031 バレー部の事情、バスケ部の事情
以前にも言ったような気がするが、松原女子高校の第一体育館は広い。その昔、全校生徒数が千名を超えていた頃にその生徒全員が集まれる広さで作られた体育館は、バスケコートやバレーコート換算でなんと4面も取れるほどである。
その広い体育館にいるのはバスケ部バレー部あわせてたったの8名。しかもこれで両部活の全部員だ。ちょっと前までバスケ部は5人だったが、今は3人になってしまった。
バスケ部唯一の2年生部員はこの間の期末テストで壊滅的点数をたたき出し、その前の中間テストも大炎上。結果4科目赤点という惨事で、親から部活動停止命令が下ってしまった。
そして冬まで残ると言っていた前部長の奥村先輩は……
残念ながら残りの高校生活でバスケットどころかジョギングすら出来ない状態になってしまった。
膝蓋腱炎 通称ジャンパー膝
バレーやバスケのように跳躍と着地を繰り返するスポーツに多くみられるスポーツ病である。
程度が軽いうちにしっかりとした休息を取ればなんということもないが、放っておくと手術が必要なレベルまで悪化する。
奥村先輩は俺の記憶が確かなら4月の時点で膝に大きなサポーターをつけていた。5月に俺達と練習試合をした時には『もうずっと痛い』と言っていた。つまり奥村先輩はずっと無茶をしてバスケをしていたのだ。
インターハイ予選で敗れ、テストもひと段落したところで痛みに耐えかねたのだろう。ウィンターカップ予選に向け、膝を完治すべく医者に行ったところ、直ちに手術しなければならないところまで膝は悪化していた。術後も8月いっぱいは病院のベッドの上。退院しても半年、2月いっぱいまで激しい運動は禁止。
それが医者から奥村先輩に下された診断結果だった。
「――つうことがあってアタシらバスケ部は3人になった。これじゃ試合は出来ない。で、バレー部。聞きたいことがある。お前ら、本気で春高予選を突破して1月に東京の体育館でバレーをする気か?」
「あたりまえじゃない」
明日香が代表して即答する。
「アタシらも本気でウィンターカップに出る気だ。が、バスケ部もバレー部も人数が足りない。アタシらの練習はキッツい。横で見ている限りそっちの練習だってキツい。
そんな部に今更入部希望者なんぞ出るはずがない。で、仮に本番でどっかから助っ人を呼んだところで普段一緒に練習してない奴なんて足手まといにしかならないだろうな」
「未来。何が言いたいの?」
「さっき部室でも言ったが取引……いや勝負をしよう。バスケ部とバレー部で勝負をする。負けたら相手の部活に来年1月まで入部する。これでどうだ?」
「どうだって言われても……」
「何で勝負するかわからないけど、仮に私達が負けたら1月までバスケ部と兼部するってこと?」
「そこまでバスケもバレーも舐めてない。片手間でやって県予選を突破できるわけねえだろ」
つまり、何で勝負するかは知らんが負けたら冬までバスケ漬けになれと。
「なぜ1月までなんだ?負けたらそこで元の部活に戻るではいけないのか?」
「それだとわざと手を抜いて負けるように仕向けるかもしれねーだろう。嫌でも1月まで相手の部活をやるんだ。それなりに真剣にやってもらう」
ちなみに12月にはバスケのウィンターカップ、1月にはバレーの春高がある。春高本選は1月早々に行うからそれほどではないにしろ、バスケ部は俺達にあわせてくれたのだろう。
「ぶっちゃけお互いに戦力になるの?」
「なる。まずアタシらが勝った場合、つまりお前らがバスケ部に入った場合だが、5月の練習試合から察するに明日香は中学のブランクを差っ引いても使い物になる。
次に忍者。日本中探してもアリウープできる女子高生なんぞお前だけだ。
あとそっちの陽菜と玲子も背が高くてジャンプ力があるんだから三ヵ月で使い物になるところまで鍛えてやる。
んで雪ん子はクラスが一緒だからよく知ってる。素早く動ける奴は絶対に役に立つ。バスケは背の高い奴が多いからな。140cm台でドリブルされると逆に止められん」
ふむ。確かに経験者の明日香は戦力になるだろうし、俺がバスケをやろうもんなら『とりあえずゴールポストに向けてボールぶん投げて俺がアリウープで決める』という形になるだろう。男子がいなければ俺を空中で阻める者などまずいまい。玲子や陽菜、ユキだって身体能力は普通の女子高生のそれではない。
「続いてアタシらが負けてバレー部に入部した場合。横目で見た限りの情報でわりーけど、はっきり言ってアタシは忍者よりバレー自体は巧い自信がある。もちろん高さとパワーでは負けるだろうけどな。
歌織……こいつなんだが、こいつは1年で一番背が高い。ジャンプ力だってある。バレーで高いってのがどんだけ有利か知ってんならこれが役に立たねえわけがねえ。
愛菜だって運動神経自体はそう悪いもんじゃない」
前島さんは確かに俺より巧いだろう。唯先輩が抜けた以上、背の高いブロッカーは欲しい。んで何でもできる器用な奴がベンチにいれば怪我をした際の交代要員になるし……
なにより相手がどれだけ根性があるか知っている。朝から晩まで厳しい練習にも耐えられる基礎体力を相手も持っている。帰宅部から現バスケ部以上の体力と精神力を持った奴を探すのは無理だろう。
つまり利害は一致している。
「……未来はバレー部もバスケ部もダメになっちゃうならどっちか片方だけでも全国に行った方が良いって考えてるんだね」
「そうだ。どっちもは取れない。だからまだしもの可能性を残す。で、明日香。どうする?こっちは覚悟はできてる。……奥村先輩の膝が悪いのは知ってたんだ。前からこうなるって予感はしてたからな」
「私の一存だけじゃ――」
「明日香。何で勝負するかによるが可能な限り受けるべきだ。負けた時のリスクは大きいが、確かに彼女達が入部すれば心強い。今の私達だけであの姫咲高校に勝つのは無理だ」
「玲ちゃん……」
「明日香。私も受けるべきだと思う。試合直前で応援を頼むのはいいけど、それじゃ勝てない。優莉はこの前、雑誌に載った。もう無名特権は使えない。相手は確実に私達を研究して、弱点を突いてくる。
彼女達以上の部員に私は心当たりはない」
「ユキ……」
「まあいいんじゃないの?明日香には悪いけど、私の場合、明日香じゃなくて前島さんがクラスメイトで明日香みたいにしつこく誘われてたらバスケ部員だったと思うし、優ちゃんは私についてくるだろうし」
俺はお前についてくのが確定なんかい!俺は金魚のフンじゃないんだぞ。
「明日香。明日香が良ければ受ければいい。私達はついていくよ」
まあここで俺一人反発しても仕方あるまい。
「勝負だっけ?受けたければ受ければいいよ。でも負けても私達のせいにしないでね」
「……よし。未来。受けるよ。多分お互いに時間がない。どっちの部活に寄るかはわからないけど少しでも早くに一緒になった方がいいから、さっそく勝負の内容を決めよう」
「おう。ん~何にすっかな。単純にいくとなんかのスポーツが――」
「話は聞かせてもらったぞ!!!」
突如乱入してきたのはバスケ部の顧問、上杉先生だ。
「ふむ。このままでは両部活とも定員割れを起こすので一つになって再起をめざす。それも仕方ないのかもしれないが、せめて顧問に一言あってもよかったんじゃないか?」
苦笑する上杉先生。
「申し訳ありません。先生にも相談しようかと思いましたが、まずバレー部が受けてくれるかわからなかったので受けてもらった後、ご報告を、と考えていました」
返すのはキャプテンの前島さんではなく白鷺さんだ。どうでもいいけど、白鷺さんはフルネームだと白鷺 愛菜さんだ。
「まあそこは俺に余計な気遣いをさせない心配りだったと受け止めておこう。で、さっきの勝負の話だが、ちょうどうってつけのがあるぞ!」
「本当ですか!」
「本当だ。……実はな、さっき職員会議でバスケ部がやり玉に挙がってな……」
……多分奥村先輩のことだろう。歩けなくなる一歩手前までジャンパー膝を放置していたことは学校として見過ごせるはずがない。
「朝岡の奴があそこまでひどい成績だったのはいただけない。ご両親が部活動停止を訴えるのももっともだ」
あ、違った。
朝岡先輩とはバスケ部の2年で今回の期末テストで赤点四冠を達成した豪傑だ。学生の本分とは学業である。それが疎かになった原因たるバスケ部に文句を言うのも仕方あるまい。
「それでな、さっきの職員会議で部活動で長時間拘束されているものでかつ、期末テストでふるわなかったものをリストアップしたところ、朝岡以外にもバスケ部やバレー部でピックアップされたものがいてな。
これではいかんということで両部活の対象生徒は夏休み最初の週に補習テストを受けてもらい、それもふるわなかった場合は夏休み中、部活動の代わりに補習を受けてもらうとさっき決まったぞ。ちなみに『ふるわない』は通知表の数字が赤くなる20点以下でなく、40点未満だからな。対象者は……教師の情けだ。この場では言わないでおいてやる」
……あーうちは明日香、向こうは前島さんか。2人ともものっすごい勢いで汗が流れている。
「で、さっき言った勝負方法だ。来週の補習テスト、本来なら成績の悪かった者が悪かった教科のみ受けるんだが、バスケ部、バレー部は共に全員が全教科の補習テストを受けてもらう。それで両部活のうち、平均得点が良かった方を勝ちとする。いいな」
げ。俺らも受けるのかよ……
「い」
い?
「いやあああぁぁぁぁあああ!!!」
明日香の悲鳴が体育館に響いた。
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おまけ
“四冠王”朝岡「グアアアア」
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“暗記の”未来「朝岡先輩がやられたようだな……」
“数学の”明日香「フフフ…奴は四天王の中でも最弱……」
“1年にして五冠王”??「二年になってからの赤点とは赤点四天王のツラ汚しよ……」
さて五冠王は誰でしょうか?
女子バレー世界選手権、すごく面白ですよね。ものすごく語りたいです。
私は国を問わず大型選手のスパイクを打つ前のバックスイング、セッターのバックトスに魅せられてしまいます。
つまり大型選手がCまたはDクイックを決めるシーンが大好きです。
感想欄より世界選手権に興味を持った方へ注意です。
世界選手権ではポジションにオポジットという表現を使っています。これは本作で言うところのスーパーエースです。
これは意図的なものでオポジットよりスーパーエースのほうがかっこいいと私が信じているからです。
アウトサイドヒッターという表現は初めて聞きましたが、これは(おおよそ)本作中のウイングスパイカーのことのようです。
違いはよくわかりません。
スパイク○○cm、ブロック□□cm、はそれぞれスパイクなら(助走有なら)何センチ飛べるか、ブロックなら(助走無なら)何センチ飛べるかを表します。
そしてスパイクの高さ=最高到達点です。
また、世界選手権は非常にレベルが高いです。
あれを見て本作の女子バレーはあのレベルなんだ、とは思わないでください。
試しに春高またはインターハイ+女子バレーで検索をかけてください。
出てきた動画は高校生としては最高レベルのプレイですが、世界選手権に出てくる選手と比べると何枚も格が落ちます。
本作中の松原女子高校の面々は(今のところ)インターハイにすら出れない高校生達の物語です。
……まあ現女子日本代表選手でも最高到達点は309cmにも拘らず、優莉は348cmをたたき出すというぶっ壊れ設定はありますが……