022 VS玉木商業 その6
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第1セット終了後
玉木商業高校サイド
市川 真貴子 視点
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「これで引き分け。そもそもあれはちゃんと頭を守れなかった私が悪いんだし、君が悪いことなんて一つもない。いいスパイクだったよ」
なんかカッコいいことを言って天使ちゃん(試合中は怪物だけど、今は天使でいいよね?)から離れるやっちん。
「で、本当のところはどうなの?」
小声で聞いてみる。
「マキ、気にし過ぎだって。所詮軽いバレーボールだよ?なんともない」
ならいいけど・・・
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コートを移動し、監督の下へ。監督の第一声は
「おい、八巻、頭大丈夫か?最後、えらくいい音がしたぞ?」
そりゃ、熊田監督―――いや、熊田先生ならこういうわよね。
「大丈夫です。第2セットも問題なく行けます」
だが、熊田先生は納得しない。右手の人差し指だけを立てて見せる
「俺の指は何本たってる?」
「1本です」
「じゃ、これは?」
「3本です」
「お前の名前と学校名とクラスは?」
「八巻楓。玉木商業高校 商業科 3年1組 出席番号は38番」
「いつも俺が口酸っぱく言っているバレー部4か条の1個目」
「1に生活、2に学業。3、4がなくて5に部活」
「スリーサイズは?上から順にいってみろ」
「先生。セクハラで訴えられたいんですか?」
「・・・」
「・・・」
「いけるんだな?」
「もちろんです!」
ガシガシと頭をかく熊田先生。
「よし分かった。―――――おい、山南。八巻を医務室に連れてけ。とりあえず、意識もはっきりしてる。足取りも大丈夫そうだ。だからタンカはいらねえと思うが、目を離すな。なんかあったらすぐ俺を呼べ。いいな。」
熊田先生はマネージャーのやまちゃんにそう告げる。
「ちょ、待ってください。私は―――」
「さっき、てめえの口からも出ただろうが!第1はお前の生活だ。それ以上に大事なもんはない。大丈夫であることを確認してくるまでお前を試合にはださん」
「たかが、バレーボールですよ?」
「そうだな。たかが300gもないバレーボールだ。しかもいくらすごいと言っても所詮は女子のスパイク。そんなんで一々医務室に行ってたらボールが450gもあって腕より何倍も筋力がある脚で蹴る男子のサッカーなんぞヘディングのたびにタンカだわな」
「そうです!だから!」
「だがバレーはサッカーと違い、頭でボールを受けることを前提としていない球技だ。しかもただのスパイクじゃねえ。男子のプロ並みの豪速だぞ?知らねぇのか?あのレベルのスパイクは下手にブロックすると指の間が割けたり、脱臼したりすんだぞ?そのスパイクを頭に受けた。万が一だろうと事故の可能性がある以上、お前は医務室で診断してもらうことにする。これは監督としての決定だ。返事は?」
「・・・!!!・・!!・・・はい」
私は抗議をしない。それが正しい判断だと思うから。だから―――
「やっちん。ごめんね。勝利の美酒はやっちんがいないうちに私達だけで味わっておくよ」
「いってろよ。第1セットだってぎりぎりじゃない」
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「・・・ごめん。すぐ戻る」
「任せて」
やっちんがやまちゃんと一緒に医務室へ向かう。これでいい。
「さてと、八巻抜きで第2セットを戦うわけだが、せっかくだ。これを機にちょいとメンバーを入れ替えよう」
うちはとにかく連係プレイを重視している。特に今回の相手は過激な攻撃力と高いブロックを持つ松原女子が相手だ。少ないチャンスをものにするためにも可能な限りブロックは躱して攻撃したい。
やっちんは私達3年生の連係プレイではキープレイヤーだ。逆に言えばやっちん抜きでは私達3年生の力は半減とは言わないけど2割減程度はしちゃう。だから今は2年生を中心(といっても私はでるけど)にした方が強い。
けど、じゃあなんで3年生中心のチームで第1セットを戦ったかって、そりゃ3年生主体の方が強いわけで・・・
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さらに言っちゃうと私達は相手を過小評価していた。いや、目を背けていた、というべきだろうか。
松原女子はとにかく天使ちゃんが目立つ。可愛らしい、というのを除いたとしても外国人という容姿は目立つ。そんなのがびっくりするくらい飛ぶのだ。轟音をたてるスパイク。驚速のサーブ。嫌でも視線を集める。だから他の選手が目立ちにくい。普通だったらそれこそ注目の的なのに…
バチーン!!
「玲子!ナイスキー!」
向こうのコートから歓声が飛ぶ。松女の3番は第2セットになってストレートとクロスの使い分けが上手くなった。
あの感じからすると元々できてはいたが、試合での緊張から第1セットではできなかった、といったところだろうか。現に合間合間で「玲ちゃん、腕の振り、意識して」なんて聞こえてくる。
3番は背丈が飛びぬけているわけじゃないけど、ジャンプ力はぶっ飛んでる。それにきっと腹筋と背筋も凄いはず。さらに柔軟性も凄い。空中で⊂の字になって全身を使ったスパイクは速くて重い。
第1セットはそれでもコースが読めていたからなんとかなった。それが今では途中までほぼ同じフォームでクロスとストレートを打ち分けられてるから手がつけられない。
多分ブロックを見て空いている方をねらって打っている。
だったらどうするか。レフトにボールが集まるなら最初からこっちの右、相手の左にデディケート・シフト(どちらか片方にブロックを寄せるシフト)。3番はまだストレートに慣れていないから、クロスの方が気持ちよく打てるはず。だからわざとストレートを閉めてクロス方向にスパイクを誘導。
しかる後に、あのスパイクをレシーブ出来れば・・・
それに付け入る要素はある。
こっちもだけど、向こうも短時間で2試合もするものだから確実に動きが悪くなってきている。さらに向こうの選手層は薄い。肝心の3番と怪物ちゃんは後衛時、リベロと代わってるだけあってまだまだ元気そうだけど、出ずっぱりで素人二人のフォローに動きっぱなし、ブロックで飛びっぱなしの5番はラリーの合間ごとに両手を膝の上に置いている。
1番は空元気と使命感で声を出している状態だ。4番と7番だって疲れが見え始めている。
向こうの交代要員はわずかに1名。
まだだ。諦めるにはまだはやい。
玉木商業高校 VS 松原女子高校
第2セット 途中経過
12-18