038 全日本合宿 つなぐバレー
遅くなりました。
全日本女子バレーボール合宿2日目が終了した。
今日の俺は全体練習にはほとんど混ざらず、1人だけ別メニューとなることが多かった。特別扱いって奴である。ぶっちゃけお荷物過ぎて混ざれなかったともいう。
とはいえ収穫の多い合宿であった。
当たり前だが県大会敗退レベルの松女と全日本とでは練習のレベルが違った。やる練習自体はそう変わるものではないが、技術が違う。なにより意識が違う。
例えば昨日のサーブ練習。
俺達は右、左、中央の三方向にコートの手前にいれるか、コートの奥にいれるかを組み合わせて計6か所に打ち分ける練習をしている。だが、全日本合宿では9m×9mの相手コートに対し、10cm単位でアプローチを行う。
バレーのプレイ一つ一つが丁寧で巧い。同じサーブ練習でも目的意識がまるで違う。今までもサーブ練習の際にはただ闇雲に打つのではなく、コースや威力を意識して行っているが、ここにいる人達はフォームの数センチ単位のずれすら気にして練習している。そこに妥協がない。
もちろんそれをなすことのできる高い技術があってこそだが、高い意識の中で練習する彼女達を見ていると、自分も奮い立たせられる。高い意識がストレスになることも事実だが、嫌な感じのストレスではない。
なるほど、これが共に高めあうって奴か。
と、プレイ面ではとても尊敬できる人達だが、人としてはちょっと……な人が多い。
「優莉ちゃん。今日も可愛いね。パンツは何色?」
「優莉ちゃん。今日はお姉さんと一緒にお風呂に入りましょ。背中も流してあげる」
……こんな人たちをどうやって尊敬しろと?
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「疲れた~~~~……もう寝る」
与えられた部屋に着くなり、俺はベッドに倒れ込んだ。ご飯は食べた。風呂にも入った。パジャマにも着替えた。もう寝るだけ。寝るしかできない。
今日はバレー練習というよりも、俺のどこが限界値なのか調べるために1日費やしたといってもいい。それもあって全身もれなく限界まで高い強度の運動をした。
ていうかね、女子高生に自重の6倍以上のバーベルを担がせるなよ。児童虐待って言われるぞ!
「けど、普通の女子高生は300キロのバーベル担いでスクワットなんてできないからなあ。スタッフの人、みんな口を開けて驚いてたよ」
苦笑して答えるのは美佳ねえ。
この部屋は二人一組で1部屋泊まる形だった。いわゆるツイン。ツインの相方は美佳ねえ。ちょっと前にバレー部で泊まった合宿所のように大広間で大人数が寝るような形ではないし、設備だってずっといい。これが無料で利用できるとは恐れ入る。ベッドも良い。もう今日は寝よ――
と、思っているとドアがけたたましい音と共に開かれた。
「優莉ちゃ~ん!!お姉さんを慰めて~」
部屋に入ってきたのは由美さん。
「悪いな由美。優はもう疲れたから寝るってさ」
「じゃ、お姉さんが添い寝してあげる」
美佳ねえの言葉と俺の意思を無視して流れるように俺の隣に寝転がる由美さん。あのさぁ……
「由美さん。慰め――」
「由美お姉さん」
……この人、めんどくさい。
「由美お姉ちゃん。慰めてほしいって何があったの?」
「聞いてよ優莉ちゃん。お姉さんの可愛い後輩たちが今日負けちゃったの!」
「?」
可愛い後輩って誰のことだよ!
「あーインターハイで姫咲負けたのか。どこで負けたの?」
「準決勝。相手は金豊山学園。ちなみに金豊山はそのまま決勝も勝って1月の春高に続けて連覇だね」
「本命がそのまま勝った、ってところか」
「金豊山はセッターが良いね。全日本の田代監督もU-23の大江監督も高校生に対して小粒だなんだって厳しい意見を言うけど、金豊山の何とかって言うセッターだけは今回の合同合宿に呼びたかったって言ってたし」
「どんくらいそのセッターは巧いの?」
「高3の時の沙月といい勝負が出来るくらい巧いよ」
そのまま由美さんと美佳ねえはベッドの上に座って向き合う形で高校バレー談義を始めた。でっかいタブレット端末にはバレーの試合が映し出されている。おそらく今年のインターハイの試合なのだろう。
ちなみに俺はというと寝転がっていたはずなのに、いつの間にか由美さんの膝の上に座る形になっていた。重くないのか?
「昨日も言ったけど、優莉ちゃんは軽すぎるよ。ちゃんとご飯は……食べてるみたいだけど、それでももっといっぱい食べた方がいいよ。美佳の異母妹なら私と違ってこっちだって将来有望なんだし」
ふにふにと人の胸部を揉む由美さん。セクハラ罪で訴えられないだろうか?
「優莉ちゃんって癒し系だよね。柔らかいし、暖かいし、等身大の癒し人形だよ!」
どうやら人の話を聞く気はないようだ。
無理やり起こされた視線の先には大型のタブレット。映し出されているのはバレーの試合。片側のチームには見覚えがある。姫咲だ。
「これ、今年のインターハイの試合?なんというか、合宿に参加している皆さんと比べるとへたくそ……」
「あのなあ、そりゃそうだろ。言っとくが、優達はこれよりへたくそなんだぞ?」
「美佳ねえ。そうじゃなくて、もっとこう、うまく動けると思うんだ。合宿でわかった。多分高校トップクラスかと全日本に選ばれる選手とそんなに体力に違いはない」
ちなみに俺がここで高校トップクラスとしているのは玲子だ。玲子の身体能力は全日本に選ばれる選手と同等クラスだ。なんで体操ではダメだったんだろう?
玲子を例外にしたって、例えば陽菜だって身体能力で後れを取っているが絶望的な差があるわけではない。まあ、トップの世界だとほんの数センチ高く飛べるだとか、コンマ何秒分速くボールのところへ行けるとかが重要になるんだろうけど、なんというかそれ以前の何かでここにいる女子代表選手は巧い。それは何だろう?
「……由美お姉ちゃん。いつも何を考えてバレーをしてますか?例えばスパイクを打つ時、何を考えてますか?」
「なにってそりゃ、どこにスペースが空いてるとか、そんなん?」
「優。聞く相手を間違えてる。由美は良く言えば天才型、悪く言えば考えなしの脳筋だから聞いても参考にならないよ。ちょっと待って沙月を呼んでくるよ」
「美佳、なんか私に風当たり強くない?」
「はぁ……。由美。優達の高校、インターハイ県予選で姫咲に負けてるの。しかも初心者の優を徹底的に狙うっていうトラウマになりそうなやり方で。
そりゃ、真剣勝負なんだから仕方ないけど、だからって慰めてもらう相手を間違えてるんじゃないの?」
「うっ……」
まあスポーツでの戦いだったし、別に姫咲にどうとかという感情はないが、確かに贔屓にする気持ちはあんまりないなあ……
にしても姫咲はなんだかんだでベスト4まで勝ち残ったのか。すごいな。
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「高校生と私達で何が違うかって?そうだね。優莉ちゃんの言う通り、体力面ではそう大きな違いはないと思うよ。
昔ならともかく、今の全国大会に出るような高校は総じてプロ並みのトレーニングメニューに食事だって気を付けているからね。優莉ちゃんのところは例外だけど。」
美佳ねえに呼ばれてこの部屋に来た沙月さんは嫌な顔1つせずに俺の疑問に答えようとしてくれた。
「そのうえでまず違うのが体格。バレーボールはどうしたって背の高い選手が有利なの。背が高くて、バレーが巧い選手が理想の選手なんだろうね。
で、強いところは全国から背が高くてバレーの巧い選手を集めてくるんだけど、そんな選手は全国に何人もいないからどうしたってパイの取り合いになる。
結果、チームメイト全員が背が高くてバレーが巧い、なんてことは起きにくい。対してここにいる選手は日本中から背が高くてバレーの巧い人を集めてる」
もっともな話だけど、俺の知りたい答えではないなあ。それを承知の上でなぜ動きが違うのだろう?それが知りたい。
「優莉ちゃんは素直な子だね。顔に不満だって書いてある。さっきのは前提条件みたいなものよ。さっきも言ったけど、ここには優莉ちゃんみたいな例外を除くと背が高くて巧い選手が大勢いるの。一緒に練習して、何が凄いと思ったの?」
「皆さんプレイ一つ一つが巧くて丁寧です」
「はい。それ。それが優莉ちゃんが誤解しているところなの。『プレイ一つ一つ』じゃないの。バレーはつなぐスポーツ。プレイ単品が巧くたって意味がない。
例えば優莉ちゃんのお姉さん、美佳がバレーをやっているところをよく観察してみて。ただ単純にレシーブが巧いんじゃない。Aパスでレシーブしたら最後はスパイクで返したいって思うでしょ?
美佳はレシーブしたらすぐにスパイカーの道をあけるのが巧いの。結果、由美が良い助走が出来ていいスパイクが出来る。選手全員が次のプレイのことも考えてバレーをやる。だからラリー中、流れるようにプレイが続くから巧いって思えるんじゃないかな?」
!!
そうか、そうだったのか。
プレイ一つ一つじゃないのか!
いや、考えてみれば当たり前か。
例えば野球でもキャッチャーのサインにあわせて守備位置を変えるとかあったな。プレイは単独で行わるものではなくつながるもの……
ってあれ?
「沙月さんはじゃあ、何を考えてバレーをやってるんですか?」
「いいところに気が付いたね。私はね……」
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全日本女子バレーボール合宿3日目も終了した。
最終日は本当に簡単な練習と1日目、2日目のメディカルチェックを受けて各選手への健康面のアドバイス、人によっては食生活の改善などを促された。
んで15時に解散。ちと早くないかと思ったが、人によっては地方から来ているので飛行機やら新幹線やらで戻ることを考えるとこの時間での解散となったらしい。
たった3日、より正確に言えば2日半で劇的にバレーは巧くならないが、劇的に巧くなるためのコツというか考え方は教えてもらった。
合宿中に指摘された動き。スパイクのバックスイングだけじゃない。モーションキャプチャーで動きを記録してそこから改善案を出していくなんて贅沢はこの合宿に参加していなかったら知り得なかったことだ。
俺専用のトレーニングメニュー。これをやり続ければ俺自身のパワーアップにつながる。
そして次を意識するバレー。口で言うでいうのは簡単だけど、これは相当に難しい。少なくとも基礎も怪しい俺がこれを気にするのはまだ先だとしても、松女に持ち帰ればきっと明日香達が活かしてくれるだろう(他力本願)。
いろいろ学んだ。それを活かすためには練習を重ねるしかない。巧くなるには練習するしかない。早く試したい。もっと練習したい。
「ほれ、優。何やってんだ?帰るぞ」
現地解散で美佳ねえはそのまま大学のバレー部もお盆休みに入るので久しぶりに家に帰ることになる。なので行先は俺と同じ。駅までてこてこ二人並んで歩いていく。
「美佳ねえ。帰ったらさ、ちょっとバレーの練習に付き合ってよ。陽菜も混ぜてさ」
幸か不幸か、お盆中は松原女子高校内でのバレーの練習がない。お盆中くらい休め、ということらしい。みんな自主練しそうだけど。
「なんだなんだ。ずいぶんやる気じゃないか。いいよ。どうせなら近所の市民体育館も借りて本格的にやりたいなあ」
「空いてるかどうかだね。予約表に空きさえあれば1時間800円で借りれたはずだよ」
「よく知ってるな」
「ちょっと前に日曜練習したくて調べた」
「ふ~ん。でもそれは明後日以降だな」
「なんで?」
「駅まで行けばわかるさ」
この後、駅に着くとそこには涼ねえと陽菜の姿があった。なんでも俺が戻ってきて1周年のお祝いをしたいらしい。
うん。ここまでなら美談だよね。そうだよね。
でもさ、「お祝いと言えば衣服よね」「さすがに都内の方が服の種類が多い」とかのたまって俺のセンスとは真逆のガーリーコーデを極めたような服を買い揃えるのはやめてもらえませんかね。
俺、着ませんよ?
え?買ったから今すぐ着替えろ?だから嫌だって……
お姉ちゃん命令?
着替えなかったら、下着ごと全部衣類を総とっかえにして、こういう服しかきれなくしてやる????
ほぇ?明日は俺の記念日だから可愛い服をたくさん着させてあげる?いや、それって要するに着せ替え人形になれってことでしょ?俺着たくないし……
え?決定事項?逆らうと……
……自己紹介をしよう。俺の名前は立花 優莉。立花家の四女だ
そう。いつだって涼ねえの命令には逆らえない立場の人間なのだ。
……しくしく……
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一応補足
玲子が体操で大成しなかった理由
→背が伸びすぎたから
書きたいことはあるのに文章に出来ない……
毎日更新できる人は本当に化け物ですわ