033 第一次夏合宿 初日
女子高生の夏合宿って聞けばキャッキャウフフしたものを想像するだろ?
しかも俺を除く参加者7人全員がひいき目抜き、低めに見積もったって顔面偏差値60以上はかたい。これは期待するだろ?
でもな、現実って奴はいつも過酷なんだ。
「はひゅー……はひゅー……」
喉か、口か、鼻からかはわからんが呼吸音と思しき変な音が俺達全員から発せられる。口の奥から血の味がする。
あぁ、あの玲子もここまでやるとへばるのか。玲子が座り込み天を仰いで動かないところを初めて見た。
「よ、よかった。ゆ、優莉も、に、人間、だ、だったんだな……」
途切れ途切れに玲子が俺に向けて言う。なるほど、お互いにお互いのことを疲れとは無縁だと思っていたのか。
8月1日バレー部夏合宿初日。新たにバスケ部3人を正式な部員として加えた俺達新生バレーボール部は早くも死にかけていた。
あれだね、明日香の暴走癖は前からあった。未来(バレー部所属になり、全員が全員を名前呼びすることになった)に煽られると簡単にのっかるのも前からだった。でもエリ先輩がいないのは今回が初めてだった。
結果、ブレーキ役がいない。
「どしたぁああバレー部!この程度でへばるんか!だったらバスケ部に移れや!」
「だぁぁあれがへばってんのよ!ほらみんな、次だよ!」
ブレーキは壊れていない。ブレーキだと思って踏んだら2個目のアクセルだった。それだけのこと。
ブレーキがないとなるとどうすれば止まるのか。決まってる。体力切れまで走り続ければ止まる。つーか止まった。
ただでさえきっつい負荷の基礎体力トレーニング。俺達全員合宿初日から酸欠と血の味を存分に楽しむこととなった。
「よーし。10分休憩だ。その後はサーブ練習だぞ!」
今まで松原女子高校バレー部にはなかった男性の声が響く。元バスケ部顧問、現バレー部コーチの上杉先生だ。
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夏合宿開始前
テスト終了後、初ミーティングにて
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「お前らさ、どうやって強くなるつもりだ?」
きっかけは新部員の前じ――じゃねえや未来の一言だった
「え?そんなの練習して強くなるに決まってるじゃん」
「そうじゃねえよ。どういうチームを目指してんのかって聞いてんだよ。例えば徹底的にレシーブを鍛えてボールを拾いまくるチームを作るとかあんだろ?
コートにいる6人全員がレシーブもトスもスパイクもサーブもブロックも完璧に出来れば理想なんだろうけど、そうならねえ。向き不向きを考えて限られた時間でチームとして一番強い必勝方法を編み出してそいつを鍛えるんだよ」
まあそうだわな。例えばインターハイ予選では俺と玲子はレシーブその他を捨ててスパイクとサーブだけを鍛えた。その結果、素人2人含んだ状態でも県3位まで勝ち上がれた。仮に全部をまんべんなく鍛えていたらあそこまで勝ち上がれなかっただろう。
どんなチームを目指すか、か。
「う~ん。優ちゃんと玲ちゃんの二人でバカスカ点を取ってくチーム?」
「別にそれが主将の望むチームの形だっつうなら否定しないぞ。で、アタシらはひたすらレシーブを鍛えて2人に良いボールをあげるようにもってくでいいのか?」
「……ちょっと違うかな。う~ん。うまく言えないけど……」
「ちょっといいかしら?」
迷う明日香に声をかけたのは白鷺さん……いや愛菜か。どうにも名前呼びは緊張する。慣れの問題か?
「それを決めるにはまず私達がお互いのことをもっと知ってからでないと無理なんじゃないかしら?例えば立花さ――優莉ちゃんが高く飛べるって知っているからこそスパイカーにしたんでしょうけど、知らなかったら背丈からしてレシーバーにしていたでしょ?」
名前呼びに戸惑っているのは俺だけじゃないようだ。ちなみに愛菜は「小さいし、可愛いから」という理由で俺のことをちゃん付けで呼ぶ。後やたらと俺の体を触ってくる。系統的には彩夏と同系統。
「私も愛菜に同意見だ。チームメイトがなにをどれだけできるのか知らないでチーム方針を決めるのには無理がある。前にも言ったけど8月1日からは元々私達元バスケ部で予定していた合宿がある。
こんな直前にキャンセルすると相手に悪いし、借りた体育館はバスケだけじゃなくてバレーも出来る。そこでバレーのテストをすれば良いんじゃないかな?」
お~そういえば前に言っていたな。ってことは8月上旬と下旬、2回合宿をやんのか。
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今回の合宿の目的は2つ。
1つめ。各人が何をどれくらい、どこまでできるかを知ること
2つめ。各人の実力がわかったら、それを基にチーム作りの方向性を決めること
なので、今まで俺や玲子はレシーブ練習時間の間にサーブ練習してたり、ユキはサーブ練習をしてなかったりしてたが、今回は全員同じ練習をする。
「もうわかっていると思うが、サーブは漫然とした気持ちで打つな。一球一球目的をもって打つんだ。特に新しく入った3人と新しいサーブにチャレンジする3人は1本1本なぜ成功したのか、なぜ失敗したのかを反省しながら打つんだ」
今度はサーブ練習。
俺は今まで通りスパイクサーブだけど、なんと玲子と明日香までスパイクサーブ習得にチャレンジすることになった。
スパイクサーブはハイリスクハイリターンのサーブで難易度が高いものの、決まれば高威力を出せるため、男子、特にプロの世界では当たり前のサーブだ。
が、女子高生バレーとなるとスパイクサーブは少ない。
なぜか。
答えは簡単。筋力の関係で威力が出せないのである。なので高いリスクを冒して習得しても威力は微妙というありがたくないものであり、これを習得するのなら無回転ジャンプフローターサーブを習得したほうが確実に戦力になる。
事実、陽菜は春高予選のためにこのサーブを習得しようとしている。それに俺個人の感想だが、スパイクサーブより目の前でぐにゃりと動く無回転サーブの方が嫌いだ。
……この辺、ジャンプこそしなかったが、エリ先輩の無回転サーブをほとんど取れなかったことによるかもしれない。
しかしだ、
「女子だからってスパイクサーブを打っちゃいけない理由にはならない。現にプロの世界じゃ女子でもスパイクサーブの使い手は大勢いる。それに理屈でどうこうじゃない。実際にやってダメだったら諦めがつく。いつだってやってしまった後悔よりやらなかった後悔の方が強く残る」
佐伯先生のこの言葉が決め手で2人はスパイクサーブを選んだ。
!!
おぉ!玲子の今のサーブはすごかったな。威力とコース「だけ」は。根本的にダメだけど。
「玲子。今のサーブ、コースと威力はいいかもしれないけど、打つ前にエンドラインを踏んでるからダメ。まずはトスを安定させるところからじゃないかな?」
「む。そうか。ありがとう。優莉。サーブトスを安定させるまでどれくらいかかった?」
「私は1ヶ月超かかった」
「それは朗報だ。倍の2ヶ月かかっても11月には間に合う」
正直、2人とも今のところ成功率は5割以下。威力だって微妙なことが多い。だが、玲子の言う通り11月まであと3ヶ月。どう化けるかわからない。
さらに、もっと変わり種サーブを打つ奴がいる。
「ふんっ!!」
気合の言葉と共に放たれたボールはものすごい縦回転をしながら飛び、ネットを超えたあたりで急速に落下した。
未来のサーブは今時珍しい(らしい)オーバーハンドドライブサーブ。
まずオーバーハンドサーブ自体が珍しいらしい。まあ確かにインターハイ予選では見なかったな。
今の主流は初心者はアンダーハンドサーブから始まり、次に威力を求めだすと小学生ならサイドハンドサーブ、ある程度以上筋力がつくとフローターサーブに移行し、オーバーハンドサーブには移らない(オーバーハンドサーブに人気がないのは多分打つ時にボールが見えにくいとかの理由だと思う)。
ドライブサーブの特徴はネットを超えたあたりで高度が急に落ちる点と、体の外でレシーブすると明後日の方向に飛んでいくサーブカットのしにくさにある。
ただし、カットのしにくさについてはレシーバーに筋力がついてくると失われるらしく、小学生時代は真正面でレシーブしないといけなかったドライブサーブも中高生になると多少体の外でレシーブしても腕力で上げられるようになるらしい。中高生以降でもカットのしにくさを維持するならばそれ相応の筋力が必要だが、そんなもんが身につくならスパイクサーブに切り替えろや、というのが一般論らしい。
が、未来は小学生時代に使っていたこのサーブを選んだ。周りも納得した。今時やらないサーブなら意外性から案外相手もサーブレシーブを失敗するかもしれないし。
何よりインパクトが凄い。本当に目の前で急にボールが落ちるのだ。そして力があればカットしやすくなってる?冗談だろ、俺、ちゃんとレシーブ出来なかったもん(白目)
「ん?どした?アタシの顔になんかついてるか?」
未来のサーブに見入っていたら本人に気が付かれた。
「未来のサーブが凄いから見入っちゃった」
別に隠すようなことではないので素直に感想を述べる。
「ばっ、バカかおめーは!そういう恥かしいセリフはもっとオブラートに包んで言うのが日本人の……あ、日本育ちじゃねえんだったな。あのな、そういう照れくさいセリフは面と向かっていうな。恥かしいだろうが」
顔を赤らめて明後日の方を向きながら悪態をつく未来。
未来は言動こそあれだが中身はなかなかどうして誠実・純情な人柄である。本格的に話すようになって1週間もたってないから間違ってるかもしれないけど。
「それにな、すげえのジャパンの方だろ?競技歴4ヶ月で代表入りだぜ?」
「……代表入りじゃなくて合宿に呼ばれただけだけどね」
ジャパンとは(そう呼ぶ奴は未来だけだけど)俺のあだ名。なんと俺は代表合宿に呼ばれてしまったのだ
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夏合宿開始前
部の存続をかけたテスト終了直後
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「お前らなあ。バレーに熱心なのは結構だが、最低限進級・卒業はできるくらいの成績は取っとけ。6~8年前の私も偉そうなことを言えるような成績じゃなかったが、それでも赤点だけはなかったぞ?2学期以降は中間・期末テストで40点未満の科目があったら試合に出さんからな」
バスケ部との激戦(?)後、佐伯先生は俺達に向かって新たに部活動を続ける条件を突き付けてきた。
「ともあれ、白鷺、前島、鍋川。ようこそバレーボール部へ。君達の頑張りは隣で見ていた。君達は不本意かもしれないが、私としては君達の様なガッツある部員が増えて嬉しく思う。ところで君達バレーボールの経験は?」
「アタシは小学校の頃、地元のバレーボールクラブでバレーをやってました」
これは前島さん。
「私は中学校の頃、背が高いからっていう理由で1年から2年の夏までやってました。2年の夏以降は部員が足りなくて自然とバレー部自体が消滅したのでやってません」
こっちは鍋川さん。ちなみに2年の秋以降は高身長を買われてバスケ部だったそうな。
「私は反対に中学2年の秋に部員が足りなったバレー部に無理やり誘われて1年間バレーをやりました」
最後は白鷺さん。ちなみに、この時人数合わせで入ったバレー部は3年の夏の県大会で優勝して全国まで行ったそうだ。この時のエースとセッターは姫咲に推薦で行ったらしい。で、肝心の白鷺さんはというと後ろでボーッとしてただけだという。
「ほう。3人とも経験者か。うちのバレー部は実力主義だ。実力さえあれば入部時期関係なく試合に出れるぞ。ただし、それなりにレベルは高いぞ。なんせ代表選手がいるくらいだからな」
「というわけで雪子。なんと……でもないな。この前のインターハイ県予選でリベロ賞を取ったからか、9月に行われる国体の種目のうち、バレーボール少年女子の部に選手として選ばれたぞ?どうする?」
「えっ?なんで私が選ばれたんですか?そもそも私だけなんですか?インターハイ県予選で優勝した姫咲がそのまま出るわけじゃないんですか?」
「あ~雪子は知らないのか。国体って言うのは『おらが地元の選手の雄姿を見たい』っていう大会で、種目によっては該当都道府県の選手じゃないと出れないんだ。
そんなこともあって少なくともうちの県のバレーボール少年女子の部……要するに女子高生バレーについては出身県者選抜チームを作ることになっている。選ばれる基準はこの前のインターハイ県予選で個人賞を取れたかどうかだな。
雪子はあの時、リベロ賞と新人賞を受賞していたからこうなるだろうとは思っていた。実は何日か前には連絡が来ていたんだが、雪子は補習の真っ最中だったからな。連絡が遅くなった」
「ユキ、おめでとう。すごいね」
「おいおい優莉。すごいのはお前の方だろう?雪子は県代表だが、お前は合宿とはいえ、日本代表に呼ばれたんだろ?」
「へ?」
「優ちゃんすごい!競技歴4ヶ月でU-19の代表に呼ばれるなんて……」
「優莉が呼ばれたのはそれじゃないぞ?」
「へ?あ、まだ優ちゃん15歳だからU-16ですか?」
「いいや。全世代、つまり正真正銘全日本の代表だ」
ほえ?俺が、いつ呼ばれんだよ?初耳だよ?
「?あれ?先方は優莉からの了承はもらったって言ってたぞ?」
「私、そんなこと知りません!言ってもいません!」
「……優ちゃんちょっと待った。佐伯先生。その合宿って都内で8月9日から11日にかけて行われるであってますか?」
「そうだ。なんだ。陽菜は知ってるのか」
……あれかよ。2週間くらい前に美佳ねえにネット上で軽く誘われたあれなのかよ!
「あの、それなら私も姉から『監督が気に入ったから合宿に来い』とだけは聞いてます。なのでてっきりインターハイ予選で会った天馬大学の大貫監督から気に入られたのだとばかり……」
美佳ねえ!どこの監督が俺を気に入ったのかそれくらい言ってくれよ!
こうして俺は気が付いたら日本代表の合宿に参加することになっていた(白目)
次回は土曜日です