024 VS玉木商業 その8
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第3セット 試合中
玉木商業高校サイド
市川 真貴子 視点
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私達は背が高くない。
そう、背が高くないのである。
これ重要。私達はチビではない。一番背の高い横田を除いたってチームの平均身長は164cmもある。女子の平均より5cm以上高い。だから私達はチビではない。
けどまあそれは一般平均と比べてであって、バレーボールで全国を目指すには少し物足りない。
だから私達は技術と戦略でそこをカバーする。
まともにスパイクを打ってもブロックではじかれる。
だから複数人で飛んで相手のブロックをかく乱する。
だから視線のフェイクを入れて相手ブロックをかく乱する。
だからわざとファーストタッチを失敗したふりをしてブロックをかく乱する。
私達にとって相手ブロックを都合のいい様に誘導するのは必要なことだ。ゆえにそれが出来ないと俄然つらくなる。
第2セット終盤、復帰したやっちんと共にわざとマイナス・テンポやインナースパイクを見せた。理由はもちろん、ブロックのシフトをバンチ・シフトに戻してもらうためだ。背の高くない私達にとって170cm強のブロックは1枚でも脅威だ。だからうまくいっても精々2枚、でも最低1枚はブロックがつくスプレッド・シフトよりはまれば3枚、でも失敗すると0枚のブロックとなるバンチ・シフトにしてもらった方が助かる。元々、ブロックをかく乱してトスをあげるなんてこっちの十八番なんだし。
だからやっちんと共謀して『3枚ブロックなら防げた』攻撃を見せつけて、セット間の休憩時間にブロックを見直してくれることを期待したんだけど、あっちは頑固にスプレッド・シフトのままだった。
そして今、そのブロックシフトはさらに嫌な感じに変えられた。
向こうの5番、ブロックの中心だった選手がベンチに下がった。多分、体力が尽きたのだろう。代りに出てきた2番は背丈が私達より低い。5番の代わりならブロックの穴になると期待したんだけど・・・
松原女子はここでブロックの中心を5番から二枚看板に変えた。
常に中央に二枚看板のどちらか。
この二人、体力が底なしなのか、未だに元気いっぱい。中央から両サイドへトスをあげても素早く動いてスパイクに食らいついて飛ぶ。
今、第3セットなんだよ?しかもちょっと前にもう1試合あったでしょ?なんでそんなに元気なのさ?両陣営でここまで元気なのはこの二人だけ。なまじ散開してブロック配置しているものだから、他にぶつかるブロッカーもなく、左右に縦横無尽に動き回るこの二人がとっても厄介。
おまけに1セットごとに成長している。いや、経験を積んだと言うべきか。最初は簡単に引っかかったフェイントや誘導にも騙されにくくなってきた。ブロックも簡単に飛ばないでしっかり見定めて飛ぶようになった。
その厄介になったブロッカーが中心であと1名も飛んでくる。で、5番の代わりに入った2番と疲れが見え見えの1番はブロックは飛ばず、ブロックフォローのために飛ばずに地上に残る戦術に変えた。
これがとっても困る。バレーのブロックは手または腕にあたったからといって相手コートに100%返球できるものではない。
例えば手にあたってネット際にボールが落ちるとか、吸い込みと言われるネットとブロッカーの間にボールがはまって落ちるとかがある。
レシーブの未熟な二枚看板はこれに対応できないから、こうなったらこちらの得点源になっていたんだけど、それを1番と2番がフォローしてこっちの得点に結びつかないようにされてしまった。
今は何とかリードしてるけど、たった4点。油断するとあっという間にひっくり返される。しかもここで・・・
「優莉!負けてるからって遠慮はいらないよ!おもいっきりね!」
「優莉!強気で!」
「ナイサー一本!」(バレー用語。ナイスサーブ1本という意味。)
よりにもよって怪物ちゃんのサーブというピンチ。
ピッーーーー!!
サーブ開始の笛が鳴る。怪物ちゃんが動く。2歩目でボールトス。5歩目でジャンプ
高い!!!
今3セット目だよ?なんでそんなに高く飛べるのさ?
高高度から放たれるサーブはもはや男子のスパイクだ。しかも速いうえにコースまでいい。
「千晶!」
ボールはきわどいところに飛んできたが、そこはうちで一番レシーブが巧い千晶が守っているところだ。でもレシーブには成功したけど、そのまま相手のコートに・・・
「玲子!ダイレクト!叩き込んで!」
私達なら絶対に届かない高さの返球。けど・・・
バチーン!!
轟音と共にボールがこちらのコートに突き刺さる。3番が返ってきたボールをダイレクトで叩き込んできた。あれが届くなんて・・・
嫌でもバレーボールは高さのスポーツだと思い知らされる。
これで18-15。リードは3点に縮まった。向こうは3番も元気だ。もう3セット目の終盤なのにジャンプの高さが全然落ちない。
「玲子!ナイスキー!」(バレー用語。いいスパイクを決めた時に言う)
「優莉もいいサーブだったよ」
「優莉、あと10本サービスエースで試合を終わらせてもいいんだぞ!」
冗談ではない。あと10本も打たせてなるものか!
ピッーーーー!!
再び怪物ちゃんのサーブ。今度はどこに―――
!!
サーブはネットの白帯(ネット上部の白いところ)にあたってネットイン。てっきり強打で来ると思った私達はアタックラインより後ろで身構えていたのでこれを拾えずボールを落としてしまった。
18-16
ついに2点差。
今のサーブは流石に意図したものではないだろうが、嫌な流れだ。何とかして断ち切らないと。これ以上、向こうの二枚看板を元気にする必要はない。というかあの2人はいつまで元気なんだか・・・
「ナイス攻めのサーブ!」
「優莉、そのままでいいよ。あと9点。勝てるよ」
「優莉、さっきのネットインに慄いちゃだめだよ。いいところ飛んでる。それでいいよ!」
・・・
いたわね。他に元気なのが3人。
大会パンフを参考にするのなら3人とも3年生。能力的な面で言えば1年生たちより一歩か二歩後れを取っている。けど、あの3人は声を出すことを忘れていない。2番の声はベンチにいた時から聞こえた。5番はベンチに下がっても声出しを忘れていない。
思い返してみれば、顔だって第1セットからずっと上を向いてた。
精神的支柱って奴。動き回って疲れていても、鼓舞することを忘れていない。
そんな3年生がいるからきっと二枚看板だって頑張れている。相手は怪物ちゃんだけでも二枚看板だけでもなく、松原女子高校ってチームなわけだ。
でもね、こっちだって負けてやる気はさらさらない!
「はいはい。みんな。落ち着いて。まだ勝ってる。慌てる時間じゃない。あと7点で勝てるよ。まずは1本、サーブをきっていくよ!」
疲れて浮足立っているチームメイトに声をかける。
私だってキャプテンだ。私達のチームだって強い。6月でバレーを終わらせてなるものか。
こい、怪物共!