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030 美少女忍者(笑)の憂鬱

 期末テストの返却まで終わってさらに数日。今日は学年の垣根を超えたドッジボール大会が開かれる。


 高校生にもなってドッジボールはないだろうと思っているが、エリ先輩達から「ものすごく盛り上がる」と言われているので実は楽しみだ。


「村っち、行くよ」

「あぁ。今行く」


 私、村井 玲子はクラスメイトの声に答えて校庭へ向かった。

 


「ドッジボールなんて小学生以来なんだけど」

「私も。……正直うまくボールが取れるか心配だ」

「え~村っち運動神経抜群じゃん!絶対嘘だ!」

「いや、反射的にレシーブしてしまいそうで……」

「あぁ。村っちバレー部だもんね。レシーブしちゃったらアウトなのかな?」

「どうなんだろう?」


 7月も期末テストが終わり、返却まで終わると学校の空気は緩くなった。もはやみんな夏休みしか見えていない。


 教師陣もそれがわかっているのか無理に授業を進めたりしないし、やれ芸術鑑賞だの、やれ地域ボランティアだのと、そもそもイベントラッシュで授業そのものが行われない。

 

 ちなみにこのイベントラッシュの裏では成績が振るわなかった者達への救済が行われている。1年1組では誰も出なかったが、例えば期末テストで40点未満の科目があった場合、今日のドッジボール大会には参加せず、裏で補講を受け、夏休み最初の週で補習テストを受けることになっている。

 

 そして、なにも救済は期末テストがよくなかった者だけに行われるものではない。例えばテスト当日に体調を崩したものは今日、今頃代わりのテストを受けているし、美術や書道で指定の作品を作れなかったものは今日を使って作品を仕上げている。

 

 1年1組では学力テストで成績不良者こそ誰もいなかった(白状しよう。私はかなりギリギリで免れている)が、体育の授業で水泳を避け続けていたものは今日、プールで授業を受けることになっている。

 

 バレー部顧問の佐伯先生曰く、

 

「とりあえず水にさえ浸かってくれれば評価を出せる。身体的理由がなくそれさえできない者はそもそも単位をつけれないから自動で留年扱いになる。だから水に浸かるだけでいいから来い」

 

 とのことだ。

 

 ……私とて女子高生。人前で、あの恥ずかしい恰好(スクール水着姿)を晒したくない、という気持ちはよくわかる。

 

 学校側も慣れたものなのか、わざわざそんな生徒限定で時間を区切って人目につく時間を短く、かつ見られる人も限定する補習を認めるほどだ。


 もちろんこの場合、本当にプールに入って、ちょっと泳いでお終いなので水泳の評価は最低になるが、それでも評価がつくので単位取得が可能になるとのことだ。


 これも佐伯先生から聞いた話だが、これすら認めなかった過去には大騒動があったらしい。


 不思議なのは体育の授業前の着替えで下着姿を晒すことをためらわない者がなぜかスクール水着はためらうということだ。まあそこには本人限定の何かがあるのだろう。



 下着姿を晒すのをためらうで、ふと優莉を思い出す。あの子は部室で着替える時にも未だに下着が見えないようにこそこそと着替えるし、他人の下着も極力見ないようにしている。以前、練習終わりの着替え中に私の下着姿を見た時など、顔を赤くしてはやく隠すよう促されたものだ。


 それで女所帯らしい立花家で生活できるのか疑問がわいたが、そっちは教育済みだと姉の陽菜に聞いた。


 その優莉は初めてスクール水着を着た時は恥かしさで泣き出してしまったらしい。今まで水着を着たことがない人間からすればあんな体のラインが出るようなものは論外なのだろう。


 

 そんな優莉も頑張ってプールの授業は全部参加していた。

 ……なぜ知っているかって?体育の授業は1組、2組合同で行われるからだ。

 そうそう、意外だったのは優莉が泳げなかったことだな。サッカーもバレーもあれだけ縦横無尽に活躍していたのが、水泳となるとまるでダメだった。


 顔を真っ赤にしつつ、佐伯先生に手を引いてもらいながら泳ぐ練習をしている優莉を見た時は、不覚にも可愛いと思ってしまった。なるほど、あんな妹がいれば陽菜のように溺愛するのもわかる。


 で、優莉と言えば……

 

 

「ドッジボール。初戦の相手は2組だよな。負けは確定か」

「あぁ~。あっちには美少女忍者がいるからね。ほんと、陸上はあの子の独壇場だもん。これも1組と2組の定めかぁ」

 

 この手のクラス対抗となると大抵初戦は1組VS2組になる。まあ仕方あるまい。


 ちなみに美少女忍者とは優莉のあだ名だ。この前のバレーボール月刊誌に「東欧から来た美少女忍者」と書かれていたのが理由だ。嫌味でも何でもなく優莉以上の「美少女」はそうそうお目にかからないと思うのでいい二つ名だと思う。本人は嫌がっているが。

 

 ところが、校庭につくとその優莉の姿が見えない。彼女は背こそ低いものの、黒ではない自然な亜麻色の髪をしているのでよく目立つ。すぐ隣(しかも大体手をつないでいる)には周りより背の高い陽菜がいるのでなおさらだ。

 

「玲子。キョロキョロしてどうしたの?」


 優莉の姉の陽菜だ。目の前に来るまで気が付かなった。私の中で2人はセットになっているからだろう。単独で行動する陽菜は陽菜であっても陽菜ではない。

 

「陽菜。いつも一緒にいる妹はどこに行った?」

「あぁ。優ちゃんはあっち」


 と、プールの方を指さす。

 

「なぜだ?優莉はプールの授業は全部参加してただろう?」


 そういうと陽菜は苦笑してこういった。

「優ちゃん、今日のドッジボール大会に事実上の出場停止命令が出ちゃって……」



=====

 バシャバシャバシャ

 

「よーし。優莉。そこで顔をつけて。大丈夫だ。怖くないぞ。先生が手を持っているからな」


 黙って顔を水面につける。バタ足は続ける。佐伯先生は俺のバタ足の推力にあわせてゆっくりと俺の手を引きながら水中を後ろ向きに歩いている。

 

 現在7月も折り返しを過ぎた中旬。天候は晴天。めっちゃ暑い。そんな中、俺は佐伯先生から文字通りマンツーマン授業を受けていた。

 

 ……正直泣きたい。


 こうなったのは先週の体育の授業後のある出来事が原因だ。


=====

 

 あの日は朝からずっと雨で天気予報上でも1日中雨。そのため、水泳の授業は中止。いやあ残念だ。美少女忍者(笑)の美麗なスクール水着姿を披露したかったが、雨なら仕方ないね♪

 

 で、雨なので予定を改め体育の授業は体育館でバレーボールとなった。

 

 その授業が終わった後、体育委員(委員会決めの直前にスポーツテストがあり、その結果から俺が選ばれた)である俺は後片付けを1組の体育委員と陽菜(いっつも手伝ってくれている。恥かしいので面と向かっては言わないが多謝)でやっていると、佐伯先生から声をかけられた。

 

「おーい優莉。来週のドッジボール大会だが、あえて出ないで水泳の補習にあてないか?」

「えっ?嫌ですよ。なんでそんなことしなくちゃいけないんですか?」


「今な、体育の成績をつけてるんだが、優莉はスポーツテストの結果もサッカーもバレーボールも満点以上なんだ。普通ならここで10段階評価中最高の10をつけたいんだが、唯一、水泳だけはダメでな。このままだと評価を下げなきゃいけないんだ。勿体ないだろ?フォームなんて問わない。どんな形であれ25m泳いでくれればそれでいい。どうだ?やってみないか?」


 ……いやさ、そういう評価って具体的に言っちゃいけないんじゃなかったっけ?


 あぁ。でも国語とか普通に「うちの高校は10段階評価だ。で、中間と期末テストの点数を足して20で割ったものが1学期の成績とほぼ同等になるぞ」とか先生に言われている。


 この場合、クロールだろうが、平泳ぎだろうが、潜水だろうが、犬かきだろうが25m泳げば10段階評価で10がつく、と言っているのだろう。こんな風にぼかして言う分にはいいのか。


 だがしかし!


「嫌です。あんな破廉恥な格好をするくらいなら評価を下げていただいて結構です」

 あの格好は本当に嫌。


「そうか。優莉がそういうなら――」

「ちょっと待て立花妹。そういうことならお前は来週、水泳の補習に出ろ」


 俺の断りにいちゃもんをつけてきたのは体育教師の田島先生。

 

「立花妹。疑問に思う前にまずはこれをあそこの体育館の扉に向かって投げてみろ。投げる時はこれがドッジボール大会だと思って投げるんだぞ」


 といって田島先生から渡されたのは来週使うであろうドッジボール。体育館の扉までは17~18mほどか。

 

 ふっふっふ。こう見えて、男だった時の中学生時代はハンドボール部だったんですよ。ハンドのジャンプシュートの応用で……

 

 

 ドォォオオン!!!

 

 

 俺が投げたドッジボールは金属の扉に激突し轟音を立てた。

 

 

「羽村。あれを来週受けて怪我をしない自信はあるか?」

 羽村さんは1組の体育委員。余談だが、玲子は委員会に所属していない。その羽村さんは青い顔をして、首を横に振っていた。しかも全力で振っているし……

 

「というわけで立花妹。体育教師として生徒が怪我をするような事態は容認できない。幸い、やることはあるんだ。お前は当日プールに向かえ」


=====


 そんなこともあり、俺は朝から佐伯先生とのマンツーマン授業を満喫している。そう、朝からである。

 今日のドッジボール大会は1時間目から4時間目までを使ったもので勝っても負けても4試合以上するようになっている。ついでに学年の垣根も取り払って行われるので1年が3年を倒して優勝という下克上もある素敵大会だ。

 

 なお、こんだけ多く試合をするのも補習参加者が補習後に、後から混ざれる配慮らしい。俺にはないがな!

 

 ちなみに校庭から「死ねよや!!!」「ヒャッハー!あの女をつぶせ!」「おらぁあああ!」だとかの雄叫びが聞こえる。

 

 いやさ、ここは女子校なのに女子力さんはいったいどこに行ってるんでしょうか?


 一方、こちらプールでは先ほどから淡々と補習が行われている。

 

 例え体育の成績が下がっても紺色の恥かしい恰好(スクール水着姿)を同性とはいえ衆目に晒したくないのは共通の思いらしく、水泳の補習対象者は意外(?)といる。

 

「はい。それまで。次に待っている人を呼んできて。」

 

 横目でちらっと見ている程度だけど、あんまり水着姿を晒したくない生徒達(1年だけでなく2、3年も含む)は、


  1.準備体操をちょろっとして

  2.ぶっつけ本番いきなり25m水泳をはじめ

  3.出来た/出来なかったを問わずそれでお終い、次の人を呼ぶ


 だけを行い、精々10分程度で次から次へと交代していく。ちなみに1組あたり3人だ。

 

 1組3人なのには訳がある。松女備え付けのプールは計6レーンあり、1~3レーンはスクール水着姿を晒したくない恥ずかしがり屋さん専用のレーンでこちらは目まぐるしく人が入れ替わる。

 

 で、4~6レーンはガチで水泳の補習を受けたい人たち向けに開放されている。

 

 考えればわかると思うが体育でプールが使える時期は短い。6月上旬から7月中旬までだ。7月下旬は夏休みだからな。

 

 プールという性質上、雨が降ったら使用できないし、ここが女子校である以上、生徒全員には月に数日、水泳をするには不向きな日が存在する。それに単純に風邪とかもあるしな。

 天候不良と体調不良で水泳が出来なかった生徒でかつ、スクール水着姿に耐えられる生徒はむしろ正当に評価してもらうべく4~6レーンでガチ補習を受けるわけである。

 

 で、1~3レーンは古賀先生という40代後半のおばちゃん教師が担当し、4~6レーンは佐伯先生が担当している。

 

 恥ずかしがり屋さんは3学年分ともなると結構いるようで多分50人くらいはいたと思う。確か松女全体で生徒数は650人弱だから、全体の約7%、各クラスに2~3人くらいいる計算だ。そーいやうちのクラスでも1人いたな。

 

 それに比べるとガチ補習勢は少ない。俺含めてたった5人。まあ一ヶ月ずっと体調が悪いなんて奴はそうそういないわな。

 その殆どが1時間目の終わりごろに現れ(プールサイドへの集合時間がそもそもそうなっている)3時間目が始まる時間前には全補習を終えて解散となった。

 唯一、俺のみ1時間目から4時間目まで適宜休憩は入ったものの泳がされた。こうなったのも佐伯先生の熱意と俺がカナヅチであることが原因だ。

 

「大丈夫!お前なら絶対できる!自分を信じろ!人間は浮くようにできている!さあ、私と一緒に頑張ろう!」

 

 と熱いエールを送られ続け、25m泳げるまで徹底指導を受けた(もちろん、ガチ補習勢をおざなりにはしてない)。

 

 そのかいあってか、最後には生まれて初めて25mを泳ぐことに成功した。

 

「優莉!偉いぞ!よく頑張った!水泳暦2ヶ月弱で25mも泳げるなんてお前は本当によく頑張った!」


 すんません。本当は10年以上かけて25m泳げるようになったんです……


 あと、佐伯先生。抱きついてハグはやめてください。背丈の違いから、あたるんですよ。顔に。俺のよりはずっとでっかいのが。俺のプライドがずったずたに切り裂かれます。 


 ……やっぱり巨乳はもげるべきだな。


=====


「――ってことがみんながドッジボールをやっている裏であったの」


 時間は進んでここはバレー部部室。今日は普通の生徒はドッジボール大会だけで終わるので午前中だけで帰れる日。俺達部活ガチ勢にしてみれば午後は全部部活に使えるのでありがたい日。

 

 しかもだ、部活エンジョイ勢のバドミントン部は早くも夏休みモードで9月まで部活はないらしい。つまり広くてきれいな第一体育館が、バレーコート二面分も使いたい放題というおまけ付きで使える。

 

 

「優ちゃんすごい!25mまで泳げるようになったんだね」

 

 俺に背後から抱きついてきて頭をなでてくる陽菜。最近、陽菜は殊更、俺を妹扱いするようになった。末妹として育った陽菜は年下の存在が欲しかったのだろう。男だった時の俺も陽菜には助けられたこともあり、こっちはまだ理解できる。俺としても「ままごとで妹相手に妹役を演じている」と思っているので苦にはならない。問題は俺が女になった当初に比べ明らかに頻度と激しさが増したスキンシップだ。


 あのなあ、俺は男なんだぞ?そんなのに軽々しく最近Eになった塊を押し付けるな。


 俺が勘違いして襲ったらどうするんだ?もっと自分の貞操を大切にしなさい。

 

 ……と以前忠告したら「どうやって襲うの?抵抗しないし、怒らないからやって見せて」と真顔で返されたときは回答に困ったが……

 

 いや、本当に男は狼なんですよ?妹の貞操観念と将来が心配だ。

 


「で、玲子達のドッジボールはどうだったの?」

「私達1組は2組と初戦であたって勝ったよ。優莉だけじゃなく明日香もいなかったからね。そのまま勝ち抜いていたんだが、唯先輩達の3年6組に負けた」


 我が2組で運動が出来る奴を3人挙げろと言えばまず名前が挙がるのが優莉()、続いて明日香か陽菜なんだが、俺は水泳の補習、明日香は……


「う~……私が最初の2時間分補習に出てたからだ……」


 明日香はある意味凄い。入学してたった4ヵ月の1年1学期ですでに数Aで赤点を取るレベルまで学力が引き離されてしまった。

 

 数Ⅰもテストの点数だけなら赤点だ。だが、数Ⅰの担当は大天使サカキエルの異名を持つ榊原先生。提出物で30点稼ぎ出したことで何とか赤点を免れている(でも今回の補習対象になっているけどな)

 

 いやね、今年の2月時点では松女に受験して受かるくらいの学力があったわけですよ。たった4ヶ月でそこまで勉学に後れを取るとはすごい。


 他の科目だって決して良くはない。これ、卒業以前に進級できるのかって問題だ。この学校に入学できた以上、他の生徒に著しく劣っているわけではないはずなんだが……


 と、そんなことを思っていると部室の扉が開いた。まだ来ていなかったユキか?

 

「おい、バレー部。取引しないか?」

 

 予想に反して現れたのはバスケ部の新主将前島さん。はて?取引とは何だろうか?

次回は土曜日です


 今やっている女子バレーボールの世界選手権を見ると高校バレーとは比べものにならないくらレベルが高く、面白いです。

 また、女子の世界もスパイクサーブなどのパワープレイも増えていると感じます。この辺も高校バレーとの違いだな、と。


で、ああいうのを見ると取り入れたくなっちゃいますが、本作は高校生のお話。

自重していかなくては……



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― 新着の感想 ―
女性化した創作物ではこち亀の秋本治氏の(ミスタークリス)は男性の秘密諜報員が事故で身体がグチャグチャになり脳死した女性アスリート(プロポーション抜群の美女に脳を移植)した物理的に女性化したため秘密諜報…
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