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044 第二次夏合宿 2日目 その1

遅くなりました……

 合同合宿2日目午前8時前。

 

 朝から飛び切り上機嫌な鼻歌が俺の背後から聞こえる。


「でーきた♪どうかな優莉ちゃん。今日はお団子にしてみたんだけど?」


 朝から上機嫌に人の髪で遊んでいたのは愛菜。いや、遊んでいたとは失礼か。愛菜は俺の長くてセットにやたらと時間のかかる髪をまとめてくれていたのだ。バレーをする際に邪魔にならないようならセットの内容まで問うまい。

 愛菜から渡された手鏡を見ると……俺の顔は西洋顔だが、意外と似合う気もする。

 

「お団子頭って東洋人じゃないと似合わないと思ってたけど、思ったより似合うね」

「そりゃ元がいいからね。優莉ちゃんなら何でも似合うよ」

「そんなことはないと思うけど……。愛菜、朝からありがとう」

「お礼はいいから、明日も優莉ちゃんの髪の毛をセットさせて♪」

 

 女というものは不思議なもので、髪形一つで印象が大きく変わる。だが、その髪型をいじるにはそれなりに髪が長くないと変化を楽しめない。そして俺の髪はおろすとなんとお尻に届くくらい長く伸ばしている。

 

 そこに目をつけた愛菜が俺を等身大の人形の如く扱って髪の毛で遊んでいるわけだ。

 

 まあ気持ちはわからんでもない。俺も女になった当初は鬱陶しくて仕方なかっただけのこの長い髪だが、一年以上の付き合いもあって今では愛着がわいている。

 

 そして髪型をアレンジすると本当に印象が変わる。これが結構楽しいのだ。短髪だった時には気が付かなかったな。

 

 だからと言って髪を『きれい』に伸ばすのは結構な労力を必要とする。現に陽菜も


「優ちゃんを見て私も腰くらいまで伸ばそうと思ったけど無理」


 と諦めた。

 

 なお、普段なら俺の髪は陽菜がセットしてくれるのだが、今日は愛菜が俺と陽菜に頼み込んできて役目を交代、俺の髪形がお団子となったわけだ。

 


「陽ねえ。どう?似合う?」

「うん。似合ってるよ。涼ねえに言って今度チャイナ服でも買ってもらう?」

「やめてください。お願いします」


 余計な一言を言う陽菜。おめーつい先日

 

「優ちゃんは童話に出てくるお姫様みたいにかわいいからお姫様みたいなドレスが似合うと思います」

「陽菜。いいアイディアね。それ採用。優莉。それじゃそんな服を……」


 てなノリで涼ねえと共謀してどう考えても現代日本で生活するのには不向きなドレスだとかメイド服だとか勝手に買ってきたよな!しかもコスプレ用のチープな奴じゃなくてオーダーメイドの本格的な奴で!(採寸?んなもん家族なんだからお互い知れてるから不要なんだよ!)

 

 あれ、クローゼットに仕舞ったままだけどどうすんだよ!

 

 このうえチャイナ服まで買われたらそのうち、俺の部屋のクローゼットには洗濯機で洗濯できない衣類で埋まることになるんだぞ!

 

 とこんな感じで練習開始前にまったりとしていたんだが……

 

「あ~!!優莉ちゃん達こんなところにいた!」


 人を見つけるなり大声を上げたのは彩夏。朝から元気だなあ。

 

「もう。朝ご飯を一緒に食べようと思ったらちっとも来ないんだもん。もう8時前だよ。しっかり食べないと練習持たないよ?」

「朝ごはん?彩ねえ。私達、もうとっくに食べたよ?ね、陽ねえ」

「え?いつの間に?」

「7時半前にはもう朝ごはん食べ終わって食堂を出てたからその後だと会わないね」

「陽菜達、そんな早くにご飯を食べてたの?ひょっとして起きてすぐにご飯食べに行ったとか?それにしては妙に髪とかちゃんとしてるけど?」

「私達、6時前に起きてるから」

 

 この合宿は部活というか学校のイベントの割には妙に自由度が高い。それだけ俺達を教師陣が信頼してくれているのだろう。

 

 彩夏はどうやら18時半に練習終了、23時完全就寝。この間の4時間半が自由に使える時間だと思っているようだが、そうではない。

 

 実際のところは18時半に練習終了、翌日の8時までの13時間半が自由に使える時間なのである。

 

 そりゃ、間に「夕食は21時半までに済ませること」「お風呂は22時までに出ること」「23時には寝ること」「翌日の7時までに起きること」が条件に加わっているがこれらは時間前に済ませても問題はない。

 

 例えば俺達4人(俺、陽菜、ユキ、愛菜)は昨日、自主練をせずに練習が終わった直後に夕食を食べはじめ、19時半前から風呂に入り、その後は22時手前までは勉強。勉強後は就寝。


 今日は5時半に起きて色々準備(女には色々あるんだ察しろ)し、6時から1時間ほどバレーの練習。程よくお腹がすいた7時から朝食をとっていた。

 

 なぜか大多数の人が「23時完全就寝」と「7時までに起きる」の2点ばかり気にしてこの時間に寝起きする人がいるが、それではこの合宿が崩壊する。

 

 考えてみて欲しい。ここには4校分の『女子』バレー部員がいるのだ。

 

 定員割れ高校は松女(うち)だけで、特に吉屋高校なんてこの合宿に3チームも出せるくらい部員がいるのだ。総数では80名前後の『女子』高校生がいる。

 

 んなのが一斉に風呂に入ったり、朝に洗面台を使うとなると、どう考えても備え付けの設備では需要と供給が合わない。

 

 俺達のように『他人よりちょっと早めに利用してその分ちょっとのんびり使わせてもらう』連中がいないとこの合宿は回らない。


 ちなみに食事だが、これは学食のおば……お姉様達が昼に作りに来てくれ、夕食と翌日の朝食分は温めて食べることになっている。

 

 わざわざ俺達のために作りに来てくれるとは申し訳ないと思って昨日の昼にお礼を言ったら

 

「学校が夏休み中で学食が営業しない=給料が出ない方が困る。こうやって合宿してもらった方が私達も助かる」


 とのことだった。なるほど。この合宿は学食のお姉様達の雇用の場でもあったのか。よくできてるなあ。



「ところで陽菜。優莉ちゃん。そちらは?」

「あぁ。ごめんごめん。こっちは玉木商業の横田 彩夏。私の中学校時代の友達。彩夏。このレシーブが凄く巧い子が有村 雪子。でこちら7月から入部してくれた白鷺 愛菜」

 

「よろしく。同じ陽菜・優莉ちゃんの友達同士でバレー仲間なんだし彩夏って呼んで♪」

「よろしく、彩夏。じゃ、私のことは愛菜でいいわ」

「私は名前の『子』が嫌だからユキって呼んでくれると嬉しい」


 おぉ。これが学校を跨いだ友情という奴が生まれるところか。


 と、せっかく俺が感動していたというに……


「ところで優莉ちゃん。前に私には髪をいじるなって言ったのに愛菜には触らせるんだ……」

「だって愛菜は丁寧だし。彩ねえは雑だし……」

「いいじゃない!私にもやらせてよぉ!」


 勝手に嘆く彩夏。あのなあ。前にやらせてどうなったか忘れたとは言わせんぞ!

 

「ねえ優莉ちゃん。同じ同級生なのに彩夏は彩ねえって呼ぶのね。だったら私も――」

「彩ねえは7月生まれだからまだしも愛菜は12月9日生まれだよね?私は12月7日。だからお姉ちゃんとは呼べないなあ」

「たった3日じゃない!私も愛菜ねえって呼んでよぉぉお!」

 

 本当は3日じゃなくて3年俺の方が早く生まれてるんだがまあそれはいいだろう。


 勝手に嘆く変態淑女(彩夏と愛菜)。そのうち意気投合した2人は

 

「え?愛菜は昨日一緒にお風呂に入って、同じお布団で寝たの?」

「そうそう。優莉ちゃんは―――」


 ……

 

 碌な会話が聞こえない。

 

 

 

 変な方向にならないうちに俺はその場を逃げ出した。

 

 

 

 

=======


 この1週間に及ぶ合宿の大半は練習試合となる。が、練習試合だけで全部終わるものでもない。

 

 今日も午後は昨日と同じルールで延々と練習試合をするが、午前中はそうではない。昨日の午前中は普通の全体練習であったが今日はちょっと趣が違う。

 

 題して「うちの高校はこんな練習をしてます」発表会だ。

 

 昨日イケメン先輩に聞いたところ、

 

「明日以降の午前中は他校の練習を公開する場だね。そこで他所だとこんな練習をしている、っていうのを教えてもらうの。で、反対に自分達が普段どんな練習をしているか公開して一緒に練習をして意見をもらったりするの」


 ということらしい。

 

 今日は玉木商業の普段の練習、2VS2の練習を全員でやるそうだ。余談だが、明日は松女(俺達)の番で内容は普段やっている体幹トレーニングだ。

 

「本練習の目的はサーブ以外の全ての要素、すなわちレシーブ、トス、スパイク、ブロックを満遍なく習得し、技術を向上させることである。まずは――」


 玉木商業の監督、熊田先生が何のためにこの練習をするのか説明をしてくれる。噂には聞いていたが、相当に面倒なことだ。

 

 コートの自陣には2人だけ。バレーという競技の特性上、連続でボールは触れない。となるとこの2人だけで回していく必要があるんだが……


 仮にコート内の2人をA、Bとし、Aがレシーブをしたとすると役目は

 

 A:レシーブ & スパイク

 B:トス (& ブロック)

 

 ということになる。普通ならAとBは役目を交代することなく、そのままなんだが玉木商業の練習では一度スパイクを打ったらAとBの役目を交代しなくてはいけない。次のラリーでは

 

 A:トス (& ブロック)

 B:レシーブ & スパイク

 

 という役目に変わるのだ。これは嫌でも全部のプレイをやらざるを得ない。

 

「――と、あれこれ言ったが、実際に見てもらった方が早いだろう。まずは初心者向け。加藤、春日、新田、横田。入れ」

 

 彩夏を含んだおそらく1年と思わしき連中が2VS2を始める。だがこれは―――

 

「2VS2はバレーのトータル技術向上を目的としているが、まずはラリーがある程度形にならないと意味がない。そこで最初のうちはスパイクとブロックに制限を設ける。

 本来ブロックはスパイカーの正面ではなく、利き手側にあわせて飛ぶんだが、あえて初心者向けでは逆手側で飛んでもらう。こうすればスパイクを打ちやすいからな。

 スパイカーは相手コートのレシーバーをめがけてスパイクを打ってもらう。これも本来、スパイクは相手コートの空いているところを狙うわけだが、なに、ズバリレシーバーを狙えるようなら相手コートの隙間だって狙えるようになる」

 

 なるほど。ブロックがつくとスパイカーは嫌なもんだが、利き手側にブロックがないならまだしも打ちやすい。……まあブロックという存在はやっぱり嫌だが。


 これはブロックも妨害は出来ないがジャンプするタイミングをつかむためのものだろう。


 スパイクをレシーバーに向かって打つか。これはスパイクはコントロールの練習にもなるし、レシーバーにはスパイクレシーブの練習になる。


 トス役もブロックで飛んだらすぐにトスをしなくちゃいけなく、さらにこれスパイクを打ったらすぐに役目を交代するんだよな?



 ひえぇえ……



 昔、エリ先輩達が地獄の練習って呼んでいたのも納得だ。体力的にもきついが、相手コートの状態も見なきゃいけないからこれは大変――

 

「と、ここまでは初心者向け。続いてはブロックとスパイクの制限を無くしたバージョンだ」


 ……

 

 彩夏たちの2VS2も凄かったが、これはもう別次元ですごいな。

 

 6月のインターハイ予選でもレギュラーで出ていた現キャプテンの人をはじめ、今コートで繰り広げられている2VS2はとてもレベルが高い。

 

 ブロックは相手スパイクを妨害するように飛ぶが、スパイカーはそれを見越して様々な手法で潜り抜けようとしている。

 

 トスやレシーブのレベルも高い。

 

 何より驚異的なのはコートにいる4人全員が高いレベルで全てのプレイをできることだ。

 

 なるほど。これが玉木商業の強さの源であり、オールラウンドプレーヤーが生まれる要因なのか!


 さっそく俺達もやってみよう!

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