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060 春高初日(まじめ)

1話にしようと思ったら長すぎたので2話分割の2話目

=======

 春高初日 第1試合開始直前

  春高本選会場 メインアリーナ Aコート周辺

=======

「監督。サーブ権を取れました」


 キャプテンだけが召集される試合開始前のコイントスで明日香は見事サーブ権をとってきたようだ。


「幸先いいな。よし。みんな集合」


 佐伯監督の集合の言葉に合わせ「はい!」という威勢のいい返事と駆け足で監督のもとに向かうという如何にも運動部らしい行動をする俺たちバレー部員。

 

 みんなたった数時間前までホテルでだらりとしていたのだが、バスに乗車、会場に到着、開会式、公式ウォームアップと段階を経るにつれ、顔つきが変わっていき、今ではぴしっと引き締まった顔になっている。

 特に明日香はちょっと前まで一晩経ったファーストフードのポテトよりふにゃふにゃだったのに今では揚げたてのきりっと感が漂っている。多分端っこでつまんでも途中で曲がったりしない感じだ。

 

「これから春高の初戦が始まるけど、バレーボールをやるということはいつもと変わらない。確かにいつもの練習と違って観客がいるけど、それ以外はいつも通り。床材は私たちにはなじみのタラフレックスで、むしろほかの体育館の板材より慣れている。ネットの高さはいつも通り220cm。コートの広さだっていつもと同じ相手も味方も9m×9m。ルールも変わらない。ボールは持ってはいけない、スリータッチ以内に相手コートにボールを返す。これもいつも通り。やれることも変わらない。いきなりうまくなるわけでもない。だからいつも通り、いつものバレーをする。じゃあ、いつものバレーって何?サーブは失敗を恐れず強く打つ。ボールが返ってきたら声を出す。自分のものだと思ったら名乗りを上げる。仲間のボールだと思ったら相手の名前を呼ぶ。お見合いは勿体ない。どうせ失敗するならやって失敗する。いつもの私たちのバレーをする」

 

 この手の話で佐伯監督は常に『いつも通りのバレーボールをしよう』と言い続けている。この点はぶれない。

 

 良く言えば横綱相撲で、相手が誰だろうとどれだけ研究されようと戦い方は変わらない。悪く言えば相手に応じて臨機応変に戦術を変更するなんて器用な真似ができない。

 

 なおもいつも通り、練習でやっていることをやろう、いきなりスーパープレイはできない、だから落ち着いてやろう、さあ初戦だ、頑張っていこう、と言ったところで最後に明日香に号令を促す。

 

「わかりました。それじゃみんな、集まって。――松原『()()』、ファイ」

 

「「「「「「「オー!!」」」」」」」


 ……いやまあどこだってやっている号令だし。校名+ファイトオーなんてどこでもやっているし。

 

 精神はともかく、体は生物学上間違いなく女性であるし、最近だと性別欄に『女』って書いたり『2.女性』の方に丸を付けたりするのも何も考えることなく、迷うことなくできる。

 

 学校がある日は左前ボタンのブラウスを寝ぼけた頭でも着れるし、制服がネクタイではなくリボンだって気にしなくなっている。

 

 生理用品も最初はなんでこんなにたくさんあるのかわからなかったし、そもそも買いにくかったが、今では自分で考えて用途に応じて複数種類買いそろえることが当たり前になっている。

 

 トイレも青いほうでなく赤いほうを自然に選べるようになっている。

 

 なにより今着ているユニフォームだって前にも背中にもばっちり松原『()()』って書いてあるんだから今更気にするなってことだ。

 

 ……逆に考えるからいけないんだな。考えないようにしよう。

 

=======


 ちょっと精神的にきた話を忘れて春高の話をしよう。

 

 まず春高本選の組み合わせは毎年12月上旬に抽選会が行われ、その際、同年度のインターハイで優秀な成績を残した高校にシード枠が与えられる。今回の場合はベスト4以上の姫咲、恵蘭、龍閃山、金豊山の4校だな。

 

 その内、姫咲は春高県予選で敗れたのでシード枠を失った。なお、宙に浮いたシード枠を県予選で姫咲を破った松女(俺たち)に、なんてことはない。

 

 宙に浮いたシード枠はそのまま抽選枠に回った。


 で、その抽選の結果、明日香曰く「シード枠の金豊山と恵蘭以外で強いところは全部トーナメント表の私たち側に固まっている」とのことだ。明日香だけでなく、バレー経験の長いユキ、翼ちゃんからも「トーナメント表を半分にしたとき、前回は私たちのブロックで強豪校は恵蘭くらいだったけど、今年はその反動で強いところが私たち側に偏っている」「私は明日香先輩のように他校の実力を把握しているわけではありませんが、高校女子バレーボールで有名な高校がトーナメント表の私たちのブロックに集まっています」という話があったからそうなのだろう。

 

 ちなみに初戦の相手は南田東(なんだひがし)高校という高校だ。南なのか東なのかどっちなんだという校名だが、調べると面白い由来があった。

 

 ほんの150年ほど前の江戸時代、より正確に言ってしまうと江戸時代を超えて明治6年まで日本では石高制を布いていた。つまり150年前まで日本ではどれだけ広いか、とかどれだけ人が住んでいるか、とかではなくどれだけお米が取れるか、が土地の価値だった。

 ただ、稲作は温暖な気候、豊かな水源、平坦で水はけが良すぎず悪すぎない土地なんかの条件が揃っていないとできないものである。南田東高校周辺も水の確保が難しく田圃を作るのが難しいことから元々は難田(なんだ)と呼ばれていたらしい。その後、時代が変化していく中で「難しいという字は縁起が悪い」ということで南田(なんだ)になり、さらに今の南田東高校を開校するにあたってすでに南田高校が周辺にあり、南田の東の方であったことから南田東高校になったらしい。


 校名の由来はバレーボールに関係ないので本題に入ると南田東高校はすごい高校だ。

 

 

 春高パンフレットの出場校一覧には春高での出場履歴がある。3年連続17回目とか10年ぶり回目とか初出場とかな。で南田東高校はなんと17年連続17回目。

 

 どんなに優秀な選手でも3年で絶対に抜ける高校スポーツで今の高校1年生が生まれる前からずっと全国大会に出場できるほどの強さを保ち続けているのだ。

 

 17年もあれば多少なりともバレーボールの世界でも戦術の変化があったはずだが、それにも柔軟に対応してここまで来ている。弱いはずがない。

 

 そんな南田東高校と戦う俺たちのスタメンはこんな感じだ。

 

 

      ネット     

  ――――――――――

   FL FC FR 


   BL BC BR 

  ――――――――――

    エンドライン


 FL:村井 玲子

 FC:金森 翼

 FR:立花 陽菜

 BR:立花 優莉

 BC:円城寺 英子(有村 雪子)

 BL:都平 明日香

 

 ※翼と英子は後衛時にユキと代わる

 

 サーブローテ

 

  優莉 → 陽菜 → 翼 → 玲子 → 明日香 → 英子 → 優莉

  

 

=====

 お互いにエンドラインに立って笛の合図とともに両チームから『お願いしまーす』の声とともにネットに駆け寄る。試合開始前の握手だ。

 

 ……通常、相手主将や主審と握手する明日香と違って普通の選手はせいぜい1~2人と握手しておしまいなのだが、それなりに有名な俺にはそれ以上の選手が俺に握手を求めてきた。

 

 それ自体はいいんだけど、長身が正義のバレーボール。しかも相手は全国大会に出場できるほどの強豪。相手選手は――なんなら相手リベロも――俺より背が高くちょっともやった。 

 

 いかん。癒しを求めないと……

 

「??優莉。私の顔になにかついてる?」


「ついてないよ。ただ、ユキには今日もたくさん助けてもらうんだろうなあって考えてた」


「助けてもらうのは私も一緒」

 

 ……周りが俺より背が高い女ばかりの中で背の低いユキを見ることで精神的安定を得ていたんだが、それをバレーボールのことだとユキは誤解しているようだ。

 

 訂正してもむなしくなるだけなのでここは黙っとく。ごめんユキ。

 

 代わりに右のこぶしを突き出す。そうするとユキもなれたものでグータッチで返してくれた。本当にいい子だ。

 

 ボールを受け取り最初のサーブを打つためにボールの空気圧を確認しつつ自コートのエンドラインに向かう。

 

 

 サーブを打つために相手コートを見ると、特にビビった様子の選手はいない。

 

 予め聞いていたとしても公式ウォームアップで俺の高さにビビって萎縮する選手が出ることもあるんだが、その様子がない。

 

 ……これでサーブで狙う先が1つ減ってしまったわけだ。

 

 サーブでもスパイクでも狙う先はお決まりがある。第1は人のいないところ。まあそりゃそうだってところだな。とはいえ、相手も身構えている状態から始まるサーブで相手のないところ、なんてのはない。相手守備陣もいい感じに散開し、隙がない。

 

 

 となると第2のお決まり。守備の隙間をつく。


 先ほど人のいないところを狙う、でもそんなところないと言ったが、それは相手選手がそれぞれの想定守備範囲を守れた場合にはない、という意味だ。自陣コートは縦横ともに9mであり、その全域を6人で守ろうとするなら多少動くことを想定して守備範囲を決めなければならない。決めなければならないのだが、ここで最初の『ビビって萎縮する選手』がいたりすると想定の守備範囲を守れずそこが守備の隙間になる。あとは単純に選手と選手の間を突くととっさにどちらのボールが判断できずお見合い、もしくは譲り合わず選手同士がぶつかる、なんてこともある。

 

 今回はこの第2の守備の隙間をつく、という手でまずは攻めるか。


 笛が鳴り、一息はいてからスパイクサーブを打つ。

 

 こっちの方がコントロールができるし、こっちでも十二分に高校女子バレーボールのレベルどころか男子プロでも通用するレベルだしな。

 

 ――のはずなんだが、ノータッチエースどころかサービスエースを奪うことが出来ず、くらいついてという形だがレシーブされた。ファーストタッチは乱れたがセカンドタッチでリカバリ、強打ではないが最後をネットより高い位置から軟打でこっちに返してきた。

 

 これは――

 

 「はいはーい」「優ちゃん」「優莉」「優莉先輩」

 

 自コートから様々な声がかかるが全て俺の名であり、俺も名乗りを上げる。イージーボールだが間違いなく俺からちょっと離れた、俺の守備範囲にボールが返ってきた。

 

 まあこれくらい捌けるさ。

 

 アンダーで拾ってセッターへ。こちらの攻撃だ。

 

 

 こっちの前衛は玲子、陽菜、翼ちゃん。返球位置的にツーアタックも狙えるし、速攻も狙える。セオリーだと中央速攻(Aクイック)かな。

 

 翼ちゃんもそれ前提でファーストテンポで助走に入っている。


 で、陽菜(セッター)が選んだのは――

 

 玲子(レフト)からのセカンドテンポによる攻撃。

 

 これが決まり1-0。

 

 

 ……やはり南田東高校は強い高校だ。

 

 どう見てもあそこは翼ちゃんが打つと思うようなところだし、セオリーもそうなっている。

 

 だからこそ陽菜はあえて常道を外してレフトからの攻撃を選んだ。

 

 これに対し、南田東高校のブロッカーは翼ちゃんにつられることなく玲子にきっちり3枚ブロッカーをつけて見せた。

 

 スパイクコースも一見完全に塞いでいるように見える。まともに考えれば確実に南田東高校がこちらを上回ったのだ。

 

 となるとブロックでこぼれたボールをこっちが拾うとかブロックで弱ったボールを相手が拾って今度は強打で攻撃される、という展開になるはずなのだ。

 

 が、ここで玲子が超技術を発揮する。

 

 一見完全にスパイクコースを塞がれたように見えるところを玲子は自身の肩の柔軟性を活かして相手ブロッカーの内側を突くインナースパイクを決めて見せたのだ。

 

 

 ……あれ、バレーを知っているほどあり得ないんだよな。ちょっと前の未来の全日本代表を探す高校生向け合宿でも全国から集まったエリート女子高生バレーボーラーから総じてすごいと評されてた。

 

 まず完全にあそこはクロスで打つフォームだった。南田東高校もそう思っただろう。ところが玲子はそこからスパイク時に腕を振り下ろす際に強引に体の外側に振り下ろし相手ブロッカーの内側を突いた。

 

 玲子のあれを知っているならブロック時にほんの数センチさらにネットに近づくとか腕を通常より気持ち前に出すとかで止められる。

 

 もちろん、ネットに近づけばそれだけネットタッチの反則を取られるかもだし、ブロック時に腕を前に出しすぎるとオーバーネットの反則を取られるかもしれない。

 

 そうしたリスクを考えて強いところほど、先ほどの南田東高校のようなブロックをする。普通の選手はあそこからあの角度でインナースパイクなんてできないからな。

 

 間違いなく、ちゃんと南田東高校は強い。

 

 

「玲子、ナイスキー」


 次のプレイが始まる前のほんのちょっとの間で、チーム内で話をする。精々一言二言しかかわせないけど。

 

「ありがとう。でも今のは陽菜のトスが良かったし、その陽菜がいいトスを上げれたのは優莉のレシーブが良かった。私一人の手柄ではない」


 ……これである。玲子、善人過ぎるだろう。

 

 さて、南田東高校はどうやら王道の強さを持っているようだ。ならば――

 

「優ちゃん。次のサーブなんだけど、速いボールを前に落として」


 さらっと言い放つのは明日香。間違いない。今ここにいる明日香はテストの結果におびえるあんぽんたんでも、試合開始前に俺が知り合った男性アイドルを紹介したときの目をハートにしていた脳みそピンク色ハッピーセットでもない、冷徹なバレー戦士だ。

 

 昨今、女子バレーでも筋力が重要視され、速いボールのやり取りが増えている。

 

 しかしそれでも女性である以上、男性ほどのパワーは出ないし、身長だって低い。

 

 なので220cmの高さを越えつつ、強いスパイクサーブを打とうとする場合、打点、角度的にネットから3mの位置にあるアタックラインより奥にボールが飛ぶことになる。

 

 が、規格外の高さを誇る俺のスパイクサーブならアタックラインより手前に速く強いサーブを打つことができる。

 

 これに対し、王道を外れたところを攻めれば案外もろいのでは?というのが明日香の考えだ。

 

 最初のワンプレーで相手を見抜き、冷静に弱点を攻めるよう指示を出す。これがいつものふにゃふにゃ明日香とは到底思えない。いや、前からバレー関連だけはしっかりしていたか。

 

 明日香にうなずき返し、次に備える。

 

 やはり笛が鳴ると同時にサーブトスを上げる。

 

 ――今度はコートの手前だ。こんなボール、普通飛んでこない。これに対応できるか?

 

 しかし、これに対し南田東高校は前につんのめりながらボールを何とか拾って見せる。といってもボールはレシーブの勢いそのまま、ネットに飛んでいった。

 

 そして、ネットにあたって勢いが弱くなったところをフォローで拾って最後は山なりボールで返球してきた。

 

 返球場所は――

 

 「優ちゃん!」

 

 また俺?

 

 今の俺は後衛だからとりあえずコートの奥に返しました、ってか?

 

 こんなイージーボール、簡単に捌ける。

 

 オーバーで対応し、陽菜(セッター)へ。さっきは体勢的に難しかったが今度は俺も攻撃に参加できる。

 

「陽ねえ!ラスト。バック!」

 

 陽菜に後衛速攻(パイプ)用トスを要求する。

 

 レフトからは玲子が、中央からは翼ちゃんがボールを要求する。

 

 連携が稚拙と言われる俺たちだってファーストタッチがこれだけきれいに決まってコート動線が乱れていないなら同時(シンクロ)攻撃ができる。

 

 

 陽菜(セッター)はここで玲子(レフト)を選択。

 

 どう考えてもクロス方向に打つだろってフォームから今度はライン際ギリギリのストレート方向へのスパイク。

 

 しかしこれを南田東高校は拾って見せた。

 

 が、玲子の強烈な一撃は南田東高校にAパスを許さず、そのままこちらにボールが返ってきそうだ。

 

「玲子!ダイレクト!」

 

 そのまま打って返すべく明日香が指示を出すが、相手もなかなか。

 

 そのままではネットを越えようとするボールに手を伸ばして片手でワンハンドトス。これに合わせて相手スパイカーが普通に打ってくる。

 

 

 しかも玲子はダイレクトで打つべく飛んでいたいからこれにブロックが間に合わない。

 

 ブロック素通りでボールが飛んできたのは――俺のところ???

 

 真正面であったからレシーブ自体はさほど難しくない。

 

 

 が、先ほどから俺狙いのボールが多い。

 

 

 これもバレーボールでは王道の作戦の1つだ。

 

 

 サーブでもスパイクでも狙う先はお決まりがある。

 

 

 相手のいないところ、守備の隙間、単純にレシーブが下手な選手のところ、多彩な攻撃を封じるためのファーストタッチをセッターに取らせるという戦術。そしてファーストタッチをエースに取らせて牽制し、最後の攻撃に参加させないエースつぶし。

 

 ……どうやら南田東高校は俺に攻撃させないよう立ち回るようだ。さて、どうする?

 リアルの春高、めっちゃ楽しみです。そして春高関係で1点。すでに感想欄でご指摘いただいていますが、春高のシード権は同年度のインターハイの結果ではなく、前回春高の結果で決まります。

 そのため、前回準優勝校の松原女子高校は本来シード枠だったのですが、私が春高のシード枠は同年度のインターハイの結果だと誤解していたので本作のようになってしまってます。申し訳ございません。

 

次回予告

 大エース立花 優莉を攻撃に参加させないようにエース牽制策に出る南田東高校。

 これに対し、松原女子高校がとった作戦とは?

 果たして松原女子は勝つことができるのか?

 

次回 

 松原女子高校大勝利!

 春高2回戦へレディー・ゴーッ!!

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― 新着の感想 ―
つい先月にNHKで放送してた大富豪同心スペシャルにでてた嵐莉奈さん、雰囲気が華奢で程よいミックスでユウちゃんに近い雰囲気、ユウちゃんと思って妄想します
うわ、更新気づくの遅れた! 更新ありがとうございます!
 いや、タイトルでオチ言ってますやん(^^)  てか、Gガンダムか…
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