか知らんが榊原先生(ホームルームだからそりゃ教室にいるさ)から妙なことを聞かれた。
「へ?別に嫌じゃありませんし、そもそも私、多分学校で一番足が速いですよ。だから走力の必要な種目に出るのは当然だと思うんですけど?」
なお、学校で一番足が速いは我ながら過小評価もいいところだ。頭に女子ってつけていいなら日本で一番足が速い自信がある。
男も含めるとさすがに1位はなれんだろうし、同じ女子でも世界で1位というのも多分厳しいだろう。だが、日本の、しかも普通科の女子高生相手とのかけっこなら余裕で勝てる……いや玲子だけ油断すると負けそうだが、それでも俺が400m走と1マイル走に立候補するのはおかしくないと思うんだが?
「足が速いからと無理に出る必要はないんだぞ?」
???
なぜか優しい口調で俺を諭す榊原先生。でも俺、嫌じゃないんだけど?
会話がかみ合わない。なんでだ?
ここまでの女子高生活でこんなことはたまにあった。きっと女特有の何かがあるのだろう。こんな時は陽えもんの出番だ。
「陽ねえ。なんか私変なことした?」
「う~ん。優ちゃんにはわからないかもしれないけど、こういう時の女の子って足の速い遅い関係なく長い距離を走りたくないものなの。なのに優ちゃん、よりにもよって距離の長い種目を2種目も自分から立候補しちゃうからみんな申し訳なさと驚きで戸惑っていて、榊原先生は優ちゃんがいじめられてるんじゃないかって心配してるの」
「なんで長い距離を走りたくないの?運動部ならみんなもっと長い距離を普段から走ってるじゃん」
「そんな疑問が出る時点で優ちゃんには『わからない』んだよ」
そうなのか??よくわからん。あ~でも何年も前の中学時代の運動会を思い出すと確かに男子はすぐに決まったのに女子はなかなか決まらなかったことがあったな。
あの時は最後まで話し合いで決着がつかずくじ引きになり、それで決まった帰宅部の女子が泣きだして、結局振出しに戻って運動部の女子が出たということがあったな。
女ってめんどくせえ。
つーか、他のクラスってどうなってんだ?
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「揉めたというより、荒れたってレベルでなかなか決まんなかったよ」
その日の放課後。他のクラスの選手決めの様子を聞くと未来が開口一番、そう吐き捨てた。
「ったく。やっぱり1マイルは優莉と玲子が出るんじゃねえかよ。だったらどのみち誰出しても勝てねえんだから他にアタシを出させろっつうんだよ」
4組の連中(ユキ・未来・歌織がいる)が部活に遅れてきた。理由は体育祭の選手が中々決まらなかったことだそうだ。
1組(玲子・愛菜がいる)も時間通りに終わったがやはり1マイル走でもめたそうだ
4組は未来が1マイル走に出るそうだ。俺と玲子以外なら互角以上の走力を持つと豪語する彼女からすれば、自分は別の種目にエントリーしてそちらで点を稼いだ方が結果としてクラスのためになる、という主張をしたが受け入れられなかったらしい。
「で、4組は未来が100mと1マイル。歌織が200mとスウェーデンリレー。ユキは?」
「優莉忘れたの?国体は今月末だよ?」
「あ、そうか」
国体の時期を忘れてた。なるほど。ユキは国体に出るから体育祭は欠席か。
「そうだ。明日香。みんな揃ったから聞くけど、体育祭の部活動対抗リレーはどうするの?」
「もちろん出るよ」
体育祭にはもう1つ、部活動対抗リレー(100m×4R)が存在する。
運動部と文化部に分かれて行われるそれは体育祭で唯一学年混在で行われる種目だ。
これこそ勝っても負けても何にもならないが、その昔はこれで運動部の優劣がついたとかどうとか。
「出るのは予想がついてたけど、誰が走るの?」
「まず、優莉ちゃん確定。玲ちゃんも確定でいいよね。あと2人は――」
「順当にいって私?」
「私でしょ?」
「そりゃアタシも確定だろ?」
「私かな?」
……
自らが走るにふさわしいと主張する陽菜・明日香・未来・歌織。
「あれ?愛菜は?」
「私も平均以上って自信はあるけど、明日香たちにはちょっと勝てないかな?」
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そんなこんなあった体育祭当日。
『1年生クラス選抜対抗リレーは1位、5組。2位4組。3位、2組――』
『以上を持ちまして、午前の競技は終了です。各クラス、所定の場所で昼食を――』
校庭にアナウンスが響き渡る。やっぱリレーは体育祭の花形種目。盛り上がるなあ。
俺が1マイル走で世界新記録クラスの力走をしたんだがその時はさっぱりだった。
対してこのリレー。応援含めて大盛り上がりだ。声援の大きさがまるで違う。
「種目というより経過が大事なんじゃないかな?1マイル走は優ちゃんがぶっちぎって勝ったから盛り上がりがね……
優ちゃんが悪いわけじゃないんだけど、リレーみたいに手に汗握る展開の方が応援のし甲斐があるし」
「……」
……どうやら俺が悪かったらしい。
ちなみにさっきの……は俺の左隣でむすっーーとした顔のままの明日香のものだ。原因は2時間ほど前に行われた100m走で未来に負けたからである。
言っちゃなんだが、たかが100m走で負けたからと言って2時間も不機嫌になれるのは凄い。
と、ツッコミを入れようものなら
「たかが小テストの勝敗で1日中機嫌がよくなったり悪くなったりする陽菜や優ちゃんには言われたくない」
と返されるので黙っておく。俺は学習するのだ。
この体育祭だが事前練習だとかがなかったが、チアリーディング部の学ラン応援団(学ランはチアリーディング部が何年か前に部費で買ったらしい)が出て来たりで、ちゃんと「お祭り」感はある。
あと、面白いのはハチマキな。
ハチマキなんぞ頭に普通に巻くしか考えなかったが、いやはや女子高生の想像力たるや凄いものだ。
普通に巻く者、リボン風にアレンジする者、頭でなく髪に巻き付け編み込む者……
男の俺には想像もできない世界だ。
かく言う俺も陽菜の手によってハチマキは髪に編み込まれる形で身に着けていた。
だが、そんな雰囲気の体育祭で――
「私達2組はなんていうかいぶし銀?」
「まあね……」
派手さがないのが我らが2組。
うちのクラス、運動が出来るって言えるのは俺と陽菜と明日香くらいだからなあ。後は運痴とまではいわないけど普通と言ったところ。
ガチ系運動部でバリバリやってます、っていうのも俺達3人を除けばいない。さっきのリレーも大差で負けるわけでもなく、さりとて優勝争いできるわけでもなく、転倒したわけでもなくなんというか普通。
が、反面極端にダメなわけでもなくさっきのリレーでも手堅く3位だったりしてる。
「優莉達を基準にしないでよ。私達は普通の女子高生なんだから」
苦笑しながら答えたのはさっきまでリレーに出ていた佳代。
「それより優莉達、着替えなくていいの?午後は部活動対抗リレーからでしょ?」
「お昼を食べたら着替えるつもり。バレー部のユニフォームなら着替えに時間もかからないし」
部活動対抗リレーは学校指定の体育着ではなく、各部活のユニフォームで行われる。正確にはユニフォームで走ってもいい、なのだがどの部活もユニフォームで走る。
奇怪なのは剣道部はフル武装で走るし、華道部はわざわざ着物で走る。ひょっとして負けた時の言い訳対策か?
しかも着替えるのにも時間がかかるのでお昼休みを利用して着替えていいことになっている。
むすっーー
アカン。今度は俺の右隣の陽菜がほほを膨らませてやがった。
「陽ねえ。仕方ないよ。陽ねえは明日香に負けた。だから出られないの」
「3回勝負で2回は私の方が速かったけどね」
「いや、最初からベストタイムで競うってルールだったじゃん!」
遡ること2週間前の土曜日。練習後に誰がリレーに出るのかタイムトライアル方式で選定することになった。
一発勝負という案もあったが、協議の結果、前述通り3回走ってベストタイムが速い順に上位4人を選出することになった。
ちなみに俺は10秒45でトップ。2位が玲子で12秒23。3位が未来で12秒88。
残る1枠を陽菜、明日香、歌織の3人で争う形になり、これを13秒60というタイムをたたき出して勝ち取ったのが明日香だ。
陽菜は3回全部を13秒台という安定感を見せたが、ベストタイムは13秒72とわずかに届かなかった。
歌織も13秒台の記録を出したが、それでも陽菜や明日香には及ばなかった。
ちなみに一般的な女子高生の100m走平均タイムは17秒半ばほど。なので惜しくもメンバー入りは出来なかったが陽菜も歌織も十分に速い。
ぶっちゃけ(どこから聞きつけたのか知らないけど)陸上部顧問の田島先生から
「俺と一緒に陸上をやろう」
と勧誘が来るレベルなのだ。
けどそんな理屈では陽菜は納得しないし……
仕方ない。俺が慰めるか。
第一、俺に言わせれば陽菜は負けて当然なのだ。陽菜は発育がいいので物理的に重い。俺と比べると10キロ以上体重があるのだからその分、動くには俺以上にエネルギーを必要とする。
しかし、ここは学習する俺。重いまたは大きいという単語を使うと間違いなく折檻なので単語は選ぶ。
「陽ねえ。仕方ないよ。陽ねえはバレー部で一番スタイルが良いんだし」
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「ん?なんで優莉はそんなぼさぼさ頭なんだ?」
「ここに来る前に陽ねえにやられた」
「優ちゃんが陽菜に『スタイルが良い』なんていうから……」
「マジか。相変わらず学習能力ねえな」
え?俺が悪いの?なんで?俺褒めただけじゃん!
それなのに陽菜ときたら「それは嫌味なのかな?」とか言って人の髪をわしゃわしゃにしやがった。着替えるのはすぐだけど、髪は長いから整えるのに時間がかかるというのに……
「優莉。そこは身体的特徴を持ち出さずに『調子が悪かったんだよね』とか『陽ねえの分も頑張るから』とかでよかったんだよ」
釈然としない気持ちでいると玲子から模範解答が提示された。
おぅふ……
そうだったんですか。
女になって1年超が経つが未だに女心というのはわからんなあ。
陽菜に頭をわしゃわしゃにされてからおよそ1時間後。
昼食も取り、学校指定の体育着ではなく、バレー部のユニフォームに着替えて俺達は玲子達と合流した。
余談だが、未来だけはバレー部のユニフォームではなくバスケ部のユニフォームである。そのため、チーム名も正式には「バレー・バスケ合同チーム」という名称になっている。
「話は変わるけど、リレーは真面目にやるでいいんだよね?」
このリレー、他の競技と違い、クラス毎、学年毎に採点しているわけではない。完全なデモンストレーションだ。
故にネタというかリレーという競技そのものではなく別のところに意味を出しているところもある。
その最たるものが演劇部だろう。もはや仮装リレーだ。
着付けとか、化粧とか考えるとどんだけ時間がかかるんだよ!その恰好!
お昼休みを挟む午後一の競技に部活動対抗リレーがあるのは間違いなくこいつらのせいだろう。
「どんなに頑張ってもネタじゃあいつらには勝てん。アタシらは正統派で目立つ。陸上部のメンツも考えず、ぶっちぎりで勝つ」
「でもさ、それもう勝利確定してない?優ちゃんと玲子は多分学校で1番と2番目に100m走が速くて、未来も私もかなりの上位だよ?」
「特に工夫せずとも順当に走れば勝てそうだが?」
だよなあ。未来が鼓舞しようとしているが客観的に考えて俺達4人は全員が速い。普通にやって普通に勝てる。
「なので、ここで目標を1位ではなく別物に定める。おい。ニンジャ。午前中の400m、タイムはいくつだった?」
「?たしか46秒83だったかな?」
「……相変わらず人間離れしてんなあ。よし。お前ら目標タイムが出来たぞ!アタシら4人でニンジャのタイムを抜くぞ!」
「えぇ!!」
「未来。さすがに無理だぞ?端数を切り捨てても100mの持ちタイムは優莉が10秒、未来と私が12秒、明日香が13秒だ。合計するとこれだけで47秒に――」
「やかましい!4人がかりで優莉が1人で走る400mよりも遅いなんて情けねえだろが!優莉がいなくても速いって証明すんだよ!」
いや、俺もリレーに参加するんだけど……などとは言わない。
未来は扇動者の才能があるのだろう。明日香と玲子がやる気になっている。
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『続きまして運動部による部活動対抗リレーです。第1レーン、ソフトボール部。第2レーン、サッカー部、第3―――』
未来からの檄を受けてやる気になった明日香と玲子。元々やる気満々の未来。そうなると俺だけが足を引っ張るわけにもいくまい。
目の色を変えた俺達を見た陸上部が顔色を悪くしているがきっと気のせいだろう。
『位置について。よーい!』
パン!
乾いた電子ピストルの音が響く!俺達の第1走は玲子。長身とそれに見合う長い手足を活かしたストライド走法でぐんぐん他の走者を引き離す!
最近思うんだが、玲子は同じ体操でも頭に新がつく新体操をやるべきだったんだよ。
玲子の長い手足は新体操なら演技が大きく見えるからきっと評価されたはずだ。
愛菜に言わせると日本人の弱点となっている手足の短さを克服しているからアーティスティックスイミングをやらせてもいいらしい。
そんな玲子はもちろん1番に第2走者へバトンを渡した。リレーもスムーズだ!
「頼んだぞ!未来!」
玲子が叫ぶ!
その声を受けた未来は玲子とは違い、1歩の距離ではなく素早い脚の回転で走るピッチ走法でさらに後続を突き放す。
未来は現バレー部の中では小柄な方ではあるが、それを感じさせない力強い走り!
当然の如く1番に第3走者へバトンを渡す未来。
「明日香てめえ!お前が一番遅いんだ!足引っ張ったらぶっ飛ばすぞ!」
明日香にバトンを渡した直後に吠える未来。
んなのは走りを見てから言えと言わんばかりの疾走を見せる明日香。
……どことは言わんがめっちゃ揺れてるなあ。もげてしまえばいいのに。
もはや後続を何mも後ろに引き離し俺にバトンを繋ぐ明日香。
「優莉ちゃん!あとはよろしく!」
その声は確かに背中越しに聞こえた。ここまで頑張ってもらって俺が奮起しないわけにはいかない。
ぬおおおおぉぉおおお!
2位以下を10秒以上引き離しての圧勝でゴール!
だが、それは重要じゃない。タイムは――――
44秒76
「っしゃあ!」
「優莉。えらく男前な喜び方だな」
「なんにせよニンジャ!よくやった!」
「やればできるんだね!」
歓喜にわく俺達リレーメンバー。
その近くでぼそりと陸上部顧問の田島先生が言った。
「44秒台って高校記録……しかもこのグラウンド、あの運動靴で???」
その後も体育祭は進行し、「優莉がいるから2組の1強!」なんて周囲から言われていた綱引きはあっさりと敗北した。
後で考えて思ったんだが俺の場合、力はあっても体重がないから綱引きはあんまし強くないのだろう。
2年生の騎馬戦は迫力があった。
これ、本当に女子高生の騎馬戦なんですよね?
怒声と罵声がすごいんですけど
3年の棒倒しは……
見なかったことにしよう。
俺の中ではエリ先輩達3年生の先輩はしっかり者でお淑やかで優しい女性らしい先輩なのだ。
間違っても近づくものをタックルで悉くつぶしたり、棒に群がる同級生を投げ飛ばしたり、棒倒しの棒のてっぺんで勝利の雄叫びをあげるような人ではない。
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後日
「村井!立花!都平!前島!お前達、俺と一緒に陸上やろう!な?兼部でいい!お前達なら高校記録、いや日本記録だって塗り替えられる!世界記録だって夢じゃないぞ!」
体育祭からもう1週間くらい経っているが、未だに田島先生は俺達の勧誘にいそしんでいる。
さて、どうしたものやら……
ちなみに優莉の400m 46秒83 はこのお話を作っている時点では女子世界記録です