005 案外あっさり折れて入部することにした
女子高生生活3日目。現在1~2限を使ったスポーツテストの真っ最中で1限が終了。2限目は体育館でテストの続きだ。種目はきっとお決まりの握力や反復横跳びだろうな。
「優莉すごいね!みんな驚いてたよ!何かスポーツやってたの?」
入学3日目で早くも俺を名前呼びするのは出席番号が俺の2つ前、陽菜の1つ前の瀬田さんだ。
この瀬田さん、かなりのコミュ力を誇り、俺の様なキワモノ(設定上は内戦があった国で戦争難民、おまけに不倫の子)をクラスに溶け込めるよう働きかけ、実際に彼女を介して俺も何人かのクラスメイトと話が出来ている。わずか3日にして1年2組の中心人物だ。これ、3限目のLHRでクラス委員押し付けられるタイプだな。
「特に何かをやっていた記憶はないけど……。あ、でも日本に来て美佳ねえには色々教えてもらいました」
「その美佳ねえってバレーボールの全日本代表に選ばれた立花美佳でしょ?さっき明日香が言ってたよ」
都平さんや。人様の姉を周りに言いふらさないでくれよ。
「ねえ。立花さん達。私と一緒にバレーボールやる気になった?」
俺の内心などお構いなし。都平さんは再び俺達を勧誘してきた。
「ならない。それと私達のお姉ちゃんを勝手に言いふらさないでよ。さっき瀬田さんが美佳ねえのこと、都平さんから聞いたって言ってたよ」
「えぇ~!なんで?だって全日本だよ?日本の頂点の選手の一人ってことでしょ?バレーボールを嗜んでる身としてはあこがれの存在だよ?もうみんなに知って欲しい存在だよ?」
陽菜と顔を合わせた。どうやら陽菜も言うだけ無駄と思っているようだ。
「部員を集めたかったら私達以外も集めたら?ほら、さっき懸垂10回出したすごい子がいたじゃん。あの子は?多分私と同じくらいの背丈だから170cm以上でしょ。背の高い選手はそれだけで有利だよ」
「村井さんのこと?さっき誘ったよ。そしたらいいですよって」
早い。もう誘ったのか。しかもOKまででていると?
「あ、その顔、信じてないでしょ。いいよ。本人から聞けば納得するでしょ。お~い。玲ちゃ~ん」
手を振って村井さんを呼ぶ都平さん。というかもうちゃん呼びか。こっちもすごいな。
「呼んだか?都平」
「呼んだよ。隣のクラスだから知ってるかもしれないけど、紹介するね。こっちの美人系がお姉さんの立花陽菜さんで元バレーボール経験者。で、こっちの可愛い系が妹さんの立花優莉さん。さっきのスポーツテストでもわかってると思うけど、運動神経抜群のスーパーガールだよ。」
続いて俺達の方を向き直り、
「こちらが私達のチームメイトになる村井玲子さん。元々体操をやっていたらしくて運動はかなりできるよ。1時間目も立花妹さんが凄すぎて目立たなかったけど、全種目平均以上だったんだから」
「あの、私達バレー部に入るなんて言ってないんですけど……」
「それ以前に村井さん?都平さんがどこを目指すかって聞いてますか?」
「聞いたぞ。全国制覇するそうだな」
「簡単に言いますけど、練習ものすごくハードになると思いますよ?」
「??当然だろう?日本一を目指すのだから日本一厳しい練習になるのは当然だと思うが?」
「それをやりきる自信はあるんですか?」
「正直なところ、バレーボールは素人だからわからない。でもやる前から諦めるのは私の主義じゃない。それに運動能力自体はそれなりに自信がある」
「簡単に言いますけど「あーーー!」」
会話の途中で都平さんが大声をあげた。都平さんの視線の先には赤い体操服を着た集団があった。
俺達1~3組は1限目は校庭、2限目は体育館でスポーツテストという形だったが、4~6組は反対に1限目が体育館、2限目が校庭だ。
きっと目の前の集団は4~6組の連中だろう。都平さんは集団の中でひときわ小さい、確実に150cm以下、たぶん140cm台前半の同級生に突撃していた。
「あなた、有村さんよね?砂川中学の?」
「そうだけど、あなたは誰?」
背の低い、有村さんとやらはいきなり現れた都平さんに警戒心バリバリの様子だ。が、都平さんはこの程度でくじけるような細い神経の持ち主ではない。
「私、白沢中学出身の都平 明日香。今、一緒にバレー部に入ってくれる人を探しているの」
「あぁ。それなら大丈夫。私はもう入部届を出したから。良かった。私のことを知っているのならわかると思うけど、私、リベロ志望だから……」
バレー仲間と知って警戒心をすぐに解く有村さん。それでいいんかい。
「バレーボールやるにはリベロ以外で6人必要だもんね。でも大丈夫。私が私を含めてもう4人見つけたからこれで1年生だけで5人。先輩たちと合わせると試合ができるよ!」
お~い。なにやら盛り上がってるけど、俺達、やるなんて一言も言ってないんだけど?
「いい加減、私達を誘うの諦めたら?」
「諦めない」
「都平さん。どうして私達だけ熱心に勧誘するの?他の人たちには断られたらすぐに諦めてるよね?」
ところ変わって体育館。こちらでの種目は握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、垂直高跳びか。例によって機材は数個しかないので待ち時間の方が長い。待ち時間が長いということはしゃべって暇をつぶす時間も長いということだ。
「そりゃ二人は断り方が違うからね。練習がきついから出来ない、じゃなくてきつい練習はみんなついてこれない、だからやらない、でしょ。それなら私は諦めない。私だって努力することが大変なことくらいわかるよ。そして二人は努力する大変さを理解したうえでみんなが出来ないからやらない、裏を返せば自分達は出来るってことでしょ」
「出来るとは言えないけど、努力する大変さは知ってるつもりだよ。でもさ、そこまで努力してどうするのさ」
「そのセリフは聞き捨てならないな」
後ろを振り向けばそこには村井さんの姿があった。
「立花は努力をするときに対価がないと努力できないのか?報われない努力はする価値がないというのか?
スポーツで最後まで勝ち抜けるのはいつだってほんの一握りの人間だけだ。ほとんどは望む結果を得ることができずに負けてしまう。だったら敗者は最初から努力することなく別のことに時間を使った方がいいというのか?どうして努力することをそこまで嫌う?」
「努力を嫌っているわけじゃないけど……」
さてどうしたものか。陽菜が努力というかバレーボールを嫌っているのは小学生の頃、飛び抜けて出来た陽菜ばかりに頼ったワンマンチームになったことが原因なのだが、それを俺が言うのもおかしいわけだし……
俺も口ごもっていると陽菜の方から話し始めた。
「昔さ、私もちょっとだけ、小学校4年生の秋から6年生の夏までバレーボールをやってたんだ。そのチームは前に美佳ねえも所属してて、その時は一度全日本小学生大会にも出てたの」
「すごい!立花さん達のお姉さんって小学校の頃からすごかったのね!」
「うん。そう。美佳ねえは小学校の頃からすごかったよ。でね、私にも似たようなことを期待されたの。強くなるにはたくさん練習が必要。でも……あとはなんとなくわかるよね。そういうことだから――」
「なら問題ないよ!だって私、きっと立花さんより沢山――」
「あなた達、しゃべってないではやく位置につきなさい。反復横跳びがはじめられないわよ」
何かいいことを言おうとした都平さんの言葉は体育教師(外にいた田島先生ではなく若い女の先生)に止められた。
ちなみにこの時の俺の反復横跳びは84点。だいたいクラスメイトが40点程度だからおおよそ倍の数だ。もちろん周囲は呆れかえっていた。
「立花さん。さっき話が途中で終わったけど、一緒にバレーボールをやりましょう。私、絶対立花さんより頑張るし!」
「立花だったな。さっき言いかけたことはなんとなくわかる。だが、安心しろ。私の辞書に他人任せの文字はない」
「はぁ……。わかった。そこまで言うなら期待にこたえられるか自信はないけど、私も入部するよ。でも先に言っておくよ。私、やるならしっかりやりたい。てっぺん目指すんでしょ?だったらそれに向けて練習するし、みんなにもしてもらう」
「いいよ。むしろ望むところ!」
「で、優ちゃんはどうする?お姉ちゃんはバレーすることにしたけど、優ちゃんも自分の意思で決めた方がいい。練習はきっと大変だよ?」
さて、俺はどうしたものか。
「……どこかの部活に入らないと部活動勧誘がひどいから、陽ねえのいるバレー部に入る」
スポーツテストでやらかし過ぎた。陸上部もそうだが、バスケ部やソフトボール部からも勧誘が来ている。どこかの部活に入らないと納得してくれそうもない。ここは何かの縁と思ってバレー部に入るか。