061 VS南田東高校 その1
お待たせしました。
大した内容でもないのに南田東戦は全3話の予定になってます。
次の話は土曜日と日曜日の間に上げる予定です。
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春高初日
大会会場
松原女子高校 VS 南田東高校
第三者視点
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ネットを挟んでラケットなどの道具を使わず、体1つでボールを操るバレーボールであるが、ユニフォームについては時代の流れと共に変化・進化している。
日本において女子バレーボールのユニフォームを最初に印象づけたのは1964年の東京五輪であろう。
東京五輪で世界一になったことで知名度を得た際のユニフォームはトップスが襟付き長袖丈でボトムスがブルマ。
以降、多少のデザイン変更があったとしてもおよそ30年間、女子バレーボールの恰好と言えば襟付き長袖+ブルマであった。
転機は90年代中盤から後半。
教育現場において元々男女で衣類を別にすることに合理的な理由はなく、さらにブルマを性的に見る男性がいること、当の女性側からも反対意見が多数出ていたこともあってブルマは学校から急速に姿を消した。
この流れを受けてバレーボールの世界からもブルマは姿を消すこととなる。
代わりに出てきたがひざ丈まで覆うハーフパンツである。
だが、動き回るバレーボールにおいては、裾口を絞っておらず動くたびに布地が当たるのは動きを阻害するということで、ハーフパンツは太ももの中ほどまでを覆うクォーターパンツ、さらにそれより丈の短いショートパンツへ徐々にシフトしていった。
変化があったのはボトムスだけではない。トップスもまた変化していった。
バレーボールはオーバーハンドレシーブやスパイクなどの際に手を頭より上に上げる。その際、長袖では若干とはいえ腕の動きを阻害してしまう。
それでもバレーボールのユニフォームはこれなんだから従おう、という流れが当初はあったが、90年代中盤から後半にかけて、より質の高いプレーのために不自由が生じるなら声を上げようという風潮が生まれ始めた。
結果、プロの世界では長袖から半袖、そして袖なしへとトップスが変わっていた。
また、首元についても、以前は公式の場で襟がないのはおかしい、という謎の風潮があったが、それも特に根拠がなく、また首元もすっきりした方が良いということで襟なしのユニフォームも増えた。
現に女子のトッププロの世界ではトップスは襟なしでノースリーブ、ボトムスはショートパンツというのが多い。
また、形状だけでなく、デザインも時代と共に変化してきた。
現在ほど染色技術がなかった昭和の時代ではトップスとボトムスはそれぞれ基本的に単色で、校名や番号、デザイン上のアクセントとなる線を別の布地を縫い合わせることでデザインしていた。
それが現在では染色技術はもちろんだが、裁縫技術、布地への印刷技術の向上でデザインの自由度は大きく上がった。
とはいえ、デザインに関して伝統校では歴史の継承という点からあえてマイナーチェンジにとどめる高校もある。
これらを踏まえ、春高に出場する各校のユニフォーム事情はどうなっているのか。
「バレーボールは身一つでやる競技やで?服装なんかでうまくなるかい。精々薄皮一枚程度や」と言いながらも「けどな、薄皮一枚でもうまくなるなら儲けもんや」と公言する大友監督の意向もあって、金豊山学園高校 女子バレーボール部のユニフォームは最新のトレンドをおさえている。
合理性を突き詰め、実際プロでも採用している襟なしでノースリーブのトップスに、ショートパンツのボトムス。
金豊山学園には公式に定められた学校色がないのをいいことに、ユニフォームの色は青を基調としてグラデーションのかかった流行りを取り入れた今風のもの。
ユニフォームが青を基調としているのは「青は集中力を高める色や。試合中、味方コートもかなりの頻度でよう見る。その時に集中を高めるためにも基本は青や」という大友監督の強い意向によるものである。
金豊山学園のユニフォームはどこまでも勝つことを合理的に突き詰めたユニフォームと言える。
一方、昭和から続く伝統校の龍閃山高校では、流石に形状まで昔のままというわけではなく、トップスは襟付きの半袖 (『公式』戦に襟がないのはどうかという意見がまだOG含め関係者からある)にショートパンツというものだが、色は上下ともに校花である藤の花の色である。
この辺りは高校バレー界では有名な話であり、大きな大会で優勝した場合、例えばインターハイ優勝時には「真夏に咲く藤の花」、春高優勝時には「新春に咲いた満開の藤の花」といった表現をすることが多い。
伝統校の単色ユニフォームは何も全国常連校だけの特権ではない。
一時期は低迷していた桜山高校も古くからの伝統をユニフォームに受け継いでいる。校色は校名にある桜色、ではなく射干玉色。昭和の頃は上は襟付き長袖、下がブルマ。共に黒一色で校名と番号が白の別布地で縫い付けられていた。
こちらも現在ではユニフォームの形状がアップデートされ、上は襟なし丸首のフレンチスリーブ、下はショートパンツだが、色はかつてと同じく上下ともに黒一色。
インターハイ本選に久しぶりに登場した際は「伝統の射干玉色の少女たちが全国の舞台に戻って来ました」などと紹介されていた。
では松原女子高校のユニフォームは?
一言で言えば時代遅れ。
これに尽きる。
まず今どきボトムスがクォーターパンツであるのが古い。もうそんな高校はほぼない。トップスも半袖+襟付きと形状はやや古め。
加えてデザイン。
水色を基調とし、トップスよりボトムスを濃いめにする色遣いはないとは言わないが今どきではない。
はっきり言って時代遅れでダサい。
当の本人たちも――壊滅的なファッションセンスをしている一人を除いて――正直ダサいと思っている。いっそ、伝統校のように単色でまとめるなどすれば歴史の重みを出せたのかもしれないが、そもそもサックスカラー自体染料の関係から昔は存在せず伝統を感じにくい。
これについては、松原女子高校は確かに100年以上の歴史を誇る高校ではあるが、特に校色もないただの公立校なので、受け継ぐ伝統色などというものもないのが一因である。
内情を明かしてしまうと、20年ほど前に一度だけ大幅なデザイン変更が行われていた。しかし、特に大きな大会に出場するわけでもない、場合によっては部員割れすらする公立高校のバレー部にメーカー側も熱心に営業をかけることはなく、学校側も特に動かなったので時代遅れのユニフォームがそのまま現代に残っているのである。
従って時代遅れ、というのはまさにその通り。なぜなら20年前に変更して以降はそのままだからである。
――余談だが、現在はエース 立花 優莉の存在もあってメーカー側も営業を仕掛けてきているが、今度は今までそんなことがなかった高校側が対応しきれずそのまま保留となっている。
そんな時代遅れとも言えるユニフォームの松原女子高校だが、全日本代表のエース 立花 優莉を擁し、優勝候補筆頭であることからそんなダサいユニフォームすら、むしろ他校にない唯一性が逆に選ばれた高校だけの特別なユニフォームだという雰囲気を作っていた。
――もちろん、そう思われる要因の1つに松原女子高校バレーボール部部員の飛びぬけた容姿も寄与している。
その松原女子高校の春高初戦は、相手の南田東高校を圧倒している。
圧倒の理由はエース 立花 優莉の存在ではなく――
『またもレフトからの強烈な一撃!18-1!レフト3番村井絶好調!これで14点目!』
松原女子高校の佐伯監督が立花優莉と並んで2枚看板と評する村井玲子であった。
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「あかんで。南田東さん。わいらはちゃーんと去年から松原女子さんの3番がおっかないってわかっとったで」
苦笑しながら観客席から松原女子の試合を観戦するのは金豊山学園高校女子バレーボール部の一団。
「せっかく県予選で対松原女子高校の模範解答を姫咲さんが示してくれてたんやけどなあ」
県予選で松原女子をあと一歩のところまで追いつめた夏の覇者、姫咲高校は徹底して村井封じを敢行。この難題をいくつかの偶然にも助けられたがスパイク決定率を約13%、5失点までに抑え込んだ。
だからあそこまで接戦出来たのだ。
強烈な光は眩しく、思わず目を取られてしまう。そしてその横にある光を見逃す。
立花優莉という強烈な光が村井玲子を過小評価させてしまう。
もっとデータに対し冷静に客観的に受け止めるべきなのだ。
今大会では最高到達点が3mを超える女子選手が13名もいて『摩天楼決戦』などと言われている。
特に上位3人が飛びぬけておかしく、そこばかりに注目が集まり4位の選手がないがしろにされている。
春高バレー 女子の部 最高到達点順位
1位 立花 優莉 身長 163cm 最高到達点 396cm 松原女子高校
2位 近藤 樹里亜 身長 174cm 最高到達点 335cm 桜山高校
3位 小平 那奈 身長 193cm 最高到達点 326cm 金豊山学園高校
『4位 村井 玲子 身長 177cm 最高到達点 314cm 松原女子高校』
相対評価をすれば4位だが、絶対評価をすれば身長177cmで最高到達点314cmという数字はもはや女子の数字ではない。男子の数字である。
流石に春高本選に出てくるような高校のエース格ではないが、県の中堅レベルの高校なら男子のエースでも身長180cm未満で最高到達点が320cmに届かない、というレベルがありえる。
単純な高さだけではない。
数週間前に行われた全日本代表候補合宿で星野が良い情報を仕入れた。合宿中では各種筋力測定も行い、村井玲子の測定結果を金豊山学園へ持ち帰ったのだ。
その結果は恐るべきものだった。
例えば背筋力。
一般的な女子高生であれば精々80キロ程度。100キロ超えたらすごい、ではあるが、そこは仮にも未来の日本代表 (の候補)。参加選手が当たり前のように100キロを超える数字を並べる中で、村井玲子がたたき出した数字はなんと141キロ。運動部の男子高校生と比べると流石に見劣りするが、普段運動をやっていない文化部所属ではまず出せない数字であるし、もちろん女子高校生の数字からは突き抜けている。
最初この話を星野から聞いた際に、大友監督は何かの聞き間違いかと思い聞き直したほどだ。
筋トレを重視する金豊山学園女子バレーボール部でも部員の背筋力のボリュームゾーンは120~130キロ。130キロ以上、まして140キロ以上となるとそうそういない。無論、そうそうなので今の部員の中で村井以上の背筋力を持つ選手はいるし、歴代を振り返れば金豊山学園女子バレーボール部には150キロを超える子もいたが、村井の凄さは背筋力だけではない。垂直ジャンプやその他の全項目でも突き抜けているのだ。しかも単純に筋力に秀でるだけではない。中学まで体操をやっていたおかげか、柔軟性にも非常に優れている。
金豊山学園高校にも女子体操部が存在する。
むしろあちらは過去に世界大会で金メダリストを出したほどの実績もあり、ここ20年近く、全国指折りの強豪校を維持し続けているほどなので、近年ようやく全国屈指レベルに達した程度の女子バレーボール部とは比べ物にならない実績を持つ高校体操界の超名門である。
実際大友監督は過去に何度も女子体操部の監督をはじめとする指導者たちに頭を下げてその教えを乞うている。
女子バレーボール部で週に3回、体重と体脂肪率を測定するのも女子体操部の指導から流用した一つだ。
もっとも本家の女子体操部では週に3回どころではなく毎日であるし、女子バレーボール部と違い身長に対する厳しい体重制限が課せられ、超過すれば罰則まで発生する。
最初、それを聞いた大友監督は流石日本一の体操部を作った監督さんやと感心したが、続けて何気なく聞いた質問でその考えを改めることになっている。
「――いやあ。勉強になりました。ところで1つ質問してええですか?その、僕らの指導する子は女の子ですから生理ってありますよね。自分は男なんで詳しないんですけど、そん時の体重管理ってどうしてはるんですか?簡単に1キロ2キロ増えると聞いてますけど」
「はあ……。まあ大友さんは男性だから知らないと思います。いいですか。女性アスリートにとって生理なんて止めてようやくスタートラインなんですよ」
止まって、ではなく止めて。
そうきっぱり断言した体操部の女性監督相手に大友監督は内心、心身の健やかな成長も重要で必要な学生スポーツの世界で冗談きついわ、今は令和やで、アップデートしいや、この婆とは一生意見が合わへんやろうなあと確信した。
気に入らないし、心情的には納得できないが婆の指導実績は確かである。体重と体脂肪を限界まで削り、それでも鋼のように強靭で鞭のようにしなやかな筋肉を教え子に身につけさせる体作り。
それほど機会が多くないとはいえ、同じ高校の生徒。時たま女子体操部の生徒と会う時があり、そのたびに背が低いながらも制服、あるいはジャージなどの着衣状態からもわかる鍛え上げられた体には感心している。同時にこれで身長があればバレーボール部に、とも。
星野が聞き出したところによると、その体操を村井は小学生、中学生の頃にやっていたという。
辞めた理由は「食欲が抑えきれず食べ過ぎて背が伸びてしまい体操ができなくなった」ということらしい。
体操を辞めた理由は可愛らしいが、食事もきちんととったうえでの体操で鍛え上げられた肉体はちっとも可愛らしくない。体操はやや上半身に偏るところはあるものの、全身の筋肉を余すところなく鍛え上げて挑む競技である。あの筋肉芸術のような肉体美に高身長が加わり、バレーボールをするとどうなるのかが目の前の結果である。
『絶好調村井!これで15得点目!松原女子高校、先に20点の大台に乗せ20-1。第1セット、松原女子高校が南田東高校を圧倒しています』
去年の村井は立花優莉共々競技経験の浅い素人であったため、良くも悪くも基本に忠実なフォームでスパイクを打っていた。
それが今年は2人とも良い意味でそのフォームを崩すようになった。
村井は今でも180度開脚や直立の状態から上半身をそらしてブリッジ、その状態から倒立に状態を変えて、そこからさらに直立することが出来るという柔軟性を活かして、スパイク時には上半身を大きくそらして腕だけでなく全身の筋肉を活かしての強烈な一撃を放つ。
前提として空中でのバランス感覚も必要とされるが、村井はこの感覚にも優れているのか、少なくとも他所から見る限り苦にしているようには見えない。
あそこまで大きく体をそらすのは骨格の関係上、男子には無理であろう。
おまけに手首の柔軟性にも優れているのか、打つ瞬間にスナップを利かせて嫌な回転までかけてくるので、ただの強打よりよっぽどレシーブしにくいと合宿に参加した部員から聞いた。
村井のスパイクは大げさに言えば男子の筋力と女子の柔軟性をあわせもった体から打たれる強烈なフィジカルスパイク――程度だけだったらまだよかった。
村井の本質はそこではない。村井は肉体派スパイカーではなく、技巧派スパイカーなのだ。
高校からバレーボール始めた彼女は経験が浅く、かつ同時期にバレーボールを始めたのがあの立花優莉。
バレーボールを始めた当初の出鱈目なフォームでも最高到達点は3mだったというから、本来なら高い位置でボールを打ち抜く練習さえしていれば十分に戦える選手になれたのだ。ところが、比較対象が比較対象だったので自分程度の高さでは勝負できないと誤認してしまい、小技の習得にも熱心になって、かつ村井自身が器用で何でもすぐに覚えられたことで次々に技を覚えていった。
去年の春ごろはそれがかえって仇となり迷走しているように見えたが、少なくとも今の試合では的確に攻撃を選んでいるように見える。
一見スパイクコースが塞がれているようでもボール1個分の隙間があればそこをつく技術。体の向きからクロス方向に打つだろうというところからインナー、またはストレート方向に打つ技術。
ブロッカーの指先を狙ってブロックアウトを狙う技術。強打と見せかけてフェイント、あるいはロングプッシュに切り替える技術。そもそもトスが十分でなくともスパイクを打てるようにする修正技術。
もちろん、コート内の様々な場所に打ち分ける技術もある。
ただ単に力いっぱいボールを打つ立花優莉と違い――なお、立花優莉に限って言えば力いっぱい打てば必殺の一撃になるのでそれで正解――村井玲子は必要と状況に応じて様々に打ち分けることができる。
これを力勝負ができるスパイカーがやってくるのが恐ろしい。
南田東高校もそれはわかっていたはずだ。
にもかかわらず、村井にここまでやられているのは――
(時間不足やろうなあ)
同じ私学校を率いる監督として大友監督は南田東高校の指導関係者に同情した。南田東高校の春高過去5年の実績は2回戦敗退、ベスト16、2回戦敗退、ベスト8、ベスト16。全国大会では1回か2回は勝てる、ベスト4以上は厳しいくらいの実力である。恒常的に春高本選に出場するためには毎年良い選手を獲得する必要がある。
そのための材料として『春高に〇年連続で出場してます、毎年1~2回は勝てるんですがあと1歩足りません。あと1歩を埋めるために君の力が必要なんです』などと口説けば有力選手も集めやすかろう。
ゆえに南田東にとって初戦はこれまでも大切で今回も大切な一戦であり対策は練ってきたはずだ。その成果はばっちり出ている。魔球サーブでないとはいえ、プロの男子並みの強烈なサーブを打ってくる立花妹に対し、1本もサービスエースを許さなかった。
審判によっては見過す、微妙なところでボールを持ったの反則を松原女子が取られるまでの6本、全てレシーブして見せた。
その後の立花姉の妹とは違った意味で強力なジャンプフローターサーブもAパスではないが全てレシーブして見せている。
松原女子の若い女監督が公言している『サーブで攻めるチーム』に対し、明確に対応して見せた。惜しいのが対策できたのはそこまでで、村井への対策が十分でなかった。ひょっとしたら立花優莉のスパイクは無理でも村井のスパイクなら特に対策なく止められると過小評価していたのかもしれないが。
いくらプロの男子並みと言ってもサーブはサーブ。ネットから最短でも9mも離れたところから打つのだ。
それと比べれば人類女子の範疇とはいえ、目の前、ネット付近で打つスパイクの方がよりレシーブの難易度は上回る。
(まあ、南田東さんの気持ちもわからんでもないけどな。な~んか、急にあの3番うまくなった気ぃするわ)
大友監督から見て村井の多彩な攻めはそれ自体だけなら特別目新しいことではない。半年前の6月、ひょっとしたら1年前の春高でも出来たような技ばかりだ。
村井の欠点というか弱点は経験が浅い割に、器用で運動センスもあったことから多彩な攻撃方法を習得してしているが、その中で最適解を出せず、いいように相手守備に誘導されるという点だった。それが南田東相手には相手の意表をうまくつける様になったように見える。
(なんかつかみよったな)
技術の成長過程は坂道状ではなく、階段状でかつ1段1段高さが異なる、が大友監督の持論である。技術的な壁は人によって異なる。ただ、その障壁となってる壁を乗り越え、階段を1段上がると場合によっては大きく成長する場合がある。
おそらく村井は長く詰まっていた技術的難所をようやく乗り越えたのだろう。厄介なことだとは思う。直近だと先月のあの合宿だろうか。普段一緒に練習しない同世代の選手との練習で何かをつかんだ可能性は十分にある。しかし何かをつかんだのは何も村井だけではない。
金豊山では特に栗田と久保田が大きく成長して変わった。まだ精神的に未熟な高校生。変わるときは一気に変わるのだろう。
今出来ることは――
「池端。よう見とけ。ワイらが松原女子さんとやるときはお前が3番のスパイクをどれだけ拾えるかで決まるんやで」
「はい」
南田東の頑張りを無駄にせず自分たちの糧にすること。これしかない。
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「やっぱりっていうか。去年もやってたんだし、そりゃ出来るよねえ」
レフト一辺倒と見せかけてライトから鮮やかなDクイック速攻。11月の春高県予選では見られなかった、しかし1年前の春高では見られた松原女子の攻撃だ。
これで21-1。20点差となれば第1セットは決まったようなものだよね、とさらに言葉を続ける。そんな雑談をするのは去年松原女子に春高準決勝で敗れた恵蘭高校の面々。
「まあ、あの7番が今年もチームの柱みたいだしね」
「1か月前は試合に出れないほどの怪我だったのに元気いっぱいですね」
「無理してるんじゃない?市販薬にも痛み止めだってたくさんあるし」
明らかに県予選の時よりチームとしての動きが良くなっている。それもこれも主将がコート内にいることが大きいのだろうと恵蘭高校の選手たちは判断している。
実際、観客席からは聞こえないが身振りからも7番があれこれチームを指示し動かしているのが察せられる。あの7番自身もなかなか良い選手である。レフト2枚がぶっ壊れているので不気味なほど過小評価されているが身長168cm、最高到達点294cm、左利きという特徴は全国でも屈指で十分に戦える武器を持っている。そして明確にレフト2枚と比べて劣るからこそ、7番がライトから攻撃することに価値がある。
村井のスパイクを止めるのは難しい。しかし、都平の攻撃なら止められそう、だからこそ都平が打ってくる時がチャンスだ、ここでボールを拾えば――
などと考える。考えてしまう。だから7番がおとりで走りこんだ際にブロッカーが、レシーバーが釣られてしまう。ただでさえ攻略の難しい3番へのマークが甘くなる。
3番がここまで大暴れしているのは、金森や7番がボールが上がってこなくても腐らず囮を実行し続けているためである。
なにより――
バシンと体育館中に轟音が轟いた。
松原女子の2番手サーバー立花姉のサーブをAパスで捌き、南田東が速攻で攻撃、ボールはブロックにはじかれ、高くルーズボールになってしまった。
松原女子ははじかれたボールに何とか追いつきボールを拾い、セカンドタッチで自コート中央にボールを返す。
……バレーボールの常識ならここは何とか返すのが精々のところ。精一杯頑張って、山なりボールで相手のコートの奥深くに返すなどの嫌がらせが関の山だろう。
ところが、松原女子はここから絶対エース立花妹がただ高く上がっただけのボールをバックアタックで南田東のコートにボールを突き刺した。
そのボール速度は間違っても女子バレーボールで出してよいものではない。ここまで打数は少ないが、4番の理不尽な一撃は一打ごとに南田東の戦意を削ぎ、動きを悪くしている。
22-1
南田東の得点が1に張り付いたまま、松原女子は22点も積み上げていった。
(今のところ、バレーボールの常識なら南田東の点につながるところだったのに……)
村井玲子、立花優莉と共に先月の合宿に参加した保富慶子は目の前の理不尽に不満を漏らした。
今年度の恵蘭高校バレーボール部は決して弱くない。
なんならインターハイは、フルセットの末敗れたとはいえ2位、国体は県代表という面もあるので純粋な高校ナンバーワンを決める大会ではないとはいえ、こちらも決勝で大阪代表の実質金豊山に敗れ2位。
夏秋ともに全国2位で実績で言えば優勝候補に挙げられてもおかしくないが、前評判は悪い。
それはひとえに優勝候補筆頭の松原女子との相性が悪すぎるからである。
先ほどのシーン。高校女子バレーボールの常識ならあそこからバックアタックを打っても大した威力にはならず、そもそもバックアタックを打てるかも怪しい。
なので緩く返ってきたボールから再度南田東が攻撃をするシーンであり、恵蘭でもそうなるであろう。
ところが返ってきたボールはとてもレシーブできそうもない強襲打。本来南田東の得点につながるところが松原女子の得点になってしまった。
こんなシーンはこの試合何度もあった。立花妹だけでなく村井も悪球打ちが得意で、コート内でボールが高く上がってさえいれば、強引に強烈な一撃に変えて相手コートに返せてしまう。
なので中途半端な攻撃は無意味。松原女子と試合をするときは一撃で相手から得点を奪えるような強烈な攻撃パターンを持っている高校でないと太刀打ちできない。
夏2回戦敗退の桜山が松原女子の対抗として挙がっているのもエースの強烈な一打でラリーをすることなく点を取れるパターンを持っているからである。
これに対し、恵蘭は繋いで拾って粘り勝つチームであり、相手から強引に1点をもぎ取るような攻撃力には乏しい。
今年度の対戦実績こそないものの、はっきり言って恵蘭と桜山が戦った場合、自分たちの方が勝つ、くらいの自信がある。
金豊山相手だってそうそう負けない。
しかし、松原女子相手となると決定打に欠けるため、優勝候補に入れてもらえない。
仲間と自分たちならどう戦うかを話している間にも松原女子は23点目、24点目と着実に点を重ねていく。
『最後はエースの強烈なバックアタック!第1セットは25-1で松原女子高校が先取しました』
そして第1セットは松原女子が南田東を圧倒して終えた。
春高 1日目 1回戦
松原女子高校 VS 南田東高校
25-1
補足:
Q.1 優莉ちゃん、前に松原女子のユニフォームをかっこいいって言ってなかった?
A.1 優莉ちゃんの衣服のセンスは壊滅的で自分で選ぶと上から下まで真っ黒になります。一人称小説あるあるのトリックで優莉がかっこいい、といっても本当にかっこいいとは限りません。
Q.2 じゃあ反対に優莉ちゃんが嫌がっていたフリフリな服って客観的にはどんな服?
A.2 多少少女趣味に走った服ではありますが、ごく一般的な店で売っている衣服なのでローティーンが着る分にはそこまで変な服ではありません。涼香、美佳、陽菜の3人は年齢の割に発育が良すぎて自分たちには合わない、でも当時着てみたかった衣服を当人たちは120%の善意で優莉に買ってあげたにすぎません。




