閑話 苦悩するスタッフ達
今回は短いお話です
2日半に及ぶ全日本女子バレーボール合宿。
選手は全行程を無事に終えたが、裏方のスタッフの仕事はまだ終わっていない。
むしろ彼女達が残した記録、練習映像から今より強くなるための道作りをしなければならないので、これからが本番ともいえる。
そんなスタッフ達だが、1人の少女(?)が残したあまりにも規格外なデータを前に頭をかかえていた。
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「医学の観点からはっきり言わせていただきます。この記録はあり得ない。筋繊維構造からしてもこんな記録は出ない」
日本が誇るトレーニングセンタースタッフの中でもとりわけ英才と名高いスポーツドクターがはやくも匙をなげた。
「トレーナーとしても言わせてもらおう。あんな食生活とトレーニングでこんな記録を出されたら俺達はいらなくなる」
今度は日本を代表する名トレーナーがギブアップ宣言をした。
彼らの前には1セットの紙束がある。そこには立花優莉という名の怪物の記録が書かれていた。
合宿2日目。
スタッフの1人が彼女の総合的な運動能力を図ろうと七種競技をやらせた。
本来なら2日間に分けて行われるそれを半日で、しかもシューズをはじめとした用具も決して超一流の品というわけでもないという状態。
この状態で彼女はとんでもないことをやり遂げた。
最初の100mH。
お世辞にもきれいに飛んでいるとは言えない。プロのトレーナーの目からすれば無駄と改善点だらけのフォームだ。
靴もトレーニングセンターで貸し出したものとはいえ、1足2万円もしないトップ選手からすれば安物の靴である。
これでたたき出した記録は12秒92。世界新記録ではないものの、日本新記録である。
ちなみに自己申告ではあったが、100mの自己ベストは10秒50らしい。
のっけから度肝を抜かれたスタッフだが、2種目こそ彼らの常識を粉砕して見せた。
走高跳。彼女は背面飛びが出来ないのだという。それは仕方がない。素人が背中から落ちる背面飛びをするには勇気がいる。なので普通に飛んだ。小学生がよくやるはさみ飛びだ。
……いくら彼女がバレーボールで日頃跳躍をしているとはいえ、記録は180cm。
記録こそ世界記録はもちろん、日本記録にすら及ばないが、彼女は背面飛びで飛んだわけではない。にもかかわらず自身の背丈より20cmも高く飛んだ時、スタッフの何人かはおのれの正気を疑った。
その後の砲丸投、200m走、走幅跳、槍投げ、800m走。さらりと走幅跳で8m越えを出したりしていたが、とりあえず全種目を終えた。
その全てが素人らしい非効率な投げ方、走り方、跳び方だった。にも拘らず、全てが女子の世界記録とほぼ同等。
そして七種としての記録は8000点越え。女子日本記録が6000点弱、女子世界記録ですら7000点強にもかかわらずである。
その偉業を目の当たりにしたスタッフの中には陸上への転向を本気で薦めた者もいた。彼女はにべもなく断ったが……
しかもこれだけの記録を出した彼女の体型は身長156cm。体重は49キロ。とてもこれだけの記録を打ち立てるような体躯には見えない。
事実、医学という観点から見た彼女はどこにでもいるちょっと痩せ型で程よく運動をしている女子中高生以外の何物でもなかった。
尿検査、血液検査、呼気検査、体脂肪率、その他諸々、運動能力が常識的にあり得ないことを除き、体は普通の女子中高生、身体能力は世界記録級。
薬物の類は一切検出されず。こんな不可思議生物、どうしろと?
「もうこうなりゃ遺伝子検査の結果を待つばかりだな。この怪物は人類ではありませんって結果が出るのを切に願うよ」
「おいおい。そりゃあんまりだろ?」
「でなきゃどうしてこんな風になる?あ、いっそのこと悪の秘密組織で作られた改造人間とかでもいいぞ?」
「少なくともMRIでもCTスキャンでも体内に機械の類は見当たりませんでしたね」
「ならお手上げだ」
この後、スタッフ達はこの記録を世の中に公表するかどうかで少しだけもめた。その結果は
「公表したところで誰も信じない。嘘をつくにしてもあまりにも既知外の記録だ」
として立花優莉の七種競技女子世界新記録 8425点は人知れず闇に葬られた。
没にしようかと思いましたが、せっかくのなので。