閑話 市川 真貴子 その1
相手から見た優莉の姿というお話
私、市川真貴子はかつてない事態に戸惑っていた。
なんでも先週のIH予選初日においたをしたバカがいるらしい。
文武両道で知られる男子校、私立南波高校の生徒が松原女子高校の女子生徒に痴漢行為を行い、耐えられなくなった女子生徒からの反撃を食らって一撃で気絶。そのまま救急車で病院に運ばれた、というものだ。
まず、あの南波高校の生徒がなぜ低俗な真似を……と思うがあそこも生徒数が多いので玉石混交といったところなのだろう。それにしても女子生徒の一撃で気絶って(笑)
ともかく、この一件で大会スケジュールがめちゃくちゃになった。南波高校の監督は県高等学校体育連盟バレーボール専門部において立場のある人物だった。身内から出た問題に対し、何も対処しない、というのは許されなかったらしい。
・南波高校の部活動の自粛(これは被害女生徒からの訴えで取り下げを検討しているそうだ)
・再発防止のために男子バレー部と女子バレー部の試合会場の分離、または試合開始時間の分離(これも被害女生徒から「大事にして共有施設であるはずの体育館を複数日おさえて迷惑をかける方がよほど許されない」という至極真っ当な抗議で取り下げを検討中とか)
うん。2番目がものすごく迷惑♪
反省すんのは勝手だけど、よそ様の高校まで迷惑かけんな、っつうの。
このせいで私達は今日、午後に(勝ち抜ければだけど)2連戦することになっている。はっきり言ってふざけんな、である。はた迷惑なこの決定は連盟の勇み足として連日新聞の地域欄をにぎわせている。
だいたいさぁ、その痴漢行為を受けた女生徒ってのも痴漢行為を受けるくらいなんだから可愛いんでしょうけど、高校生である以上、15年以上女の子をやってきたわけでしょ?可愛い容姿で。だったら大ごとになる前にそれを回避するように動きなさいよ。まったく。
可愛い容姿という単語で自分の顔を思い出す。なんというか私の顔は男顔なのだ。すっごく。よく『化粧なしでも歌劇団で男役ができる』なんて言われる。
おまけに表情筋が死んでるだけなのに「窮地でも表情を崩さないクールな人柄」って言われる。
小学校の頃はしょっちゅう男の子に間違えられたし、中学になっても制服じゃなくてジャージ姿だと男子に間違えられたことがある。声も可愛らしい声ではなく、なんか低い。
ただ、自分で言うのもなんだが『男顔として整っているし、声も低いけどきれいなテノールボイス』なので同性から人気があることは自覚している。
……例えば去年のバレンタイン。同級生、先輩後輩合わせて3ケタの数のチョコレートをもらった。クラスメイトの男子より圧倒的に多い。
でもたぶん友チョコ。きっと友チョコ。中にはとんでもなく凝った手作りチョコレートがあったり、顔を真っ赤にして「好きです」って言われてもらったものもあるけど絶対に友チョコ。
好きですって意味も友達としての好きのはず。私だって男の子に好きになって欲しい。
同性から告白されたことはたくさんある。でも男の子から告白されたことは一度もない。
なので私はつくづく思う。男の子受けする顔の美少女は有罪であると!
で、今日はお互いにうまくいけばその松女の子と戦うらしい。ふん。戦うことになったらその顔面めがけてスパイクしてやる。
11時半に学校に集合。そこから先生の運転するマイクロバスに揺られること1時間と少し。今日の会場についた。時刻は13時手前。あと1時間で試合開始とか本当に―――――――
その時私の全身に電流が走った。
なんといえばいいのだろうか。ものすごく控えめに言って超絶美少女。よくTVで100年に1人の美少女だとか、ミス○○だとかあるけど、あんなものかるくぶっちぎるスーパー美少女。
国語の偏差値が53しかない私にはこれ以上の語彙は出てこないけど、とにかくものすごく可愛い女の子がいた。
あ、笑った!すごい!女の子ってあんなにも可愛らしく笑えるんだ!!しかも笑い声が聞こえるけど、声まで可愛い!
え?ずるくない?生物としてずるくない?ていうか本当人間?
いや、あれが人間のわけがない!きっとあれは天使だ!天界から来た天使ちゃんに違いない!
ん?ちょっと待って。天使ちゃんの着ている服。あれ、松原女子の制服よね。ということは先週狼藉にあった松原女子高校の女生徒って……
南波高校にはあとでクレームを山ほど送っておこう。というか、あの天使ちゃんに痴漢?ふざけやがって!天使ちゃんが天界にお帰りになられたらどう責任取るつもりだったんだ!
……そういえば松原女子と言えばもう一つ変な噂があったわね。
『松原女子の外国人は3m50cmまで飛べる』
っていう荒唐無稽な奴。それが天使ちゃんのことなら一考の余地すらない。
女子の世界記録は確か3m30cmくらいのはず。しかもそれは2m近い身長の選手が叩き出したものだ。天使ちゃんが3m50cmを出すとなると150cmくらい飛ばないといけない。150cmも飛ぶなんて女子はおろか男子だって無理だ。
ということは松原女子には今、目の前にいる集団以外にどこかに選手が――――
「おーい。市川。なにやってんだ?時間ねえんだ。いくぞ」
監督からの野太い声が聞こえた。そうだ。まずは1回戦のことを考えなくては。
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まったく。このスケジュールを考えたお偉いさんには一言どころではない文句を言いたい。13時から会場入り可能で14時から試合とかふざけてるにもほどがある。
男子はそれでもいいかもしれないけど、女子はその辺で着替えとかできないんだから更衣室を使わざるを得ないんだけど、そこに一度に4校、しかも今日戦うチーム同士でとか気まずいってレベルじゃない。
ジャージの下にユニフォームを着ているとはいえ、さすがに着替えはカギのかかるロッカーの中に置いておきたい。だから私達もロッカーのある女子更衣室を使うんだけど、きっと混んでるんだろうなあ。
内心愚痴りながら女子更衣室に向かうと……
この日、2回目。再び私の全身に電流が走った。
ピンク!ピンクのスポーツブラ!
女子更衣室では天使ちゃんが着替えていた。
なんと大胆な!!!
ってダメでしょ!あなたはダメでしょ!そんなに可愛いのよ!きっと変態に襲われちゃう!
というかなに?あの肌!外国人だからって白すぎでしょ!きれいすぎるでしょ?さすが天使ちゃん。私達とは種族からして違う。
って!!まずい!このまま天使ちゃんのあられもない姿を見ていたら鼻血が出る!
早々に荷物をロッカーに入れるとすぐさまトイレへ向かった。
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あの後、トイレで顔を洗うこと十数回。ようやく頭が冷えた。さっそくコートへ向かおうとすると―――
この日、3回目。三度私の全身に電流が走った。
よ、よ、横田あああああぁああ!貴様何をしてる!!!
天使ちゃんに抱きつくだけでなく、髪をなでたり、ほっぺをぷにぷにしたり……
挙句の果てに天使ちゃんの女の子のふくらみを触って揉むだと!!!!
なんてうらやまけしからんことを!
しかも天使ちゃん、口では「もう、やめてよ彩ねえ」とか言ってる割に笑顔で楽しそう。
そう、聞いたであろうか。横田の呼び方が「彩ねえ」と愛称呼びなのだ!
くうぅうう!!!私は今すぐ横田になりたい!ここは先輩としてガツンと言ってやらねば!
あ、でも天使ちゃんの名前は優莉ちゃんっていうのね。その点はよくやった!
「横田。何をやってるの」
ふふ。怒りのトーンも交じってピリッとした雰囲気になったわね。
「!!市川先輩!」
横田が驚いてこちらを見る。よし貴様。今から自分の罪を数えてみろ!
「横田。そちらの彼女はお友達?」
まずは軽いジャブ。あわよくば天使ちゃんを私に紹介しろ!
「は、はい!中学校時代の親友です!」
親友?親友と申したな!くっそぅ。そんなかわいい子が親友なんて羨ましい!!!!
「ユニフォームから察するに松原女子の子だと思うけど、試合前に馴れ合うとつらいわよ?」
「大丈夫です!陽菜は私のライバルですので、こうして会うことで意気を高めていたんです!こう、2試合目は容赦しないぞ!って誓いを立てていたんです!」
?どうやら背の高い方と横田が知り合いのようだ。天使ちゃんは愛玩動物なのかな?
ってみると天使ちゃん達が不安そうな顔でこっちを見てる。
うぅそんな顔しないで。私、後輩をいびってるわけ……だけど、天使ちゃんにそんな顔されたらいびれない!
空気を柔らかくしないと!
「そう。ならいいんだけど」
そうだ!初対面だし、ここであいさつとか自然じゃないかしら?
「ここまでしてあいさつをしないのは不自然ね。初めまして。玉木商業3年生の市川 真貴子です。今日、試合をすることになったらよろしくね」
そういって両手を差し出す。握手してくれないかなあ。
「わ、私は松原女子高校1年の立花 陽菜です。こっちが妹の優莉です」
「優莉です。よろしくお願いします」
「はい。よろしくね。でも試合では容赦はしないからね」
うひゃー天使ちゃん。手もとっても柔らか・・・・・・・・・・
あれ?
「陽菜、優莉!何やってんの!準備運動始めるよ!」
「今行きます!じゃ、後でね。彩夏!」
「彩ねえ!またね!」
天使ちゃん達がチームメイトに呼ばれていく。
姿が見えなくなったところで横田に確認してみる。
「横田。あれが例の松女の外国人?」
「多分そうです。陽菜、えっとさっきの背の高い方が『ハーフは優莉だけ、後はみんな日本人』って言ってましたから」
「そう」
「先輩はあの都市伝説を信じますか?」
あの3m超くらい飛ぶって噂でしょ?実物見た感想。ありえない。あの細い脚では無理。
仮にドーピングの可能性を考えたってない。薬物投与の類は筋肉を増強させるもので、ない筋肉を生み出すものではない。
「一考の価値はあると思っていたけど、あの背丈とあの脚じゃやっぱり都市伝説ね」
「背丈はともかく、脚ですか?」
「当たり前だけど、飛ぶには脚の筋肉が必要よ。それであの小さい子の脚をみた?あんな細い脚で高く飛べるはずがない」
「先輩、よく見てますね」
たとえばお姉さんの方だったらまだ信ぴょう性はあった。あっちの方がまだアスリートの手足をしていた。大方、南波高校の連中が腹いせに優莉ちゃんのデマを流しているとかそんなのでしょうね。それよりも気になることがある。
「……ところで先輩。さっきから何をやってるんですか?」
「ちょっとね。自分の手のひらの皮の厚さとさっきの小さい子、優莉ちゃんだったかしら?あの子の手の皮の厚さと比較してるの」
優莉ちゃんの手足は細かった。アスリートと呼ぶにはまだ未熟だったけど、でも「運動をやっている子」程度のものはあった。加えて手のひら。わずかだけど、右手の方が硬かった。
「さっき握手した時、お姉さんの方はともかく、妹さんは右手と左手で手のひらの硬さがちょっと違ったわ。多分あの子、利き手の右手でなんらかの練習を相当してる。
あの背丈と脚でエーススパイカーはちょっと厳しいから、たぶんビッグサーバー、低い背に腕も細かったから強打は考えられない。ジャンプフローターサーバーかしらね」
予測としてはこんなものだろう。天使ちゃんは多分ピンチサーバーね。
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4度目の衝撃には電撃は走らなかった。
代わりに嫌な汗が背中に流れた。
天使ちゃんは天使ではなく、怪物だった。
公開練習中、あの噂は真実だったと目の前の光景が語っている。
バチコーン!!!
怪物ちゃんがスパイクをするたびに、凄まじい轟音をたててボールがコートにたたきつけられる。スパイクの威力もさることながら、あの異常なまでの高さ。物理法則を無視しているとしかおもえない。ブロックは出来ないだろう。
あんなもの、どうやって……
「おい、朝倉!これもって近くのコンビニからスマホの外付けバッテリー買ってこい。んで松原女子の試合、ずっと観客席から撮ってろ!」
監督が自身の財布から1万円札を取り出しサブマネージャーの朝倉さんに指示を出す。撮影したところでどうにかなるのか?
「お前ら、隣のコートから爆音が聞こえるが、まずは目の前の試合だ。それに集中しろ」
そうは言うが中々集中できるものではない。あれは鬨の声だ。1回のスパイクごとに相手の戦意と集中力を砕き、味方の戦意を向上させてしまう。
「くそっ。県立高校が外国人傭兵部隊を使うとかやってくれんじゃねえか」
かく言う監督自身が目の前の試合に集中していない。いや、集中できないのか。
松原女子は次にサーブ練習に移るようだ。妙にエンドラインから距離を取っている。まさか……
バコーン!!!
こちらも轟音。玉木商業にはさほど強くはないが男子バレー部もある。だから男子の練習もよく見ている。そのうえで言わせてもらう。あのスパイクサーブは男子以上だ。少なくとも県大会レベルの男子のサーブの威力を上回ってる。
その後の松原女子高校と鶴留高校の試合は私から言わせれば一方的な虐殺劇だった。むしろよく戦意を失わずに最後まで戦えたと鶴留高校を褒めたたえるべきだとさえ思う。
一方こちらは隣のコートから響き渡る轟音に集中力を乱し、ミスを連発した。もっともそれは相手も同じであったが……
かなりの泥仕合となったが、それでも私達は勝った。
次戦には不安が残るが、いったん汗を拭きに更衣室に戻り、その後監督のもとに集合する。
そこでは監督は不敵に笑っていた。
「ククク。やってくれんじゃねえか。こりゃ止めらんねえわな」
口では泣き言を言っているが、その表情は獰猛な肉食獣を思わせるものだ。つまり、松原女子は獲物であり監督は勝ち筋を見つけているということだ。
いったいあの怪物のどこに弱点があるのだろう?
次回のお話はナレーション虐殺された鶴留高校戦のお話です