003 お約束の展開
松原女子高校のバレーボール部の歴史は古い。古くはなんと女子排球倶楽部の名称で戦前からあったらしい。その後、戦中に廃部。10年近い年月を経た1950年にバレーボール部と名前を変えて復活。このころは趣味で遊ぶ程度の部活動であった。
これが1964年の東京オリンピックで変わった。東洋の魔女と称された日本女子バレーボールチーム(まあ母体は実業団チームだけど)に日本中が熱中した。
当然、当時の小学生少女たちも夢中となり、現在ほど女子スポーツが多様化されておらず、またのちの強豪私立校も開校前ということもあり小学校、中学校とバレーボールに慣れ親しんでいた層が次々に松原女子に入学。そのまま1学年当たり50~60名がバレーボール部に入部し、厳しいレギュラー争いが発生。これを勝ち抜いた6人(当時はまだリベロがなかった)はまさに精鋭と言える実力を誇り、70年代前半から90年代前半までは県北の玉木商業と勢力を二分割する一大女子バレー強豪校になった。事実、この黄金期にはインターハイや春高に出場したこともある。
流れが変わったのは90年代後半から。女子バレーに力を入れる私立校が次々開校。彼らは有力選手を囲い込み、県内外から多くの有力選手を集め、反対に県立高である松原女子には有力選手が集まりにくくなった。徐々に勝てなくなるバレー部。勝てなくなれば有力選手は他校へ進学していってしまい、有力選手が集まらないのでさらに勝てなくなる。
こうした負のスパイラルを繰り返し、それでもなんとか地道な地元中学校回りや厳しい練習、さらにたまたま集まった有力選手の活躍もあって6年前の夏のインターハイ県予選を制したがそこまで。
現在ではかつての古豪というありがたくない二つ名を持つチームになっているらしい。
「でね、そんなバレー部を復活させたいの!お金を持っている私立が幅を利かすなんて学生スポーツとしてはあるまじきことじゃない?そこを努力と熱意で打ち破って目指せ全国制覇!」
「ふ~ん」
都平さんは説明に夢中で気が付いていない。陽菜の目がちっとも笑ってないことに。そもそも勧誘する人を間違えている。松原女子バレー部が最後に全国に行った6年前とは俺達の姉の一人、美佳ねえが高校1年の時である。美佳ねえは県下のスポーツの名門『私立』姫咲高校に進学している。美佳ねえ達は1年の夏を除いてIHにも春高にも出場している。その唯一出れなかったのが1年の夏のIHであり、目の前の都平さんはいわば敵を誘っているのである。
言い方も正直気に入らない。彼女の言い分では私立は金で何でも解決していると言わんばかりだが、それはあくまで設備面での話だ。
美佳ねえが高校時代どれだけ練習してたか、それを知っている俺達はその努力をお金、と言い換える彼女に腹を立てている。
最後に陽菜の気持ち。陽菜は小学校時代に周囲に期待され少女バレーボール部に入っていた。このバレーボール部は美佳ねえの時代に全小に出場していた。立花美佳の妹という点、さらに長身(小学校5年生の時点で身長が160cm以上)という陽菜に期待するなというのが無理な話だ。
だが、陽菜はあまり活躍できなかった。いや、正確には大活躍だったのだが、比較対象が美佳ねえではあまりにも分が悪い。周囲の期待ほどの活躍は出来ず、チームメイトにも美佳ねえ程恵まれず、県2位で全小出場を逃した。最後は義務感でやっていたようで、中学に入ったら絶対にバレーボールはやらないと公言するほどバレーボール嫌いになっていた。
「――でどうかな?」
悪気は全くないのだろう。相手の言い分もわかる。でも気に入らない。
「まず二つ誤解があるみたいだから言うね。
一つ。私立高校はお金の力で強くなってるわけじゃない。恵まれた才能を不断の努力で伸ばしたから強いんだよ。
二つ。努力すれば勝てる?強豪私立校が努力してないと思っているの?むしろ逆だよ。向こうは私達が勉強している間、遊んでいる間、寝ている間。あらゆる高校生活の時間を全部部活に費やしてるんだよ?そりゃ強いよ。都平さんの言うところの“努力はうそをつかない”だもん。ちょっと厳しいようだけど、これは事実だよ。さっき6年前の春高では惜しくも県予選の決勝で負けたから出れなかった、っていったけど私達のお姉ちゃん、その決勝の相手高校に居たんだ。お姉ちゃん、もうもの凄く努力してた。冬になれば日が昇る前に学校に行っちゃうし、帰ってくるのもいつも遅かった。それだけ努力してようやく全国制覇って言えるんだよ。努力だなんだっていうなら他人の努力を馬鹿にしないで!行こう。優ちゃん」
「都平さん。ごめんなさい。陽ねえ、待ってよ!」
「あの子。美佳ねえのこと、バカにしてるよ!」
陽菜はお怒りモードだ。肩を怒らせてノッシノッシと歩いている。
「都平さんも悪気はなかったんだろうけどね」
これ、鎮めないと。俺はわざと軽く言って見せた。
「優ちゃんはあんなこと言われて平気なの?」
「怒ってるよ。でも都平さんは私立高校の努力を知らないからね。知らないことに罪はないよ。知ったうえであの態度をとるなら考えるけど」
「……」
「どうしたの?陽ねえ?」
陽菜は俺に抱きつくと耳元でささやく
「そうだよね。都平さんは知らないんだもん。それに怒っちゃ悪いよね。悠にい、ありがとう」
「ま、こんななりでもお前のお兄ちゃんだからな」
俺も小さくささやき返す。
「よーし。怒るのはここまで。さっくり自転車の通学許可をもらって帰ろ」
陽菜は機嫌を直した。陽菜はご機嫌の方が可愛い。
「陽ねえ。帰りに駅前のスーパーに寄っていこうよ。確か、今日はお肉の特売日だよ」
「あ、そうだね。夕飯は何にしようかな」
先ほどの怒りなどどこ吹く風。すっかり機嫌を直している。けどな、こんな簡単に機嫌を直すようでは将来彼氏が出来た時にチョロいと思われないかお兄ちゃん心配なんだけど……
「ごめんなさい」
翌朝、登校前に昨日は言い過ぎたと言おうと決めていた相手に教室であった途端、反対に謝られた。
「私、私立高校のことを良く知りもしないで悪口をいいました」
「私もきつく言い過ぎた。ごめんなさい」
都平さんも悪い子ではない。ただ、なんというか猪突猛進気味なところがあるのだろう。出会って1日だから断定できないけど。
「本当にごめんなさい。私、おっちょこちょいですぐに駆け出しちゃうところがあって……
妹の方の立花さんには初対面で家庭の事情を聞いちゃうし、私立のこともよく知らないで……」
「私の家庭の事情は仕方ないよ。それに私立校のことは都平さんの言っていることも正しいよ。本当ならさ、高校って第一が学業、第二にスポーツ、が正しいはずなのにスポーツの強豪校は一にも二にもスポーツでしょ?それって健全な高校生の育成、とは違うと思うよね」
「……同意するけど……立花妹さんって元は外国人だったのよね?日本のこと、本当に詳しくてびっくりするよ。どこで習ったの?」
やっべ、変なこと言った!たかが日本在住歴9ヶ月で高校スポーツ界の闇なんて普通は知らないよ!
「あ、そのあたりは私が前に愚痴ったのを聞いているからだよ。それよりさっきの立花妹さんってなに?」
陽菜が横からナイスパス!相手に回答しつつさらに話題を変えおった!
「え?あ、ほら立花さん達って一緒にいるじゃない。でも片方だけを呼びたいときってどうしてもそういうしかないじゃない?」
佐藤さん・鈴木さん問題だな。もう少し親しくなれば「陽菜」と「優莉」という名前呼びもありなのだろうけど、如何せん会って2日目の人を名前呼びするのは難しいだろう。
「あぁ。そうだね。となると私はさしずめ立花姉かな?」
「そうだね。……立花姉と言えば、昨日言ってた立花さん達のお姉さんって立花美佳さん?6年前の春高県予選で優勝したチームに居た立花姓って一人しかいないし。この前、全日本女子のリベロに選ばれたよね?」
「そうだよ。美佳ねえは私達のお姉ちゃん。だから私立高校がどれだけ大変か知ってる。あと、期待しないで欲しいんだけど、私、美佳ねえと違ってバレーは下手だよ。優ちゃんに至ってはやったことがない」
これは半分嘘。確かに陽菜は美佳ねえと比べれば下手かもしれないが、それは比較対象がおかしい。相手は日本代表に選ばれる選手だ。少なくとも小学生時代の陽菜は上手だった。
俺は授業で少し、それにプラスして美佳ねえ相手の練習にちょっと付き合った程度。やったことがない、ではないがまあほぼ同意語だろう。
「立花さん達のお姉さんってすごいよね。高校時代に挫折してもそこから努力で日本代表にまでなっちゃうんだもん。ほら、今月の月刊Vボールにも特集が組まれているし!」
そういいながら都平さんは持っていた雑誌から美佳ねえの特集ページを開く。そこには『異色の大型リベロ その原点は高校時代にあった』という見出しと、ろくろを回すポーズを決めている美佳ねえの姿があった。
俺達の姉、立花美佳は子供のころから運動が得意だった。おまけに背も平均より高く、ゆえに地元のクラブチームに誘われてバレーボールを始めた。するとその才能が開花した。チームは元々県で中堅どころのチームだったが、美佳ねえの活躍とチームメイトにも恵まれ、全小の県大会予選で優勝。全国大会でもベスト8までいった。
そのまま地元の公立中学に進学したが、快進撃は止まらず並みいる私立強豪を蹴散らし全中に出場するほどだった。全中では1回戦敗退だったけど。
その快進撃は高校で一度止まる。美佳ねえのポジションはそれまでウイングスパイカーだったのだが、不運なことに美佳ねえの一学年上、同学年ともに180cm超の選手がいた。ちなみに当時の美佳ねえの身長は176cm。
バレーボールにおいて高さは非常に強力な武器である。が、身長ばかりは努力だけで伸ばせない。チームメイトの彼女達を出し抜いてレギュラーになるために美佳ねえは休日にも俺を使ってひたすらレシーブを磨いた。
そのかいあって一番レシーブのうまいウイングスパイカーとして1年の頃は何とかレギュラー争いに参加できたが、2年になるとさらなる不運が襲う。なんとウイングスパイカー志望で180cm越えの新1年生が入学してきたのだ。
チームの監督は美佳ねえへリベロへのポジション変更を要請した。
『いや~あの時はつらかったですね。めっちゃ泣きましたもん(笑)』
雑誌の特集中では軽く書いてあるが、実際美佳ねえは家で悔しさのあまり大泣きしていた。
そも、リベロというポジションはバレーボールで唯一、背が低い選手の方が有利なポジションである。それは背の低い方がよりコートに落ちそうなボールを拾いやすい。重心の関係でもアンダーハンドレシーブをするなら背の低い方が有利だ。
なので170cm越えの美佳ねえにリベロの適性はなさそうだったのだが、天性の運動神経がその長身という不利を覆した。さらに背が高い方が有利なこともある。一歩で進める距離が広いのだ。必然的に美佳ねえの守備範囲は160cm台のリベロ選手と比べ広く、レシーブも努力で磨いた。その結果で全日本に選ばれたわけである。
もっとも、そこにたどり着くまでの努力量は半端なものではないし、それを知っている身としては軽々しく『高校時代に挫折してもそこから努力で日本代表にまでなった』とは言ってほしくないが、それを赤の他人に求めるのは酷であろう。俺は陽菜の方を向くとあちらもやっぱり苦笑していた。そりゃそうだよな。
「全日本に選ばれた選手の妹さんが同じ学校にいるなんてもうこれは偶然じゃないわ。運命なのよ。ね、私と一緒にバレーボールをやりましょう!」
「……都平さん。都平さんはバレーボールでどこを目指すの?高校生活の彩のため?それとも本気で強くなってIHや春高に出るとこまで目指すの?」
「昨日も言ったと思うけど、目指せ全国制覇!」
「……冷たいことを言うようだけどさ、それならまず高校選びを間違えているよ。昨日もちょっと言ったけど、強豪校ってもの凄く練習してるんだよ?それに勝つにはこっちももの凄く練習しなきゃ勝てない。都平さんにその覚悟はあるの?都平さんだけじゃない。チームメイト全員にその覚悟が必要なんだよ?」
美佳ねえも陽菜も小学生時代に地元のバレーボールチームに所属していた。美佳ねえは全国大会に出場でき、陽菜は出来なかった。その原因は本人の資質以上にチームメイトの差であった。美佳ねえのチームメイトは全員積極的に自主練に参加した。だからチーム全体で強くなった。陽菜のチームメイトはそうでなかった。だから陽菜のワンマンチームで終わった。陽菜が中学校時代に個人スポーツのテニス部に入ったのもチームスポーツが嫌になったからかもしれない。
「だ、大丈夫だよ。少なくとも私は頑張れる。実はね、私にもお姉ちゃんがいて、2年前の卒業生なの。もちろん、お姉ちゃんもバレー部だったよ。だから松女の練習メニューだって知ってるし、在校生だってその頃のメニューで練習してるはずだよ」
ここで聞く松女バレー部の練習メニューは確かにハードだ。だが、これで部員全員ついてこれんのか?ここは普通の女子校だぞ?
その嫌な予感は見事に的中することになる。
この日、1~3限は国・英・数の学力テストで、その後に学校案内兼部活動紹介が行われた。そこで知ったバレーボール部の現状。
部員はわずかに3名。全員が3年生であり、今年入部希望者がいないと廃部になってしまうそうだ。