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閑話 赤井 典子

 赤井 典子


 今年で64歳になる、高校女子バレー界だけでなく、日本女子バレー界にその名を轟かす女性である。

 

 出産・育児で若い頃に一時期バレーから離れた時期もあるが、それでもそのキャリアは30年を超える。


 もはや老人と言っていい年齢であり、若い頃のように自らボールを打ったりはしない。衰えた腕から打たれるスパイクなど部員達の練習にはならない。そのあたりは何年も前からコーチ達に一任している。

 だからこそ、彼女は練習中の子供をつぶさに観察するようにしている。それぐらいしないと預かった子供達に申し訳ない。


 そんな姿勢もあってか、過去に何度もインターハイや春高でチームを日本一に導き、教え子は何人も世代別、あるいは全日本で代表のユニフォームを着たことがある、歴戦の老将であり、名伯楽である。

  

 今でも彼女の名声を慕い、姫咲高校女子バレーボール部には全国各地から入部希望者が絶えない。

 

 寮を完備している姫咲高校なので一時期は北は北海道、南は沖縄まで入部を認めていたが、今は公共の交通機関で実家から片道3時間以内を入部条件に加えている。寮に入るからいい、というものではない。試合になれば応援に行きたいのが親心であり、何かあれば半日足らずで迎えに行ける、というのも親として安心できる要素であると、母親でもある彼女の持論だ。

 

 そんな彼女であるが、預かっている子供に対しては常に自問自答の日々である。

 

 これが最善の育て方であるか、自分はこの子の才能をつぶすような真似をしていないか。

 

 絶対に答えの出ない難問。やり直しは出来ない。


 

 

 バレーを好きになるように仕向けないで何が学生スポーツの指導者か。

 


 

 そんなたわ言をいう若造(アラフィフ)がいる。全く分かっていない。ここの練習が厳しいことは入部前に伝えている。それでも自らの意思で選んで入部するということはそれなりの意思と覚悟を持ったうえでのことだろう。

 

 そして残念ながら好きという気持ちだけではバレーは巧くならない。好きだけで巧くなれるのなら私達指導者はいらない。まして自分の預かっている子供達は、ことバレーという点においては優れた才能、もしかしたらプロにすらなれるかもしれない程の能力を秘めている。


 

 ここの子供達は好きだとかそんな低次元にはいない。本気で上を目指している宝石の原石だ。

 

 

 その優れた才を伸ばさずして何が教育か、なにが指導者か。

 

 

 が、まだまだ体も心も未熟な彼女達を指導できる時間はわずか千日少々。

 

 それに対し、将来への門戸はあまりにも狭い。バレーボールで上のステージに上るためにはインターハイや春高、もしくはそれに類する大会でスカウトの目に留まる必要がある。進路が大学であるのならまだ受験で逆転が狙えるが、プロへの道は公開トライアウトなど開かれていない。スカウトに注目されることが必須だ。

 

 しかし、相手は何百、何千もの選手を見てきたスカウト。生半可なことでは目に留まらない。ならばこそ、目に留まるような強力な武器が必要だが、高校3年間で他を圧倒する武器など1つか2つ身に着けるのがやっとだ。その現実を直視せず、漫然と練習させるとは・・・

 

 男性はロマンチストというが、50を過ぎたのだからそろそろ目を覚ましてほしいものだ。

 

 

 そのロマンチストが率いる玉木商業が準決勝の相手だと踏んで試合会場にレギュラー落ちした子を向かわせたが、予想外の結果になった。

 

 準決勝の相手は松原女子高校。

 

 

 4年前に卒業した立花美佳さんの妹達が次戦の相手だ。

 

 

 ・・・彼女の名前を聞くたびに申し訳ない気持ちになる。本人はなにかにつけ自分を恩師と慕ってくれるが、私にその価値があるか。

 

 彼女はスパイカー志望だった。それを捻じ曲げてリベロにさせたのは自分だ。果たしてそれは正しい選択だったのか。

 

 彼女の名誉のために言おう。彼女にはスパイカーとしての才能もあった。が、仲間に恵まれすぎ、ある意味では恵まれなかった。

 

 彼女の身長は高校当時176cm。それに対し、彼女の1学年上の上級生、1学年下の下級生、さらに同学年にも180cm以上のスパイカー志望者がいた。

 

 彼女はジャンプ力こそ高かったが、どうしても前にジャンプが流れてしまい、高さという点で他のスパイカーにほんの数センチ劣った。

 

 彼女は一番高いところでスパイクを打つのがほんの少し苦手だった。といってもほんの少しであったが・・・

 

 どれも欠点というものではない。が、3つも重なると10cm程、他のスパイカーより低くなってしまう。

 世代も悪かった。彼女の同学年のチームメイトには当時はU19、今ではU23でエーススパイカーとなっている子がいた。1学年上にも下にも強力なライバルがいた。仮に高さに劣る今年に、彼女が入ってきていたらスパイカーを任せていただろう。

 

 スパイカーのままではベンチを温めるだけだと思い、もう一つの才、レシーバーとしての道を彼女に歩ませた。その後、確かにレシーバーとしての才能が開花し、ついには全日本で正リベロの座まで上り詰めた。


 

 が、それは彼女が当初望んだ姿ではない。ひょっとしたら諦めず、スパイカーとして練習していれば、今頃スパイカーとして全日本の選手に選ばれたかもしれない。


 

 答えは出ない。やり直しは出来ないから。やはり、教育は難しい。

 

 

 その立花美佳さんから松原女子高校のことはおおよそ聞いた。


 

 3年生が3人。1年生が5人。うち1年生2人は4月からバレーボールを始めた初心者。その初心者2人の身体能力が素晴らしく、攻撃はレフトからの一辺倒が基本だが、その一辺倒が凶悪無比。


 

 そして映像を見た。3番はスパイクの高さと威力だけを見れば全国トップクラスだ。

 

 6番に至っては何らかの画像加工を疑うレベルの高さだ。もはや男子並み。この映像は部内の共有SNSで今頃全部員が見ていることだろう。

 

 しかし、いい時代になったものね。昔は何キロもあるビデオカメラで撮影したものだけど、今は簡単に撮影できて、撮った画像の共有も容易だ。

 

 技術が進歩するように子供達も変わってきている。今の子供は昔と比べて理不尽な命令には従わない。・・・これを一部では根性がない、などというが本質が見えていない。

 

 今の子は賢いのだ。賢く考える力が昔よりずっとあるだけ。

 

 このスパイクは恐ろしい。だが、あえて部内SNSにこう書き込んでみる。賢い彼女達なら嬉々として考え答えを探し出すだろう。

 

『さて皆さん。松原女子の弱点はいくつ見つけましたか?月曜日の練習前ミーティングの議題はこれにしますよ』

 

 


 時間は進み、月曜日。今週末の土曜日にインターハイ県予選の準決勝、そして決勝が行われる。

 

 週末の準決勝に向けてのミーティング。その話し合いの結果に思わず笑みを浮かべてしまう。まず、恐れないこと。これが最低必須条件。部員達の目に恐れの色はない。続けて弱点を見つけること。これも自分が見つけたものを彼女達も見つけることが出来た。



 まずは満足。


 

 やはり課題は6番のサーブとスパイク。あれを攻略しなければならない。が、


「率直に言いましょう。土曜日までのたった5日であのサーブとスパイクを攻略するのは無理です。でも慣れることなら出来るでしょう。というわけで、これから5日間、皆さんには男子バレー部の皆さんからのサーブとスパイクを受けてもらいます」

 

 

 姫咲高校には女子程ではないが、それでも全国に出場できるクラスの男子バレー部もある。彼らのさすがに1軍は同じく土曜日のインターハイ県予選に向けた練習があるので無理だが、2軍ならばと、すでに男子バレー部の監督から許可はもらっている。

 

 

 いかに優れた身体能力を誇ろうと同じ女子高生。必ず攻略法はある。


 

 相手の監督の年齢を上回るキャリアを誇る謀将は静かに闘志を燃やしていた。

 

時代はババア系ヒロインだってばっちゃが言ってた。

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