002 バレー部への勧誘
「君達。ここまでにたくさんの人に言われただろうが、まずは入学おめでとう。私が君達の担任となる榊原だ。担当科目は数学。細かいことは色々あるが、まずは出席を取るぞ。自己紹介の時間は入学式後に取るから名前を呼ばれた奴は返事と挙手だけをしてくれ。立たなくていいぞ。それと、名前の読み方が間違っていたら教えてくれ。相沢 幸子」
「はい」
「井上 凛」
「は~い」
「返事ははい、な。尾田 美知恵」
「はい」
次々とクラスメイトの名前がよばれていく
「立花 陽菜」
「はい」
「次は……立花 優莉」
「はい」
「一応確認しておく。お前はもう『立花 優莉』でいいんだよな?」
「そうです」
「そうか。みんなも見た目からわかっていると思うが、立花優莉はちょっと訳ありだ。その辺も入学式後に話すぞ。次、都平 明日香」
おいおい俺だけ特別扱いかよ。まあそうなっても仕方ないが。なおも出席確認は続き
「これで最後か。渡辺 真由美」
「はい」
「よ~し。全員揃ってるな。以上、36名が同じ1年2組の仲間だ。仲良くやっていこう。というところで最初のイベントだ。8時50分から体育館で入学式がある。式は50分くらいはかかるから先にトイレに行きたい奴は行っとけ。そうでない奴は今から体育館に向かえ。私からはいったん以上だ。解散」
「優ちゃん、お手洗いは大丈夫?」
「別に平気」
「そ、なら体育館に行こうか」
となったところで
「立花さん、よね?さっき先生が訳ありって言ってたけど?あと、立花さんってハーフよね?」
と、聞いてくるのは先ほどギリギリで教室に入ってきた後ろの席の都平さん。う~ん。間が悪い。
「えっと、私、去年の7月で戦災孤児の難民になって、先月ようやく日本国籍をもらえて晴れて日本人として高校入学しているの。さっき先生から確認されたのは私が日本国籍取得とともに改名したことだと思う。後、ハーフで正解だよ」
「え?」
案の定固まる都平さん。固まるくらいなら聞くなよ。
と言いたいが、どうみても日本人に見えない東欧圏のハーフが日本名だったら俺でも事情を聴くだろうからこれは仕方あるまい。でもこのやり取りをあと何回するのかね。
都度説明までは良いが、都度相手が固まるのはこっちも偽設定をばらまいているだけなので心苦しい。それとなく高校中に知れ渡って欲しいものだ。ちなみに俺が(設定上は)若い頃の父さんが火遊びして出来た子だというと都平さんは平謝りしてきた。
「皆さん、入学おめでとうございます。皆さんは今日から――」
校長先生という職業の話はどこも似たり寄ったりにしなければならないという決まりでもあるのだろうか。俺含む生徒の大半が早くもしらけモードになっている。
それにしても、この体育館の広さにはやはり驚く。
今でこそ1クラス36名、1学年6クラスまで減っているが、その昔、昭和40年代から平成1桁代の頃は1クラス40名、1学年9クラスだったらしい。
それが3学年分ということは最盛期には1000以上の生徒がいたわけで、その生徒を収容できたこの体育館も広い。バスケのコートが4面も取れるくらいだ。
「――なお、明日は皆さんが本校に来て最初の学力テストがあります。たとえこの学力テストの結果が悪くても気を落とさないでください」
不吉なことを言う校長先生。だが、俺はその意味を知っている。そうなる奴が必ず出ることを知っている。
「立花さん達。本当にごめんなさい」
校長先生からのありがたいお話、在校生代表歓迎あいさつ、新入生代表あいさつ(どうでもいいけど、この新入生の代表ってどうやって決めてるんだ?)、校歌、国歌斉唱とお決まりの項目を全てこなしてようやく入学式は終わった。
終わってさっそく、俺の後ろ(出席番号的にそうなっていた)に並んでいた都平さんは1時間近く前のことを再び謝ってきた。
「私は気にしてないよ」
「そうは言っても私の気が……立花さんって帰国子女よね?なのに日本語が凄く上手ね」
そりゃ外見はともかく中身はネイティブジャパニーズだからな。
「9ヶ月間、一生懸命勉強したから」
正直9ヶ月で日本語がどうにかなるとは思えんが、決めていた嘘設定を突き通す。
「都平さん。私の妹に何か用?」
偶然だが陽菜と同じクラスでよかった。何かあったら(元兄としてそれはそれでどうかと思うが)陽菜の後ろに隠れてしまえばいい。
「立花さんに入学式前のことを謝りたくて……」
「私は気にしてないって言ったんだけど」
「あぁ。それは仕方ないね。都平さんが気にしちゃうのもわかるよ。でも悪いと思うなら今後は普通の女の子だと思って優ちゃんに接してほしいな」
「わかった。今から普通の子だと思って接するね。それじゃさっそく、えっと……あ!入学早々テストなんて嫌だね」
「それが普通の女の子同士の会話ででてくる内容?」
陽菜は思わず苦笑していた。が、3年前に2ヶ月だけ男子高校生をやった俺はこの意味を知っている。
「仕方ないよ。学校は私達の学力を知らないから」
「え?なんで?私達、全員2月の入試の合格者でしょ?だったらわかってそうだけど?」
「そうそう。テストの点が悪かった子は入試に落ちたし、ここは何の特徴もない普通の公立高校だから裏口入学なんてするだけお金の無駄だし……」
「公立高校だから問題なんだよ。公立高校は学力によらず問題は同じ。だから学力の低い人たちもある程度点数がとれるような簡単な問題だってたくさんあった。その点取り問題を『軽々』解けたのか『なんとか』解けたのかなんてテスト紙面上からはわからない。難関高校用の高難易度問題は解けなくてもこの高校は合格できた。でもその難しい問題を『手も足も出なかった』のか『おしいところで正解できなかった』のかもわからない。だから明日のテストは私達の学力相応の問題が出るはずだよ」
「「……」」
「さらに言っちゃえばさっき校長先生が言っていた『テストの結果が悪くても気を落とすな』を早めに体験させる意味もあるはずだよ」
「それこそ意味が分からないよ。優ちゃんは知らないと思うけど、こう見えてお姉ちゃん、結構勉強できるんだよ。中学校時代はテストで80点以下を一回も取ったことがないんだから」
えっへんとトップも軽々80を超える胸をはる陽菜。
なぜトップサイズを知ってるかって?
我が家は両親不在。なので家事は当番制であり、洗濯当番になれば姉妹の下着だって洗うわけで……
おにょれおっぱい魔人!!!
「陽ねえ。ここにはその『中学校時代はテストで80点以下を一回も取ったことがない』って人達ばかりなんだよ?当然平均点だって上がる。全員が同じ点を取らない限り、誰かは平均点以下のはずなんだよ。」
「「あっ…」」
俺の言葉に陽菜だけでなく都平さんも気が付いたようだ。今までとは違う。周りは全員自分と同学力程度の中でのテスト。これから3年かけて行われる高校生活での学力順位。競争はすでに始まっている。
「あれ?私、高校生活ってもっと楽しいものだって想像してたんだけど……」
都平さんの嘆きに俺達は答える言葉を持たなかった。
「よし。全員戻ったな。それではホームルームを始める。これから本格的な高校生活を始める君達に自覚してほしいことがある。それは、君達は大人であり、子供でもあるということだ。大人と子供の境界はどこにあると思う?それは自分の行ったことに責任が取れるのが大人、取れないのが子供だ。
例をあげよう。中学校までだったらどんなに成績が悪くとも進級は出来た。が、ここではそうはいかない。テストで悪い点を取れば君達は2年生にはなれない。これは誰の責任か。それは勉学をおろそかにした君達自身の責任になる。
もちろん、私達教師の力不足も原因の一端ではあるから救済処置は多少なりとも用意する。が、この救済処置を残念ながら活かせず留年や退学という道を選ぶ生徒もいることを忘れないで欲しい。
他にも校則に反し、染髪をした者には注意、懲罰、停学、退学の順で罰が与えられる。これも君達自身が責任を負うことになる」
「先生。立花さんはどうなりますか?」
クラスメイトの一人が榊原先生の話を遮り質問をした。俺も聞きたかったのでちょうどいい。今の俺の髪の色は亜麻色だ。染めろと言われれば染めるのもやぶさかではないが、出来ることならこのままがいい。
「聞こえなかったか?私は『校則に反し、染髪をした者』と言ったんだ。地毛の色素が薄い者に黒く染めてこいという気はない。他にもパーマはダメだが、地毛であるのなら咎めない」
「先生。その場合、地毛証明書は必要ですか?」
茶髪にウェーブのかかったショートがすごく似合っているクラスメイトが聞いてきた。あれが地毛だとすると証明書が必要かもな。
「安心しろ牧野。私はお前のそれが地毛だと知っているし、それ以前に私達教師は君達の良心を信じる。地毛だと言われれば信じる。少なくとも最初は、な。勉強に染髪禁止と厳しいことを言われたと思うかもしれないが、そうではない。むしろ逆だ。高校は自由だぞ。逆に責任のとれる範囲なら何をやってもいい。今年43になる俺が断言する。大人と子供のいいとこどりが出来るのが高校生であると」
俺達の担任、榊原春人先生は痩せて神経質そうな外見と異なり、かなりの熱血漢のようだ。
曰く、自分の担当している数学は提出物にも得点がある。これは中間期末のテストとは別計上をするから
テストに自信がないものは提出物だけはしっかり守れ。
曰く、「立花は3月に日本国籍を得た日本人だ。以上」大雑把すぎるという意見に対しては「それ以外は他のものと何も変わらない。目があり、口があり、手があり、足がある。君達と同じ一女子高生である」
なるほど。俺の経歴は知っているはずだが、それを知ったうえで「特別な存在ではない」ということか。いい先生だな。
榊原先生の意外に熱いホームルームも無事終了。
明日は中学校までの範囲の学力テストか、面倒だな。あ、でもその前に自転車の通学許可をもらいに行かないと。確か自転車通学許可が欲しい人は校舎裏の自転車置き場集合だったよな。俺は陽菜と共に自転車置き場に行こうとすると都平さんから声をかけられた。
「ねえ、立花さん達。部活動って決めてるの?」
部活への勧誘か?
「全然。明日の部活動紹介で面白そうなのがあったら考えるけど」
陽菜は俺の目から見ても運動神経は良い。中学校までの経験がものを言わないスポーツなら活躍できるだろう。
「えっと部活動ってなんですか?」
本当は日本式部活動のことは良く知っているが、ここは知らないふりの方がよかろう。俺達の回答に満足したのか、都平さんは元気よく俺達を勧誘し始めた。
「それならさ、私と一緒にバレーボールをやろうよ!」