037 全日本合宿 伸びしろ
10/27は2話更新しています。まだ読んでいない方はぜひ!
「立花。お前は後10cmは高く飛べる」
へ?何言ってんのこの人?
「これを見てみろ」
一体いつ撮ったのか。田代監督の手元にあるタブレット端末には俺が先ほどスパイクした動画が映し出されていた。
「このアリーナのそこら中に仕掛けてあるカメラで撮った動画なんだが、今の自分のフォームをよく覚えておけ。重野!」
今度は由美さん(今更重野さんと呼べないって)が呼ばれて、俺と同じようにスパイクをする。
「よし。重野は練習に戻れ。立花。これが重野のスパイクだ。お前と何が違う?」
今度は由美さんのスパイク動画を俺に見せる。何が違うって違うところが多すぎる。
まず体格が違う。俺の方が小さい。歩幅も違う。これも俺の方が小さい。でも打点は俺の方が高いし、スパイクの威力も俺の方が凄い。
後は……
「!!バックスイング!」
俺の方が振りが小さい。体格的な問題で俺の方がスイング自体が小さいのは仕方ないが、振りまで小さいのはおかしい。
「その通り。バックスイングはスパイカーにとって翼のようなものだ。ところがお前は精々45°程度までしか振らない。一方、重野はどうだ?90°以上腕振ってジャンプする。
つまりお前はバックスイングの力を重野と比べて半分しか使っていないということだ。
腕の振りについては高校バレーでは全国レベルでもこの程度しかバックスイングしない選手は大勢いる。それにそもそも高く飛べる以上、お前の高校の顧問もあえて指摘していないのだろう。他に覚えるべき技術が多いからな」
俺は指摘されて、その場で腕を由美さんのように振ろうとして――
「いてて」
そんなに振れなかった。
「あそこまで振るには肩の柔軟性が必要だ。それは一朝一夕では身につかないし、相手が高校生なら今の立花の高さでも十分通じる。それはそれでいいが、せっかくもっと高く飛べるんだ。飛んでみろ!」
肩の柔軟性か。どうやったらいいんだろうか?柔軟という言葉で玲子を思い出す。思い返してみれば玲子のバックスイングは由美さんほどではないが、確実に俺よりも大きい。ここにいるバレーの専門家だけでなく、バレー以上に柔軟性が必要な体操の経験を持つ彼女にも聞いてみるか。
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少なくとも俺にとっては衝撃の事実発覚後も練習とメディカルチェックは続いた。採血とか、よくわからん機械でなんちゃらチェックとか。
んで初日の全予定終了後、美佳ねえから声をかけられた。
「優。ちょっと自主練したいから付き合ってくれない?」
俺は二人の姉、涼ねえと美佳ねえを尊敬しているし、自慢の姉だと思っている。なので変な頼みでない限り、尊敬する姉からの頼みごとに対する俺の返事はYES一択だ。
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予定が終わった後も自主練習する奴はいる。というか日本代表に選ばれるような連中なのでほっとくといつまでも練習しかねない。なので自主練習とはいえどもスタッフの監視がある。
俺達はコートを借りて練習することなった。
「実はさ、一度、優のスパイクを受けてみたかったんだよ」
「それくらい言ってくれればいつでもやったのに……」
頼まれた内容がショボすぎて泣きそうだ。俺、そんな頼み事も聞いてもらえないと思われてるのか。
「今まで機会がなかったからね。沙月、トスよろしく。優、沙月に適当にボールを投げ渡してスパイクしてみて。あ、オープン攻撃ね」
美佳ねえの言う沙月とは川村 沙月さんのことで、これまた美佳ねえと姫咲で同級生だった人だ。
リベロの美佳ねえ、エースの由美さん、そしてセッターの沙月さんが中心となって4~5年前に姫咲はインターハイや春高を制したらしい。
というか、高校のチームメイト3人が代表でも同じチームってすごいな!
「優莉ちゃん。全日本で選ばれたのは美佳だけ。私と由美はU-23の枠で選ばれてここにいるの。……正直、全日本のセッターは厳しいかな」
「なんだよ沙月。テンション低いな。由美なんて『この合宿で私がエースを奪ってやる』って息巻いてたよ?」
「美佳こそ、ちょっと前まで『日本代表でレギュラーなんて無理』って言ってたくせに……」
沙月さんはこの合宿に参加している面々の中では常識組。少なくとも俺を愛玩動物扱いしてこない数少ない、本当に少ない良心組だ。俺のことはちゃん付けで呼ぶけどな。
ネットを挟んで美佳ねえが向こうで構える。ルールは簡単。俺はセンターから俺の打ちたい方向にスパイクし、美佳ねえがそれをレシーブする。美佳ねえ側は1人。どう考えても俺が有利というか勝負にならない。
「いや、勝負って何さ。私は優のスパイクをレシーブしてみたいだけなんだよ」
「だったら私が美佳ねえに向かってスパイクすればいいじゃん」
「それじゃ本番想定の練習にならないだろ。優は人のいないところに打つ練習だと思えばいいさ」
ということで俺がスパイクし、あわよくば美佳ねえがレシーブするというものだ。悪いけど、俺が真面目にやれば10本打って10本とも美佳ねえに触らせない自信がある。コートがどんだけ広いと思ってるのさ。9m×9mだぜ?それを1人で守る?
俺のスパイクは人が見てから反応できるような速度ではない。もしそうならば男子バレーのスパイクの決定率はあんなに高くない。
「沙月さん。お願いします」
俺が沙月さんにボールを投げる。沙月さんがそれをオープントスにしてくれる。
きれいなトスだ。今まで陽菜のトスをきれいだと思っていたが、それとは次元の違うきれいさだ。
いいトスはテンションも上がる。いいスパイクが打てそうだ。美佳ねえに実力の違いを見せてやる。
だが……
ぽすっ
「うひゃー。速いなあ!優!これなら由美に勝てるよ!」
美佳ねえに当たり前のようにレシーブされた。ただレシーブされたわけじゃない。今までも玉木商業や姫咲のレシーバーにはレシーブされたことはあった。
けれどもその時は「なんとなくでコースを読み、後は運任せでレシーブ」という形で、実際にレシーブと言っても正確には体にあたった、という表現が近いようなレシーブだった。
けど美佳ねえのは違う。確かに俺は美佳ねえの2m程右側にスパイクを打ったはずだ。けど、美佳ねえは俺のスパイクを真正面でレシーブした。
しかもレシーブの音がこれまで俺のスパイクをレシーブされたときの音とは違う。なにより返球位置。セッターの位置へ山なり返球。いわゆる完璧なAパス。
「優!もう一本いい?」
「あ、うん……」
その後、20本くらいはスパイクを打っただろうか。俺の決定率は体感で6割程度。如何に美佳ねえと言えども広いコートを一人では守り切れなかった。
けれども打ったスパイクのうち6割以上はボールに触られた。俺は美佳ねえのいないところを狙ったはずなのにである。もし仮にフォローする仲間がいたとしたら俺のスパイクの決定率は4割程度まで落ちるだろう。
なんなんだよ。この人。てか、俺のスパイク、男子より速いって言われてんだぜ?なんでそれをああも触れるんだよ。
「優莉ちゃん。驚いた?君のお姉さん、美佳は私達スパイカーの天敵だよ。美佳と練習してるとそのうち自信がなくなって美佳のいる方向にスパイクを打てなくなる」
気がつけば俺の後ろには由美さんが立っていた。その顔は初対面の時とは違い、真剣そのものだ。
「ひどいな。高校の頃、私に全然レシーブさせなかったのは誰さ!」
「それ、高1の頃から高2と高3の間の春くらいまでの話でしょ?夏以降なんて美佳の圧勝だったじゃん」
なにやら美佳ねえが由美さんと言い争いを始めるが、俺はそんな気分ではなかった。いくら美佳ねえが凄いからってああも俺のスパイクをレシーブ出来るもんなのか?
「優。よかったらお姉ちゃんが何でレシーブ出来たか教えてやろうか?」
「え?教えてくれるの?」
「あぁ。レシーブ出来た理由だけどな。単純。たくさん練習したから」
がっかり。美佳ねえに期待した俺がバカだった。
「おいおい優。そこはがっくりくるところじゃなくて、どんな練習をしたんだって聞くところだろ」
!!
そうか!美佳ねえは何か特別な練習をしたから巧いんだな!
「美佳ねえ!どんな練習をしたの?」
「う~ん。そうだな。まず基本はアンダーキャッチ、オーバーキャッチ(ボールを正しい位置で取る練習)。それから1対1。対角レシーブに、フライング練習。後は……」
……どれも俺達が松女でやっている練習と変わらない。いや、練習の難易度はもっと上なんだろうけど、なんか普通……
「はっはっは。優は本当に顔に出やすいな。でもまだわからないか?」
????何がわからないと言いたいのだろう?
・
・
・
「ひょっとして、レシーブが巧くなるのには基礎を積み重ねるのが一番ってこと?」
「そういうことだ。レシーブに王道はない。才能とかもあんまり関係ない。どれだけ練習したかだけだ。ま、これは技術的なお話だな。
これだけだとお前のスパイクはレシーブ出来ない。だからお前がどんなコースを打ってくるか考えたんだよ」
「??」
「例えばさっきのスパイクの1回目。優の性格を考えると『大口をたたいた美佳ねえに実力の違いを見せてやる』とか考えて、最初はちょっと手をのばせば届きそうなところ、私から半径2mくらいのところに手も足も出そうな全速力スパイクを打ってくる。
打つ方向はポジションがセンターエースになったのが楽しいって言ってたからターン(優莉から見て左方向)でだと考えた」
……正解。確かに俺は美佳ねえから見て右2mのところにスパイクを打ってそれをAパスにされた。
「続く2本目は『あ、美佳ねえヤバい。全力全開でやんなきゃ』とか焦りだして優にとって自信のあるクロス方向に、私から一番遠くなるコート奥にスパイクを打ってくると踏んだ」
……これも正解。やっぱりこれもAパスにされた。
「で、3本目は―――」
どうやら美佳ねえがあれだけスパイクをできたのは俺の性格をよく知っていたからのようだ。次々と俺の心理を読み当てていく美佳ねえ。脳筋だと思っていた美佳ねえの智謀の前に敗れ――
「ひはひ、ひはひ!」
美佳ねえが俺のほほをうにゅーんとしてくる。
「なあ。優。怒らないから言ってごらん?今、失礼なことを考えただろ?」
ぱっと手を放す美佳ねえ。
「ごめんなさい。美佳ねえが頭脳プレイをするなんて考えてませんでした」
「よしよし。素直な妹だ。私は寛大な姉だから宣言通り怒らないぞ。でも怒らないけど、お姉ちゃん不敬罪で有罪。刑執行。」
俺は再びほほをうにゅーんとされた。
世の中、いつだって弟は姉に逆らえない。
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「おぉ。優の髪はやっぱりすごいな!」
「えへへ。私、背も胸もくびれもお尻もないけど、髪の毛だけは美佳ねえ達に勝てる唯一の自慢だもん」
「そんなことはないぞ!優は可愛いからな」
あの後、今日は休むように、とスタッフに言われて体育館を追い出された。晩御飯は自主練前に食べていたので後は風呂に入って寝ることぐらいしかやることがない。ということで浴室に来ていた。
そこには周りには虎視眈々と人の裸を狙う変態ばかり。
油断しようものなら「優莉ちゃん、お姉ちゃんが背中を流してあげる」からのセクハラ攻撃が待っている。
……先日の夏合宿後半では主に愛菜とか愛菜とか愛菜からえらい目にあった。あの惨劇は繰り返してはならない。
そこで俺は機先を制することにした。
題して、「私はお姉ちゃんに洗ってもらうんだから」作戦。
姉御肌の美佳ねえは年下からの頼みは基本的に断らない。現にお風呂場セットを突き出して「ん」というだけで
「おいおい。今日は随分と甘えん坊さんだな」
とか
「今日だけ特別だぞ?」
なんて言いながら俺の髪や体を洗ってくれることになった。
ガサツなイメージの美佳ねえだが、女性暦20年超は伊達ではない。
「洗髪一回にシャンプー7プッシュとは面倒だな」
なんて言いながらも俺なんかよりも丁寧に髪を洗ってくれるし、背中だって肌に傷がつかないよう、優しく洗ってくれる。
俺達のこの仲睦まじい姿を見て妨害しようなんて奴は幸い、代表選手団にはいなかった。良かった。
……時々、鼻血を出して風呂場を出ていく人を見かけた。きっと湯あたりしたのだろう。そう思うことにした。
変態にあちこち触られない代りに美佳ねえには体のあちこちを触られるわけだが、そもそも美佳ねえには女になった当初、使い方を実演で教えてやると言われて初めてかつここまでの人生では唯一異物を俺に挿入した他人である。
今更どこを触られても恥じる要素はない。
それに思い返すもつらいが、女になった当初に美佳ねえは「体の洗い方を教えてやる」とか言われてあちこち触られている。
……もし仮に俺が貞淑な大和撫子であったなら美佳ねえに責任をとって嫁にもらってもらうしかないレベルでだ。
なんて思っていると
「優。お前、ちゃんと練習してるんだよね?」
「そうだよ。なんで?」
俺の腕を洗ってくれている美佳ねえはなぜか俺にそう聞いてきた。
「なんていうか今触っている腕だけじゃなく、腰も背中も足も全然筋肉がついてない。あー全然は言い過ぎか。でも優達に教えたトレーニングを毎日やってればこんな風にはならないはずなんだけど」
「あ、それ、私も不思議に思ってるの。陽ねえ達はちゃんと筋肉がつくんだけど。私にはさっぱり……」
「おっかしいなあ。お風呂を出たらトレーナーに聞いてみよう」
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「俺も君の体についてはおかしいと思ってるんだよ」
風呂場から出た俺達は専門の資格を持った男性トレーナーに俺の体のことをきいたら、逆に向こうからも不思議がられた。
「今日の検査、浅いところだと体脂肪率。深いところだと筋繊維構造なんかも調べた。結果、君の体は構造上はちょっと運動をやっている女子中高生程度でしかない。にも拘らず君が叩き出した体力測定の結果は今回集められた全選手中トップどころか男子のトップクラス以上だ。体の構造と体力測定の結果がまるで釣り合わない」
トレーナーさんはここでさらに深いため息をついて
「遺伝子検査だとか血液検査だとかの詳細な結果は出ていないが、すぐに調べられる範囲では君からドーピングや薬物の類は検出されていない。はっきり言ってしまえば現代医学の敗北だよ。
君の体のつくりではどんなに頑張ろうとあれだけの身体能力が出るはずがない。君の体には不思議がいっぱい詰まっている」
不思議がいっぱいときたか。いつぞや遺伝子検査をしたことがあり、その際には間違いなく人類、と判定されたが人外判定される日も近いかもしれない。
「なのでこれから教えることが正しいかわからないが、一つの仮説を立ててみた。単刀直入に言うと君の場合、筋肉をつけるためには今のトレーニングでは運動強度が足りない。
筋肉は軽い負荷を100回かけるより何とかできるくらいの負荷を3回かけるほうが成長する。今、君が日常行っているトレーニングは一般的な女子高生よりちょっと強度が高いトレーニングでしかない。
君の体の構造上はいいかもしれないが、体力測定の結果だけから考慮するとあまりにも負荷が小さすぎる。君には男子のトップアスリートクラスの負荷をかけないと筋肉が成長しない」
この後具体的に提示されたメニューはちょっと泣きそうだった。今までも大変だったのに……
「君は特別な高校ではなく、普通の公立高校にある、普通のバレー部に所属しているんだよね。そうなると1人だけ逸脱した練習メニューはやりにくいかもしれない。けれどもそこをおして、半年ほどこのトレーニングを続けて欲しい。」
半年って、春高まで続けろってことですか(白目)
こうして俺は俺専用のトレーニングメニューを手に入れた。




