047 第二次夏合宿 2日目 その4
トスの種類が増えます、っていうのはセッターにとって大変だろう。俺だってスパイクの打ち分けだとか、飛び方だとかで苦労している。
一朝一夕にはいかない。
が、一朝一夕ではなく、11月の春高県予選までだとしたら?
もちろん出来るようになるまでの努力が必要だが、陽菜は努力家だ。その点において心配はない。運動神経だって悪くない。むしろ小学生の頃に(いくら涼ねえが運動音痴とはいえ)女子高生とかけっこをして勝てるくらい運動能力が高い。
よし、やってやると思っていたら……
「ねえ。優莉ちゃん。せっかくやる気になっているところに悪いけど、さっき言ったことを今すぐどころか、11月の春高予選までだとしても全部できるようになるには相当厳しいよ。
君だけじゃない。セッターだってそれ相応に練習しないとできない。多分君が想像している以上にね。それは大変なことだよ?
それに君達のチームはツーセッターなんでしょ?そうなると君のお姉さんはスパイクの練習だってしなくちゃいけない。君達は1年生。今年に全部できるようになる必要はない。出来ることをいきなり増やすんじゃなくて少しずつ増やした方がいい」
イケメン先輩はそういうが、それは彼女が陽菜のことを知らないからだ。
「大丈夫です。私の陽ねえは私のお姉ちゃんの中で一番の頑張り屋さんなんです。私は、それを知ってますし、見てますから!」
俺が1年程前に立花家に引き取られたという設定を考えると陽菜が努力家であることを知っているのはおかしいが、事実として陽菜が高い壁があっても絶望せずに努力を続けられる人だと知っている。
なんせ幼稚園の時代から現在に至るまでずっと涼ねえや美佳ねえと比較されて、それでも腐らなかった陽菜だ。根性と努力をし続けられる才能だけならこいつが俺達の中で一番だろう。
「う~ん。あのね、頑張ってできるっていうものじゃなくてね」
「ね、陽ねえ!出来るよね?」
「あ、う……」
?????
陽菜の様子がおかし―――
パンッ!!
なんと陽菜が自分のほほを叩いた!
強く叩いた証拠に両頬にモミジが咲いている。
「やーーっと優ちゃんも私と同じ領域まで来たか。もう。待ってたんだよ?」
「?同じ領域って何?」
「私と対等に練習できるところっていう意味」
はて?対等と陽菜は言うか、練習はいつも一緒にしているし、内容も……
「あぁ。うん。ごめんね。ようやく陽ねえも縛りプレイから解放されるね」
そういえば陽菜は俺が下手くそすぎて今まで縛りプレイでバレーボールをやってたんだな。正直、すまんかった。
で、謝るついでに陽菜の顔を見ると……
「……陽ねえ。さっき強くはたきすぎたんじゃないの?涙目になってるよ?」
「うん。優ちゃんとようやく一緒にバレーが出来ると思って気合を入れなおしたら、入れすぎちゃった……」
ったく。それで涙目になってれば世話ねえよ。モミジがなかったら泣いてたと誤解されるぞ!
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で、陽菜と2人でスパイク練習をやろうと思ったらイケメン先輩まで一緒にやってくれることになった。
「元々、私達玉木商業女子バレー部OGは君達みたいな勝手のわからないだろう他校の生徒が無意味に時間を過ごさないためのサポート要員としてここにいるから気にしないで」
だ、そうだ。相変わらず気前がいい。
そのイケメン先輩がボール出し。山なりに飛んでくるそれを陽菜がトスし、俺がスパイク。
普段なら高く上がったボールにあわせて助走するところだが、今回はあえて陽菜がボールを触るところで助走開始。
いつもと違い、上から落ちてくるボールでなく宙に漂うボールをスパイク。
……散々難しいって聞いてたけど普通にできたぞ?
「すごいね。いきなり出来るんだ」
イケメン先輩がそんなことを言うが……
「そんなに難しくありませんでしたよ?」
「あぁ。違うよ。今のは君に言ったわけじゃないの。確かに、いきなり打てた優莉ちゃんもすごいけど、もっとすごいのは君のお姉さんの方。最初は高さが合わないと思ったんだけど……」
???
「いい?優莉ちゃん。君がオープン以外のトスを打つことはセッターを困らせることになるの。君の打点は普通の女子高生と比べれば80cmは高い。
それはそれですごい事なんだけど、これに合わせるセッターは大変だよ。今までみたいにとりあえず高く上げとくだけでいいオープン攻撃ならともかく、セカンドテンポ、ファーストテンポで攻撃していくならどうしたってトスの方が先に上がるんだから、セッターは君限定でトスの高さを80cmも変えなきゃいけない。
普通はそこまで問題になるほどチーム内で打点の高さが変わるものじゃないんだけど、君は特別だからね。さっき君が難しくない、って思ったらそれは君のお姉さんが君にあわせたトスを上げたってことだからね」
「そんなことありませんよ。普通です。私は姉ですから、妹の面倒は見るものです」
イケメン先輩のヨイショを受けるもすまし顔の陽菜。が、その鼻はひくひく動いている。あれは喜びの合図だ。全く単純な奴め。
「ま、ぶっちゃけるとさっきのは高くAパスで返ってきたから出来た芸当で、返ってくるボールが低かったら出来なかったよ。だから優ちゃん、私のトスでさっきみたいに打ちたかったら、ちょっとくらいずれてもいいからボールは高く返してね」
むっ……
陽菜からレシーブの注文が入った。多少乱れても上げて欲しいもんだが……
あぁ。なるほどね。
対等って言うのはこういうことか。
今までは俺が多少ヘタレたレシーブをしても陽菜がカバーしたもんだが、これからは陽菜も注文するってことか。
その後、セカンドテンポのスパイク練習はなんと一度もタイミングがずれることなく出来た。
イケメン先輩曰く、これは(陽菜が)相当すごいらしい。
調子に乗ってファーストテンポ、つまり速攻の練習をしてみるが、これが……
「だぁあああ!違う!今度は早く入ってき過ぎ!」
「陽ねえこそ、今のトス高すぎだって!あんなに飛べないよ!」
びっくりするくらいうまくいかなくなった。
俺の助走タイミングもそうだが、陽菜のトスの精度がガクンと落ちた。
だが、俺も陽菜も諦めが悪かった。
助走タイミングについては横から見ていたイケメン先輩が
「優莉ちゃん。私が手を叩くから、パンって音が聞こえたら助走に入って」
というアドバイスを受けてからやるとうまくいくようになった。
トスについては―――
「陽ねえ。もう一回!タイミングはあうから、あとは陽ねえのトスだけ!」
「優ちゃんいくよ。市川さん。お願いします!」
ひたすら練習。ファーストテンポだけで結構な時間、練習したと思う。
そのかいあって、なんとか速攻をものに出来た―――――
「わけじゃないよ。今のは練習だから出来てるんだし。試合だとあんなにきれいにボールはセッターに返ってこないし、優ちゃんの助走だって他の選手がいるからきれいに走れない」
「サーブとは真逆にスパイクは一番練習通りにいかないプレイだからね。スパイクまでにレシーブ、トスって過程が入るし、それぞれ過程は練習で100%の再現は出来ない。だからこそ、私はスパイク練習が一番大切な練習だと思うよ」
うへえ……
ここまで陽菜が俺に勧めなかっただけあってなかなか習得は出来ないものだ。
だが、陽菜とこうして一緒になってやっていくのはそう悪い気がしない。
なんとなく陽菜の方を見ると、あっちも俺を見てにっこり笑った。
多分、考えていることは同じなのだろう。
改めて陽菜と同じ高校を選んでよかった。こいつがいなかったら俺の高校生活はここまでやりがいのあるものではなかっただろうな。
どこまで主人公をチートするのか迷いました。結果は作中にあるように「現時点では練習なら速攻が使える」くらいです。
きれいにAパスが返ってこなかったりすると今はできません。
つらいのは優莉でなく、セッターの陽菜です。優莉だけ特別高くボールをあげなきゃいけないんで……