048 第二次夏合宿 3日目以降
かつてないほど難産しました……
====
玉木商業高校 女子バレー部 監督
熊田 大吾 視点
====
この合宿は平たく言えば俺達の意地みてえなもんから始まった。
バレーボールに限らず、学生スポーツってのはルール上は特に練習時間に制限なんてもんはねえ。
私立高校に至っては本来本業であるべき授業の時間を削ってでも練習にあてたり、そもそもろくな授業もせずに高校3年間を過ごさせることもある。
そりゃ一部のトップアスリートを育てるって意味ならそっちの方がいいのかもしれない。
だが、アスリートの世界で食っていける奴なんてほんの一握りの一握りだ。大半の連中はその後、アスリートとは無縁の世界で生きていくことになる。学生スポーツが無駄なんて決して言わない。が、それが全部ではないと俺は、俺達は言いたい。
そんな中、俺と同じ考えを持った公立高校のバレー部の顧問と話し合ってこの合同合宿を立ち上げた。いつか、俺達の育てた生徒達が全国の舞台で勝ってくれるように……
そのために、この合宿は生徒の教育面も考え、夜間はあえて俺達が監視しない時間帯を設けている。
お題目は
「自主性を伸ばせるように」
言葉にするのは簡単だ。が、これは俺達が生徒を信頼し、生徒もちゃんとしてなきゃいけない。
何かあったら責任をとるのは俺達だ。
最初の頃はビクビクしたもんだ。なんせ歩いて5分としないところに大型スーパーがある。コンビニもある。
俺達が見てないからと酒やたばこを買うんじゃないかとこっそり見張りを立てたりもしたもんだ。
が、全部杞憂に終わった。今じゃ見張りなんて立てない。
最近じゃあ上級生たちがしっかり下級生を指導しつつ、夜間の合宿を楽しんでいるらしい。
消灯時間もクッソ真面目なことに守っているとのことだ。
生徒には「夜に監視に行くかもしれんぞ」なんて脅してたりするが、バカぬかせ。
俺が夜中にお前らが寝ているところに忍び込んだら俺が逮捕されるっつうの。
で、俺達も夜間遊んでるわけじゃない。こっちもお題目上は「飲みにケーション」としているが、実際のところは結構真面目なミーティングだ。
そりゃ口を軽くするために酒もちっとは入れてるが、1人1杯まで。
これで酔う奴は……
「いやあ。昨日も言いましたが、玉木商業は本当にしゅごいですね!!」
……松原女子高校の上杉先生だけだ。ビール1杯で顔真っ赤、呂律も怪しい。
酒への強弱は男女でなく体質によるものだから仕方ないとはいえ、この弱さは昭和の男である俺は受け止めがたいものがある。
「僕もいつかは熊田しぇんしぇいのような華麗なチームプレイが出来りゅチームを育てたい。指揮したいもんでしゅよ!」
上杉先生は酒には弱いが熱い男だ。昨日の「怪我を隠して練習をする生徒を見たらどうするか」というお題については自分の体験談も交えて熱く語ってくれた。
まだ30歳前という若い先生で視線や考え方が生徒に近い。バレーの素人という点も却って固定観念にとらわれがちな俺達に新しい視点をくれる。
そんな上杉先生がこんなことを言った。
「熊田しぇんしぇい。あしゅ1日だけでも玉木商業を僕と佐伯先生に預けてくれましぇんか?」
======
翌日。合同合宿3日目。この日の午前中は松原女子高校が日頃力を入れているという体幹トレーニングの講習だ。これには俄然興味がある。
松原女子高校の連中は他の高校の連中に比べて10cm程は高く飛ぶ。サーブやスパイクも純粋に速くて威力がある。その根幹をなしているのがきっとこれだろう。
「体幹トレーニングは地味ですが、とても負荷の高いトレーニングです。無理をせずに自分に合った強度で練習してください」
と言いながら松原女子高校のバレー部員は負荷を3段階に分けてそれぞれやって見せる。
なるほどなあ。ちゃんと個人の体力に応じて強度を分けるのか。体の使い方も参考になる。
……まあ1名を除いて松女の連中も真似できないという強度4段階目は見なかったことにする。
=====
1時間ほど経ち休憩時間。その時間を見計らって新主将の中川に声をかける。
「おい。中川。やってみてどうだ?」
「見た目以上にきついです。でも筋トレしてるって感じがします!」
ふむ。言葉を疑うわけじゃないが、あのトレーニング内容の一部は松女のちっこいのが全日本合宿で教えてもらったものだという。いわば最新鋭のトレーニング方法というわけだ。
「監督。これ、今後の練習に組み込んでいくんですよね?」
「そいつは迷ってる」
「え?何でですか?」
「俺達の強みを消すことになるからだ」
「????」
中川は不思議そうな顔をしている。俺が答えを言う前に前主将の市川が答えた。
「千晶。私達の強さはどこにあったと思う?それはどこからでも誰でもトスが出来てスパイクに出来た、選手1人1人のプレイの幅が広かったこと。それはどこで身についたのかしら?
日頃やっている2VS2で徹底的に個人技を磨いて苦手なプレイを無くし、さらにそれを全体練習でチームプレイに昇華させてこそのものよ。そのためには少しでも長い時間、ボールに触ってなきゃダメよ。一方で聞いたでしょ?松原女子高校じゃ練習時間の1/3を体幹トレーニングにあててるって。それが彼女達の体の強さなんだろうけど、あれじゃあ私達みたいにプレイの多能工化は無理でしょうね。時間がないもの」
「そういうことだ。練習時間は限られている。トレードオフだな。全面的に受け入れるわけにはいかねえ。もちろん中川達がどうしてもやりたいっていうなら俺も考えるが、あれがバレーが巧くなる最適解だとは思えないな」
「……」
ほうほう。考えているな。良い傾向だ。工夫は武器だ。
ぶっちゃけて言うとあれは筋トレであって、バレーが巧くなるようなもんじゃないが、かといってスポーツである以上、強靭な肉体というのは欲しい。まさに松女の連中がそれを地で行く。
決してプレイ1つ1つが巧いとは思わんが、高いジャンプ力。強力なスパイク。
そのあたりにどう折り合いをつけるか。正直、2ヶ月前は単純な中川がこうも考えるような奴になるとは思えなかった。市川が次期主将にこいつを据えたのは単にレギュラーだったから、だけではなかったということか。
「そうだ。中川。考えろ。どうなったら強くなるのか。どうすればいいのか」
「先生はどうするのがいいと思いますか?」
「そうだな。ありきたりだが、一部を取り入れる。取り入れんのは―――」
まあ取り入れると言っても、あっちのちっこいのだけがやってた「強度4」は取り入れん。
あれ、男子でも出来る奴が何人いるんだ?
=====
時間は経ち、午後。何の因果か俺の目の前には松原女子高校の面々。
「あ~すでに聞いていると思うが、今日1日限定で君達を指揮することになった玉木商業の熊田だ。正直、俺は君達のことがよくわからん。だから基本的に君達の好きなようにやらせ、気が付いたことをアドバイスしていく形にする。が、1点。俺の指揮下でバレーをするうえでこれだけは守って欲しいことがある。お見合いだけはするな。勿体ないからな。
ボールに触れば運よく味方がカバー出来たり、あるいは偶然相手のコートにボールが返ることもあるだろう。が、ボールを落とせばそこでお終いだ。偶然はなくなる」
昨日、酔った勢いというほどでもないが違った視点からの指導というために今日は俺がこいつらの指揮を執ることになった。
一方で玉木商業のAチームを松女の顧問2人に任せることにした。
まあ何かつかめれば良し。何もつかめずとも最悪半日無駄にする程度で済む。
午後の練習試合。最初の相手は本来は俺が指揮するはずだった玉木商業のAチームだ。
「試合開始前に言っとくことがある。連中の弱点はいま6番のビブスをつけてる大橋ってやつだ。あいつはレシーブが下手だ。サーブはまずあいつを狙ってけ」
「……いいんですか?そんなこと言って?」
「いいに決まってんだろ?弱点を突くことのどこが悪いんだよ。無論君達と対戦するかもしれない11月までには直させるつもりだ。そのためにもたんまり練習させんとな。君達も容赦なく相手の弱点を突く練習をした方がいい。君達自身、やられた経験もあるだろうからよく知ってるだろ?」
大橋は背丈と成長性を見込んでAチームに入れているが、レシーブがいまいちだ。一昨日も昨日も散々相手チームから狙われた。今更狙われたところでどうということはない。むしろガンガン狙わせて練習させるのが1番だ。
一方でこいつらの弱点の1つは対人スポーツをやるには優し過ぎる性格だろう。えげつなく一人を延々と攻撃し続ける性格の悪さがない。
まあ所詮は臨時の監督。さほど口うるさく言う気はないが、それでも最低限、って程度の指導はするつもりだ。
======
視点変更
佐伯 加奈子 視点
======
「おい!立花のねーちゃんの方と前島!一昨日から何度お見合いしてんだ!お前ら結婚でもすんのか!周りも周りだ!特に都平!お前主将なんだろ!どっちのボールか声を出して教えてやれ!」
臨時で本来なら私達の教え子であるはずの松原女子高校バレーボール部を率いることになった熊田先生は早くも指揮官らしい振る舞いを見せていた。他校の生徒、それも11月には敵になるはずの私の教え子達に熱心に指導をしている。
熊田先生の指導はわかりやすい。
まずお見合いは許さない。
続いてよいプレーは称賛する。積極的なミスは鷹揚に許す。
そして重要視しているのが声出しだ。
どれも簡単なことだ。だが、あれを私は普段から指導できていただろうか?
思わず今自分が指揮する玉木商業のコートではなく、相手のコートを見てしまう。
そして……
バァアン!!
玉商の攻撃が松女のブロックに阻まれた。
くっ……
少なくとも昨日までああも完全な形で玉木商業の攻撃が松原女子のブロックにつかまることなどなかった。
幸か不幸か、ボール自体はバレー用語で言うところの吸い込みという状態(ネットとブロッカーの間にボールが『吸い込まれて』落ちること)になり、こちらの得点になったが、あれはたまたまだ。
千変万化に攻めてくる玉木商業の攻撃をあんなふうに完全な形でブロックなんて出来なかったのに……
私の指導力不足か?それとも――
「いいぞ!それでいいんだ!ブロックだからってビビる必要はない。そうやって勝負することも大事だぞ!」
なんと横では私に言わせれば見当違いの称賛を上杉先生がしていた。
======
試合後の僅かな時間。私は上杉先生を問いただした。
「上杉先生、先ほどの試合でブロックとの正面勝負をなぜ褒めたんですか?」
「何でと言っても、いいプレイだったので褒めたんですよ。彼女達は勿体ない。ブロックを躱すことだけに一生懸命になっている。だから言ってやったんですよ。きちんと横にも前にもずれず、真っすぐ上に飛んで打点を意識してスパイクを打ちなさいって」
「けれど、それではブロックに阻まれます」
「阻まれても点になりましたが?」
「それはあくまで結果論です」
「その結果が大事なんじゃないですか。ブロックと正面からぶつかっても彼女達は勝てる。そもそも松女の平均値が高いだけで本来ならあの高さから打てばもっと勝負になります。
あの高さから打って来るのをわかれば敵も警戒します。警戒すればプレイが硬くなる。ほらいいプレイじゃないですか」
……
そうかもしれない。単純に高さは武器だ。あの高さから打たれるとわかればブロックも高く飛ばなくてはいけないし、それに抗するには―――
「佐伯先生。ひょっとして先生は『指導者は間違えてはいけない』なんて考えていませんか?教師歴の長い俺から言わせてもらいます。そんなのは無理ですよ。俺達だって間違える。
だから間違えた時は素直にごめんなさいをすればいい。今の子は、先生の方が年が近いからわかっていると思いますが上から一方的に言うんじゃなくて同じ目線になって指導すればついてきます。わかってくれます」
……私達が間違えてもいい??
「それにさっきのブロックとの勝負だって俺はバレーの素人ですから断言できませんが、確か2段トス?でしたっけ?そんな場面だと速攻は使えないからブロックと勝負するしかないんでしょ?
そんな事態も考えて普段からブロックと勝負することを教えるのが間違っているとは思えませんよ」
そうだな。確かに上杉先生の言う高い打点からのスパイクも間違っている指導ではない。
でもそうか。間違ってもいいのか……
「上杉先生。次の試合ですけど、ちょっとローテーションを回した方がいいと思うんですよ。黒椿高校はサーブとブロックが巧い。これに対抗するためにあえて――」
・
・
・
・
======
視点変更
立花 優莉 視点
======
「以上で、合宿は終了だ。次に会う時は敵同士かもしれない。その時は容赦なんてしなくていいぞ。それが仲間に対する礼儀ってもんだ。この中から春高出場、そして優勝してくれる高校が出てくることを願って、解散!」
最後は熊田先生の言葉で合宿が終わった。
色々あったが1週間に及ぶ合宿もようやくこれで全部終わりだ。
基本的にバレー漬けだったから疲労度が半端ない。
帰りは学校まで上杉先生がバスで送ってくれるからその間は爆睡してよう。
なんというか変化の多い合宿だったな。
2日目の夜に明日香が「レフトをやりたい」なんていいだすわ、陽菜はなんか妙にやる気をだすわ、4日目以降は他の学校の教師陣になんか言われたのか佐伯先生と上杉先生もいろいろ言うようになった。
なんというか闇鍋状態。
せっかく8月上旬の合宿で見えたチームの方針がまたぐちゃぐちゃになった感じだ。
春高予選まであと2ヶ月。この闇鍋状態のバレー部がどうなるかは神のみぞ知る世界だ。
本当はもう少し書きたいことがあったんですが、全部書くと夏合宿だけで後6話くらい出来ちゃうので大幅カット。
ちなみに書けなかった他校の特徴ですが
黒椿高校
→サーブ&ブロックに特化した高校。名物練習はアンテナにゴム紐を取り付けて、白帯とゴム紐の間(ボール1個分のスペース)を通すという練習。
吉屋高校
→レシーブ重視の高校。名物練習はセッター位置に専用の籠を置き、Aパスの練習を徹底させるというもの。
になります。