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閑話 その頃 金豊山学園高校にて

珍しい三人称でのお話

=====

 金豊山学園高校にて

=====


「!もっと速く!」

 飛田舞(セッター)の鼓舞もむなしく、並行トスはスパイカーに打たれることなく、コートに落ちた。

 

「!!真面目にやりなさい!あれくら――」

「真面目にやるんはお前や!飛田!」


 飛田の抗議を遮る形で金豊山高校の監督、大友(おおとも) 重雄(しげお)が怒声をあげた。

 

「なんやねん!自分!帰ってきてからおかしいで!」


 ここ1年半程大人しかった飛田の悪癖が出ている。大友はそう判断した。


 大友の目から見て飛田はインターハイ、春高を制覇、などという小さなところで終わるような器ではない。すでに技量だけなら同世代以下は比較にならず、U-23や全日本の正セッターと比べても互角以上のものを持っている。体格もセッターとしては長身の176cm。世界レベルとは言わないが日本人としてはトップレベルだ。だが、心技体のうち心に大きな欠点を持っていた。

 

 負けん気が強すぎる。それは転じて勝つまで努力し続ける原動力になるから個人で収まる範囲ならまだいい。しかし、チームとしてとなると話は異なる。

 

 なまじ高い技量を誇り、視野も広い分、格上と戦うと相手ブロッカーを振り切るために難しい高速トスをしてしまうことがあった。作戦に沿ったものならまだしも、いきなりそんなトスをあげられてもスパイカーは対応できない。

 

 ほぼ丸1年かけて抑え込んだはずの悪癖がまた復活している。


====


「で、飛田。里帰りした時、なにがあったん?」


 全体練習から飛田を外し、コートの外で大友監督は聞いた。プライドの高い飛田は何かを凹まされて焦っている。それを大友監督はテレビ放送もされたビーチバレーにあると読んでいる。

 

 最初、飛田がド素人と組んで五輪にも出たプロのビーチバレー選手と試合をやって勝ったと聞いた時は驚いた。

 だが聞けば元々地域振興の小さな野良ゲーム。さしずめプロからあからさまな接待プレイをされて飛田が勝ったのだろう。手を抜かれたことに激怒した飛田が、遊びでなく本気のプロと対戦すること望んで、反対にボコボコにされた。これなら飛田がプロとの実力差に自尊心を傷つけられて焦っている、と筋の通るシナリオが出来上がる。

 

 が、今の飛田を凹ますことはプロのビーチバレー選手とはいえ難しいはず……

 

 いや、でもそうでなければ飛田がこうも悪癖を再発するとは思えない。

 

「なにかではありません。実は――」


 飛田から聞いた話は実にしょうもなかった。予想外のことではあったが、実に飛田らしいあほくさい原因だった。

 

「飛田。外周3周。30分かけてええで。頭冷やしてこい。走り終わっても頭が冷えとらんかったら答え合わせしたる」


 金豊山学園高校の外周はおよそ2キロ。それを3周ということは6キロ。

 

 一般的な女子高生ならともかく、全力で走れば1キロ4分以下で6キロ程度走れる飛田からすればキロ5分で走ってよい、という罰走は頭を冷やすのにちょうどいいだろう。

 

 大友監督はそう判断した。

 

====


「よお。とっつぁん。重さんにしぼられとったけど、どないしたん?」


 飛田が体育館を出ようとした時、松葉杖をついた女子バレー部員に声をかけらた。

 

 飛田の“と”をとって“とっつぁん”。飛田に対し、こんな呼び方をする奴は1人しかない

 

千鶴(ちづる)、体育館に来ていいの?足、まだ治ってないんでしょ?」

「やぶ医者が大げさにしよっただけや。着地の時に事故って、ちょっと骨にひびが入っただけやん。バレーやってたらこんなん治んねん」

「絶対に治らないから。それ」


 超絶バレー馬鹿の飛田でさえさすがに苦笑する。


 驚きの医療法を提案した女性の名は宮本(みやもと) 千鶴(ちづる)バレー部(ここ)とU-19のどちらでもエースをはっている金豊山学園高校3年生だ。


「んで、話もどるんやけど、どないしたん?実家戻った時になにがあったんや?」

「地元の小さなビーチバレーの催しものに出た。それだけよ」

「あぁ。とっつぁんが顔だけは可愛いド素人と組まされて五輪代表にも選ばれたプロに勝ったつうやつやろ?災難やったなあ。うちもテレビのニュースで知っとるで。すごいやん」

「……そうね。テレビでニュースだけを見るとあの子が失敗しているところだけを放映していたし、技術が未熟なのも事実だからそうみえるでしょうね」

「?でも素人なんやろ?じゃあ、あの外人ちゃんは何がすごかったんや?」


「いろいろだけど、千鶴。あなた最高到達点はいくつ?」

「3mちょいやな」


 最高到達点3m以上は女子の世界では高校生どころか全日本でもトップクラスである。が……

 

「でしょうね。で、千鶴がさっき言った『顔だけは可愛いド素人』は目算だけど330cmは飛んでたわ。砂場をはだしで飛んで、ね」

「は?あり得へんやろ?あの外人、テレビで見とったけど身長は精々160cmそこそこやろ?それに砂場ってそんな飛べるわけないやん」

「でも実際に飛んだ。ちなみに体育館なら354cmまで飛んだことがあって、しかも全日本合宿ではあと10cmは飛べるって言われたらしいわよ」

「ちょ、ちょい待ちや。え?354cm?あの身長で?そんなん男子でも無理や。人間技やないで!しかも全日本合宿?うちらが呼ばれへんのにあの外人の子だけが、U-16やのうて全日本?そこであと10cmも飛べるってどないなってんねん!」


「私こそ聞きたいわよ。何がどうしてどうなってるのやら……」


「……なんでそんな子が素人扱いであんなことになったんや?」

「取材に来たのはローカル局でしかもバレーを知らなそうな人だったわね。あとはスポンサーの意向かしら?」

「あ、納得や」


 2人ともプロスポーツにはスポンサーがつきものだということを理解している。



 残念だが事実として、バレーボールは日本において知名度は低い。知らないのだから、どのようなプレイが素晴らしいプレイなのか一般には理解されていない。バレーボールから派生したビーチバレーもしかりだ。

 スポーツ専門のスタッフならまだしも、地方の地域振興のイベントに来た有名人を取材に来たスタッフにバレーの知識を求めるのは酷な話だろう。精々「なんか知らんけどプロに勝った女子高生チームがいる。プレイもなんかすごそう」くらいだ。

 

 ここで厄介なのが相手は人気・知名度共にあるプロのビーチバレー選手であるということだ。

 

 彼女達は容姿も華やかでビーチバレーのすそ野拡大に貢献している。現時点では日本最強のコンビというわけではないが、未だにTVCMだって流れているし、当然TV局の企業スポンサーでもあることがある。

 

 そんなプロ選手が名も知らない女子高生に負けました、はさすがにいろいろ不味い。が、女子高生コンビのうち、片方はU-19でも新進気鋭と名高い飛田舞だ。


 おそらく飛田のことを最初は知らなかったであろうスタッフもインタビューで東欧人風の子が「U-19でも活躍した舞さんが凄かったので勝てました」などと言ったのを受けてちょっとだけでも調べたのだろう。

 

 相手が無名の女子高生ではなく、片方でも怪物がいた。だからプロコンビは負けた。これならシナリオとして悪くない。

 

 また、東欧人風の子が全く取材慣れしておらず、初心者を思わせる受け答えも都合がよかった。

 

 堂々とした受け答えをした飛田と比較することも合わせ、素人です、という存在は却って飛田の凄さを際立たせるポイントになる。

 

 水着という露出が多い状態なら素人でも筋肉の付き具合がわかる。突出した容姿の子はどうみてもスポーツをやっているようには見えない。一方飛田は素人目でも鍛えていることがわかる。

 

 これらを総合し

 

 『天才セッターと名高い飛田舞、ド素人に散々足を引っ張られるも元ビーチバレー日本代表選手から金星をあげた』

 

 というシナリオをマスコミ側が作り上げてしまったのだ。

 


「あの子、優莉っていう子なんだけど、実態は怪物よ。バレーは4月から始めた。バレー暦は5ヶ月。だから技術的なものは仕方ないところもある。けれど身体能力は女子どころか男子すら上回るものを持っている。未熟な技術も5ヶ月という競技歴を考えればむしろずば抜けたものを持っているわ。その子が今度は敵になる。

 反則じみた高さ、ボールへの反応の良さ、何より砂場で縦横無尽に動き続けられる驚異的なスタミナ。あれに勝つにはもっと――」

 

「もうええわ。とっつぁんが全部悪い」


 飛田の言葉を遮ってかなり強めのチョップを飛田の脳天に叩き込む宮本。飛田が抗議の声をあげる前に宮本が怒りの声を上げた。


「なあとっつぁん。そん子がどんだけすごいんか、うちは知らん。けどな、2年超一緒にいるチームメイト(うちら)を信じへんってどういうこっちゃ?うちらがバレー暦5ヶ月の新人に負けるて思うとるんか?」

 

「あっ……」


「だいたいなあ、そん子が仮にブロックに飛んできたとしても直接戦うんのはとっつぁんやない。うちや。せやったらとっつぁんはいつもみたいにうちにええトスくれたらええねん。そしたらうちがそん子のブロック、ぶち抜いたる。高いだけの素人なんざ敵やあらへん」


「……」


「バレーはチームスポーツやで?1人で全部はやれへん。せやから相談しいや。ごっつい奴がおる。対策練らなあかんって。とっつぁんは主将なんやで!」


「……はぁ……。ごめん。間違ってた」

「えぇて。とっつぁんの思い込みの激しさはよう知っとんねん」


「でもすっきりした。監督は30分時間をくれたけど、別に6キロを22~23分で走って早くに戻っても問題ないわよね」

「頭冷やさんと戻ったらどやされるやろうけど、まあ大丈夫やろ。せや、とっつぁん。重さんにはもうしばらく部活休む言うといてや。とっつぁんがそこまで言う奴や。半端な状態じゃ勝負にならへん。うちはこの足治すために、ふて寝しとくわ」

 

 ヒラヒラと手を振って体育館を去っていく宮本。が――

 

「なあ。その優莉ちゃん言う子、9月の国体出ると思う?あそこの県、選抜チームで出るんやろ?せやったら姫咲の子やなくて、その子、出さへんかな?」


「知らないわよ」


 さすがに他県のチーム編成までは知らない。

 

 飛田は苦笑で答えた。



金豊山学園高校を大坂の高校にするんじゃなかった……

方言が何か怪しい……



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