閑話 立花 陽菜
年の近い姉妹の妹って損な生き方をすると思う。
着るものは大抵お古だし、下手をすれば周りが真新しい制服を着ている中、1人だけくたびれた制服を着ることだってある(私の場合、中学の制服は新品だったけど、ジャージはお古だった……)。
何より物心ついた時からずっと、ずっと、ず~~~~っと比較されて育つことが約束されている。それでもまだ勝ち目がある場合はいいよ。
でもさ。
1人は高校に入るまで学力テストで満点以外取ったことがありません、という涼ねえ。
もう1人は走幅跳、シャトルラン、その他複数の種目で中学生の県女子記録保持者の美佳ねえ。
怪物過ぎるよ……
私だって勉強も運動も平均より出来ている。涼ねえ相手なら小学生の時に当時高校生だった涼ねえより100m走で速く走れたし、英検だって美佳ねえは受験する気すら起きないって言っていたけど、私は中学校3年生の時に準2級の試験に合格している。
私だって負けてない。私だって努力している。私だって頑張ってる。
でも……
いつも勉強は涼ねえと比較された。いつも運動は美佳ねえと比較された。
例外は3つ上の悠にい。
悠にいもまた私と同じ、勉強も運動もできるけど、勉強なら涼ねえ、運動なら美佳ねえに勝てなかった。両親が不在の立花家では実質涼ねえが家長で、美佳ねえが時々涼ねえの相談役。悠にいと私はそれに従う側だった。それもあってか兄弟姉妹の仲では悠にいと一番仲良くなった。2人そろって
「比較じゃなくて俺達自身のこともちゃんと見て欲しいよな」「私達、頑張ってるのに~」
とか愚痴りあっていた。
ある時、悠にいがやっていたゲームも私の留飲を下げてくれた。
「悠にい。このゲーム何が楽しいの?」
「俺が主役になれる」
「よくわかんないけど、ゲームって大抵自分が主役になれるんじゃないの?」
「よく聞け。このゲームはどこにでもある普通のRPGだ。で、仲間には物理攻撃力の高い戦士、魔法攻撃の得意な魔法使い、回復が得意な神官。んで主人公は万能な勇者だ。勇者は攻撃力は1番じゃないし、魔法だって1番じゃない。最初は一番役に立たない。でもレベルを上げていけば最後には一番強くなるし、一番役に立つ。装備も最後は専用装備で一番よくなるし、なにより物語の主役だ。俺の言いたいことがわかるだろ?」
うん。ものすごくわかる。
私は悠にいがいたから腐らずに済んだし、多分悠にいもそうだったんじゃないかと思う。
でも、悠にいは悠にいで特別だった。
……ある意味当たり前のことで悠にいは男の子だった。
私が小学校4年生の頃、悠にいは中学1年生になって身長が170cmを超えて涼ねえより背が高くなった。
「あらあら、まあまあ。これじゃあ、ゆうくんなんて呼べないわね」
なんて嬉しそうに言って、それ以降、涼ねえは悠にいのことを悠司って呼ぶようになった。
「くっそー!!ついに負けたか!」
「ふん。我が力を解放すれば勝つのは当然のこと」
私が小学校5年生の頃、中学2年生になった悠にいはついに100m走で美佳ねえより速く走れるようなっていた。
……傍から見て言動はだいぶ痛々しいところはあるけど。
そもそもそれまで男子中学生と本気でかけっこをして勝ててた女子高生の美佳ねえの方がおかしいんだけど……
中学に入った悠にいは身長が伸びてものすごい力持ちになった。家の力仕事は誰に言われるまでもなく全部悠にいがやるようなった。
それは涼ねえにも美佳ねえにも出来ないことで、悠にいにしかできないことで、比較はされなくなった。
……ずるいよ……
私だって私なりに頑張ってる。本当は比較されるから嫌だったけど、背が高かったし、周りの人がどうしてもっていうから小学校4年生の3学期からバレーボールを始めた。
監督はいい人で美佳ねえとの比較をあんまりしない人だったし、バレー自体はそんなに嫌いになれなかった。
でも……
「ねえ。聞いた?松原バレーボールクラブのあの大きい子、この前の春高に出た立花さんの妹ですって!」
「あぁ。あの6年前、全小にあそこのクラブを導いた選手の?そりゃ凄い選手なんだろうね。」
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他所のクラブは美佳ねえのことを覚えていた。だからここで私は美佳ねえと比較された。それが嫌で私は美佳ねえとは違うポジション、セッターを希望した。それだけじゃない。セッターはチームの要、司令塔だ。
司令塔のいうことは聞かなくちゃいけない。私は指示されるだけなんて嫌だ。私が主役になれるところがいい!
けど……
チームメイトは私についてきてくれなかった。今にして思えば私だけが結果と勝ちにこだわっていた。空回りしていた。
みんなには打てもしないトスをあげたこともある。がんばりを認めないで怒鳴り声をあげたこともある。みんな頑張ってるのに……
でも、それに当時は気がつけなかった。それを認められなくてチームスポーツ自体嫌いになった。
頑張って真面目にやっても報われない。だから中学校で運動系の部活をやるなら個人競技、必死になって頑張るのはやめる。そう決めてた。
そして私が中学校に進学して2ヵ月後、悠にいが突如行方不明になった。当時は本当に心配したし、どこにも証跡がないから現代の神隠しって言われたんだけど……
2年後、私が中学3年生の頃に悠にいは女の子になってひょっこり帰ってきた。
やっぱり当時、色々あったけど、それはいい。それよりも悠にいの背格好のほうが大切だった。
私より年下にしか見えない童顔。生まれてからずっと見上げていた身長は私の胸より低い。体の起伏だって多分小学校5、6年生の頃の私の方があったと思うくらいなだらか。
だから悠にいの新しい生まれを考える時、私は執拗に私より年下にするべきだと主張し続けた。
そしてそれは(もちろん私の希望だけで決まったわけじゃないけど)叶った!
悠にいは学年こそ私と同じだけど、生まれは12月生まれのまま。私の方が早くに生まれているってことになった!
女の子になった悠にいはその年まで女の子として育っていれば身についているであろう習慣が全く身についてなくて、髪だって適当に洗っちゃうし、スキンケアはしないし、化粧品の使い方も当然知らない。
そこで私は最初は嫌がっていた悠にいに無理やり「陽ねえ」と呼ばせ、辛抱強く女の子の常識を教えた。
お化粧だとかの物覚えは(きっと覚える気がなかったからなんだろうけど)お世辞にもよくなかった。
けどそれがかえって良かった。
私より出来ない悠にい。それを諭す私。比較はされるけど、それは姉に比べて出来ない妹という形になった。
それは初めてのことで、趣味が悪いけど、嬉しかったし、楽しかった。
悠にいの身だしなみは姉妹総がかりで粘り強く教えることで2ヵ月後にはそれなりに出来るところまで育てた。
……やりすぎて隣を歩くと私が引き立て役にしかならないくらいの美少女になっちゃったけど……
それでも油断するとスカートなのに足を広げたまま座っちゃうし、服装とか相変わらず適当で目が離せない……
そこがすごくいい!
こう、お世話してます!っていうのを実感できるし、出来る自分というのに十分に酔えた。
高校は悠にいを説得して同じ高校に進学することにした。
高校入学してからも悠にいは時々無自覚な毒ガスを巻き散らかして周囲を驚かすんだけど、それを注意して、周囲には謝って、とにかくお世話をたくさんした。
周りからは「お姉ちゃんは大変ね」なんて言われることが多かったけど、とんでもない!
比較されても対等な姉妹は私がずっと欲しかったもので、比較されて評価されることは私がずっと欲しかったものだから!
そして悠にいはライバルとしても優秀だった。
涼ねえ相手にはいくら頑張っても勝てなかったけど、悠にいとは学力の差はほとんどなかった。だから頑張った。頑張った分だけ自分の成績になって返ってくるし、勝つ時は本当に辛勝、負ける時はあと一歩のところで負けた。それがものすごく張り合いになった。
悠にいだって私にテストの点で勝った時は表面の薄いところだけは澄ましてるけど、ものすごく喜んでるのがバレバレだし、私に負けた時は面白いくらい落ちこむのを見てますますやる気になる。
これ!これがずっと欲しかったの!
運動は、単純な運動能力なら勝てないけど、インチキしてるって知ってるし、それに悠にいの運動神経自体がよくなったわけじゃない。
例えばサッカー。一見すると悠にいが大活躍しているように見えるけど、それは滅茶苦茶な運動能力でフィールドを縦横無尽に駆け回っているからで、別にドリブルやシュートといった技術そのものが特別巧いわけじゃない(それでも普通の女子高生よりずっと巧いけどね)。
バスケだって、簡単にフェイントに引っかかったりするし、水泳なんか言うに及ばずだ。
私がずっと欲しかった比較しても、比較されてもいい対等な姉妹。
けど……
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「初めまして。立花 優莉君。私は天馬大学女子バレー部監督の大貫 忠だ」
6月のインターハイ県予選最終日。悠にいはバレーを始めてたった3ヶ月目で有名強豪大学からスカウトが来るほどの選手になった。
ま、まだまだ。だってあれはインチキ運動能力があったからこそだし。
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「雪子は県代表だが、お前は合宿とはいえ、日本代表に呼ばれたんだろ?」
さらに1ヶ月後にはバレーで全日本代表に選ばれるようになっていた。
で、でも本人も美佳ねえもお試しって言ってたし……
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「これがさあ、優の奴、バレーの基本中の基本、レシーブがてんでダメなくせに、スパイクとサーブだけは一丁前だからいればいるで役に立つんだよ。失点が5点くらい増える代わりに得点が8点くらい増える感じだったな。ったく。女子バレーはラリーを制したほうが勝つって言うのにセオリーガン無視なんだよ」
全日本代表合宿から帰ってきた美佳ねえは悠にいのこと悪く言いながら、褒めてた。
通用しちゃうんだ。悠にい……
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まだそれも目の前で見たわけじゃない。ひょっとしたら美佳ねえがいい様に言っているだけで実際には大したことがなかったのかもしれない。
なんていう願望はあっけなく崩された。
ビーチバレーで悠にいは初対面の人と即席でチームを組んだにも関わらず、プロのビーチバレーの選手に勝ってしまった。
そりゃ、組んだ相手もすごい。私が引き出していなかった悠にいの身体能力の最大能力値をいとも簡単に引き出した。へたくそに上がったボールも悉く良質のトスに変え、しかも悠にいの走路の邪魔をしなかった。さすが女子高生最強のセッターだ。私とは全然違う……
でも、それでも試合を決めたのは悠にいだ。
どんどんすごくなる悠にい。
当たり前だ。悠にいは元々運動神経が決して悪いわけじゃない。むしろ平均よりいい方だ。
そこに規格外の運動能力が身につけばどんなスポーツもちょっとやって覚えればあっという間にプロ並みに化けてしまう。
……ひょっとしたら私が今まで悠にいに厳しいトスをしてこなかったのも、悠にいに成長してほしくなかったから無意識のうちに悠にいには早い、って判断していたのかもしれない。
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そして現在。私と悠にいは自主練習をすることになったんだけど……
「こう、必殺技の練習がしたい!前に言ってたエア……なんだっけ?」
悠にいが笑顔で希望を言う。やめてよ。それ以上先に行かないでよ。
「優莉ちゃんがクイック攻撃を覚えたら相当にやっかいよ」
余計なことを言わないで。
談笑しながら次々と成長の方向性を示されていく。一朝一夕には身につかないだろうけど、ビーチバレーの時に組んだ舞さんの様な凄いセッターさえいれば悠にいは出来るようになるだろう。
そこには私はついていけな――
「セッターなら大丈夫です。私のお姉ちゃん、陽ねえはすごい努力家のセッターだからきっとできます」
……へ?