表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/208

閑話 夏のプロローグ

※時間軸はドッジボール大会前です。

======

 松原女子高校

  新人教師

  佐伯 加奈子 視点 

======

「佐伯先生。お電話ですよ。相手は―――」


 ……相手のことは顔と名前くらいは知っているが話したことはない。いったいなんだろうか。


「はい。お電話代わりました。佐伯です」

「おぉ。突然お電話し、申し訳ありません。玉木商業高校 女子バレー部顧問の熊田と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。バレー部顧問のと仰ったということはバレー関係ですか?」

「はい。その通りです。早速ですが佐伯先生。お互いに公立校ということは夏休みの期間もいっしょのはず。そのうち8月23日から29日はなにか予定がありますか?」

「特にありません。いつも通りの練習をしようかと」

「でしたら都合がいい。実は玉木商業には校内に合宿施設がありましてな。近隣から吉屋高校と黒椿高校の女子バレー部を招いて一緒に合宿を行うのです。そこに松原女子高校もいかがですか?」

「……せっかくのお誘いですが」

「部員が足りず、試合が出来ない、ですか?」

「はい、その通りです」

「でしたら問題ありません。なに、公式戦ではないのです。選手くらいうちを含め他校から出せますよ」

「それならばありがたいお話ですが……」

「はは。お互い、公立校の教師ですからな。助け合いましょう。とはいえ、合宿にはそれなりにお金がかかる。宿泊費は学校の施設を使いますから抑えられますが、それでも光熱費を多少なりともいただきますし、食費もかかります。

 まずは資料を送りますからそれを見て考えてもらえませんか?送り先は松原女子学校あてにFAXでいいですか?それともメールのほうがいいですか?webサーバーに資料をあげてもいますのでそこからダウンロードでも構いませんよ?」


 

======

 玉木商業高校

  ベテラン教師

  熊田 大吾 視点 

======

 手ごたえはあった。後は向こうの若いねーちゃんが乗ってくれるか。こればっかはわかんねえな。合宿費もただじゃねえし。時間的拘束もある。

 

 ……先日のインターハイ県予選準決勝を見た。ありゃひでえ試合だった。あのクソババア、よちよち歩きの新米監督に容赦なくぶっこみやがった。

 

 あの試合の松原女子高校の面々は傍から見て所謂絶好調の状態に見えた。

 

 1週間前に俺達と戦った時と比べ、サーブとレシーブの精度が良かったし、試合慣れしてきているのだろう。動きそのものもよかった。

 

 が、松原女子高校は敗れた。俺に言わせれば指揮官の差。


 パっと出の松原女子高校の情報は少ない。その少ない情報から姫咲高校の連中は攻略法を見つけ出し、実際に戦えば想定との誤差を即座に修正し、1ラリーごとに的確に松女にあわせた戦い方をしていった。

 

 それらを指揮するのはあのババアだ。嫌なくらい相手のこと『も』見てやがる。


 それに対し、松女の若い監督は具体的な作戦は出せなかったのだろう。タイムアウトをとっても特にプレイ内容が変わらなかったとことからも想像がつく。タイムアウトのたびに「大丈夫、いけるぞ」とか「まだまだだ。追いつけるぞ、諦めるな」とかの声援または精神論しか言えなかったんだろうな。むごい。

 

 

 ちったぁあ加減してやれよ。これだからあのクソ真面目ババアは嫌いだ。

 

 

 たくよお……


 あんな光景見せられたら手をのばしちまうじゃねえか。


 あのねーちゃんに足りねえのは経験だ。机の上でどんなに理論を学んでも実際に練習しなきゃレシーブが巧くなんねえように、監督すんのにも理論だけじゃなく場数を踏まなきゃなんねぇ。

 

 が、あの若いねーちゃんに他所の高校と練習試合を組めるようなコネがあるとは思えんからな。つーか半分予想してたが部員割れかよ。そうなると下手すると11月まで練習試合できずそのまま春高予選だぞ?バレーボール雑誌に将来を嘱望されるくらいの選手が部員にいんのにそりゃねえだろ。

 

 

 ま、義心だけじゃねえ。きっちり玉木商業(うち)としての下心もある。次の春高予選。台風の目になんのは立花優莉(あのちっこい6番)がいる松原女子高校だ。

 

 松原女子高校は選手としてもチームとしても未熟だ。だが、それゆえに成長方向は多様にある。

 

 俺や去年まで松原女子にいた大谷だったらレシーブを鍛えるだろう。テストでも90点取れる科目を95点まであげるより、30点しか取れない科目を50点まであげる方が楽だしな。わかりやすい弱点がつぶれんだ。さぞ強くなるだろう。


 仮にあっちの3番と6番がうちと戦った時に普通の高校女子バレー選手よりちょいと劣る程度までレシーブが出来ていればあんな接戦にならず、0-2で負けてただろうしな。

 

 

 赤井のババアならほかの奴ならともかく6番には徹底してスパイクとサーブだけを鍛えあげるだろう。バレーは点を取んなきゃ勝てねえスポーツだ。松原女子にはいいリベロもいるし、多少の失点は覚悟の上、最強の武器で先に25点取るチームにするだろう。

 

 では、あの若い監督はどう出る?成長の方向性は?それがわかんなきゃ対策の打ちようがない。だが、松原女子高校はインターハイ県予選で3位。春高1次予選は免除。2次予選は11月からだ。それまでに公式戦はない。んで春高行のチケットは2次予選がある11月に1枚だけ配られる。11月に松原女子高校を知っても対策を練る時間がねえってことだ。

 

 だったら8月のうちに向こうの方向性だけでもつかんでおいて9-10月でがっちり対策を練って11月にリベンジ。


 これだな。

 

 

 松原女子には6月のお礼参りを11月にやる。んで姫咲も倒す。

 

 なにがバレー界における宝石の原石を磨いてるだよ。ガキンチョに眉間に皺寄らせてバレーさせんなっつうんだよ。ガキが笑わなくなったらお終いだろうが。


 なにが最近の子は賢いだよ。子供が賢しい真似をすんのは今も昔も変わんねえんだよ。自主性は重んじてもちゃんと大人(俺達)が責任をもって守ってやんなきゃダメに決まってんだろ。



====

 その日の夜

 立花家四(?)姉妹が使用している某SNSより

====

『なあ、優。8月9~11日って空いてるか?』


『一応空いてるけど、なんで?』


『それがさぁ。うちの監督が優のことを気に入ったみたいで合宿に来てほしいってさ』


『私、バレーボールのことはわからないけど、優莉と美佳が一緒にバレーボールをやって練習が成立するの?』


『技術的な練習だと話にならないかな。でも体力はあるから、基礎練ならむしろ優莉の方が有利だよ』


『美佳ねえ。寒い』


『陽菜。今のは駄洒落じゃないって。でどう?』


『どうって、お金とか時間とか道具とかどうすんのさ?』


『ごめんごめん。お金はいらないってさ。宿泊費、食費、交通費。全部あっちもち。さすがにお土産代とかは出ないけど。9日は朝早いから8日に都内の集合場所付近で前泊かな。あ、前泊代も優莉は気にしないでいいってさ。持ち物は着替えとバレーシューズとサポーターくらいでいいよ。というかスポンサーの意向って奴でその辺も出たりする。むしろ着てほしいって言われるから、ぶっちゃけ下着と歯ブラシがあればなんとかなる』


(あぁ。天馬大学も企業スポンサーついてたな。美佳ねえは全日本に選ばれた選手だし、そんな選手のチームには自社製品の練習着やシューズで練習してアピールしてほしいのか)


『練習着はともかく、シューズは履き慣れたのを使いたいんだけど……』

『その辺は無理を言われないよ。強制はされないから』


『美佳ねえ。選ばれたのは優ちゃんだけ?』

『ごめんね。陽菜。その通り。選ばれたのは優だけだよ』


『ま、だと思った。さすがに優ちゃんに身体能力は勝てないからね』


『陽ねえ。お土産買ってくるよ』

『私、それより夏休みどっか1日、優ちゃんのコーディネイト権が欲しい』

『あら、それなら私も欲しいわね』『何それむしろ私が欲しい』

『ちょっと待てや。なんだよそのコーディネイト権って』

『優莉。言葉遣いが男の子に戻ってるわよ』


『いや、そんなの些細な問題だろ。俺は涼ねえ達の着せ替え人形じゃないんだぞ!』


『そんなの当り前じゃない。悠司は私の大切な弟で、優莉は私の大切な妹よ』

『そう返されると俺も恥ずかしいというか……』

『だからこそ、きれいに着飾ってあげるんじゃない!』


『なんでそ――』

『だよね。さすが涼ねえ』

『やっぱり涼ねえはすごいね』

『優莉は素材はいいのに着飾ることには本当に無頓着なんですもの。勿体ないお化けがでたらどうするの?』

『ねえ8月みんなが休みの日っていつかな?その日は優ちゃんデーにしようよ』

『そういえば優が戻ってきてそろそろ1年だな。お祝いをやろう!』

『陽菜。美佳。良いアイディアね。立花家家長として採用します。……そうね。もう高校生なんだし、優莉も1セット位高い下着を持ってもいいわよね?』

『はい!優ちゃんが持っていない可愛い系の服もそろえてあげるのが姉心だと思います!』

『やっべ!テンション上がってきた!涼ねえ。優デーは1日だけじゃなくて1週間くらいにしない?』

『さすがに長すぎるわよ。3日くらいでどうかしら?』


『いや、ちょっと待って、俺の意思は?』

『優莉。民主主義って知ってる?』

『涼ねえ、それ3対1(数の暴力)って言うんだよ』


 しばらくの後、俺の部屋のクローゼットにはどう考えても洗濯機では洗濯できない衣類が数着追加されることになるのだが、それは別の話である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ