021 VS玉木商業 その5
第1セットを落とした。
最後のネット際の押し合い、あれだけ有利な条件が整っていたにも関わらず俺は負けてしまった・・・
だが、反省よりも先にやることがある。
ネットをくぐり、相手のコートへ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
さっき頭にボールをぶつけてしまった選手への謝罪が第一だろう。決してわざとではないが、それでも謝るべきだ。
「大丈夫、大丈夫。私、脳みそがないから揺れるものもないって」
相手選手は冗談も交えて豪快に笑い飛ばした。
しかし・・・・・・
「う~ん。じゃ。これでおあいこね」
そういうと握り拳で軽く俺の頭をコツン・・・
いや、拳を優しく俺の頭にのせたって感じか?
「これで引き分け。そもそもあれはちゃんと頭を守れなかった私が悪いんだし、君が悪いことなんて一つもない。いいスパイクだったよ」
じゃ、とこちらを振り向かず、颯爽と自分のチームへ帰っていく。
え?何それカッコいい!イケメン先輩のチームはチームメイトまでイケメンだった。
いや2人とも女子高生だけど!
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「惜しかったな。次は取りに行くぞ」
佐伯先生あらため佐伯監督は集まった俺達にそういった。
なんで俺達が集まっているかというと、今はセット間の休憩時間だからである。バレーボールは1セットごとにコートを入れ替える。この時、セット間には3分間(まあ正確には2分30秒で笛が鳴って、続く30秒以内にコートに選手が入るところまでやんなきゃいけないけど)の猶予がある。ここで次のセットの戦略方針を決めたりする。
「監督。第2セットはどうやって戦いますか?」
「どうもこうもない。基本は今までと同じように戦う。練習もしてないことを本番でいきなりできるようになったりしない。負けていると、どうしても状況を変えようとしてやってないこと、出来もしないことにチャレンジしがちだが、それは間違いだ。
大概そんな場合は出来もしないことで自爆し、かえって状況を悪化させてしまう。地に足をつけて出来ることで戦う。さっきの試合だって22点取ってるんだ。こっちの攻撃が通じないわけじゃない」
おうふ・・・
正論だな。
「とはいえ、本当に何もしないわけじゃない。出来るところで変えていくところはある。まず、次のセットはこちらからのサーブだ。いつもなら恵理子からのサーブだが、ローテーションを2つ回して優莉からのサーブにする。優莉がサーブを打った時が一番連続得点出来たからな」
俺からのサーブということはこうなるのか。
FL:3番 (村井 玲子)
FC:7番 (都平 明日香)
FR:5番 (岡崎 唯)
BR:6番 (立花 優莉)
BC:4番 (立花 陽菜)
BL:1番 (板垣 恵理子)
L :8番 (有村 雪子)
ネット
――――――――――
FL FC FR
BL BC BR
――――――――――
エンドライン
「優莉と玲子のスパイクが強烈だから見過ごしがちかもしれないが、バレーで連続得点するにはサーブ&ブロックが大切だ。サーブで相手の守備を乱し、単調な攻撃になったところをブロックでシャットアウト。向こうはとにかく上にあがったボールを多彩な攻撃に変換するのが上手い。今回、シーソーゲームになっているのはサーブでの切り崩しとブロックでの防御が上手くいかないからだろう」
サーブの語源はserve(給仕)のことで、ゲームを始めるにあたり、相手からボールを入れてもらう、という意味からスタートしている。もちろん今日ではサーブは最初の相手コートに入れる、ではなく最初の攻撃手段という意味で扱われているが、特に筋力に劣る女子バレーにおいては男子バレーと比べ、サービスエースは生まれにくい状況になっている。
お互い、サービスエースにつながるほど強力なサーブを持っているのは(不遜な言い方だけど)俺以外いないと思われる。
「第1セットはサーブを打たれた方がスパイクを打って点につなげていた。お互い過剰なまでの攻撃力を持つチームだ。だからこそ、サーブが大事だ。如何に相手に気持ちよく攻撃させないか、これを大切にして欲しい。サーブも強気できわどいところを狙っていこう。下手に“いれてくだけ”サーブをしてもスパイクで返されるだけだ。それと、ブロックのシフトもバンチ・シフトからスプレッド・シフトに変える」
????
バンチ・シフト?スプレッド・シフト?
「えっとね。優ちゃん。私達、普段ブロックする前に中央付近に集まってから相手スパイカーの位置に動くでしょ?これをバンチ・シフトっていうの。で、スプレッド・シフトっていうのは3人のブロッカーがレフト・センター・ライトに分けて待つ方法なの」
「陽菜の言うとおりだ。これまでアタックに対し、3枚の壁をつけようとして出し抜かれてばかりだった。はじめからブロッカーを散らすことで3枚どころか2枚だってつけるのが難しくなるかもしれないが、その代わり必ず1枚はつけるシフトになる。ブロックはそりゃ止められればベストだが、最悪いるだけでも相手のスパイカーへのプレッシャーになる。プレッシャーを感じれば思わぬミスを生むかもしれない。変にブロックを避けようとしてコースが甘くなるかもしれない。相手の攻撃力を下げるという意味でもブロッカーは大切な役目だ。そこを忘れるな」
ふむ。ブロックはシャットアウトより確実に1枚つける作戦に切り替えるのか。この場合、合わせてブロックを飛ぶ、じゃなくてミニゲームの時みたいに各人の裁量で飛ぶ感じか。
「そうだな。ブロックは各人の裁量で飛んでいい。それと玲子。第2セットはお前がカギだ。強打をしたいのはわかるが、ストレートとクロスの打ち分けがはたから見ても丸わかりだったぞ」
「「えっ?」」
「「「「えっ?」」」」
最初の『えっ?』は俺と玲子の発言で、次の『えっ?』は俺と玲子以外の全員からだ。
「玲子の場合、気が付いていないようだがクロスとストレートで助走の入り方が違うんだ。確かに教えたように、スパイクは体の正面で行い、腕はまっすぐ振り下ろす、というのは間違っていない。でも、それは基本だ。練習の時のようにクロスを打つ時の助走、フォームで腕だけ斜めに振り下ろしてスパイクするんだ。確かにクロスほど威力は出ないかもしれないが、なにも威力だけが全てではない。スパイクのコースを読ませない、というのも立派な武器になる」
マジか。玲子ってクロスとストレートで助走の入り方が違ったのか。気が付かんかった。
「それにしても玉木商業ってすごいですよね。よくあんな連係プレイができますね」
「私は連係プレイより選手1人1人がいろいろできる方が気になるかな」
「普段、どんな練習をしてるんだろうね?」
何気ない話に反応したのは佐伯先生だった。
「私が高校生だった頃、6~8年前のでよければ知ってるよ。あっちの監督、熊田先生は筋トレとか走り込みには否定的な先生で、“バレーボールに必要な筋肉はバレーボールでないとつかない”って考えの持ち主らしい。だから練習は基本ゲーム形式。特に1年の頃は秋過ぎまで延々と2対2をやらされるらしい。」
へえ。筋トレなしでゲーム形式の練習なんて、なんだか楽し――
「うっ・・・それ本当ですか?すっごく大変だと思うんですけど・・・」
「少なくとも6~8年前は本当のことだった。当時の玉木商業にはたまたま中学校時代の同級生が進学しててね。彼女もバレー部だったから色々聞いたものさ。・・・優莉がわからなそうな顔をしているから教えておくか。バレーで2対2はつらいぞ。知ってると思うがバレーでは2回連続で触れない。だから自分が苦手だからと言ってトスやレシーブから逃げられないし、ブロックもアタックもするから休憩時間なんてない。延々と動き続けなきゃならないからな。ちなみに私も高校生時代に当時の顧問だった大谷先生に相談して2対2を練習に取り入れたこともあったが、あれはつらかった・・・」
佐伯先生はしっぶーい顔で当時を思い出しているようだ。
「監督。私達3年生も1年生の時にやりました。私達はあれを地獄の練習って呼んでました・・・」
「はっはっは。そうかそうか。いや、私達も地獄って呼んでたぞ。最初の30分くらいはまだいいんだよ。元気だから。でもあれを1時間もやるともう嫌になるよな」
「はい。休憩がなくて、脚はガクガクなのに飛ばなきゃいけなくて、ブロックもレシーブもトスもアタックも代わる代わるしなきゃいけなくて・・・」
美穂先輩の言葉にエリ先輩と唯先輩もくらーい顔をしだす。そんなにきつかったんかい。
「でもさ、陽菜たちがどっかから仕入れてきた体幹トレの方がきつくない?」
「そりゃね。2対2は精々黒縄地獄程度だけど、体幹トレは叫喚地獄級だからなあ」
「つらさが100倍ってところが言い得て妙ね・・・」
・・・どうやら普段やってる体幹トレの方がしんどいらしい
「まあ、そうやっていろんなことが出来る玉木商業の選手だが、色々なことが出来過ぎて生まれた弱点もある。全員スパイカーになれるだけあって、囮戦術をよく使うだろ?確かにあれは強力さ。実際に全員がスパイクを打てる実力があるんだから囮にも説得力がある。でも囮だからと言ってジャンプしないわけじゃない。ようは彼女達は1試合、1セットに飛ぶ回数が普通のチームとは倍以上違う。だからとんでもなくしんどい。特に今日みたいに短い間で2試合なんてつらいだろうね」
「つまりスタミナに不安があると?」
「いいや。そこまでは言わないさ。ただ、疲れてくると当然楽な考えに逃げがちになる。例えば『私が囮に飛ばなくても他の誰かが飛んでくれる』とか、な。そうなれば付け入るスキもでてくる。もっとも向こうは総勢14人。疲れが見えたら交代してしまえばいい。対してこちらは8人。スタミナ勝負で分が悪いのはこちらかもしれない。だからそこに期待するのはよくないな。むしろ私達こそ長期戦は避けるべきだ。玲子か優莉が飛べなくなったら勝つのが難しくなるだろうな」
う~む。俺自身、疲れてはいるが、まだまだいける。玲子はどうなんだ?
あ。あっちから“私は余裕だけど優莉は?”って視線を感じる。
とりあえずスタミナ切れはなさそうだ。
反対に横目で見るときつそうなのが唯先輩。
・・・ただでさえブロックの柱で精神的な負担が大きいにもかかわらず、コートポジションが俺の隣だけあって俺のフォローに入る回数が多い=たくさん動く状態だからか。申し訳ない。
となると第2セットは俺のサーブと玲子のスパイクで連続得点を狙っていく、長期戦は避け、はやめの決着をつける、が基本戦術か。




