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029 異名

「はっはっは。誰かと思えばバレーボール『同好会』の皆さんじゃないですか!」

「誰が同好会なのよ!私達はバレーボール『部』よ!」

「これはこれは!ククク、一体いつからバレーボールは5人で試合が出来るようになったのか、教えてくれよ」

「くっ……!5人でもバレー部なの!第一、そっちだって5人じゃない!」

「バァアアカ。バスケは5人いりゃー試合が出来んだよ。そっちと一緒にすんな」

「ふん。インターハイ予選でベスト4にも残れない雑魚じゃない!」

「なんだと!」「なによ」



「はいはい。そこまで。明日香。キャプテンなんだからこんなところで時間を無駄にしないで」

「未来。あっちも言っているけど、未来だって主将なんだから喋ってないで練習。ウィンターカップ予選まで時間がないんでしょ」



 とても残念なことに明日香と前島さんは両名とも主将になったにもかかわらず、相変わらずであった。



 インターハイ県予選から1週間後。暦の上では7月に突入した。あの後、3年生は正式に引退(エリ先輩だけは含みを持たせていたけど)。俺達バレー部は5人になってしまった。このままでは試合が出来ない。ユキをリベロではなく、普通の選手として扱うとしても後1人足りない。誰かを誘おうにも部活ガチ勢である俺達の練習に生半可な覚悟ではついてこれず、これは困った。

 

 ちなみにバスケ部も元々は3年生3人、2年生1人、1年生3人で計7人という状態であり、3年生が全員引退していれば部員数が4名となり、こちらも試合が出来なくなってしまうが、3年生の奥村先輩が冬のウィンターカップまで残るため、ぎりぎり試合が出来る状態だ。

 

 バスケ部では2年生がいるのに1年生の前島さんが主将になっているが、これは2年の先輩から「未来の方が向いている」という推薦をもらってこれを前島さんが受けたためらしい。

 

 また、さっきちょろっと出たが、俺達バレー部の新主将は明日香だ。こっちは満場一致。そもそもユキ以外の1年をバレー部に勧誘したのは明日香だし、全国制覇だの威勢のいいことを言ったのだ。責任を取って積極的にリーダーシップを発揮してもらおう。


 で、4月から丸3ヶ月たった7月になっても2人のガールズトーク(罵りあい)は治まることを知らない。信じられるか?これ、朝練前だから7時前の出来事なんだぜ?元気が良すぎる……



「で、明日香。今読んでるそれ、今月のVボール?」

「うん。そうだよ。今月はインターハイ特集が組まれてるね。ほら」


 朝練が終わって、さらに授業も進み、現在はお昼休み。どうでもいいが、気が付いたら俺は陽菜、明日香の3人で昼食を取るようになっていた。いつからだっけか?

 クラスメイトはファッション誌や男性アイドル雑誌などを読んだりすることもあるが、明日香はぶれない。バレーボール雑誌一択だ。その熱心さを少しは勉学に向けて欲しいものだ。


 で、その雑誌を陽菜と一緒にのぞき込む。

 


「えっと、なになに『飛田(とびた) (まい)擁する女王金豊山(きんぶざん)学園に死角なし!』?これどういうこと?」


「この飛田 舞っていう選手は今年の1月に春高で優勝した金豊山学園高校の3年生なの。確かU-19のアジアカップでも日本の正セッターとして出場してたかな。日本だと丁度その時期にインターハイ予選があるからなかなか有力選手が集まらないんだけどね。で、今年のインターハイで優勝候補筆頭は春高で当時2年生セッターとしてチームを優勝に導いた金豊山学園ってわけなの」

 

 雑誌ではアップで特集が組まれている。記事を読む限り、良いセッターのようだ。けどな……


「ふん。こんな奴。大したことないよ。陽ねえの方が凄いセッターだもん」

「お、優ちゃん、言うねえ」

 不敵に笑う明日香

 

「もう。優ちゃん、根拠のないことを言われてもお姉ちゃん困っちゃうよ」

 ちょっと困りながらもまんざらじゃなそうな陽菜。



「根拠ならあるよ。まず、陽ねえの方が可愛い。この飛田って人の顔面偏差値は高く見積もっても51~53くらい。つまり普通。陽ねえとは勝負にならないよ。それに胸だって陽ねえの方が大きいし、お尻も――痛い痛い痛い!」


「優ちゃん。それのどこがバレーに関係あるのかお姉ちゃんにもわかるように教えてくれないかな?」


「痛い痛いよ!陽ねえ!ほら、かわいいは正義って言うでしょう?陽ねえの方が可愛いんだから――いたたた!」


 陽菜!ウメボシは痛いって。



「2人とも飽きないねえ。4月からずっとそれやってるよね」

「明日香と前島さんよりマシだと自分では思うけどね」

「陽ねえに同じく。……ちなみにさ、私達に勝った姫咲高校ってどれくらいの評価なの?」

「そんなに高くないよ。ほら」


 優勝候補筆頭の金豊山には見開き2ページを使って紹介されていた。次のページには金豊山の春夏連覇を阻む強豪校として3校があげられていた。多分これが対抗馬。ここにも記述無し。

 さらに続くページに「優勝を狙う各地の有力校」と題して8校が紹介されており、ここに姫咲の名があった。……つまりは大穴ということだ。



「なになに『春高準優勝の姫咲高校だが、主力が卒業してしまい戦力ダウン。名将赤井監督の采配に期待』?」

「うん。前にも言ったと思うけど、今年の姫咲は去年とかと比べると弱いって言われているの。今の3年生達は姫咲の中では『谷間の世代』って言われるくらいだし」

「……その『谷間の世代』であの強さか」

「むしろ『谷間の世代』だからこそかもしれないけどね」



 インターハイ予選準決勝で戦った姫咲はあえて3年生を主体で戦ってきた。その戦い方は派手さはないが堅実な戦い方だった。なによりミスが異常なレベルで少ない。


 たぶん何回も何十回も何百回もそう出来るよう練習してきたのだろう。俺達はその堅実さの前に敗れた。基礎の偉大さを思い知らされた試合だ。

 

 話はそれるが、姫咲高校で近年最強と言われているのが美佳ねえ達が3年生だった4年前の世代だ。


 美佳ねえ達が3年生だった時、インターハイ県予選と同時期にアジアカップが開かれており、なんとそのアジアカップにエースと正セッター、リベロ(もちろん美佳ねえ)の3人を派遣。派遣された3人を中心にU-19女子代表は見事アジアカップを制した。


 一方で主力3人を欠いても姫咲高校は県予選を危なげなく突破。本選のインターハイ、半年後の春高はフルメンバーがそろっていたこともありぶっちぎりで勝ち続け優勝した。


 どれくらいぶっちぎっていたかというと全試合セットカウント2-0は当然。1試合(≠各セット)あたりの総失点も15点以下という完勝。


 

「指揮官としてこれほどやりがいのないチームはありません。将棋で例えれば全ての駒が飛車と角になっているようなものです。赤井でなく赤子が監督でも勝てますよ」


 当時のぶ厚い選手層をこう評価した姫咲の監督の言葉は今もバレー関係者の間では語り草らしい。


 

 それと比べれば確かに今年の姫咲はまだ付け入るスキがあるのか?いや、あの強さというか、安定感は半端ないし……


 と考えていると明日香が「あ~~!!」と大声を上げた

 

 ……どうでもいいけど、松女ではみんな割と大声をあげることに抵抗がない。がははと大声で笑うことにも抵抗がない連中も多い。慎みさんと恥じらいさんは松女以外の高校へ転校中のようだ。

 

「陽菜!優ちゃん!ちょっとこれ見て!」

 明日香が雑誌の一部を指さす。そこには……

 

「あ!これ優ちゃんだ!」



 そう。俺が小さいながらも写真付きで雑誌に載っていた。

 ……自画自賛するようでキショいが我ながらこれはそれなりに可愛いのでは?

 写っている場面は丁度スパイクを打とうと体を反らしているところであり、そのためか小さいながらもしっかりお椀も確認できる。


 中々できるカメラマンだな。後でジュースをおごってやろう。


 

 記事を少し前から読んでみる。えっと「惜しくもインターハイ出場を逃した未来の俊英」と題して全国各地でインターハイ出場を逃した高校のうち、将来有望な1~2年をピックアップして記事にしているようだ。その枠で俺のことが記事にされている。

 

 『驚異的なジャンプ力と圧倒的な運動量。技術は未熟ながらも将来の伸びしろは無限大』とか無責任な内容で記事が書かれている。なによりキャッチコピーが最高にかっこ悪い。


「ぷっ……」

 明日香が口元を抑えて笑いを我慢している

 

「明日香、笑ったら優ちゃんが……ダメ、我慢できない」

 と言って笑いだす陽菜。……後で覚えておけよ。

 

 ちなみに噴飯もののキャッチコピーはこれだ。

 

 

『東欧から来た美少女忍者 松原女子高校1年 立花 優莉選手』



 ……まさかの忍者枠。いや、あんだけ飛ぶんだから忍者は仕方ないかもしれない。でも美少女だけは外してほしい。うち(松女バレー部)には陽菜と明日香がいるんだぜ?こいつら差し置いて美少女はねえよ。

 

 この後、人目もはばからず爆笑しだした陽菜と明日香のせいで俺が雑誌に載ったことがことが知られてしまい、俺のあだ名が「忍者」とか「ニンニン」とか「美少女(笑)」とかになったのは言うまでもあるまい。これ、イジメだろう。雑誌を訴えたら勝てるのではないだろうか?

 

 

 ……と、こんな風に過ごしていた俺達はこの時、気が付かなった。


 俺達は高校生で当然のことながら勉学こそが本分である。その本分を明らかにする期末テストまで後1週間をきっていること。そしてウルトラのバカが部員にいることを……

 

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