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035 第一次夏合宿 夜間ミーティング

 第一次夏合宿 初日 夜間ミーティング開始。11月の春高予選に向けてどんなチームを作っていくかの場なのだが……


顧問()の立場から言ってしまうと答えだと思われかねないから、最初は黙っておく。上杉先生も同じ意見だ。さて、君達は今後どうやって戦っていきたい?」


 開口一番、佐伯先生からの最初黙っておく発言。良し悪しは別として佐伯先生は極力俺達自身が考えるバレーボールをやらせたいそうだ。

 

 曰く

「この前のインターハイ予選で強い高校、姫咲や玉木商業は試合中選手自身が自分達で考える力を持っていた。私は伝えること、指導することを放棄するつもりはないが、同時に君達にも考える癖をつけてほしい」

 とのこと。

 

 というわけで、まず俺達が考えるのだが、どうやって戦っていけばいいのか。

 

 まず現状。3年生が引退し、2年生は始めからいない。部員は全員1年生。6月までのチームは(本人はその自覚がないのか俺と玲子中心のチームだといっていたが)間違いなくエリ先輩を中心としたチームだった。

 3年生というチームの柱というか原型があって、そこに俺と玲子を組み合わせてあの形になった。その柱を失ったので土台から作り直す必要がある。

 

 

 ……多分伝統のあるチームって言うのは俺達と真逆なんだろう。

 

 例えばサーブの強いチームで1~3年生まで偏りなく複数名いたとする。3年生が引退したことで新しいチーム作りを目指すわけだが、すでにサーブの強いチーム=サーブ練習をたくさんしているチームなので

 2年生主体のチームになってもサーブ練習を中心とするだろう。となるとやっぱり出来上がるのはサーブの強いチームで、さらに1年後、次の世代が引退した後に出来上がるチームもやはりサーブの強いチームになるだろう。

 

 あるいは玉木商業のように1人の指導者が長年指導し続けていれば1つの特徴あるチームが生まれるのかもしれない。

 

 

 ところが俺達の場合、指導者は去年と今年のはざまでつながりが消え、部員という側面からも7月になったら途切れてしまった。

 元々バレー部にいた俺達は(俺や玲子向けに初心者用の練習も組み込んだこともあり)松原女子高校バレーボール部伝統のスタイルなんて身につかなかったし、

 未来達、後から入部した3人に至っては全くの白紙だ。

 

 だが、これはこれで利点があるともいえる。ゼロベースで考えなくてはいけない代わりに多様性に富んでいる。さてどんなチームを目指すか。



 まず新部員の3人を確認してみよう。前からそうなんじゃないかとは思っていたが、今日は様々な種類の練習をしたので彼女達の技量を確信をもって考えらえる。

 

 3人全員に言えることだが、基礎身体能力という面では引退した3年生達より全体的に優れている。まあ高校生にもなると女子は男子ほど1年生と3年生で体力に差はつかないからな。

 

 奇遇にも志望ポジションが引退した3年生3人とそれぞれ被るので、それと比較してみよう。

 

 最初は未来。

 

 未来は中学3年間分のブランクがあるはずだが現時点ですでに俺や玲子なんかよりずっとバレーボールが巧い。同じく中学3年間分のブランクがある陽菜だって俺よりバレーが巧いので不思議ではない。

 本人の志望ポジションはセッター。

 元々の運動センスもあるのかレシーブ、トス、サーブ、ブロック、スパイク、全部6月までいた同じポジションの美穂先輩と比べて互角以上の実力を持っている。

 背だって未来の方が高く、ジャンプ力も未来のほうが優れている。


 じゃあ未来は美穂先輩の上位互換なのか、と言われればそうではない。未来はセッターとして速くて短くて低いトスをあげるのが得意だが、このチームのエースは俺であり、玲子だ。

 俺や玲子はその高さを活かすためにも高いトスを打ってきたし、特に俺なんかはブロックより高く飛べるのだからブロックを躱すために低くても速いトスをあげる必要なんてどこにもない。

 

 そもそもセッターというのが微妙だ。うちには正セッターとして陽菜がいる。陽菜の方が未来より背が高いし、トスだって丁寧だから俺からすると陽菜のトスの方が打ちやすい。

 セッターとしての能力を陽菜と比べた場合、一長一短といったところだろう。

 性格的にはスパイカー向きなのだからウィングスパイカーに転向してほしい。もっとも本人は陽菜を蹴落としてでもセッターになると息巻いているが……

 

 

 続いて歌織。

 

 歌織は現時点では俺や玲子よりレシーブがへたくそ。ぶっちゃけ部で一番へたくそ。これには理由があって、中学時代は俺や玲子と同じく、

 「レシーブは他の奴に任せてブロックとスパイク要員として頑張る。後衛になったらリベロと交代」

 という戦い方をしていたようだ。

 

 事実、スパイク、ブロック技術は俺や玲子より上で、壊滅的レシーブも「これだけは練習した」というブロック後に発生する吸い込みや、こぼれ球対策のレシーブは俺達より巧い。

 唯先輩と比べるなら、レシーブとトス技術を落として代わりにスパイクとブロック技術と身体能力を向上させた、といったところか。

 

 

 

 最後は愛菜。

 

 言っちゃ悪いが現時点ではエリ先輩の下位互換。中学2年の秋から3年の夏までの1年間だけの経験者と、中学1年の春から高校3年の夏までバレーをやったエリ先輩とを技術力で比べるのは酷だろう。

 

「中学生の時、試合でこれだけは絶対に出番が来るからたくさん練習させられた」

 

 と愛菜が言っていたサーブは確かに水準以上であったが、エリ先輩と比べるとちょっと……

 なお、愛菜のサーブもエリ先輩と同じく無回転フローターサーブだった。

 

 ただし、愛菜に見るべき点がないかというとそうではない。最初に言ったように身体能力自体はエリ先輩より上。

 運動センスだってある。経験は浅く、ブランクだってあるはずなのに現時点でレシーバーとしては歌織はもちろん、俺や玲子よりも巧い。

 


 これらを踏まえてどうチーム作りをするか。


 6月までと同じようなチーム作りをするのならエリ先輩の代わりに愛菜、唯先輩の代わりに歌織を入れると一番違和感なく戦えるだろう。ただし、この場合、新部員で総合力の一番高い未来をスタメンから外すことになる。

 

 じゃあ未来を入れればいいのかと言われると、未来はセッター志望なわけで、陽菜と合わせるならツーセッター戦術で行くのか?


 11月まで時間があるからまあ無茶な話ではないし、未来だけでなく、陽菜だってスパイクは巧い。俺達が火力特化で行くのなら常に前衛スパイカー3枚は確かに魅力的だろう。いやでもツーアタック捨てるのか?



「なあ。まず、チームの柱というか方向性を決めねえか?」


 はてどうしたものやらと考えていると未来が方向性を決めろと言ってきた。

 

「未来。それ前も言ったよね」

「大切だと思うから何度でも言うよ。アタシらはどうやって戦っていくんだ?今までの練習を振り返る限り、優莉(ジャパン)と玲子を柱にするのは間違っていないと思う」

「いや。情けないが、私と優莉を並べて評価するのは無理がある。優莉のスパイクは誰もブロック出来ない高さから打てるし、スパイク自体も私より強力だ。姫咲どころかプロの世界でも通じる。でも私のスパイクは、姫咲にも通用しない」

 

 どうやら玲子は1ヶ月前の姫咲戦でドシャット(スパイクを完璧にブロックされること)を食らい続けたのが未だにトラウマになっているようだ。

 

「玲子のスパイクが通用しなかった、っていうのは過小評価だと思うけど、優ちゃんと比べるのは確かにしんどいかもね。優ちゃんのスパイクって常識外の高さと威力だもん」


「優莉。このままだと私達はあなたを攻撃の柱に据えたチーム方針になると思う。多分、後衛に下がってもバックアタック要員として攻撃に参加してもらう。それでいい?」


 ユキが俺に尋ねる。というかみんなが俺の方を見ていた。

 

「私は人より高く飛べて、力だってある自覚がある。スパイクだったら任せて」


 俺は宣言する。こうなりゃみんな俺と一蓮托生してもらおう。

 

「あと私、レシーブはへたくそだからみんなフォローしてね♪」


 で、すぐに予防線を張っておく。意地ははらない。出来ないことはできない。


「ちっ。しゃあねえな。その辺はアタシらでフォローしてやるとして、ジャパン。お前今まで後衛の時はリベロと交代してたんだろ?バックアタックうてんのか?」


「打てるよ。ぶっちゃけコート上にある程度以上高いトスをあげてくれたらどこからでも打てる」


「まあ優莉のサーブはエンドラインから打つスパイクだ、って言っても過言じゃないからな。確かに打てるんだろう」


「それだけすごいスパイク技術を持っているのにどうしてレシーブもトスもへたくそなの?」


「あ~それは優ちゃんと玲子は『レシーブもトスもほっといてコートのどこからでも高く上がったボールを打つ』練習しかしてないからだよ」


「裏を返せば練習さえすれば優莉ちゃんも玲子もレシーブもトスも出来るようになるってこと?」


「可能性はある。優莉だって運動学習能力は普通以上だけど、それ以上に玲子は覚えるのが速い」


「じゃあ2人にもレシーブを――」



「ちょいまった。そこが考えるところだ。ジャパンと玲子にも守備をさせるか、それとも2人はアタシらでフォローしてもっと攻撃に特化してもらうか、だ」


「優莉が後衛時でも私と代わらない以上、フロアディフェンスは相当弱体化する。いくらバレーが点を取る競技だからといってもこれでは厳しいと思う」


「んじゃあ雪ん子は優莉にも守備をさせたほうがいい、ってことだな」


 うなずくユキ。まあ、あんだけ迷惑かければなあ……

 

「ちょっと待った。私はそれに反対。優ちゃんの強みは男子並みの高さとパワーだよ。それを活かして勝ってきた。私達は相手より先に25点を取るチームを目指すべきだよ」


「それでも先に25点取られたら意味がない。なにも難しいボールまで取れるようにならなくていい」


「そういう練習やらせるんだったらネット際のボールを拾えるような練習が良い。優莉はジャンプ力がある。ブロッカーとして優秀」


「それって結局強打を取れるような練習はしないってことでしょ?意味ないんじゃないの?だったらスパイク技術を磨いた方がいいわよ。もし優莉ちゃんが平行とかブロード攻撃も出来るようになればそれこそ手が付けれられない」


 俺をどうするかで意見が割れ始めた。う~んどうしたものやら。

 


「待った。いったんそこまでにしよう。まずは肯定的な意見を出し合おう。そうだな。議題を変えるか。優莉が守備もするか攻撃に専念するかは別として選手として後衛時も出るのならコートポジションはどうする?別の角度から考えたら案外なにかわかるかもしれないぞ?」


 割れ始めた話し合いを止めたのは佐伯先生だった。なにやらホワイトボードに書き込んでいる。

 

 

     ネット    

  ―――――――――

   ①  優  ②


   ③  ④  ⑤

  ――――――――――

   エンドライン



「さて、サーブだとかややこしいことは考えなくていい。ローテーションで優莉が前衛の真ん中に来た場合を考えてくれ。①~⑤にはそれぞれ誰がいればいいと思う?」


「優ちゃんはスーパーエースだから優ちゃんの対角④には正セッターを置くのが王道だよね」

「つまりアタシか」

「なんで未来が正セッターなのよ。ここは陽菜じゃないの?」

「あ、それなんだけど、ちょっといいかな?未来って元バスケ部なのにすごく巧いじゃない。それに陽菜も未来もスパイクも巧い。私達、ツーセッターで行くべきだと思うんだけど、どうかな」

「私も同意見。ぶっちゃけ今日の練習を振り返る限り、スタメン落ちは私か愛菜にすべき」

「……歌織も愛菜も下手ってわけじゃないけど……」

「とりあえずさっき先生の言った肯定的な意見を出し続けてみよう。仮にツーセッターで行くとすると陽菜と未来、2人のセッターを対角に置くからこうかな?」


     ネット    

  ―――――――――

   S  優  ②


   ③  ④  S

  ――――――――――

   エンドライン


 ※Sは陽菜か未来

 

「ブロックの高さを考えると私の次に高さを出せる玲子はなるべく私とローテ上、離れてた方がいいよね?」

「そうだね。となると空いてるところで優ちゃんと離れてるところだど③が玲子。玲子は後衛時はリベロと交代する。となるとその対角の②もリベロと代わる子だと無駄がない。だからこうなるのかな?」


     ネット    

  ―――――――――

   S  優  ★


   玲  ④  S

  ――――――――――

   エンドライン

   

   

 ※Sは陽菜か未来

  ★は歌織か愛菜

  

  

「となると余った④が明日香か。これ、戦えるのか?」

「……悪くないと思う」

「実際にポジションをあてはめてみると実感がわくね。じゃ、改めて優ちゃんに守備をさせるかだけど……」

「待った。コートポジションを決めたんだ。いっそのことプレイヤーポジションも決めね?」




 その後、サーブ順の是非、ポジション、戦い方。色々な意見をぶつけあった。結論は出てないことも多い。が。気がつけば時計の針は21時30分を指していた。


「よし。今日はここまでだ。なに。合宿はあと3日もある。夏休みもまだまだ続く。今日全部結論を出す必要はない」


 そういってミーティングを打ち切ったのは上杉先生だ。


「え~。でもまだ9時半ですよ。寝るには早すぎます!」

「誰が寝ろといった?おい、お前たち。指示通り夏休みの宿題は持ってきただろうな?」


 ……そういうことですか。

 

「今から1時間、宿題の時間とする。合宿を言い訳に宿題が出来なかった、などと言われてはかなわないからな」


 合宿初日。今日はまだまだ終わりそうもない。

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