閑話 熊田 大吾
熊田先生は監督というより教師というお話
玉木商業に赴任して今年で17年目。普通ならとっくに異動をくらってるはずだが、今年も異動はなかった。まあ俺自身、異動したいわけじゃないからいいんだけどな。
んで、過去16年間面倒を見てきた女子バレー部と比べて、高さって意味なら今年は歴代最低と言える。
なんせユニフォームを着れた中で一番背の高い奴は1年。高さだけだから全体的にレベルを上げんとスタメンにはできんな。
次に高いのが3年の市川と八巻なんだがこいつらの身長は168cm。
なんとビックリ。今時180cm台はおろか170cm台すらスタメンにいないという低身長。とうの昔から食文化の欧米化に伴い子供の身長が~なんて説はどこ行きやがったんだ?
まあ、一般の平均よりは10cmくれー高いから十分こいつらも長身って言えるんだろうけど。
じゃあバレーの強さって意味ならどうか、つうと歴代最強を名乗れるかもしれん。
今では9年前にインターハイでベスト8まで行った、あの時の連中と比べても見劣りしないかもしれない、と思えるくらいだ。
とにかく「高さ」って壁に下手すりゃ小学校の頃から何度も阻まれてきた連中だ。だから必死になって技を磨き、工夫してきた。俺も出来る限りの助言はしたつもりだ。たとえ高さがなくとも、飛び方と戦い方を工夫すれば戦える。
それを俺はこいつらに教えられた。
で、何の因果か、今の相手は俺達のバレーを否定するかのような戦い方をしやがる。レフトからエースアタッカーによる強烈な一撃。
オープントスからのブロックも無視できる高さ、あるいはぶっ飛ばせるだけのパワーをもって粉砕する、技も創意工夫も何もない戦い方だ。
ああいうやり方は好きじゃないねぇ。
別に嫉妬心から来てるもんじゃない。向こうの大砲2人はさっきからほとんどレシーブやトスをしていない。
あのなあ。これは学生スポーツなんだぞ。
思わず向こうのベンチを見てしまう。去年までだったら大谷の野郎が座っていた場所には若い女が座っていた。どっかで見たことあるような気もするからひょっとしたらいつかの対戦相手の生徒だったかもしれない。
まあいい。それよりも相手チームだ。
あちらさんの主砲2人は守備をしない。いや出来ない、か。
俺だったらそんな教え方は絶対にしない。
学生スポーツとはいかにあるべきか。
あるべき姿の定義はいくつもあるが、そのうちの1つにそのスポーツを好きになってもらうことだと俺は確信している。背が高いからバレーをやるんじゃねえ。高く飛べるからバレーをやるんじゃねえ。
バレーが好きだからこそ、バレーをやって欲しい。
じゃあバレーの魅力ってなんだ?
スパイクか?レシーブか?トスか?サーブか?ブロックか?
ちげえだろ。全部だよ。
全てのプレイにはそのプレイだけの魅力が詰まってる。それを絞るなんてもったいねえ!
だから俺は入部した奴らに最初、ひたすら2対2をやらせる。嫌でも全部のプレイを体感できるからな。
だから俺はリベロなんて使わない。レシーブだけ?そんなのもったいねえだろ。
で、ここで理想論を述べたてて勝てればさぞ痛快なんだろうが、現実って奴はそう甘くない。
バチコーン!!!
あちらさんの外国人のスパイクだ。相変わらずえげつない音を立てる。これで16-13。うちのリードは3点に縮まった。
ったく。先制攻撃は確かに効いたはずなんだが、ちっこい外国人はか細い見た目に反して図太い神経をしているみてえだ。
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――― 2-0 になった直後 ―――
パチーン!!
「みんなごめーん。次は決めるから!」
あちらさんの外国人は自分で両頬をはたいて気合を入れなおしていた。
「陽ねえ。ごめんね。いいトスだったよ!次は決めるから!!」
「あ、うん」
パンパン!!
あっちのキャプテンマークを付けた1番が手を叩く。
「優莉の言う通りよ。さ、次こそサーブを切っていきましょう。まだ2点差。追い抜けるわよ!」
「ほら、1年!いつも元気なんだ、試合中も元気でいいんだぞ!声を出せ!エリの言った通り、まだ余裕で追い抜ける!」
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あのやり取りで立ち直っちまった。
まず自分で盛り返そうとしたあっちの外国人、6番の胆力は褒めるべきだ。
それをフォローする1番と5番がいるのもいい。
あちらさんの外国人はエースであってもチームの柱ではない。
一見プレイでは目立たないキャプテンが柱のようだ。
経験上、派手なプレイスタイルに反して地味な大黒柱がいるチームは強い。
あのスパイクさえ何とかすりゃ勝てると思ったがそれほど甘くねえか。
大谷め。厄介な置き土産を残して異動しやがったな。
それにしても向こうの2枚看板は凄い。ついつい6番ばかりに目を奪われるが、3番もえげつない。
キル・ブロックを正面から力ずくでぶっ飛ばすって男子の技だぞ。
だが、特定選手が中心のチームはその陰で泣いてる選手もいるってことだ。その最たる例が4番だろう。
視野が広い。こっちのこともよく見てる。度々かましてくるツーアタックからもそれは見て取れる。トス回しも上手い。たぶんうちにいれば、クイックにブロード、スプレッドやクロス。いろんなトスが出来たはずだ。
だが、あちらさんの主力武器はレフトからの一辺倒。しかもオープントス。
色々出来るはずなのにやれることを制限されている。10ある実力の精々6か7程度しか発揮できていない。
そういった意味では7番もか。
すばしっこく、ジャンプ力もある。あれにもう1人速いのがいれば4番のトス回しと合わせて強力なコンビネーションが出来たんだろうがな。
この2人は勿体ない。3番と6番を輝かせるための犠牲になってる。
“勝利へ最善を尽くして何が悪いのです?唯一無二の才能を活かすことのどこがいけないのです?太陽は1つあればいい。2つも3つもあったら暑くてしかたありません。”
姫咲を率いる赤井のババアの面が思い浮かぶ。あの育て方、あの戦い方はあのババアの好みだわな。姫咲に行かなくてざまあみろってんだ。
19-17
6番のサーブだ。ここで戦局が動くはず。タイムアウトだ。
ピッーーーー!!
「お前らわかってんな。次はさっき3点取られた6番のサーブだ。そして、こっちのチャンスでもあるローテだ。なんでかわかるよな?」
「3番が前衛にあがり、6番がサーブを打つために後衛。だからここまでなんども得点のチャンスをつぶしたリベロの8番がコートにいない。守備で見れば松女最弱のローテだからです」
俺の教育のたまものだな。たとえわかりきっていることであってもあえて言葉に出すことで互いの認識を合わせる。これって社会に出ても大切だから覚えておけよ。
「市川の言ったとおりだ。サーブに対しては、まずボールに触ること。触れば誰かが上げる。仲間を信じろ。ボールを触った奴を全員でフォローするんだ。仲間を助けろ。ボールを返す時は3番か6番狙い。もしくは相手コートの奥。スパイクは囮が使えず1枚勝負の時は無理をせず、軟打で返しちまえ。下手にアタックを狙うと相手さんのブロックの餌食だ。他になんか言いたいことは?」
「6番なんだけど、バレーの素人かもしれないけど、反応自体は鋭いから気を付けてね」
「ただ、鋭すぎる反応もまた6番の欠点よ。視線でちょっとパス先を誘導するふりをすれば簡単に引っかかるし。きっと根が素直な子なんでしょうね」
「千晶、マキの真似すんなよ。視線を一瞬ボールから外しても正確にトスできんのはうちらだとマキと真理恵位だからね」
「わ、わかってるって。なんで私限定でいうかな」
「それよりも3番がローテにあがってきたわよ。さっきのローテだとスパイクにストレートを混ぜてきたけど、どうする?」
「まず、6番と違って3番のスパイクは触れる可能性がある。でもキル・ブロックじゃ無理だから、ソフト・ブロックを仕掛ける。ブロックは2枚。相手はオープントスでしか打てないからブロックが1.5枚にはがされるとかはないはず」
「6番のスパイクだけど、クロスとストレートの見分け方は簡単よ。ズバリ、ネットに走り込んでくるときの角度。鋭角ならクロス、鈍角ならストレート」
「真理ちゃんの意見に同意ね。加えて補足するなら、4番がトスをするときは5番や7番が速攻を使ってくる可能性があるから気を付けて」
「まず4番がどうやってトスを―――」
俺は確かな手ごたえを感じている。こいつらはしっかりと考えて、話をして戦略を前に進めている。監督の指示がなきゃ動けない奴はいらない。
ぶっちゃけて言えばバレーなんぞ社会に出たらクソほどの役にも立たない。バレーを通じて考える、行動する、それを活かす。これを学んでほしい。おい、1年。ちゃんと3年を見とけよ。次はお前たちがこうなるんだからな。
ピッーーーー!!
タイムアウト終了の笛の合図だ。
「玉商ファイ」
「「「「オーッ!!」」」」
出る前に円陣を組み、市川の号令に士気をあげる。
この勝負、勝ちに行くぞ
拙作の誤字脱字をたくさん見つけました。
特に致命的だった奴を2つ紹介します
1.6年前、佐伯先生達の代はIH県予選を制したはずなのになぜか県予選が抜けてしまい、全国制覇をしたことになっていた。
2.エリ先輩こと板垣恵理子先輩の苗字が一部板倉になっていた。
他にもあるかもしれません・・・・・