059 春高初日(ゆるめ)
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春高初日 早朝
松原女子高校バレー部員が宿泊しているホテルのロビー
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「――朝ごはんもすごかったですね」
「昨日からずっと思ってますけど、本当にこんないいところにタダで泊っていいんですか!」
「私、運動部が部活で泊まるようなところってもっと雑に大部屋に10人くらいどーんと詰め込むようなものだと思っていたんですけど、ここは部屋もすごくきれいでしかも2人で一部屋、寝具も布団じゃなくてお高そうなマットレスのベッド!全国大会ってすごいですね!」
「そんなことないから。今年が特別おかしいだけだからね。去年はもっとしょぼいところだったし、部屋も部員は8人まとめて一部屋だったから」
「食事は去年もすごかったけど、今年はもっとすごいしね」
朝から元気いっぱいの後輩たちに俺と陽菜が今年が特別だとくぎを刺した。
春高が開催される東京の体育館は俺たちの地元からかなり離れており、朝から行われる開会式に余裕をもって参加しようと思うと公共の交通機関では前泊しない限り間に合わない。
また、前日には開会式のリハーサルも行われるということもあって、俺たちは昨日から都内のあるホテルに泊まった。
そしてこのホテルがすごい。
一泊数十万円とかするような高級ホテルではないが、間違いなく運動部の外泊で一般的な高校生が泊まるような一泊数千円のところじゃない。
よくあるであろう、実際去年はそうであった大部屋に何人も詰め込んで、というものではなく一部屋に2人という贅沢構成。余談だが、俺の部屋相方は陽菜。
各部屋には風呂トイレ洗面台がそれぞれ別に用意されているうえに、洗面台もそれなりに広い。おかげで今朝は、陽菜と喧嘩せずに身支度が整えられた。
駅からややはずれたところにあるとはいえ、十分に徒歩圏内で都内であること、朝と夜に食事が出ることを考えると一泊あたり一人安く見積もっても2万円くらいにはなるのではないか。そしてバレー部員は16名。引率についてきたのは顧問の佐伯先生他、上杉先生と田島先生の計3名でバレー部員と合わせると19名。部員は2名1組で1部屋、男性教師も2人で1部屋、佐伯先生だけ1人部屋という部屋割りだ。
多分費用は関係者全員合わせれば一泊あたり合計40万円は少なくともするはず。最後まで勝ち抜けば5泊するわけでそうなると合計200万円。
宿泊費だけでシャレにならない金額だ。このほか、当然ながら交通費や保険料等お金が色々かかるはずなのだが、寄付金でまかなえたとかでなんとバレー部員の負担金は0円。
今年は俺が日本代表として世界選手権で活躍したことで去年以上の寄付金が集まったらしいが、いったいどれほどの大金が集まったのだろうか?
部屋だけではない。設備も充実している。ホテルのキッチンが良いものなのか、夕食に出てきた料理はご馳走という意味ではなく、栄養面で良い料理が出てきたし、朝食も「アスリートの体を考えて作ってます」的な意味ですごいものが出来てた。
……これも余談だが、朝食に俺がいつぞやのインタビューで答えた納豆がメーカー含めて同じものが出てきてビビった。
また、宿泊客向けに無料で使える洗濯機と乾燥機の一体型ドラム式洗濯機がおいてあるランドリーコーナーもある。
おかげで今年はコインランドリーに行かなくても試合が終わった後に翌日に備えてユニフォームを洗濯できる。
なぜこんなすごいところに泊まっているというか泊まらなくてはいけないかというと、高い有名税を払うことになったからだ。
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自慢するようだが、いい意味で俺、立花優莉の知名度は高い。バレーボールという日本でそれなりにメジャーなスポーツで日本を世界一に導いたエースということでそれこそ10月の世界選手権直後はすごかった。あれから2か月以上経った今も人気はあるようで、ほんのつい先日の年末年始特番 (まあ収録自体は11月とかにやったのもあるけど)でも俺が出たところが好評だったとかで、次も一緒にどうですか、という連絡が早くも来ている。
時系列は前後するがそれだけ人気のあった俺が県予選とはいえ公式戦に出るということで、11月の春高最終予選は高校生の地方大会で使うにはもったいないくらい設備の整った体育館が選ばれ、これまた高校生の地方大会とは思えないほどの警備員を手配した上で開催された。
……んでここまでやってようやく観客を大きなトラブルなくさばけた、というくらいの人が集まったのだ。
そして集まった人は気が付いたはずだ。
――あれ?立花優莉のいる松原女子高校って可愛くておっぱいの大きい子が多くね?と。
当の本人たちは全く気が付いてないがうちのバレー部は男の俺から見れば大変魅力的な子ばかりだ。ゆえに世間一般、特に男性がそう評価するのはわかる。ゆえにわざわざ現地まで足を運ぶ観客が増えるのもわかる。
ここまではいい。
どんな集合体であっても増えれば増えるほど平均値から良くも悪くも外れた奴が出てくるものである。それは増えた観客にも言えることで、悪い方に外れた中にはダメなことを考えるような奴も出てくる。
再び時系列が前後してしまうが、去年、前回大会の時点で松女バレー部はそれなりの知名度があった。単独では出場できず、バスケ部と合同でも登録選手枠を半分満たすのがやっという部員確保すらままならない中で県予選を突破し、春高に出場、ということで話題になった。
ただ、それは高校バレーを知っている人を中心としたものであって、全国区の知名度となる程ではなかった。それでも残念なことにわざわざ俺たちが泊っている宿まで、わざわざ松原女子高校関係者を名乗って侵入してきた人がいたらしい。『らしい』となっているのは気づいた時点で上杉先生 (こんな時は男でないと追い返せない)が追っ払い、俺達には直接どうこうはなかったからだ。
去年ですらそうなのだ。
今回は一時期毎日各種メディアに出ていたバレーボール女子日本代表で一応エースだった俺がいることで去年とは比べ物にならないほど注目度が上がり、それはすなわち、変な奴もより近づいてくる可能性が高いということでもある。
……あまり愉快な話ではないが、ネットの世界で俺たちをちょっと……な方向で調べると、まあ案の定の結果にもなっている。
俺も男だ。気持ちはわかるよ。
だがそういうのはこっそりやってほしいものだ。匿名でも不特定多数の人の目にふれるようにしないでほしい。
とまあそんな事情もあり、ゆえに宿もセキュリティが去年以上にしっかりしたところで、設備が整ったところが選ばれたわけだ。
これ以外にも去年と比べ制限がいくつかある。
例えば去年は開会式のリハーサル後に宿近くの公立中学の体育館を善意で借りて最後の簡単な調整練習が出来たが、今年はそれをやると俺たち自身がどんなに気を付けようと貸した学校側に迷惑をかける可能性が高いので中止となった。
例えば去年は夜間にちょっと気晴らしにその辺を走ってくることが出来たが、今年は防犯上の理由で禁止。何ならホテルから出るな、とまで言われている。
あとは部屋に備え付けの風呂だが、正直164cmの俺でも手狭に感じる広さでしかない。俺より背の高いほかの部員はもちろん、そもそも一般成人男性の平均身長が170cmで、その成人男性だって体育座りでないと湯船につかれない。
これだけ立派なホテルでそれは片手落ち……ではなく、個室の手狭な風呂以外にそもそも立派な大浴場が男女別で用意されている。
ホテルとしては広い大浴場で疲れを癒してください、ほかの方の視線が気になる方は手狭ですが各部屋にお風呂を用意しましたのでそちらをお使いください、といったところなのだろう。
で、この大浴場は本来チェックイン後はいつでも使える、というはずなのだが松女バレー部員限定で使用時間に制限がかかった。
なんのことはない。わざわざ俺たちが使える時間を1時間に限定し、その間の大浴場は松原女子高校バレーボール部部員専用にし、その前にはスタッフと佐伯先生自らが脱衣所を含めてカメラなどがないか徹底的に調べるとのことで実際、昨日もそうだった。
いやいや男女で1日ごとに風呂を交換しているとかなら前日に隠しカメラを設置するとかわかる――え?女同士で盗撮とかするの?うわ……てなことで、俺たちが泊る間はずっと大浴場はそのようにするとのことだ。まあ一般宿泊客のふりして一緒に入ったらその人がどこかのメディアの記者でした、なんてことがあり得るくらいには迷惑なまでの知名度が俺にはある。正直、みんなごめん……
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とまあ高い有名税を払う代わりにこんないいホテルに自腹を切らずに泊まれるくらいの寄付金が集まったのだ。ありがたく使わせてもらうべきだろう。
なおも後輩たちときゃいきゃい話していると我らがあんぽんたんがため息をつきながら俺たちに近づいてきた。
「緊張してガチガチになっているよりいいけど、今日は春高初日、本番なんだよ。もうちょっと緊張感というか、人に見られてるって自覚はないの?特に優ちゃん」
まさかの言葉にびっくりする俺。いや。そんな変なところってあるのか?
身だしなみは朝確認したはずだが……
こういう時は身内ゆえに忌憚のない意見を言える陽菜に聞いてみるべきだろう。
「陽ねえ、私変なところある?」
「中身はいつも通り抜けているけど、外見もいつも通り可愛いよ」
「ん。ありがと。あと陽ねえの方が可愛いし、中身は抜けてるからね」
特に変なところはないようだ。……冷静に考えたら外では口うるさく変なことをするなという陽菜が言ってこない以上、変なところはないはずだ。
「いやいや!優ちゃんものすごいへんな服装だから!陽菜もみんなも優ちゃんの奇行に慣れないで!」
……失礼なことを言うやつである。俺のどこが変な服装だというのだろうか。大体、みんなとそう変わらないではないか!
今日は春高初日。おまけに開会式直後のAコート第1試合で試合をするから着替える暇はほぼない。ゆえに俺たちバレー部員はホテルから出る前の現時点でユニフォームを着ている。これで素早く試合に出れるって寸法よ。ただ、それだけだと寒いのでみんな上下のジャージをその上に着こんでいる。
陽菜や明日香、玲子なんかはまさにジャージ姿だな。
ただ、今は冬だぜ?寒いじゃん。ということでその上にさらに上下のウインドブレーカーを着こんでいる奴がたくさん――具体的には愛菜とか、ユキとか翼ちゃんとか――がいて、当然俺もユニフォームの上にジャージ、その上にさらにウインドブレーカーを着こんでいる。
……しかし寒いものは寒いのだ。というわけで俺はその上にさらに家でも愛用している私物の褞袍を羽織っている。
Japanese DOTERA
素晴らしい一品で逸品だ。
「ひょっとしてドテラのことを言ってるの?何をいまさら?去年だって宿にいたときはずっと着てたじゃん」
「陽菜は優ちゃんに毒されてるって。いい?春高で私たちは注目の的なの。変なことをしたら即、それが日本中に拡散されちゃうんだよ。昨日の開会式のリハーサル後、忘れたの?」
あー。昨日の話ね。
それは前からわかっていたことだった。
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陽菜は見た目だけなら満点の女だ。外見だけなら現役女子高生で陽菜より可愛くて美人な女子高生はいないと思う。男から見れば頑張ってお知り合いになり、あわよくば男女の仲になりたいと思うのも必然だろう。
なので俺は春高出場が決まってからずっと陽菜には自分が可愛いことを自覚しろ、バレー部でちょっと筋トレしてるからといっても女が男相手に力比べで勝つのは無理なので調子に乗るな、男は狼だ、男に誘われてもホイホイついていくなと滾々と言い続けた。
……だが、とても残念なことに陽菜は全然聞き入れる様子はなかった。
仕方ないので、春高開催中は俺から離れるな、と言明した。
陽菜は妹であり、妹は子分と同義である。しかし、子分だからこそ親分は子分を守らなくてはいけない。頭の痛くなる話だが、言っても聞かない困った奴でも妹は守らなくてはいけない。兄は大変だ。
するとそばにいろ、というのはあっさり陽菜に受け入れられた。むしろ離れるな、とまで言ってくる。しかし理由がおかしい。
曰く、私は優ちゃんの方が心配だという。
いやいや。俺に心配はおかしいだろう。
まず俺はたとえ相手がイケメンだろうとそもそも男に言い寄られても嬉しくもなんともない。ゆえに誘われてもついていくことはない。仮に力ずくで迫られても陽菜と違って俺は絶対勝てる。
そして俺も男からみればそれなりに魅力的に映るだろうが、陽菜の方が圧倒的に魅力的だ。近くに陽菜がいるのに俺を口説くのかって話だ。、
「そんなことないって。優ちゃんは嫌かもしれないけど私より優ちゃんの方がモテる」
……こいつはいったい何を言っているんだろう?
「そんなことはない。陽菜の方が絶対「あのさ、私のことは何て呼ぶんだっけ?」」
大事なところなのに人のほほを引っ張って遮ってくる。いやそれ重要?――などと答えたら陽菜がぶーたれるので仕方なく陽菜がほほから手を離すのと同時に「陽菜お姉ちゃん」と答えてやる。
「そう。いい?私がお姉ちゃんで優ちゃんが妹。これ大切だからね。じゃ、もう一回。私は優ちゃんのなに?」
……これ答えないとダメな奴なんだろうか。……まあ答えないと先に進まない奴なのは陽菜の兄を10年以上やっているからわかる。仕方ないので妹のごっこ遊びに付き合ってやる。
「お姉ちゃん」
「はい。よくできました。じゃ、反対に優ちゃんは私のなに?」
「妹」
「はい。今度もよくできました。もう2年以上だよ?いい加減なれなよ?私がお姉ちゃんで優ちゃんが妹。これ絶対だから。じゃ、優ちゃんの立場で復唱」
「陽ねえがお姉ちゃんで私が妹」
「もう一回。私は優ちゃんのなに?」
「お姉ちゃん」
「優ちゃんは私のなに?」
「妹」
「はい。よくできました。優ちゃん忘れっぽいから、これから毎日確認しよっか」
……陽菜、本当に拗らせてるな。話が進まないので適当にうなずいて、話を戻す。
「陽ねえ。よく聞いて。陽ねえの方か私より胸が大きい。もうこれだけで男相手には絶対的な強みだから」
とてもロジカルな話だ。
男は誰しも胸の大きな女性が好き。そして陽菜は俺よりブラのカップが2サイズ以上大きい。ゆえに陽菜の方がモテる。Q.E.D.
陽菜が何か言いたそうな顔をしているが、これが世の中の真実なのである。
そりゃほかにも顔とかもあるが、陽菜はそれもいい。
乳がでかくて顔もいい。
胸が大きくて尻もでかい。
πがどっかんでも腰はほっそい。
外見だけならなにこのパーフェクト超人?というのが陽菜である。中学の頃に彼氏がいなかったのが信じられない。
おまけに陽菜にはちょろそうな雰囲気があり、また普段周りに男が俺くらいしかいないせいか、男女の距離感が完全にバグっているという点もある。去年度もぼちぼち声をかけられたが、今年度の知名度を考えれば前以上に陽菜に群がることになるだろう。
だから警戒していたのだが――
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東京の体育館に着いた時間はリハーサル直前とはまでいかないものの、さほど余裕がある時間帯でもなかったのでリハーサル終了まで俺たちに声をかけてくる奴はいなかった。
が、終了後は予想通り、他校の特に男子選手が雲霞の如く俺たち――本命は隣にいる陽菜だろう――に群がってきた。
これに対して陽菜は
「ありがとうございます。明日も応援よろしくお願いします」
「私たち、団体行動中ですので個別のお話は断らせていただきます」
「ごめんなさい。みんなを待たせていますから、失礼します」
等々の塩回答&塩対応で煙に巻いて見せ、ささっと会場を後にした。
この間、陽菜は俺の手を握ったままで断りの最後には『ほら。優ちゃん。行くよ』で俺ごと引っ張って移動するほどだった。
……俺が威嚇する隙間なし!
というか陽菜のパーソナルスペースがおかしい。普段はびっくりするくらい狭いのに、あの時に声をかけてきた男連中にはやたらと広かった。
それを後から陽菜に聞くと苦笑しながら
「そりゃ優ちゃんみたいな女の子相手と声をかけてきたみたいな男の子相手とじゃ距離だって変わるよ」
と返された。
いや女の子って……
個人的に納得いかないところがあるが、陽菜がチョロくないなら、まあいい。
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話を戻すが明日香としては陽菜 (と近くにいる俺)は注目の的で昨日みたいに色々な奴 (主に男子)が声をかけてくるのだから終始気を付けていろ、ということなのかもしれないが、それを言うなら昨日みたいに陽菜は華麗にさばくだろう。
俺相手?隣に巨乳の陽菜がいるのに並乳の俺に声をかけてくる男はまれだろう。そんな外れ値を狙ってくる奴のことを考えるより目の前の奴の方が心配だ。
「私たちの心配より明日香も気を付けなよ。昨日の塩対応具合から陽ねえをあきらめた人は次に明日香を狙ってくる」
「え?私?ないない。優ちゃんや陽菜を狙うって」
「その私たちにというか陽ねえに追い返されたら次に誰に来るのかって話」
「それが私?なんで?」
……どうやらこいつも相当わかってないようだ。
「そりゃ胸が大きくて話しかけやすそうでチョロそうだから」
断言してやった。正しいことを言っているはずなのになぜか明日香は何言ってんだ?こいつって顔してるし、陽菜は言っても聞かないからなあというあきれ顔をしている。
「あのね、私、少なくとも陽菜達よりはしっかりしてるから」
「そんなことないと思うけど?」
俺が言おうとしていたことを陽菜に言われてしまう。
「正月特番でTV番組に優ちゃんが呼ばれたのは知っているでしょ。その時の話を優ちゃんから聞いたんだけど、明日香がファンだって言ってたTETSUYAが今日応援に来るかもって話だよ」
「え?ホント!」
明らかにさっきより高い声で素晴らしい食いつきを見せる明日香。ついでに目も心なしかキラキラしている。
あのさあ……
「ちょっと優ちゃん!それもっと早く言ってよ!わ、わ、わ。どうしよう。優ちゃん。声かけられた私も紹―っあ!」
語るに落ちたり。
心なしか一緒にいる1年生の笑留ちゃん達からも明日香には冷たい視線を送られているように見える。
「ま、これで誰がチョロそうなのかははっきりしたよね」
「ホント明日香って単純だよね」
「ま、待って!ずるい!今のはずるい!アイドルはずるい!」
俺と陽菜の当然の言葉になぜか反論する明日香。いやだから無駄だって。お前が一番チョロいんだよ。
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