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045 第二次夏合宿 2日目 その2

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 玉木商業高校 女子バレー部 元主将

  市川 真貴子 視点

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 合宿2日目。この日も午後からでいいはずなんだけど、午前中から手伝いをすることにした。

 

 べ、別に下心とかないし!そう、これは純粋にお世話になったバレー部へ恩返し!今までの先輩達も午前中から手伝いに来てくれた!だから私もそれに倣うだけ!天使ちゃんは関係ないし!

 

 で、体育館に入るとお団子頭の天使ちゃんがコート外でしょんぼりしてた。

 

 体育館では絶賛2VS2の練習中。なんとなく察した。

 

 この練習ではスパイクもするんだけど、天使ちゃんのスパイクはとっても凶悪だ。あれを正面からレシーブしなさい、となっても出来る人は少ないだろう。

 

 そのレシーブが出来る人はそれなり以上の上級者なんだけど、じゃあその上級者と組んで天使ちゃんが2VS2が出来るかというと今度は天使ちゃんのレシーブとトスの技術力不足で練習にならない。

 

 天使ちゃんだって6月の頃と比べればどちらも巧くなっているけど、身体能力で何とかなるスパイクやブロックと違ってレシーブはとにかく練習を積み重ねて巧くなっていくものだ。そうそう上達するものじゃない。

 

 ……松女の2枚エースのうち、村井さん(だっけ?)はなぜかすでにレシーブが妙に形になってるけど。きっとあれは例外なんだろう。

 

 熊田先生も困っている。玉商(うち)の練習は何でもできる選手を育てるための練習で、天使ちゃんのように特化型の選手には向いていないのかもしれない。

 

「おぉ市川。良いところに来た。ちょうどお前を待ってたんだ」


 人を見るなり不吉なことを言う熊田先生。嫌な予感しかしない。

 

 

====



 嫌な予感は大外れだった。イヤッホォォオウ!!!!!



「市川先輩、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


「あぁ。いいのよ。迷惑だなんて思ってないから」



 そう。迷惑だなんてかけらも思ってない。むしろお願いしてでもやらせてほしい。

 

“市川。ちとあの小さい子の面倒を見てやってくれ。なに。お前は面倒見がいい。きっとうまくいく”


 なんて形で天使ちゃんをなんとマンツーマンで指導できることになった!!!!

 

 やったぜ!!!大勝利!!!

 

「せっかくの合同練習だし、玉商(うち)らしい練習にしてみようか」

「玉木商業らしい練習?」


 可愛らしく首をかしげる天使ちゃん。もう可愛いなあ。

 

「2VS2と連携練習に続く第3の玉木商業女子バレー部名物。その名もワンマンレシーブ!」


 天使ちゃんが露骨にげんなりした顔になった。まあ普通はそうなんだけどね。

 

「誤解しないで。確かに世の中には罰を与えるという目的でワンマンレシーブをさせることもあるけど、玉商(うち)のはちゃんと意味のある練習だから」


 再び可愛らしく首をかしげる天使ちゃん。

 

「ワンマンレシーブで鍛えられるポイントは主に2つ。1つめ、球際に強いレシーブが出来るようになること。ボールは自分で拾うしかないからね。

 2つめ。次のボールの予測力を鍛えること。対面でボールをやり取りするのよ?ワンマン中は私の手、視線、体の向き。全部に気を付けて。そこからどこに打つか、予測するの。

 特に優莉ちゃんはボールへの反応自体はとてもいい。正しくボールの飛んでくるところを予測できるようになれば今よりずっと巧くなる。わかる?」

 

 こくりとうなずく天使ちゃん。いいなあ。可愛い!今日はお風呂セットも持ってきている。一緒に入れたりしないだろうか?

 

「じゃ、まずは君の実力を図るためにアンダーキャッチとオーバーキャッチを混ぜた練習からしようか。私からはどっちで取れ、なんて言わないからアンダーで取れそうならアンダーで、オーバーで取れそうならオーバーで取って」

 

 さっそく天使ちゃんの実力を測る。ふむ……

 

「次はレシーブの練習。最初は君に向かって打つから私の場所をセッターだと思って返すようにして」


 続いてレシーブの練習。山なりにボールを与えたり、軽くアタックしてみたり……


 山なりボールならちゃんと私の位置にボールが返ってくる。軽いアタックでも返せている。

 

「よし、次は左右に少し振るね。しっかりレシーブをして!」

 

 そして左右に振ってみる。天使ちゃんは反応は速い。けど……



「ふむ。とりあえず、優莉ちゃんには1個重大な弱点があるね。アンダーとオーバーの判断が絶望的に悪い。せっかく反応自体はいいのにどっちでボールを取るかを迷って結局胸でレシーブすることが多いね」 

「自分でもわかっているつもりなんですけど……」


 自覚はありか。

 

「だったらもうこの場でしぼっちゃおう。優莉ちゃん。アンダーとオーバー、どっちが好き?どっちが得意?」

「どちらかというとオーバーです」

「はい。じゃあ次から迷ったら即オーバーで取る。いいね」


 天使ちゃんの背丈を考えると重心が低いからアンダーを選ぶのも悪くないけど、仮に天使ちゃんが上のステージに行くのであれば無回転サーブだって増えてくるだろうし、そうなればそういうボールはオーバーで取った方が安定する。最悪なのは今のように迷って胸でレシーブすること。わかっていてもなかなかうまくいかないけど、案外こうして他人から強制されると迷わず選べたりするから、これをきっかけにしてほしい。

 

「それに比べればまだいいけど、腕だけ伸ばして体の中心でレシーブをしないことも多いね。君は足が速い。怠けないで体の中心でレシーブすることを忘れないで。

 この2点を踏まえてワンマン中は君の苦手な『アンダーで取ったらいいか、オーバーで取ったらいいかわからない高さのボール』とか『ちゃんと走れば体の中心でレシーブ出来るボール』を高頻度で混ぜるから。いいね?」


 結局のところ、天使ちゃんの弱点はみんな誰しもが抱える弱点であり、それは練習によって克服するしかない。なので練習をする。その練習法として延々とレシーブを続けるワンマンレシーブは最適ともいえる練習だと思う。

 

 そして……

 

「ほら、そこ!前に出る!オーバーの方が得意なんでしょ?事実オーバーの方が巧いよ!だから前に出るの!」


「ダメ!あと一歩を怠けないで!体の外でレシーブをしない!」


 天使ちゃんは反応が異常にいい。多分私の手を見て強打が飛んでくるのか、それともフェイントをしてくるのか、見抜くのは巧くなっている。さらに左右へ揺さぶってもボールへの反応自体はいい。

 

 加えて足も速いからかなりの無茶ぶりもボール自体には触れる。肝心のレシーブはちょっと……なこともあるけど。これは教えていて面白い。コートのどこにボールを放っても拾ってくるのだ!


 そして役得としか思えないのがこれ!!


「いい?強打だからと言ってフォームを変える必要はないの。腕はこのままのばしたままでいいの。振り回さず、膝を使って――」


 アンダーの指導と見せかけて天使ちゃんの背中から覆いかぶさるように抱きつく。そして合法的にお触り!

 

 ひゃー!!!

 天使ちゃんの腕!すべすべで柔らかくてしっとりしてる!背中も小さくて、柔らかくて、すごくいい!

 しかも近づくといい匂い!

 

 これまた指導と見せかけて――

 

「はい、そこ。そのままいったん止まって。君はさっきその位置でレシーブしたけど、あと1歩動けていれば――」


 と言いつつ、脚を触って動かし「ね?あと一歩動けていればこの位置、体の正面でレシーブ出来たんだよ?」

 

 なんて言ってるけどごめんなさい。天使ちゃんの太ももに触りたかっただけなんです……

 

「ほら!優莉ちゃん!そんな時はオーバーで取るんでしょ?またここでレシーブしてるわよ!」


 などと“ここ”というセリフと共に天使ちゃんの胸を2回ほど軽く叩く。

 

 

 

 

 これ、同じことを熊田先生がやったら100%セクハラで捕まるなあっていう指導を続けることしばし。夢のような時間はやっちんによって止められた。


「おいマキ!他校の1年いじめて楽しいか!休憩も挟まずいつまでやってんだよ!」


 へ?

 思わず時計を見ると天使ちゃんとマンツーマン指導を始めて1時間半、本格的なワンマンレシーブをスタートして1時間近く経過していた。ちなみにワンマンレシーブは普通1回あたり10~15分くらいが体力の限界だ。

 そりゃ他所から見ていればいじめにしか見えない……って!!!

 

「ご、ごめん。優莉ちゃん。辛かったでしょ?気が付かなくてごめんね」


 ヤバい!セクハラ指導と合わせて絶対に嫌われるパターンだ!!


「?私は全然余裕ですよ?それよりもっと続けませんか?」


 両肩で息こそしているが、満面の笑みで答える天使ちゃん。

 

 ……え?何言ってるの?

 

 ひょっとして天使ちゃんは痛いこととか辛いことを強制されると気持ちよくなっちゃう子なの?








====

 視点変更

  立花 優莉 視点

====


 チッ……

 

 せっかくイケメン先輩との個人練習も熱を帯びてきていい感じになってきたところだったのに、強制休憩となってしまった。まあ今夏だし、体育館も暑い。脱水症状や熱中症を防ぐためにも休憩は仕方ないか。

 

 他校のマネージャー(うらやましい。松女(うち)にもマネージャーはいってくれないかな?)が作ったスポーツドリンクを飲んで水分補給をしていると、同じく休憩時間の陽菜と彩夏が近づいてきた。

 

「優莉ちゃん。大丈夫?結構しごかれたみたいだけど?」

「全然余裕。この間、テレビでも放映されたビーチバレーの方がよっぽどしんどかったし、全日本の合宿と比べても余裕だよ」


 これは本当。いくらビーチバレーの方がコートは狭いと言ってもあっちは砂場。フローリングのこちらの方が圧倒的に動きやすい。さらにあの時は試合続きで気持ち的には丸2時間くらいはぶっ続けで動き続けた気がする。

 オマケに排球狂バレーボールジャンキーの舞さんは最後まで疲れたそぶりを見せず、だったら男の俺が先にへばってたまるか!ということもありとにかく砂場の上で動き続けた。それとくらべれば何ともない。

 

 俺の体力の限界まで攻め込んできた全日本合宿は言うに及ばずだ。

 

「ぜ、全日本合宿って、優莉ちゃん、それ本当?」

「そうだよ。優ちゃんはね、美佳ねえと一緒にこの前女子バレーの全日本合宿に呼ばれたんだよ」

「モルモット枠で、練習は全然ついていけなかったけどね」


 あの合宿は技術的には勉強になったけど、周りのお姉様たちが変態淑女ばかりで困った。

 

 そこと比べるのもおこがましいのがイケメン先輩の真摯な姿勢だ!

 

 例えばイケメン先輩はレシーブの指導の際に俺の背後に回って

 

「レシーブはこうするの」


 と文字通り手取り足取り丁寧に指導してくれたわけだけど、その時は背後に密着されたわけで、背中越しにイケメン先輩の胸があててんのよ状態になっていた。

 

 が、ちらりとイケメン先輩の表情をうかがうといつも通りのクールな表情。俺の手足を触っても特に表情が崩れることもなく、


「優莉ちゃん。お尻はそんなに落とさない。素早く動けなくなるわよ」


 と軽く俺の尻を叩いた時も

 

「ほら!優莉ちゃん!そんな時はオーバーで取るんでしょ?またここでレシーブしてるわよ!」

 

 と俺の胸を叩いた時もイケメン先輩は真剣な表情のままだった。

 

 これが愛菜や彩夏、由美さんやそのほかの人だったらげへへ的な笑みを浮かべているんだが、そんな雰囲気一切なし。

 

 おそらくイケメン先輩にとって胸だとか尻だとはバレーに関係のないことで、いちいち気に留めるようなものではないのだろう。現に俺に胸を当ててるときもまるで気にした様子がなかったし。

 

 あれだ。この前にお盆休みに美佳ねえにバレーを見てもらった。その時にも美佳ねえの胸とかあたったけど


「え?私の胸があたった?姉妹でそんなくだらないことを気にしない。今、優はバレーをやってるんだろ。ほら集中」


 とか言ってた。つまり美佳ねえ同様、それだけ俺を真剣に指導してくれているのだ。しかも俺は本来はどうでもいいはずの他校の生徒であるにもかかわらずだ!なんていい人なんだろう!


 これだけ真摯にバレーに取り組み、バレーが巧いイケメン先輩。けど――

 

「彩ねえ。市川先輩って高校でバレー辞めちゃうんだよね?」

「うん。先輩本人もそう言ってた。熊田先生は“あと5cm背があれば大学でも、ってところなんだがなあ”って言ってたんだけど……」


 確かにイケメン先輩はバレーが巧い。だが、全日本での合宿に選ばれるような人にはわずかだが劣っているのも事実だ。イケメン先輩クラスの巧さでは次のステージには上がれないのだ。あるいはイケメン先輩クラスの巧さで上がるにはもっと背丈が必要なのだろう。

 

 それこそ舞さんクラスの技量と背丈がなければ高校から先では続けられない。

 

 俺はバレーボールの厳しさを思い知った。

ワンマンレシーブについて補足


 コート内に一人だけ選手を配置し、セッターの位置にいる監督またはコーチにひたすら一人で返球し続ける練習です。監督は強打をしたり、フェイントを混ぜたり、コートのあっちこっちにボールを飛ばしたりします。場合によっては届かないような場所にボールを飛ばすこともあります。そのため、懲罰的な意味でつかわれることもある練習で、ほとんどの場合で肯定的な練習としては扱いません。

 ただし、玉木商業ではそのようには扱われていません。熊田先生が最後までボールを諦めないガッツとどんな姿勢でもレシーブできるようにと、たまに練習に組み込んでいます。もちろん取れない位置にボールを入れたりはしません。

 優莉は体力お化けなので何ともなっていませんが、普通は10分くらいで限界。20分もやっていたら死ねます。

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― 新着の感想 ―
[一言] イケメン先輩は百合の人なんでしょうかね?そんな疑惑が湧いてきますね、
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