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019 VS玉木商業 その3

 現在21-22

 あと1点で追いつける。が、この1点が遠い!玉木商業との第1セットは最初からずっとリードを許し続けている。

 

 最大5点差をつけられた。最少は今のように1点差まで詰めるが、最後の最後で一手及ばない。

 

 そして負けているこの状況にあって不謹慎だとは思うが、今更になってバレーボールの懐の深さに驚くとともに楽しくなってきている!

 

 俺達のバレーは平たく言えば力でゴリ押しというものだ。

 

 どんな時も基本はエースポジションのレフトへオープントス。それを俺か玲子がスパイクで点を取っていく。単純なこの攻撃も俺と玲子の高さと力をもってすれば武器になる。現にここまで全部の試合で勝ってきた。

 

 だが、単純。単調。簡単。

 

 対して玉木商業の戦い方はこれとは逆だ。速さと数で点を取りに来ている。多少守備を乱しても関係なく速攻に持ち込んでくる。

 

 今だってライト側に乱れたはずのレシーブに対し、走り込んでくるスパイカーは3人。ライト、センターの前衛にライトの後ろからバックアタックを狙う後衛が1人。

 

 これが速攻――バレーボール用語で言うところのファーストテンポで攻撃を仕掛けてくる。

 

 あ、テンポってこういうことな。

 

 サードテンポ:セッターがトスをあげて、その軌道を見て助走を開始。俺や玲子はこれじゃないとまだスパイクが出来ない。

 セカンドテンポ:セッターのトスと同時に助走を開始。

 ファーストテンポ:セッターのトスより前に助走を開始。上2つと違い、セッターがスパイカーの位置に合わせてトスをする。

 マイナステンポ:ファーストテンポの中でもトスより前に助走が『完了』している状態。広義の意味ではファーストテンポに含まれる

 

 ポイントとなるのは『トスより前に助走を開始』ってところだ。例えば俺や玲子がよくやる(というかこれ以外できない)サードテンポはすでにトスからスパイクを打つまでに時間があり、迎撃態勢を整える余裕がある。


 これに対し、ファーストテンポはトスからスパイクまでの時間が短く、今、仕掛けられているように囮込みで助走されるとどれが本命かわからない。

 例えば今走り込んで来ている相手ライトに対し、ブロック体制を整えてもセンターにボールが飛んだら意味がない。

 

 だからどのスパイカーが本命か見極めて、それに合わせてブロックをしなければならない。ライト、センター、バックスの3人に意識を集中させて――

 

 !!

 

 嘘だろ?スパイカーが3人打つ気満々で走り込んで来てジャンプまでしてんのにツーアタック???

 

 不意を突かれた!ヤバい!手が届かない!ボールが落ち――

 

 「ふっ!!」

 

 咄嗟に左足を蹴りだす!ボールは上がったが、変な方向に飛んでしまった……

 

「カバー!!」

 エリ先輩が叫ぶ。唯先輩が走って飛びつくもボールには届かず……

 

 21-23

 

 また1点、差が広がってしまった……

 

「ごめ―――」

「優莉。ナイスファイト!次は拾えるよ!」

 エリ先輩が俺の頭をなでる。

 

「優莉、悪い。もうちょいで拾えると思ったんだけど……。次は取る!」

 唯先輩は俺に謝る。

 

「優莉は始めたばっかりだからそれでいい。そのために経験者(私達)がいるんだから。最初にツーアタックを仕掛けられた時は反応も出来なかった。さっきはボールに触れた。だったら次は取れる。ね、出来る気がするでしょ?」

 エリ先輩が俺をフォローする。

 

 全くひどい先輩だ。凹んでる暇もくれない。

 

 だから俺は反省する。次はどうするべきか。

 

 いつもと違う点を洗い出す。

 

 今回、俺と玲子のスパイクの決定率が悪い(それでも6割を超えているから女子バレーの常識外の決定率なんだけど)。なぜ決定率が悪いか。それはコースを読まれているから。


 俺も玲子も今のところ体の向きに対し、正面方向にしか強打が出来ない。

 

 加えて、相手がこれまでの相手と違って全く恐れをなしていない。積極的にレシーブに向かってくる。俺のスパイクって速いから客観的に見るとものすごく怖いはず。特にアタックラインよりネット寄りで位置取りしている選手なんてほぼ真上からたたきつけられるボールをレシーブするわけだ。これをなす胆力がすごい。

 

 付け入るスキはある。俺だけに特化して考えると必ずしも俺のスパイクに反応しているわけではない。たまたま位置取りしているところにボールが来ている、という状態だろう。また、俺のスパイク方向を予想して位置取りをしているからコートに隙間は出来ている。

 

 俺がもしがら空き方向にスパイクできればやすやすと点が取れるはずだ。

 

 でもできない。

 

 体の向きとは違う方向にスパイクをするには腕だけではなく肩の可動域の広さ、柔軟性が必要なんだが、今の俺にはこれが不足している。


 『クロス方向を向きながらストレート方向へスパイクを打つ』は現在絶賛練習中の技であって、今突然できるようなものではないことを理解はしている。

 

 一度、それでも無理やり打ってみたが、いつもの剛打とは違うヘロヘロスパイクだったので簡単に拾われた。正直、ヘロヘロでも最初の1回目は不意打ちで通じると思ったが、敵は俺が苦し紛れに打ってくることを予測していた。相手には予言者か何かがいるのではないかと思うくらい、正確にこっちのことを読んでくる。

 

 俺とは違い、軟体動物かと思うくらい柔軟性に富んだ玲子は、肩の可動域も広く、練習ではクロスほどではないがストレートも使えるレベルの威力が出せていた。なので玲子ならストレートを使い分ければ、と思うが彼女は俺とは違うことに苦しんでいる。

 

 相手は玲子に対し、タイムアウト後は必ず2枚の『ソフト・ブロック』体制を敷いてきている。

 

 ソフト・ブロックは本来、キル・ブロック(ボールをはじき返すブロック)が間に合わない時に、そのままスパイクを打たれるよりはましだということでワンタッチを狙うブロックだ。

 

 キル・ブロックはスパイクに対し、真正面に壁となって立ちはだかる。


 これに対し、ソフト・ブロックはスパイクされ撃ち落とされてくるボールに対し、手のひらを上に向けて、勢いを弱めレシーバーが拾いやすくするものだ。

 

 玉木商業は玲子の高さに敵わないと判断するとキル・ブロックをバッサリ諦め、スパイクされ落ちてくるところをソフト・ブロック。ワンタッチし、勢いが弱ったところをレシーブ→トス→囮戦術を交えたスパイクに変換してこちらに牙をむいてくる。

 

 無論100%ソフト・ブロックが成功するわけではないが、それでも厄介なことには変わりない。

 

 だからいつもと違って過激な攻撃力が出せない。

 

 

 

 さらにブロックも十分に効果を出していない。

 

 自分達で言うのもあれだが、松女のブロックは高い。俺と玲子はもちろんだが、陽菜、明日香だって全国強豪校レベルの高さでブロックができる。最高到達点270cm越えの唯先輩が低く見える反則じみた高さのブロッカーが常に3枚。一般的な女子高生バレーでの高さでスパイクされても余裕で弾き返せる。

 

 いままでの試合を思い出してみよう。

 

 相手からの単純なスパイクだったらブロックでほぼ確実に止めれていた。だから相手はブロックにつかまらないように山なりのボールで俺達のコートに返してきた。こんなイージーボールは簡単にセッターに返せる。セッターに返ったボールを俺や玲子がスパイク。

 こっちのスパイクは相手のブロックをぶっ飛ばす破壊力をもっているのでこれで1点取れていた。

 

 

 では今回何が違うのだろうか。

 

 玉木商業はとにかく攻撃手段が多彩だ。だが、最も厄介なのは『ブロック対象をしぼらせない』ことではないだろうか。

 

 例えば先ほどの失点。俺達は走り込んでくる3人のスパイカーのいずれかがスパイクを打つだろうと構えていた。結果としてはツーアタックだったが、仮にスパイクを打っていたとしよう。

 

 俺達はギリギリまで誰がスパイクを打つかわからない。 ここまでに囮のスパイカーに引っかかってフリーでスパイクを打たすこともしばしばだ。囮を含めたスパイカー全員に気を配りつつ、さっきのようなツーアタックも警戒し、ボールの位置も確認……


 俺達がやるオープントスからのレフトのスパイク、とはブロッカーに与えるストレスが違う。

 

 レシーバーもこれまで以上に苦労しているだろう。今までは高いブロッカーに守られ、強打をされる機会が少なかった。コートには6人しか立てない。ただでさえブロック3枚=レシーバーは3人しかいない状態なのだ。自在にコース分けできるスパイカーをフリーで打たせたら、スカスカになった松女のコートなどいいカモだろう。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ……となると、ここまで接戦の理由は俺や玲子のスパイクの決定率が普段より悪い、が原因ではなく、

 ブロックが上手く機能していないからか?

 

 ピッーーーー!!

 

 相手からのサーブが飛んでくる。俺は笛の合図と共にそそくさとコートから出る。今の俺がサーブレシーブしたところでチームの足を引っ張るだけだ。

 

 相手サーブもいいところを突く。こっちのレシーブが乱れる。だが関係ない。

 

「優ちゃん!」

 

 陽菜がアタックライン付近からレフトへ丁寧なオープントスをあげてくれる。

 

 俺達に玉木商業のような速攻は使えない。でも俺達には高さと力がある。戦略なんぞ踏みつぶす!

 

 

 キュッキュッダン!!


 

 

 助走をつけて飛ぶ。スパイクしたい方向にばっちり6人。でも関係ない!

 

 バン!

 

 相手選手にあたる。だが、あたっただけ。ボールは明後日の方向に飛んでった。

 

 

 22-23

 

 

 やっぱりスパイクが決まらないわけではない。あと1点。あと1点で同点だ。

 

 

 次はこちらのサーブ。一番最初に戻ってエリ先輩の番だ。

 たぶんここが大事。連続得点ブレイクするにはこっちがサーブを打った時に得点をする必要がある。いつもだと、ここで相手の攻撃をブロックで遮断。軟打になったところをスパイクで点に絡めている。

 

 玉木商業はレシーブの技術より、多少レシーブが乱れても修正できる戦略の柔軟性、多様性が優れている。それは俺達と違って選手一人一人が多技能を有し、誰もがトス、スパイクをできるから。

 

 エリ先輩のサーブは強力だが、それは威力よりもコントロールの凄さにある。ところが、それで選手と選手の間を狙っても玉木商業はお見合いをしない。きわどいところを狙っても多分レシーブしてくるだろう。そして、上にあがれば誰かがトスをして囮付きでこっちにスパイクを打ってくるだろう。

 

 後悔なんとやらだが、さっき俺のサーブを1本で切られたのが痛い!

 

 さてどうする?

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