閑話 ちょっと昔のお話
※感想欄を受けて急遽作りました。お話的にはすっとばして問題ありません。
都内 某ビジネスホテル 早朝
俺は今日から始まる全日本女子バレー合宿に参加すべく、前日から会場付近で宿を取っていた。
洗顔、スキンケア、メイクというほど大それたものじゃないけど、いつもやっている女子の身だしなみをやって、髪をセット。朝のルーチンワークだな。
女になった当初はどうしてこんなことを毎日やらなくてはいけないんだと思ったが、習慣となってしまえば苦にはならないし、楽しくなってくる。
鏡を見れば高校生というには童顔ではあるが、顔自体はまあ整っているといえる少女の顔。
最初は違和感しかなかったが、もうこれは俺の顔だ。
日付は8月9日。俺がこっちに戻ってきて明日で丸1年だ。
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突然だが、世界征服を企む魔王がいて、それを剣と魔法で討伐する世界が実際にある、と聞けばどう思うだろうか。
小さい子供ならともかく、分別のついた大人ならそんなことは信じはしない。
俺は中二病を中学3年生の夏まで患っていた。
が、そんな俺でも中学3年生の秋以降に『剣と魔法の世界が世の中にはある』と真顔で話す人がいたらその人に医者に行くことを勧めていただろう。
だからこんな話を真面目に言うのもつらいが、実は俺、今から3年前から1年前までの2年間、その剣と魔法の世界に行っていた。
いや、そこで呆れないでくれ。本当の話なんだ。
でな、よくあるだろ?異世界に呼ばれた現代日本人が勇者となり特別な力なり、魔法なり、聖剣なりを使えて無双するお話。残念なことに俺はそんなことにならなかった。
その異世界はなんというかファンタジーというには残念というか都合の悪い現実も加味した世界だった。
例えば、異世界人と言えば輝くばかりの美少女、美人がいるっていうのがファンタジーの相場だろ?でもな、サプリや化粧品どころかシャンプーやせっけんといった生活用品すら流通してない世界だ。食事だって下手すれば獣の肉を焼いて食う程度。栄養バランス?知ったことか、という世界。
はっきり言う。ぼさぼさの髪の毛、荒れた肌、生えるに任せた体毛。あっちの世界で最初期にげんなりしたことの1つがこれだ。
容姿に金と時間と道具を使える王族とか一部の特権階級は違ったが、それでも現代日本の一般市民がよほどいい道具を使える。
そんな世界で特別な力も魔力も持たない俺だったが、とても重宝された。
その理由は彼らの知らない技術、知識を知っているから。
なに、そんなたいそうなもんじゃない。例えば泥水をろ過する方法、例えば同じ土地に性質の異なった数種類の作物を植える輪作。例えば天気の変わる理由。
今なら小学生でも知ってそうな知識だが、あちらの世界ではとても重宝された。
思うにあっちの世界で技術・科学が発展しなかったのは魔法のせいだろう。
例えば戦場で切り傷を負ったとしよう。不衛生な戦場なので当然傷口には泥がついたままだが、あちらの世界では傷口の泥を洗い流す、なんて発想はなかった。
怪我をしたら魔法で治すってのが常識で傷口が化膿しないように、なんていうのは考えも出来なかった。まあ魔法で治せれば一瞬で傷は治るし、その発想は間違ってない。
問題はその魔法が誰しも使えるものではないということだ。マッチ程度の火を数分出せる、1日に1回コップ1杯程度の水を出せる、ぐらいの魔法を使えるものがおおよそ10人に1人程度。
戦いでまあ使えないことはないだろう、程度の魔法使いとなると100人に1人程度。魔法使いと名乗って戦闘で活躍できるクラスとなると1000人に1人。
しかもなんで魔法が使えるか、なんていうのを解き明かしたわけじゃなくて、なんとなく使える、という状態だ。
そんな不確かで圧倒的マイノリティな魔法使いが世界の常識を担っていた。
そこに誰でも使える現代技術を投入ですよ。そりゃ喜ばれるってもんだ。
最初に異世界に呼ばれたのは中学生最後の春休み。高校の入学式前。
あちらさんの事情を聞くに魔王と戦える戦力を欲していて、どう考えても俺が役に立つとは思えない。今回は縁がなかったですね、それじゃ元の世界に送りますという形で話もまとまった。
が、せっかくなのでちょっと異世界を見て回った時に、何気なく誰でも火種を作れる圧気発火器を伝えたら喜ばれた。水の分配で争いが起きているところに円筒分水を教えたら感謝の宴を開かれたし、電解精錬を伝えたら錬金術師と呼ばれたものだ。
そんなんで気を良くした俺は高校生活を送る一方で、毎週日曜日に異世界旅行を楽しんだわけだ。
事態が変わったのが3年前の6月最初の日曜日。いつものように現代技術を伝えに異世界に行ったその日、魔王の手下の軍勢が王都を襲撃。俺がこっちとあっちの世界を行き来するために必要な宝物を奪われ日本に帰れなくなった。
日本に帰るためには魔王から宝物を奪い返す必要がある。でも戦況はむしろ魔王軍優勢。
ここで俺は日本に帰るため、あちらの世界で長年謎とされていた魔法の発動する原理を解析。魔法を誰でも使えるようにして人類側の戦力を大幅増強。最後は魔王を討ってめでたしめでたし。
にはならなった。
まず単純に2年という時間経過。異世界に行ったきりになったのが高一の6月。帰ってきたのはまともに進級していれば高三の8月。もちろん、当時の俺の学籍は留年扱いだ。
異世界を救ってもこちらの世界には関係がない。このまま2年遅れで高校に通い直すか、はたまた中卒で社会に出るか。な、つらいだろ?
そして、それよりしんどいのが、あのクソ魔王が死に際に残しやがった呪い。この呪いのせいで俺は女になってしまった。まあ、性別が変わっただけで生きているのだから運が良いのだろう。現に、一緒に戦った俺の異世界で一番の親友は死に際の呪いで死んだ。けどな、現代日本で無国籍の少女一人がどうやって生きていけるというのか。
ここで運がよかったことに俺の父さんが紛争地域で難民や戦災孤児を保護、援助することを目的としているNPO法人で働く人であったことだ。父さんの仕事には戸籍を持たない、持ったことのない人に相手政府と交渉して戸籍を取得させることも含まれていた。
そのつてで俺は架空の戦災孤児となり、国籍を捏造。その後、立花家の子供となり、今に至る。
……こんな話信じられるか?俺だったら信じないね。
魔法でも使ったら信じるって?
悪いな。こっちの世界だと魔法が使えんのだよ。理由は単純。大気の魔力が希薄過ぎるから。希薄とはいえ一応はあるのでその気になればマッチ程度の火を一瞬だけ出す程度の魔法なら使えるが、そんなもんより100円ライターの方が何千倍も優秀だ。だから魔法は使えないものとしている。
ちなみに俺の身体能力がやたらと高いのも魔法の応用みたいなもんだ。
え?魔法と身体能力とじゃ結びつきがない?
そうだよな。俺もゲームとかの影響ですっかり魔法=知力、身体能力=筋力のステータスが必要だと思っていたよ。でも両方とも魔力で強化できた。
現代社会で魔力を使って体を動かすのは反則だって?
いや、俺が今使っているのは中国拳法で言うところの気(内気功と外気功)の力だ(多分)。理論上は誰でも使える(はず)。
それにもはや気は体の一部になってしまい、自分ではオフに出来ない。例えていうなら自転車を一度補助輪無しで乗れると逆に補助輪がないと乗れない感覚を思い出せない、といったところだろうか。
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そんな経緯で身体能力に優れた女になった俺だが、体型は矮躯、貧乳、寸胴の3点セット……
いや、最近気が付いたというか、認めざるを得ないがさらにお尻も小さい。
あれは体育の授業が水泳だった時のことだ。
体育の授業なのでプールサイドに出席番号に体育座りになることはおかしくない。が、立ち上がってプールサイドに残った水跡を見た時、絶望した。俺と両隣で大きさが全然違う。
ショックのあまりその場で膝が崩れ、思わず四つ這いになってしまった。
解せなかったのはここで陽菜と明日香が
「「それは新手の嫌味か!」」
となぜか怒って俺に乗っかって来たことだ。
お互い着ているのは水着1枚。なので直に馬乗りされるとわかる。圧倒的重量差。確かに俺とはサイズが違う。
お前ら本当に16歳かよ!
いや、2人とも部室で着替えるところを何度も見てるし、特に陽菜のは知ってたさ。風呂場で裸だって見てるわけだし、パンツのサイズだって違う。
でもあぁして視覚的に立証されると凹む。
なんで陽菜は俺みたいのを羨ましがるのだろう?
俺が涼ねえみたいだったら羨ましがられるのも理解できるんだが……
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俺が小さいことを気にするのはよくわかる。
なんというか俺にとって背が大きいことは自己証明なのだ。俺は子供のころから同級生と比べ背が高く、それがちょっとした自慢だった。
俺が男だった時の背丈は3年前、高校1年の春の時点で180cmを超えていた。俺の誕生日は12月なので15歳で180cmである。その後2年間、こちらの世界に比べ栄養状態が悪い異世界で生活したが、それでも背丈が伸びた感覚はあった。多分180後半はあったと思う。
それが今では平均以下の156cm。性別が変わったこともそうだが、低身長は俺にとって自己を否定されているに等しい。
まあ、そんな大げさなもんでもなく、高身長がちょっとした自慢なら、低身長はちょっとした不満といったところだろう。でも、成人男性はもちろん成人女性にも見下ろされるのは違和感がある。
幼児体型を気にするのはおそらく涼ねえの影響。
俺は自他共に認めるシスコンである。
もちろんシスコンの対象は涼ねえだ。
涼ねえの凄さ、偉大さを語ったら一晩は語れる自信がある俺としては、理想の女性とは涼ねえであり、それに近づきたいと思うのは極自然なことだろう。
いっとくが涼ねえに対して、下品な感情は抱いていない。崇拝に近い感情である。祐樹と雄太からは涼香姉さん教の教祖と呼ばれたこともある。
なお、俺が女になったことで涼ねえが今まで俺に見せてこなかったずぼらな部分を見せるようになり、信仰心は薄れつつあるが……
でも薄れた信仰心の代わりに親しみやすさはグッと増してる。
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物思いにふけっているといい時間になっていた。そろそろ集合場所に向かわないと全日本女子バレー合宿に遅れてしまう。
どう考えても一番下っ端な俺が遅れると俺だけでなく、美佳ねえのメンツもつぶしかねない。
着替えも朝食も済んでいる俺はチェックアウトすべくロビーへ向かった。
なお、宿代も国費で出るそうである。無論金額の上限は決まっているが、俺が前泊したビジネスホテルの宿泊費など朝食込みでも上限を下回る。すげえな、日本代表って。
しっかし、まさか俺があの美佳ねえと一緒にバレーボールをするとはねえ……
涼ねえ程じゃないが美佳ねえのことも尊敬している。子供のころからすごいバレー選手でついに日本代表だぜ?
それに気風がよく、面倒見のいい姉御肌な性格。俺の自慢の姉その2だ。
そんな美佳ねえと一緒に全日本女子バレー合宿に参加だなんて男だった時はもちろん、松女に入学する前の俺でも想像できなかったことだ。
俺の人生、山と谷に満ち溢れすぎてはいませんかね?
「いつか1話を加筆修正します」と感想欄でいったな?あれは嘘だ
ごめんなさい。悠司が優莉になった経緯を1話にいれようとしたら思った以上に長くなったので独立した1話にしました。