閑話 想起 VS姫咲高校
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村井 玲子 視点
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始めたばかりのバレーボールは楽しかった。
意地の悪い話だが、ほぼ初心者の私が何年もバレーをやってきた者を一部とはいえ上回ることが出来るのだ。楽しくないはずがない。
体操では不利だったこの身長もバレーになれば有利な武器に変わった。私自身は体操で鍛えたもののうち、ジャンプ力と基礎体力だけが持ち越せているものだと思っていたが、周りに言わせると柔軟性と空間把握能力もバレーで活かせているらしい。
インターハイ県予選は準決勝まで(これも嫌な言い方だが)私がチームの得点源の一翼を担って勝ち進むことが出来た。
私にはバレーの才能があるんじゃないか、そんな幻想を抱きつつあったが、それは準決勝で簡単に砕けた。
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バァアン!
スパイクを打ったはずのボールが私の足元に転がっている。ブロックされたボールがスパイカーの足元に真っ直ぐ落ちる、通称ドシャット。
もう何度目になるのかわからない。
第1セットは何とか数本決められた。けれども、第2セットは多分偶然ブロックアウトになったのを除くと1本も決められてない。
今まで気にしなかった、気にもならなかった相手ブロッカーという高い壁。どうやって避ける?どうやってこの壁を潜り抜ける?ストレート?クロス?わからない。この壁を越えて攻撃が決まる姿が想像できない。
そのうち、リベロのユキを外してでも優莉が出るようになった。
私とは違う。あの子は―――
バチーン!!
バックアタックで打ったはずの優莉のスパイクはそれでも相手ブロッカーの手の上を通って相手コートに刺さった。
「ボールは私に集めてください!高くさえあげてくれれば私が決めます!まだです!まだ追い付けます!追い抜けます!」
「みんな聞いた?まだ勝てるよ!さ、声出していこう!」
珍しく勇ましいこと言う優莉。そしてそれに同調し鼓舞するエリ先輩。うなずくチームメイト。わかっているのだ。姫咲相手に私の攻撃は通用しない。唯一優莉だけが得点源なのだと。
その事実を実感したとき、私はスパイクのために飛ぶことが出来なくなっていた。スパイクしかできないくせに――
そして私というお荷物をかかえた松原女子高校バレー部は敗れた。
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「玲子はさ、ちょっとでもきれいにブロックされると簡単にフェイントで逃げるよね?勿体ないよ。やめた方がいい」
あれから約2ヵ月後。他校との合同合宿2日目の自主練習中にそれは指摘された。
「それ、私も思ってた。勿体ないよ。玲子ならもっとブロックと勝負できるのに」
「そのブロックと勝負して勝てるようになるにはどうすればできるんですか?」
姫咲のあのブロックを超えられるイメージが出てこない。私にとってイメージはとても大事だ。
体操は空中で回ることが多い。空中で回るために私はどんな景色が見えるのか飛ぶ前に想像してから飛んでいた。
単純な宙返りならまず床が見え、壁が見え、天井が見える。そのあと、ぐるりと視界が回って最後、着地するときにも床が見える。そんな「飛んでいたら見える」景色をイメージして飛ぶ。少なくとも私にとって飛ぶためにはそれが必要だった。
だからか、バレーでも飛ぶ前にどのようにブロックを抜くか、どこにスパイクを決めるかイメージしてから打っていた。
けれどもあの姫咲のブロックは抜けない。どうすれば……
「そりゃブロックと勝負できるようになるには練習しかないだろうね」
「具体的にはどんな練習が効果的ですか?」
「う~ん。玲子は理屈屋か。よし。だったらお姉さんがちょっとアドバイスをしてあげよう」
私が疑問を口にすると、一緒に練習をしてた黒椿高校の先輩達(背こそ高いが童顔なので初日は同級生かと思って気安く話していたら2年生だった……)が近くのホワイトボートまで手招いてくれた。
「今日の練習試合を思い返してほしいんだけど、私達、玲子のスパイクを半分以上止めたわよね?どうしてだと思う?背は玲子の方がほんの数cm高い。ジャンプ力を考えれば高さなら20cmくらい玲子の方が高いにもかかわらず、なんで?」
「わかりません。私が下手だからでしょうか?」
「う~ん。そうじゃないんだよなあ」
「逆に考えよう。玲子、仮にブロッカーだったとして止めやすいスパイクってどんなスパイク?」
「打点が低いスパイク、でしょうか?」
ホワイトボードには『打点が低いスパイク』と書かれた。
「他には?」
「オープン攻撃のようなブロックをするまでの時間があるスパイクです」
「いいね。どんどん言ってみよう!」
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「ざっとこんなもんか」
10分もしないうちにホワイトボードは真っ黒とは言わないが、いろいろ書かれて黒くなった。
「で、玲子。これの逆がブロックと勝負して勝てるスパイク。ざっとおさらいしてみようか。
相手より高い位置でスパイクする。まあ単純に相手ブロックが気にならないくらい高く飛べる人は玲子のところの外国人ちゃんだけだろうけど、私達だってやりようによっては相手ブロックより高く飛べる。例えば十分に助走距離を確保する。スパイクとブロックとじゃあ普通10~15cmくらい高さが違うのはわかるよね?だからこの10cmを確保するためにきちんと助走する。反対に相手スパイカーには助走距離を確保させない。
ほら、ファーストタッチを相手エースにさせるようにすることがあるでしょ?あれは助走距離を確保させないため。
相手ブロッカーの虚をつく。ファーストテンポのクイック、囮を含めた攻撃、一人時間差、その他諸々全部相手ブロックを躱すため。
スパイク角度を広く持つ。ただ単純にクロスに打つだけじゃくてストレート、インナーに打ち分けられればその分だけ相手ブロックの隙をつける。
正面突破でこじ開ける。場合によっては速攻が使えない状態からのオープン攻撃をしなくちゃいけない場合だってある。だからこの場合は正面突破をするしかない。でも無策で行く必要なんてない。ほら。ブロックをするときに万歳するな、って玲子だって言われるでしょ?腕を広げすぎちゃうと頭上をスパイクがすり抜けられちゃうの。
あとは相手ブロックの指先を狙ってブロックアウトを狙う。特に玲子は力だってあるんだから相手の指にだって押し負けないでスパイクを打てるんだから。他には――」
黒椿高校の先輩のアドバイスは決して目新しいものではないが、確かに納得するものだ。明日香達が言っていた。姫咲との差は基礎力の差だと。
優莉から聞いた全日本合宿の話でも練習内容自体は難易度の違いこそあれ、やっていることはそうそう変わるものではないと言っていた。
つまり焦らず基礎を磨きなおせ、ということか。現実はアニメのように必殺技を覚えて勝つ、という具合にはいかないようだ。
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視点変更
都平 明日香 視点
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自分で言うのもなんだけど、運動はできる方だと思っている。
バレーの経験だって長いし、中学校の頃は多分県で5位以内には入るくらいのスパイカーだと自負していた。
だからこそ、6月に姫咲にコテンパンにやられた時はショックだった。
体力はそんなに変わらないはずなのに全然攻撃が通じなかった。
私だけじゃない。エリ先輩も唯先輩も美穂先輩も陽菜もダメだった。
玲子の攻撃は通じたけど、あっという間に通じなくなった。
最後は競技歴が半年もない優ちゃんの攻撃しか通じなくなった。
ショックだった。
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「お~い。明日香。ちょいとトス練付き合ってくれ。練習や試合じゃあんまりやらない並行トスとかの練習をしたい」
合同合宿2日目。本練習は終わって、今は自主練時間。人によっては先にご飯を食べたり、お風呂に入ったりするんだけど、せっかくだからもう少し新サーブの練習を、って思ってたら未来から声をかけられた。
「並行トスだけ?」
「うんや。クイックとかその他諸々。場所もセンターだけじゃなくてレフトとか、ライトにもトスをあげたい」
松女バレー部は競技歴半年以下が2名。競技歴2年未満となると4人もいる。つまり部員の半分が競技歴2年未満、おまけに残る4人のうち2人も長期ブランクありなので普段はクイック攻撃だとか、コンビネーションプレイだとかの練習はあまりやらない。
まずは基礎を固める。それ自体は間違っていないし、むしろ当然だと思うけど、未来はそれが不満のようだ。
ま、バレー部に誘った手前、ちょっとくらいのわがままには付き合ってあげますか。私、主将だし!
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未来とは小学校の頃、同じバレーボールクラブに所属していた。けど、中学で未来はバスケットボールを選んだ。
だからちゃんとバレーをやるのは3年ぶりのはずなんだけど。
平行、セミ、A~Dクイック、ブロード。
全部ちゃんとトスが出来ている。
「あのなあ。練習じゃ出来て当然だろ?Aパスでレシーブが返ってきて、明日香だって助走するのに他のチームメイトがいないんだ。別にすごかねえよ」
いや、十分にすごい。
そもそも小学生の頃はこんな多彩にボールをトスすることなんてなかったのに……
「ガキの頃と比べれば体を思い通りに動かせるようになった、つうことだ」
それだけ?それだけでこんなにできるの?
悔しいけど、未来はバレーの才能って意味だと私よりずっとすごいのかもしれない。
……ひょっとしたら6月のあの時、未来がいたら私達は勝っていたのかもしれな……
う~ん。どうだろう?未来はセッターだし。ポジションが被る……
私としては陽菜みたいな丁寧なトスよりも未来みたいにちょっとくらい雑でも早いトスの方が好きだし、こういうトスで速攻が決まるとすごく快感!
でも医者もきっと匙を投げるレベルのシスコンは絶対に陽菜のトスの方がいいって言うだろうし、玲子も陽菜のトスの方が好きって言いそうだなあ。
第一、陽菜は陽菜で巧いしなあ。レシーブは多分私より巧いし……
「おい。明日香。さっきから何1人で百面相してんだ?」
むっ!失礼な!これでも自分では――
「まあいいや。おい、明日香。お前、小学校の頃も中学の頃もレフトだっただろ?なんでレフトじゃなくてセンターでスパイク打ってんだ?てっきり苦手になったかなんかだと思ったんだが、変わんねーどころかレフトから打った方がいいくらいじゃねえか!」
「あぁ。ほら、うちって優ちゃんも玲子も始めたばっかりだから2人に打ちや――」
「バカじゃねえの?それでテメーが打ちにくいところからへなちょこスパイク打ってりゃ世話ねえよ。
あのなあ、ニンジャはもちろん、玲子もすげえよ。あんだけ飛べるんだ。ありゃ才能ってやつなんだろうな。けどな、お前だって“左利き”って武器があんだぞ?左利きがレフトから打てばえぐい角度でスパイクが打てる。
第一お前、中学までずっとレフトからスパイク打ってたんだろうが。あいつらに勝ってる経験って武器を手放してどうする?それともお前はずっと他人に点を取ってもらうつもりなのか?」
「!!」
あぁ。そうだ。私は小学生のバレーを始めた頃と、中学の1年の夏を除けばずっとレギュラーでずっとレフトからスパイクを打ってきた。ずっとチームの得点源だった。わがままを承知で言うならそれが私のやりたいバレーなんだと思う。
「まあ成り行きで主将になったのはしゃあねえさ。けどお前、どっちかというと親分じゃなくて鉄砲玉じゃん。もっとアホになれよ。どうせお前の足りない脳みそで考えてもろくなことにはなんねえよ。もっとどん欲に点取りに行けよ。その方がらしい」
……これはあれかな?未来なりに私を励ましてくれているのかな?自分では態度や顔に出るほど落ち込んでいるつもりはなったけどどうなんだろ?
それはわからないけど。わかっていることが1つある
「未来。ありがとね。これがツンデレって奴なんだね」
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視点変更
立花 優莉 視点
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合同合宿2日目の19時前。この時間は自由時間で夕食を食べようが風呂に入ろうが、寝ようが自由。
昨日は早々に夕食と風呂を済ませ、あとは勉強、としていたんだが
「教師の立場でこんなことを言うのもなんだが、せっかくの機会だ。他校の人達と練習した方がいい。勉強はいつでもできるが、ここの仲間とは今でないと一緒に練習できないんだからな」
ともっともな意見を聞いて今日は練習でもと思ったんだが……
「なにあれ?」
隣にいる陽菜に聞いてみる。
「いつものあれじゃない?」
またか。またなのか。今日のお題は知らないが明日香と未来が罵り合いを繰り広げている。
なんだかあの2人、おばあちゃんになってもやってそうだなあ。
誤字指摘機能、すごいですわ。
そして指摘してくださった方、ありがとうございます&申し訳ないです。