表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/208

043 第二次夏合宿 初日 その2

====

  玉木商業高校 女子バレー部 監督

  熊田 大吾 視点

====

 そうきやがったか……

 俺は思わず心の中で頭をかかえてしまった。

 

 合同合宿初日。練習試合1試合目。

 

 うちの相手は松原女子高校。

 

 春高予選に向けて、奴らの動向を知りたかったのだが、そういう意味なら大成功だ。

 

 俺はてっきりあのチビッ子、立花優莉を中心に攻撃に特化してくるか、それとも守備を補ってくるかの2択だと思ったが、奴らは第3の選択肢を選んだ。

 

「明日香!ナイスサー」

「明日香!入れてくサーブなんかすんじゃねえぞ!」

「明日香!攻めのサーブだよ!」


 ピーッ!

 

 笛の合図と共に走り、ジャンプして――

 

 女子にしては強力なサーブがこっちのコートを襲う。それをこっちは――

 

 !!

 

「直井!横田!いつも言ってんだろ!見合いをしたきゃ、きれいなべべ着てやれ!」


 えぇい!クッソ!今のは選手の間に落ちたが、決して拾えないボールじゃなかった。1点無駄にくれちまった!

 

 あぁいう見過ごしを練習でやっちまうとプレイが硬くなりがちな本番だともっとやっちまう。

 

 松女の連中は攻撃でも守備でもなく、サーブを強化する戦術をとってきやがった。強烈なサーブで相手の守備を乱し、弱体、簡略化された攻撃をブロックで封じる、いわゆるサーブ&ブロック戦法。

 

 そのためにサーブを凶悪なものに仕上げようとしている。

 

 元々男子プロ並みの威力のサーブを誇る立花の妹。

 

 これに都平、村井の両名がスパイクサーブを習得中、ってところか。んで立花の姉の方はジャンプフローターサーブ。

 癖玉が新しく入部した前島のオーバーハンドドライブサーブ。今時、女子高生がドライブサーブなんて打ちはしない。そこを突かれた。慣れてないこともあり、うちのレシーブが乱されまくっている。

 

 まだ都平と村井、立花姉の3人はサーブ習得中らしく、威力以前に成功率がそれほど高くない。

 

 が、今はあれでも3ヵ月後の11月にはしっかり仕上げてくるだろう。

 

 ひょっとしたら今はただのジャンプサーブを打ってくる鍋川もジャンプして振り下ろすスパイクサーブに仕上げてくるかもしれない。

 

 ピンチサーバーの白鷺もいやらしい無回転サーブの使い手だ。

 

 とりあえず、サーブレシーブの練習を増やさんと勝負にならんな。

 

 

 ブロックも嫌な感じだ。

 

 6月の頃はブロック3枚、ブロックのシフトは中央に3人集めるバンチ・シフトだった。

 

 今はブロック3枚は変わらず。が、シフトが変わった。よく言えば堅実になった、悪く言えば日和った。コートに散らばらせるスプレッド・シフトに切り替えやがった。

 だからどんなスパイクにも1枚以上ブロックがつくようになった。代わりに3枚ブロックは中央突破するときくらいしか見れなくなったが……

 

 惜しいなあ。あいつら、素早い動きに反応もいいから俺なら3枚ブロックが敷きやすいバンチ・シフトのままにするのに……

 

 いや、他校には他校の方針がある。それは否定しちゃいけねえよな。

 

 高さは6月以上になった。


 170cm超のブロッカーが1人抜けたんだが、それ以上の高さのブロッカー、鍋川が入部してきた。羨ましい。今のところ鍋川はネット際のプレイはそれなりだが、基本は背丈だけの素人だ。アンダーやオーバーはまだまだ。が、11月までにあれがどう化けるか。

 

 化けるといえば村井だ。立花妹も大概おかしいが、村井はもっとおかしい。4月からバレーを始めた、というより中学からバレーをやっている、と言ったほうが信じる奴の方が多いだろうというレベルでバレーボーラーらしい動きになっている。

 

 松女の新部員中ではサーブに続き、レシーバーとしてもアタッカーとしても前島が曲者だ。背丈はそうでもないんだが運動神経が抜群にいい。速いし、ジャンプ力もある。

 

 白鷺は何でもできるタイプだな。ピンチサーバーで入ったと思ったらそのまま交代せずに居座り、しかもレシーブもトスもスパイクも平均点程度でこなせている。あれなら誰かが不調や怪我で外れても交代要員として問題ないだろう。

 

 強くなる要素はある。

 

 が―――

 

 

「――っと悪い」

「こっちこそごめん」


 あっちはセッター2人がぶつかって、その間にボールを落とした。


 セッターをツーセッターに変えるようだが今のところうまく機能していない。

 

 度々立花の姉の方と前島がぶつかったり、お見合いしたりでボールを落としている。

 

 ツーセッターの基本は後列に下がった方がセッターをやるんだが、例えばファーストタッチをセッター役がやった場合は前衛にいる方がセッターをやるし、ファーストタッチの場所次第では移動できないからこれまた前衛がセッターをやったりする。

 

 この辺りの切り替えがうまくいっていない。

 

 あの2人はスパイカーとしても良い物を持っている。だから前衛に常に3枚スパイカーを置けるツーセッター自体は間違っているとは思わんけどな。

 

 フロアディフェンスは酷いものだ。サーブとブロックを強化ってことは反対にそれ以外の練習時間を削っているってことだからか立花の妹は6月と比べればマシとは言えレシーブが相変わらずひどい。

 

 ボールへの反応速度の良さはそのまま、ボールの下に潜り込むのは巧くなっているが、あと技術的に一歩。それさえできれば低い背丈は低い重心となり、逆にアンダーハンドレシーブをする際には利点となる。いいレシーバーになるだろう。

 

 その他の面々もレシーブの平均値をチーム全体で考えるとお世辞にも高いとはいえまい。県内一のレシーバーを擁するのにこの体たらくはなあ。

 

 要するに未完の大器ってことだ。完成したらとんでもないだろうけどな。


 

 

 練習試合 

 玉木商業高校 VS 松原女子高校

      25-22




 ひでえ試合だ。こっちも連係ミスだとかでかなり自爆しているのだが、それ以上に相手も自爆している。双方15~18点は自爆系の失点だったな。

 

  

 松女の生徒が俺の前に来る。さて、試合終了後の相手チームの選手に総評。これも重要なことだ。これは生徒ではなく、むしろ俺達向け。

 

「君達自身も気が付いていると思うが、まずはサーブだな。サーブミスだけで相手に12点もプレゼントしているようだと試合に勝てないぞ。午前中のサーブ練習を見た限り、もっと出来る。練習中は試合の緊迫感を持ち、試合では練習だと思えるくらい落ち着けば―――」


 俺の目から見ての改善点を伝える。こいつらは良い物を持っている。これに勝たなきゃならんとは頭が痛くなるが楽しくもなってくる。



「佐伯先生、上杉先生。お疲れ様です。ところで上杉先生。バレーの試合は初めて通しで見ると聞きましたがどうでしたか?」


 次の試合まで少し時間がある。老婆心ながら松女の若い先生2人を導くのも爺になった俺の役目だろう。


「面白いですね。特に玉木商業高校の多彩な攻撃には驚かされます」

「お恥ずかしい。あれは随分ちゃちになったんですよ。隣で主審をやっている市川達がいた6月頃ならもう少しはマシだったんですけどね」

「熊田先生。改めてお招きありがとうございます。これは確かに勉強になる」


 おや?佐伯先生はもう気がついたか。

 

「佐伯先生。気が付きましたか?この『総評』って奴。厄介でしょう?」

「どういうことですか?熊田先生、佐伯先生」

「バレーボールは終わった後に相手チームの選手を監督が評することがあるんですが、今回は1週間の間に同じチームと何試合すると思いますか?」

「あっ……」

 

 上杉先生も気がついたようだ。

 

「まさか1週間同じことを延々と言い続けるわけにもいかないでしょう。つまり試合ごとに相手チームの選手もよく見なくてはいけないのです。当然自分達のチームも見ながらですよ」


 その通り。実際のところ、この1週間は監督としても鍛えられる。

 まさか総評で適当なことを言うわけにもいくまい。的を射たことを言うには相手チームのことをよく観察しなくてはならない。それは転じて相手チームの弱点や癖を見抜く練習にもなる。


 一方で自チームの面倒だって見なくちゃいけない。そうでなきゃ試合になんねえ。


 この合宿は俺達を強化するものでもあるのだ。


 

====

 視点変更

 玉木商業高校 女子バレー部 元主将

  市川 真貴子 視点

====

 

 時刻は18時半。

 合同合宿初日も予定されていたメニューはすべて消化した。

 

 だが、ある意味ここからが合宿の本番でここからが一番楽しい。

 

 食堂には夕食が用意されている。それを各人で温めて食べるルールだが、いつ食べてもいい。

 

 決まっているのは23時完全就寝、翌日の8時から練習開始。

 

 夕食もお風呂も時間は決まっていない。

 

 しかも教師陣は呑みに行っている。

 

 熊田先生曰く「大人が本音で語るには酒を入れるしかねえんだよ」とのことだが、保護者がいないのもいい!

 

 つまり今から23時までの4時間半は節度さえ守れば何をやってもいい時間なのだ。体育館は解放されているので自主練をしてもいいし、早くに寝てもいい。お菓子を持ち込んでみんなとおしゃべりするのもいいし、ゲームを持ち込んで遊んだっていい!

 

 とにかく自由なのだ。この合宿で私が一番好きな時間だった!

 

 玉商の近くにはコンビニも24時間スーパーもあるからお菓子の調達先にも困らない。去年とか一昨年とかすっごく楽しかった。

 3年生で引退した私達用には夕食は用意されていないが、コンビニかスーパーでお弁当を買ってくればこと足りる。

 寝るところだってその気になれば布団はあるので玉木商業が寝ているスペースにちょっと間借りすればいい。

 

 実際、私が1、2年の頃の3年生の先輩達も泊まってたし。

 

 まあ、私はいったん帰るけど。

 

 さて、みんな何をやってるかな?


====


 食堂では千晶達、玉木商業の後輩達がご飯を食べながら反省会をしていた。あのねえ。

 

「千晶、ミーティングするなら別のところでやりなさい。ここは食堂。みんなご飯を食べに来るのよ?」

「ごめんなさい。みんなでご飯を食べながら反省会をしてたらつい盛り上がちゃって……」

「まあ気持ちはわからないでもないんだけど、ここは私達のホームグラウンド。私達が規範となるように行動しないとね」

「はい。……市川先輩。先輩から見て今日の私達の試合、どうでした?」

「それはAチーム?Bチーム?どっちのこと?」

「両方です」

「そうねえ――」


 今日一日、ずっと見れたわけじゃないけど、気がついた限りことを伝えた。


「まあ、まとめるともっと声を出して。うちの要は連係プレイ。そのためにも誰のボールかはっきりさせるのが1番の課題だね。基礎はみんなある程度は出来てる。特にAチームはね」


「やっぱり市川先輩はすごいです!先輩、この後、空いてますか?良ければ自主練に付き合ってほしいんですけど」


「ここに泊まる気はないから22時前には出ちゃうし、気が向いたらね。後、一応他所の高校で何していいかわからない子がいないか確認しないと」


「何していいかわからない子?」

「そう。特に松女の子なんて今回初めて合宿に来るわけだし、自由に練習してもいいし遊んでもいい、って言われても困る子がいるかもでしょ?」

「それならホストの私達が――」

「いいのいいの。それこそ引退した私達の役目だって」


 この後、千晶達の練習に付き合うのも悪くはないけど、もう2ヶ月近く飛んでないからバレーは出来ない。ボールと口くらいしか出せないからね。

 


====


 さて、初参戦で困っているだろう、松女の子達を探すと、まず1人目。2枚看板のうち、大きい子の方を見つけた。それとあれは黒椿の子かな?その子に練習に誘われている。

 

「えっと確か村井さん、だったわよね?この後、私達のブロック練習に付き合ってくれない?あなたのスパイク凄いから練習になるの。そっちもスパイク練習だと思ってさ!」

「構わない。でも途中でスパイクとブロックを交換してくれないか?私もブロックの練習をしたい」

「オーケー、オーケー。よろしくね。今更だけど、私は黒椿高校の2年―――」


 あっちはブロック練習ね。後でちょっとトラブルが起きてないか様子を見てみますか。

 

 

====


 続いて見つけたのは松女の主将と新入りの2人。

 

「歌織、この後暇だろ?吉屋高校の連中と3対3やるんだけど、アタシと明日香、あと1人たんねえんだ。いいだろ?」

「それ、誘っているようで実質選択の余地がないパターンじゃん。ま、いいけど」

「歌織ごめんね。強引で。南部さ~ん。こっちも3人集まりました。早速やりましょう!」



 この3人は他校とミニゲームか。良いね。自由勝手気ままに練習。こういうのも楽しいんだ。で、他校とミックスしてチームを組むのも楽しいんだよ。あとで教えてやろう。

 

====

 さて、あっさり見つかった4人と違い、天使ちゃん達他の松女の4人が見つからない。

 

 2つある体育館を一通り見て回ったけど姿はない。

 

 先に寝てるか、それともおしゃべりしているのかと思って寝室代わりの大部屋に行っても姿がない。

 

 このほか、お風呂にも姿はない。近くのコンビニにでも買い出しに行ったのかな?なんて思っていると、会議室の1つから明かりが漏れている。

 

 あぁ、あそこでバレーのミーティング、もしくは何かのゲームでもやっているのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使ちゃん達4人は勉強をしてました(白目)



「えっと、あなた達はここで何をしているの?ひょっとして夏休みの宿題が終わってないとか?」

「夏休みの宿題は8月の上旬には終わりました。今は1学期の復習と2学期に向けて予習ですね」


 え?マジ?予習・復習を自主的にやっちゃう高校生とかいるの?いや、目の前にいるけどさ。

 

「バレーばっかりで夏休み中に夏季講習には行けませんでしたし、将来バレーで食べていける、なんて幻想は持てませんから今のうちから大学受験に備えないと」

「と、将来に向けて勉強をしているのはこの3人だけで私は1学期の復習です。1学期の成績が悪くて母に叱られましたので……」


 え?ちょっと待って。1年生の夏のうちから大学受験って備えるものなの?

 あと、1学期の成績が悪かったからって理由で夏休み中に自主的に復習するの??

 内心びっくりしているが、きっといつも通り死んでいる私の表情筋はそれを表に出していないだろう。


「大学受験って優莉ちゃん、大学には入試で進学するの?優莉ちゃんならバレーでいくらでも進学できるし、そもそもプロの道だってあると思うんだけど……」

「そんなことを言われても始めて5ヶ月のバレーで人生設計なんて全然できませんよ。それに私より巧い人なんて沢山いますし、ついこの間も私なんかよりずっと巧い人に会いました。ああいう人がプロに行くんだと思います。」


 そりゃ始めて5ヶ月の君より巧い選手はたくさんいるかもしれない。でも君より高く飛べる選手なんて男子でも少ないからね!


「でも優莉ちゃん、この前、ビーチバレーで何年か前のオリンピックビーチバレーで6位入賞のペア相手に勝ったんでしょ?」

「あれはペアを組んだ舞さん――飛田先輩が凄かったんですよ。高校生であんなに巧いバレーボール選手は他には市川先輩しか知りません」


 いや、やめて。お世辞でもやめて。私でも知ってる。飛田舞って人はU-19に選ばれるくらいの女子高生最強のセッターでしょ。それと比べないで!

 でも天使ちゃんは止まらない。天使ちゃんは6月の試合でいかに私が凄いプレイヤーであったか、熱く語ってくれた。

 天使ちゃんの中で私はどれだけのスーパー超人になってるの???

 

「それで、市川先輩は3年生で引退したにもかかわらず、後輩の面倒を見るためにこの合宿に来てくれたんですよね?受験勉強は大丈夫なんですか?」


 ぐさっ……

 

 天使ちゃんはきらっきらの目で私を見つめてくる。

 

「計画的に勉強してるからね。だから今日はもう帰って受験勉強の続きをしないと」


 ちょっとだけ見栄を張った。ごめん千晶。ごめん後輩のみんな。今日は帰るね。

 

 私はそそくさと家路につき、家についたら参考書と格闘することにした。

★ジャンプサーブとスパイクサーブの違いについて

→厳密に言えばジャンプして打てば全部ジャンプサーブになります。ですが本作では以下のように分けます。


ジャンプサーブ:ジャンプして腕を振ふり下ろさず(打った後に腕が肩より上)に打つサーブ

スパイクサーブ:ジャンプして腕を振ふり下ろして(打った後に腕が肩より下)打つサーブ


ジャンプサーブの方が威力が小さいですが、その分コントロールがききます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ