034 第一次夏合宿 練習後
遅くなりました
合宿初日 18時
ここで午後練は終了。夕食を取って18-19時は夕食時間で19時半から夜練なんだが、今日の練習メニューは負荷が高かったので中止、という判断が上杉先生より下された。
まだいけると俺達は反論したが、「まだいけるはもう危ない。俺はお前たちに奥村と同じ思いを味わわせるつもりはない」と上杉先生に言われてしまい、中止。
代わりにミーティングの時間にするのだという。まあ今日の練習で色々見えてきたものもあるし、ちょうどいいか。
用具を片付け(と言っても明日も使うのでポールは立てっぱなしだし、ネットも緩めただけでかかったまんま)、全員で夕食。
ちなみに俺達バレー部だが、健啖家の玲子はもちろん、他の部員も世間一般で言われている女子高生の食事量をはるかに上回る量を食べる。
ていうかね、昼飯が総菜パン1個とかおかしいやろ。普通にハラ減って動けなくなるわい。これについては世間一般の女子高生がおかしいと声を大にして言いたい。
だいたい、ダイエットしたいなら食事量を制限する前に菓子をやめろ。
夕食後はミーティング前に入浴タイムだ。大きな風呂は好きなので本来なら楽しみなんだが……
「優ちゃん?何やってるの?お風呂行こ!」
「明日香、ごめん。私、みんなの後で入るから」
……
「あ、あははは。ごめんね。気が付かなった。陽菜が誘ってないから変だなあって思ってたんだけど、ほんとごめん!」
明日香も女。察してくれたようだ。
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女の風呂は長いもんだが、合宿中だからか、それとも俺に気を使ってくれたのかみんな30分程度で出てくれた。
集団浴場特有のでっかい脱衣所。それを独り占め。なんか気分が良い。
愛用のシャンプーその他を入れた小さなバスケットを左わきに抱え、(おっさん臭いと自覚はしているが)タオルを右肩にかけていざ浴室へ
え?前を隠さないのかって?誰もいないんだ。隠す必要なんて――
「「あっ……」」
浴室の引き戸をガラガラッとやると浴室にいた先客とばっちり目が合った。1人だと思っていたのでお互いに前も隠さない、一糸纏わぬあられもない姿で、だ。
ちなみに(俺もだが)歌織の股からは白いひもが垂れ下がっていた。
そりゃそうだよな。女が8人もいりゃあ重なることもあるって。
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めっちゃ気まずい。
今、歌織が隣で髪を洗っているが無言。わざとではないと言いたいが、それでも俺が歌織の裸を見たのは事実であって、しかも出血サービス中なのでそりゃ怒るってもんだ。
沈黙がきつい。どうしよう……
「優莉、その、ごめん。私だけだと思ったから……」
ほえ?なぜか謝られた。……ひょっとして俺のを見たのを気にしてんのか?
「私、気にしてませんから。その、こっちこそごめんなさい」
「私も気にしていない。……ところで今日は大変な日なのに昼間あれだけ動き回ってよく平気だったね」
え?その話続けるの?俺結構しんどいんだけど……
「わ、私、人より軽いみたいで……」
なんでこんな会話しなくちゃいけないんだろ?
「そ、そうなんだ。私も人より軽いみたいで、体育とか普通にできるし……」
いや、なんでこんな赤裸々トークなんだよ。女の子の日の話なんて涼ねえとだけはしたけど、他には美佳ねえや陽菜とすらほとんどしてない。それを同級生と話すとかマジでキッツい……
ここで歌織を見ると耳まで真っ赤だった。
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視点変更
同時刻 浴室
鍋川 歌織 視点
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バカバカバカ!!!
今までほとんど話したことのない相手に生理の話をふるとか何考えてるのよ!私!
ただでさえ私が優莉の裸を見ちゃったから気まずい雰囲気なのにそこに止めを刺してどうするのよ!
……優莉の裸は同性の私から見てもきれ――って違う!!そうじゃない!
「歌織、大丈夫?真っ赤だよ?」
心配そうに私を見つめる優莉。この状況で相手に気を使わせてるし……
「だ、大丈夫よ。変なことをきいてごめんね」
「……ひょっとして私と何を話していいかわからないとか?」
「その、うん……」
絶望のあまり目の前が真っ暗になる。
目の前の子は色々普通じゃない子だ。
軽々しく口にするのには重すぎる出生にも拘らず、いつも朗らかで半分しか血のつながっていないお姉さんとも仲がすごくいい。
天は二物を与えずっていうけど、整った容姿、可愛い声、運動神経抜群(泳げないって聞いたけど、本当かな?)、成績優秀。
いったい神様は何物を与えてるんですかねえ……
そんな評価に困る子といったい何を話せばいいのかわからない。今までは精々すれ違う程度だったから「こんにちは」とか「練習しんどいね」とかで済んだけど、これからはチームメイトになるわけだし―――
「あぁ。よかった。実は私も歌織となんて話せばいいかわからなかったの!」
にっこり笑う優莉。
「ねえねえ!歌織って1年以上ぶりにバレーをやるんでしょ?なのにバレー巧くない?どうしてバレーを始めたの?」
向こうからぐいぐい来た。ていうかあっちも私と何を話せばわからなかったの?私、あなたと違って普通の女子高生ですよ?
優莉の話はなんというか普通の話だった。朝起きるのがつらいとか、髪の毛の手入れに毎日結構な手間をかけてるけど、癖のない自然なストレートヘアだけが唯一お姉ちゃん達に勝てる自慢だとか、一番上のお姉ちゃんはことさら自分を子供扱いするとか、好きな食べ物は春巻だとか……
本当に普通だった。肌の色とか、国籍とか関係なかった。
あと、優莉は女子力が高かった。スキンケアとかめっちゃやってた。
なるほど。肌とか触らせてもらった時にすべすべでびっくりしたけど、生まれながらのずるっことかじゃなくて、努力のあかしと聞くと途端にほっこりする。
「普段からお手入れなしで美容を保てるわけないじゃん。そんなの男子の妄想だよ」
あぁ。本当に優莉は普通の女の子なんだ。ちょっとだけ運動神経が良くて頭が良いだけで、あとは本当に普通。
気がつけば―――
「優ちゃん、いつまでお風呂入ってるの?20時半からミーティングがあるからそろそろ出ないと間に合わないよ」
「あ、陽ねえ、ごめ~ん。歌織、出よ!」
「優莉、出るのはいいけど、前くらい隠しなさいよ」
私は優莉と普通に話せるようになっていた。
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視点変更
風呂あがり 会議室
立花 優莉 視点
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裸の付き合いというのは女同士でも成立するらしい。
いや、そこで「そもそも裸の付き合いっていうのは精神的な意味での裸であって実際に裸で付き合うことではない」とか無粋なツッコミは無しだからな。
ともかく、何を話していいのかわからなかった歌織とも、もはやお互いに好きな芸能人や趣味、使っている化粧品の種類まで知っている仲にまで深化した。まあそれはさておき
「陽ねえ。私って話しかけにくいのかな?」
俺の髪を丁寧にブラッシングしている陽菜に聞いてみる。
風呂上がり。時刻は20時20分。バレー部のミーティング開始まで後10分。
俺達が宿泊している合宿所は宿泊部屋以外に小さいながらも会議室……いや、宿備え付けの共有広間があった。ここを貸し切って今後のチーム作りについて話し合うことになっていて、部員も続々集まってきている。
「ん?なんで?」
「さっきお風呂場で歌織に言われた。私ってすごく話しかけにくいって」
「……言われてみればそうかもしれないね。日本人って外国人に話しかけるのが苦手で、優ちゃんってどう見ても日本人に見えないもん」
あれなことを言い出せば「日本人に見えない」は差別用語だが、ここではそんな小さなことをいちいち言うまい。確かに俺の外見はどう見ても黄色人種には見えない。体毛だって黒じゃないしな。
「加えて、生まれがね。外見が目立つから優ちゃんのことは下手をすれば学校中が知ってる。出生込みでね。そしたらそんなハードな女の子に声はかけにくいんじゃないかな?」
(失敗しちゃったね。こんなことになるなんて最初は想像つかなかったから)
最後の失敗しちゃったね以降のセリフは俺だけに聞こえるように耳元でささやいたものだ。ふ~む。国籍を軽く扱い過ぎたか。いや、戦災孤児って言うのはダメだったか。これが治安の良い国から来ました、なら少しは対応が……
いや、治安の良い国で俺の戸籍がないのは良くない。いったいどこの子なんだって話になる。
だったらどうすれば――
「まずはコミュニケーションを取るところから始めるべきじゃないかしら?」
現れたのは愛菜だった。
「気を悪くしないで聞いて欲しいのだけど、優莉ちゃんっていっつも陽菜といるじゃない?しかも聞いた話だと初対面の相手には大抵陽菜が前に出てきて優莉ちゃんはその後ろに隠れちゃうんでしょ?
それじゃ、他人とは話したくないのかな、って思われても仕方ないし、そんなうわさが出るくらいですもの。そりゃ話しかけにくくなるわよ」
うげっ……
入学当初、女子高生と何を話したらいいかわからん俺はよく陽菜の後ろに隠れて行動していた。今も一緒に行動しているが、入学当初は陽菜の後ろ、今は隣を歩いている、くらいの違いはある。
あの頃は初対面の人とはまず陽菜が話して話の内容についていけそうなら俺も混ざるという展開。
5月になる頃にはさすがになれはじめ、また、周囲も俺の言動に慣れたこともあって1年2組ではそんな風には思われていない(と信じている)が、他クラスからすると最初の1ヶ月で優莉のイメージ=陽菜の後ろをついて歩く人見知りの激しい子、が出来上がってしまったのだろう。
「体育の授業を見たり、部活中の様子を見た限りだとそんな大人しい性格には見えなかったけど、どうしても最初のイメージが先行しちゃって私も声をかけにくかったもの。さらにその外見だとなおさらね」
ここで俺の公式上の出生を言わないのが愛菜のやさしさなのだろう。
「そっか~。みんないい人だから私がそんな風に思われてるなんて今の今まで気が付かなかった。ねえ愛菜。親しくない人とコミュニケーションってどうとればいいの?」
「そうね。まずは相手を受け入れるところから始めるのはどうかしら?」
ふむ。コミュニケーションを取ろうとした奴を肯定的に受け入れろってことか。まあ合理的――
「ということで優莉ちゃん。私にも優莉ちゃんの髪を梳かせて♪」
……
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視点変更
同時刻 会議室
白鷺 愛菜 視点
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「うわぁ。すごい。さらさら」
本音は思わず口に出てしまった。
松女1年生どころか松原女子高校で一番かわいいと評判の優莉ちゃんが自慢する髪の毛は櫛を入れると一切の抵抗なくスッと通った。
「この髪、維持するの大変でしょ?」
「あ、わかる?シャンプーとコンディショナー、トリートメントにはこだわりがあるんだよ」
輝く様な髪にはこだわりがあると思って聞いてみると案の定。優莉ちゃんは多弁になってあれこれ語ってくれた。
「へぇ。じゃ、アイロンとかは使わないんだ」
「熱を与えると髪の毛が痛んじゃう気がして……」
で、その分、洗髪にはこだわると。聞けば合宿に持参したドライヤーも低温の風が出るお高いものだった。
かわいい子というのは兎角同性からのあたりが強くなるものなんだけど、この優莉ちゃんにはそんな様子はない。
酷いようだが、私達の年齢までくれば男のために笑顔で友達を売る子もいる。が、優莉ちゃんにはまず男がいる雰囲気が全くない。
実際にちょっと話したけど、恋愛話になると口数も減るし、何より男性と付き合うことに嫌悪感すらいだいている節がある。
でも可愛い。何のために可愛くしているのかと聞けば「女の子の義務」だとお姉さん3人に教えられたという。
ちょっとでも教えたことを守らないと出来るまで何度でもやり直させられたらしい。
横にちょっと目をやれば陽菜が
「最初は髪の毛も自分で洗えなかったし、スキンケアだって出来なかったから仕込むのに丸2ヶ月かかった」
という。
実際に仕込む前、昨年の11月ごろの写真をスマホで見せてもらった。
素材はものすごくいいはずなのに、長いだけでボサボサの髪。手入れをしていない肌。これはひどい……
それが2ヵ月後の1月、家族全員を撮ったいう写真では今のイメージにかなり近い優莉ちゃんになっていた。
グッジョブ!!立花三姉妹!
「私のことばっかりだから、愛菜のことを教えてよ」
「ほうほう。私の何を聞きたいのかね?」
「愛菜ってどうして中学2年の時からバレーを始めたの?」
「最初に言った通りよ。3年生が7月に引退して部員が足りなかったバレー部に当時帰宅部だった私が無理やり誘われたの。自分で言うのもなんだけど帰宅部の中では運動神経はいい方だったからね」
「帰宅部だったの?それだけ肩幅がしっかりしてるのに?」
ぐっさりきた。
……私は同級生というか同性と比べて肩幅が広い。
優莉ちゃんはとても女の子らしく小柄で華奢な肩をしているが私は違う。
「それにさ、愛菜は脚というかふくらはぎもすご――!!!痛っ!!」
「は~い。優ちゃんそこまでね。……ごめんね。愛菜。これが私が今でも優ちゃんのそばにいる理由なの」
「愛菜。遅くなったけど気を付けて。優莉は時々毒ガスをはく」
「本人は悪気はないんだろうけど、優ちゃんの毒舌は結構ぐっさりくるよね」
「盛大に歓迎しよう。私もユキも明日香も1度以上優莉に毒をはかれている。それだけ優莉に馴染まれているということだ」
突如、拳骨をかなり強めに優莉ちゃんの頭に叩き込む陽菜。
いつものことだと達観している明日香達3人。
「優ちゃん。いつも言っているでしょ!『たくましい』とか『背が高い』とかは女の子にとって誉め言葉じゃないの!全く、ちっとも学ばないんだから。ほら、ちゃんと謝って!」
「愛菜、ごめんなさい」
陽菜に促されて謝る優莉ちゃん。まあいいけど。
「私が肩幅が広いのとふくらはぎが子持ちししゃもなのは事実だから仕方ないわ。実は小学校1年生から6年生まで結構本格的な水泳教室に通っててね。おかけでちょっとした恵体になったの」
「なんで水泳を続けなかったの?」
「その水泳教室、小学生までだったのよ。中学になると他の子は別の中学生向け水泳教室にいったりしけどね。私は練習はしたけど、それでも県でようやく4~5位ってくらいだったし、近くに泳げるところがないからやめたの。
で、水泳で培った体力で帰宅部にしては運動が出来た方だったけど、それに目をつけられてバレー部に連行されたのよ。最初は名前を貸すだけでいい、試合にさえ来てくれれば幽霊部員でいい、って触れ込みだったんだけど、せっかくだから一緒に練習しよう、とかで最後はどっぷりやってたわけ」
「……愛菜。前から聞こうとは思っていたけど、ひょっとして出身中学は六崎中学?」
「そうだけど、なんで?」
「愛菜は覚えていないみたいだけど、去年の中学校の県大会の決勝で私は愛菜と戦っている。負けたけど」
「……ごめんなさい。確かに覚えていないわ」
びっくり。私は中学校時代に雪子と対戦していた。
「え?愛菜って六崎中学のバレー部だったの?ということは沖野 知佳とか徳本 正美とかと知り合いだったりする?」
「知佳が私をバレー部に連行した張本人よ」
「ぐわぁ。私、あの二人に小学校の頃から負けてるのよ」
「小学校の頃から負けてるってひょっとして武石フェアリーズのあいつらか?」
「そう。私達白沢バレーボールクラブが手も足も出なかったあいつら」
「マジかぁ。あいつら半端なかったからなあ」
明日香と未来は知佳と正美を知っていた。さらにさらに……
「うわぁ……世の中狭い。武石フェアリーズって私も小学生の頃にぼっこぼこにやられたよ」
「あれ?陽ねえも知り合いなの?」
「知り合いというか、この辺で小学生からバレーをやってる子なら知ってる子だよ」
世の中、本当に狭い。何と陽菜も知っていた。どうやら知佳と正美はこの辺りの同学年女子で一番バレーボールが巧いらしい。
「そりゃそうよね。中学の時、「コートの端でボーっとしてるだけでいいから」っていわれてバレー部に誘拐されて、実際その通りコートの端っこにいるだけだったのに中学3年生の夏には県王者にまでなったし」
「え?それで県王者になれたの?」
「そう。実際に六崎中学では一人だけ……愛菜には悪いけど、弱点があった。でもサーブやスパイクで狙っても他の人に拾われて負けた」
「エースの沖野さんって選手は大きいけどレシーブも巧いのよ」
「同じエースでもどっかの小さくてレシーブがへたくそな誰かとは大違いってことか」
「よし、歌織。表に出な!第一歌織も人のことどうこう言えるほどレシーブ巧くないじゃん!」
「やだなあ。別に優莉がへたくそなんていってな――」
ガチャ
「ん?お、お前ら全員揃ってるな。時間前行動とは感心感心。よし、ミーティングを始めるぞ」
上杉先生が会議室に入ってきた。佐伯先生もじきに来るという。
中学時代はひょんなことからバレーボールをはじめた。
松原女子高校には特進クラス目標で入学したはずなんだけど、なぜか肩幅が広かっただけで未来にバスケ部に引きずり込まれ、今度はバレー部に巻き込まれた。
あれ?ひょっとして私流されすぎ?
今週の更新はこれだけかも……