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026 陽菜の隠し事

 サーブを打った玉木商業の選手がこの世の終わりみたいな顔をした後、泣き崩れた。軽々しく言っちゃいけないんだろうけど、つらい。


 例えば相手からのスパイクが決まって負けたとかならまだ言い訳がつく。偉そうな言い分になるが、俺のスパイクが決勝点、とかなら「仕方なかった」で済んだかもしれない。


 でもサーブをミスって負けました、はつらい。言い訳できないから。

 

 

 『サーブはバレーで唯一練習の成果を100%発揮できるプレイなんだ』


 俺の姉である美佳ねえはこう言ってサーブの大切さを俺達に説いた。冗談ではない。あの泣き崩れた姿が練習の成果?んなわけないだろう。あの人はパンフによると3年生。3年間の努力の結果がこれなんてひどすぎる。


 バレーボールは俺が思っている以上に残酷なスポーツだった。

 

「優莉。整列。行こ」


 ぼうっとしていたら声をかけられた。そうだな。整列して試合終了後の挨拶をせんとな。

 

 

 

「「「「「ありがとうございました!!」」」」」

 

 

 ネットを挟んで両陣営がエンドラインに並んで一礼。続いてネットまで駆け寄り握手。

 

 こっちの方が人数が少ないので何人かと握手していると、わざわざイケメン先輩がこっちに来た。

 

「君、優莉ちゃんだっけ?すごかったね」

 胸中はわからないが、表面上は柔らかで優しい雰囲気を感じる。試合前はあんなにピリピリした感じだったのに・・・

 こっちが素のイケメン先輩なのだろうか?

 

「市川先輩こそすごかったです!あんなに何でもできる選手、初めて見ました!」

 嘘偽り一切ない俺の感想。本当にこのイケメン先輩はすごかった!

 

 しっかし、今握手している=それぐらい近い距離にいるんだが、本当にイケメン先輩は顔のパーツ1つ1つがかっこいい。そんな感じでちょっとイケメン先輩の顔に見惚れていると不意に握手をしている右手を強く引かれた。そしてそのままイケメン先輩が俺を抱きしめる。

 イケメン先輩はものすごいイケメンだけど、やっぱり女の子でなんというか柔らくて優しい香りがした。

 

「君みたいなすごい選手が最後の相手でよかった。これで心置きなく引退できる」


 それだけささやくと、イケメン先輩は体を離し、最後にもう一度、

 

 「本当にいい試合だった」

 

 とだけ言って戻っていった。

 

 今までもそうだったんだけど、これってやっぱり3年生にとっては負けたらそこで引退なんだよな・・・・・・

 

 ずっと考えないようにしてたけど、エリ先輩たちはどうなるんだろう?

 

 確か54校が県予選に参加していたはずだ。それが僅か2週間で4校にまで絞られた。つまり50校が敗退している。各校に3人3年生がいたとすると150人がこの2週間で高校バレーから引退することになる。中には春高を目指して、っていう人もいるかもしれないけど、そんなのは2割もいないだろう。

 

 ・・・やっぱりエリ先輩たちは負けたら引退するのだろうか?

 

 そんな感傷的なことともう1つ気が付いたことがある。だが、それは今この場で聞くべきではないだろう。家に帰ってから直接本人に聞けばいい。



=============


「優ちゃん。話ってなに?急ぎじゃなかったらお姉ちゃんもう寝たいんだけど・・・」

 

 玉木商業との激戦が終わったその日の夜。場所は俺ん家の陽菜の部屋。

短い時間で二試合、うち1試合は3セット目までもつれ込んだ激戦であり、それもあって全身余すところなく疲労感が現在進行形で襲い掛かってきている。


 あの後、試合で酷使した体を引きずりながら家路につき、晩御飯を食べ、風呂にも入って後は寝るだけ。でも聞きたいことがある。ちなみに格好はどちらも寝間着であり、陽菜に言われるまでもなく、今日の試合で疲れ切っているので俺ももう寝たい。


 試合中はテンションが上がりきっていたからごまかせたけど、正直疲労困憊。やったらはり倒されると思うけど、今すぐ目の前の陽菜のベッドに飛び乗って寝たい。

 

「あ、ひょっとして話ってそのパジャマのお礼?」

「・・・本気で言ってる?恨み言しか出てこないよ」


 今、俺の着ている寝間着は陽菜が買ってきたものでとてもガーリーなデザインであり、お子様ランチ体型である俺にはよく似合っている。が、女子高生が着るには少し幼いデザインだと思う。

 

 一方で、陽菜の寝間着は大人が着るような落ち着いたデザインのパジャマだ。背が高くスタイルも良好な陽菜にはよく似合っているが、こちらも女子高生が着るようなものではない。

 

 二人のこの格好を赤の他人が見て同学年だ、とは思うまい。

 ・・・恰好の前にスタイルでも同学年だとは思えないなんて考えた奴は年齢×10回分腹筋な。

 

「えぇ~!優ちゃんにすごく似合ってるのに・・・」

「じゃあ自分用に買えばよかったじゃん」

「・・・優ちゃん。そのパジャマ、お姉ちゃんが着れるサイズで売ってないの」


 またこの展開か。女になった当初、陽菜のほかにも、俺の二人の姉からも衣類に関してはやたらめったら少女趣味なものを薦められた。てっきり感覚は男である俺を辱めたいだけだと思ったけど、案外、自分達が着ることが出来なかった格好をせめて俺には不自由なく着させてあげたい、という善意から来ているのかもしれない。


 

 小さな親切、大きなお世話だけどな。

 


「って、私が話したいのは寝間着じゃなくて、今日の試合。玉木商業との試合で学んだんだけど、バレーボールって複雑だったんだね」

「ん?どういうこと?」


「いままでさ、基本的にうちって単純に陽ねえが私か玲子にトスしてスパイクしてお終いだったでしょ?たまに明日香やエリ先輩、唯先輩がスパイクをすることがあっても基本単品だった。だけどさ、今日の玉木商業ってこう、チームで戦ってるな、って感じがしてさ。攻撃も単純に誰か1人が攻撃、じゃなくていろんなところからいろんな攻撃がきたし」


「そうだね。でも勘違いしないで欲しいんだけど、優ちゃんがああいう戦い方を知らないのは仕方ないんだよ。教えてないし。

 あと松原女子に必要か、って言われると微妙なんだよね。今日の試合を知ったうえで改めて認識して欲しいんだけど、玲子はともかく優ちゃんの高さはもう反則ってレベルだよ。玉木商業があそこまで強いのは何年も積み重ねた技術があってこそだけど、優ちゃんはたった2ヶ月でそこと互角に戦えるところまで行ったんだよ。だから優ちゃんの戦い方は間違っていない。そりゃ、スパイクの打ち分けとか、レシーブをもっと磨く、とかはあってもいいけど、基本方針は曲げる必要はないよ」

  

 立花家の次女であり、日本代表にまで選ばれる選手でもある美佳ねえも高さを活かして戦えと言っていた。俺は美佳ねえも陽菜も信用しているし、俺なんかよりはるかにバレーボールに詳しい二人が言うのだから基本方針は間違っていないのだろう。そこは否定しない。



 だが・・・



「なあ、陽菜。お前、ずっと手を抜いてバレーやってんだろ?」


「ん?お姉ちゃんを呼び捨てにしちゃう困った妹は――」


「悪いけど、マジなんだ。俺が優莉()だとちゃんと答えてくれそうもないから悠司(兄貴)として聞く。お前、手を抜く・・・ちょっと違うか。手加減・・・これも違う。なんというか、もっとできることがあるのに縛りプレイでバレーをやってんだろ。違うか?」


 陽菜が目を一瞬見開く。


「・・・どうしてそう思ったの?」

「今日の玉木商業戦が一番のきっかけだけど、違和感自体は先週の蔵上高校の時からだったな。バレーボールのセッターって司令塔なんだろ?なのに陽菜は自分からほとんど指示をしない。変だ」

 

「私、1年生だよ?3年生に遠慮してるとか考えなかったの?」

「それはない」

「うわ。即答」

「こちとらお前の兄ちゃんをお前が生まれる前からやってんだぞ?お前が年上に遠慮してものが言えないような奴かよ。で、どうなんだ?」

 


「・・・悠にいは私が小学校の頃バレーやってたのは知ってるよね?あの頃の試合って見たことある?」

「あるな。当時はよくルールがわからんかったけど、お前ひとりがすげぇ巧かったのだけはわかった」


「・・・それがよくないの」

「なんでだ?」


「・・・ごめん。私にも言いたくないことってあるの。あのさ、理想のセッターってどういうセッターだと思う?」

「う~ん。こう、いいトスをあげてくれるセッター?」

「私もそうだと思う。だから私がどうこうするんじゃなくて、みんなを活かせるセッターがいいセッターなんだと思う」



・・・うっそだろ。間抜けすぎる・・・


「・・・あ~。そういうことか。すまん。俺が悪かったのか」


 たぶん陽菜は玉木商業がやったみたいな色々なトスが出来るセッターだ。が、それを活かすスパイカーがオープントスじゃないと打てない俺(と玲子)。

 

 あれだ、野球に例えるとキレッキレの変化球を何種類も持っているのにキャッチャーがへぼだからストレートしか投げれない状態。

 

「ち、違うの。そうじゃなく――」


「あー悪い陽菜・・・じゃねえや。えっと、ごほん。ごめんなさい。陽菜お姉ちゃん。お姉ちゃん、優しいから私達に気を使ってくれたんでしょ?」


 陽菜のご機嫌取りのためにも妹モードに切り替える。

 こうなると全面的に平謝りするしかない。なにが手を抜いてるだよ。てめえが原因じゃねえか。つーか考えればすぐわかることだろうが!


 陽菜は素人の俺(と玲子)のレベルに合わせて簡単なものから順序立てて教えてくれたに過ぎない。


 現に俺が「クイックとかの必殺スパイクをやりたい」と言った時には「まだ早い。まずはスパイクの打ち分けが出来てから」と言われている。練習の時にも陽菜の結構な時間を俺や玲子のためのトス上げに使ってる。

 でだ、仮に俺達をほっといて明日香やエリ先輩、唯先輩とコンビネーションの練習をしていたら、出来もしないくせに俺達は混ざろうとするだろう。そんな事態になっても迷惑しか生まない。


「ぐあーーー!もう、陽ねえ。そうだったら最初から言ってよ。陽ねえ悪くないじゃん。私、ピエロじゃん!」


「・・・違うんだけど・・・」


「ん?なにか言った?」

「ううん。ほ、ほら。今の優ちゃんや玲子にあれこれ言っても混乱するでしょ?だから、言えなかったの」

「だよねえ。で、陽ねえ!今日見たみたいなこうCクイックかと見せかけて斜めに飛んでAクイック打つスパイクを私もやりたい!」

「えっ?エアフェイクをやりたいの?う~ん。まずは普通のクイックを覚えてからかな?あと下から上がってくるトスを打つ練習もしないと・・・」

「エアフェイクっていうの?あれ?それと下から上がってくるトス?」

「普段優ちゃんはオープントス、つまり上から落ちてくるボールをスパイクしてるよね?そうじゃなくてお姉ちゃんが――」


 その後、俺は陽菜とバレー談義で盛り上がった。これがいけなかった。

 

 どちらともなく、陽菜のベッドの上に座った。これもいけなった。

 

 気がつけば俺は話の途中で寝てしまった。


 ・・・あれだよ。翌朝、目を開けるとすぐそこに陽菜の寝顔。

 

 同じベッドで陽菜と寝てたことを知るわけだ。

 

 びびる

 

 で、起きた陽菜に話を聞くと、昨夜話している最中に俺は寝落ちしたようだ。

 その気になれば軽い俺くらい抱っこして運べる陽菜だったが、疲れていて面倒だったのでそのまま一緒に寝ることにしたらしい。

 

「いや、兄ちゃんというか男と一緒に寝るってどうよ?怖くないのか?」

「へ?なにいってんの?昨日、わた・・・お姉ちゃんは可愛い妹と一緒に寝たんだけど?」


 そういう認識なのね。こうして俺はまた1つ兄としての威厳を失ってしまった・・・


次回は最強ババアの登場


・・・申し訳ございません。

うっかり野球との比較をしてしまいました・・・


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