004 スポーツテスト
女子高生生活は3日目に突入した。この日は1~2限を使ってスポーツテスト、3限はLHR、4限目は昨日紹介しきれなった学校案内その2だそうだ。
なお、試運転モードは今日までで明日からは通常通りの授業が始まる。つまり午前中帰宅は今日でおしまいなわけだ。
「でもさ、なんでスポーツテストなんてやるんだろうね?」
「そりゃ私達の運動能力がわからないからでしょ。中学校の成績って相対評価だから単純に評価できないし、誰がどれくらい運動できるかなんて学校側は把握できてないからね」
陽菜の疑問に俺が予想で答える。生徒の運動能力を知らんと体育の授業内容も組めないだろうから体育教師には必要なものと推測される。そもそもスポーツテスト自体、国の決まりでやらなければいけないことだったはずだ。
「ところで優ちゃん。さっきから何やってるの?早く着替えなよ。1限は8時50分からスタートだよ。それまでに校庭に集合しないといけないんだから急がないと」
時刻はSHRが終わった8時40分前。担任の榊原先生は手早く連絡事項を伝えると、
「変質者はどのような手段で君達を覗き見るかはわからない。同性ばかりだからと安心せず、カーテンを閉めてから着替えるように」
と言い残してそそくさと出ていった。紳士だな。
その後、カーテンを閉めるとクラスメイト達は一斉に着替え始めた。当然のようにブラウスも脱ぐ。ブラウスの上に体操着を着て、体操着の下でブラウスを脱ぐなんてやらない。さすがに下はスカートなので穿いたまま体操ズボンを穿いてるけど。
前の席の陽菜も一切躊躇なく着替えた。そして改めて実感した。陽菜はすごいと。
うちの高校の制服はブレザーだ。さらにスケ防止のためにブレザーとブラウスの間にベストを着るようになっている。つまり、ブラウス、ベスト、ブレザーの三段重ねになるから、体のラインはあまり表に見えなくなる(陽菜の様な奴は除く)。
そんな制服姿だと目立たないのだが、俺は寸胴だ。それが体操着という薄着になれば露骨に出る。男の時はちっとも気にしなかったが、今はこれが無性に恥ずかしい。俺は男なんだから気にするな、という内なる声もあげているが、如何せん隣にいるのは陽菜であり……
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あれ????
「陽ねえ。陽ねえ。」
俺は手で陽菜を近くに呼び寄せる。
「なに?優ちゃん。早く着替えないと遅刻するよ?」
と言いつつも近くに寄ってくれる陽菜。俺は陽菜に耳打ちする。
「陽ねえ。正直に答えて欲しいんだけど、ひょっとして私、小さいわけじゃない?」
何言ってんだ?こいつ。という顔を陽菜は一瞬したが、すぐに理解したようだ。俺に耳打ちをし返してくれた
「優ちゃんにとって基準は涼ねえとか美佳ねえなんだろうけど、私達の同年代だとカップサイズはAA~Bで9割は該当するはずだよ。だから『小さいわけじゃない』であってるよ」
!!!!
やはりか!周りのクラスメイトを見たが、俺とどっこいどっこいかそれ以下の奴もいる。ふははは。余計なことを心配したものだ。
俺が寸胴であるという事実は変わらないが、それが平均値であるということは俺を安心させた。やったぜ。
「立花さん達。二人してどうしたの?」
後ろから都平さんに話しかけられた。
「何でもない。日本の女性は慎み深いって聞いてたけど、みんな一斉に脱ぎ始めてびっくりしちゃった」
言いながら振り返る。するとそこには
「妹さんはびっくりした?まあ授業まで時間がないし、周りに女子しかいないなら、一々下着が見えちゃうとか気にしないで着替えた方がはやいもん。あと、お姉ちゃんに聞いたけど、あと二ヶ月もすれば榊原先生みたいな男の先生がいても気にしないで着替え始める人も出るらしいよ」
などと苦笑しながら答える都平さんがいた。だが、男性教師がいても着替えるとかどうでもいい。
……お前もまたおっぱい魔人だったのか。
県立松原女子高校の今年度の1年生は計6組。うち1~3組までが校庭で、4~6組が体育館でスポーツテストを開始する。2限目になれば校庭組と体育館組を入れ替える。種目は文科省が定めたスポーツテストの種目、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げに1000m走。だけかと思ったが垂直懸垂まであった。斜め懸垂でもない限り、女子にはまずできない種目だぞ?
最初の種目は50m走。100超の人数が一斉に同じ種目から始めるわけではないが、それでも走ったり飛んだりしている時間より待ち時間の方が長い。待ち時間は話して時間をつぶすしかない。組ごとに始まる種目が異なり、測定する順番は出席番号順。となると必然的に出席番号の近い人と話して時間をつぶすことになる。
「立花さん。二人とも部活は決めた?一緒にバレーをやらない?」
昨日、わずか部員3名という惨状を聞いたにも関わらず、未だに都平さんの心は折れてなかった。待ち時間の間も積極的な勧誘を忘れない。俺達以外にもガンガン話しかけてる。
「やらない。第一、既存部員3人ってもう試合に出れないじゃん」
陽菜が突っ込む。そりゃそうだ。最低限試合に出れる人数揃えろよ。
「ふっふっふ。だから私達3人全員入れば6人になって試合に出れるよ。リベロは必須じゃないし」
「あ、私も戦力扱いだったんだ」
これは意外。てっきり経験者で背の高い陽菜が主目的だと思ったが、俺も選手として欲しかったのか。
「大丈夫。妹さんくらいの背丈があれば十分やっていけるよ。MBはちょっと厳しいかもしれないけど」
「あ、目の付け所はいいね。優ちゃんは超有望株だよ。私なら優ちゃんはWSで使うかな?」
そんな話をしていると俺達の番が来た。
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「立花優莉 記録 6秒80……」
記録を読み上げる記録係の生徒がなぜか呆れている。
あ~~~もう。スタートミスった。ただでさえ50mはスピードが乗り切る前に終わるから苦手なのに最初のタイミングで失敗するとタイムに直結しちまう。これ100m走だったら多分12秒越え確実なやつじゃん。この体、この世界の100m走自己ベストは11秒をきれる俺としては不覚としか言えない。
「た、立花。お前、足が速いんだな」
だが、体育教師の田島先生が呆然としつつ何とか言葉を出していた。
……そうか。女子で7秒以下で走れる奴なんてそうそういないか。運動神経がよい陽菜ですら7秒72だったし。
「立花さんのお姉さんもすごかったけど、立花妹さんって実はものすごく運動が得意だったりするの?」
都平さんが驚いた顔で聞いてくる。
「球技とか技術が問われる競技はダメだと思うけど、単純に飛んだり投げたり走ったりだったら自信があるよ」
実は俺、ちょっと訳ありで身体能力が異常なくらい高い。それこそ全陸上種目で女子世界新記録を狙えるレベルでだ。男子に混ざっても練習次第で世界記録が狙えるかもしれない。
「都平さん。さっきも言ったけど、もしバレーボールを本気でやるなら優ちゃんは有望だよ。多分最高到達点は3mを超えるし」
「えぇ!!3mってプロ並みの高さだよ!スゴイ!立花さん。私とバレーボールをやりましょう!」
都平さんは俺の両手を握って勧誘する。てか陽菜。俺を売りやがったな!
その後の種目も俺は(女子としては)超高校級記録をたたき出し続けた。
―ハンドボール投げ 記録 52m―
実は当初、計測ラインは30mまでしか線が引かれていなかった。が、俺が豪快に30m越えの大遠投をやらかしたことで急遽50mまでラインが引かれた。ライン追加後、俺はもう一度投げることになったが50m越え。
付け足した計測ラインが足りず涙目になる田島先生。この後、ラインを設けず、俺だけ適宜手動計測するということになった。
―立ち幅跳び 記録 301cm―
おぉ!3m超えたか。ちなみに3m越えは『男子』高校生の全国トップクラスの数字である。
―1000m走 記録 2分47秒―
やったぜ!自己新記録更新。
「立花!お前凄いな!俺と一緒に世界を目指そう!お前なら世界を制することができる!」
「田島先生!立花さんは私と一緒に東京の体育館を目指すんです!」
ちなみに走り終わった後、自らが顧問を務める陸上部に誘おうとする田島先生と都平さんが俺をそっちのけで部活の勧誘合戦を繰り広げていた。
そして校庭で行う最後の種目、懸垂。始める前に田島先生から一言もらった。
「立花。懸垂は10回まででいいぞ。それ以上は評価できん。というかこれまでの記録、全部規格外で困るくらいだ」
そういうと、田島先生は俺以外にも懸垂は最大10回まででいいと伝えた。が、無駄だと思うんだがな。垂直懸垂は非常に腕力の要る種目だ。男子でもきつい種目が女子に出来るかは怪しい。現に先ほどから記録0回の生徒ばかりだ。何のためにやってるんだか。
俺?10回さっくりやって終わらせましたよ。
案の定、7割以上の生徒が記録0回。時たま1~2回出来る生徒がいるくらい。10回出来る奴は俺以外――
「村井 玲子 記録10回」
いた。俺以外に懸垂10回出来た奴がいた。しかも俺と違って懸垂を行う動作がスムーズというかきれいだった。そして半そでの体操着から出ているあの腕。細いが間違いなくアスリートの腕だ。
いったい何者なんだ?