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058 春高前日

松原女子高校バスケ部のウインターカップのお話を混ぜようかと思いましたが、異物なのでキャンセル。なお、そのウインターカップの結果は一回戦大敗で終わりました。

=======

 春高初日前日

  大会会場 体育館前広場

   第三者視点

=======



 全日本バレーボール高等学校選手権大会

 

 通称 春の高校バレー、春高バレー、春高などと呼ばれる高校三大バレーボール大会の1つであり、インターハイや国体と違い唯一バレーボール単独で開催される大会でもある。

 

 かつては高校野球と同じく、春の大会は3月に行われていたが、現在は正月の三が日明けかその次あたりから開催される。


 これに伴い、春の大会には3年生も参加できるようにルールも変更された。

 

 もちろん、すべての高校で3年生が卒業間近の1月まで部活動を行うわけではないが、スポーツを重視する高校は当然のようにここまで3年生が部に在籍し続ける。ゆえに実質、1年間積み重ねてきた練習の総決算、高校バレーボールでその年度の最強を決めるにふさわしい大会となっている。

 

 

 その春高バレーで今大会、ひときわ注目を集めているのが松原女子高等学校である。

 

 昨年は単独では人数が足りずバスケ部との合同参加で、それでも選手登録上限の半分となる8人を確保するのがやっとの状況。部員は全員が1年生で、しかもうち2名が高校からバレーボールを始めたという経験も浅く、長身が正義のバレーボールにもかかわらず一般高校生女子の平均身長を下回る選手が2名もいるという強豪校と比べると体格でも劣る圧倒的に不利な状況。半面、学業となると同校の成績上位陣は毎年国立最難関校大学に現役合格するのが当たり前で、しかもバレー部員の何人かはその高校で学年成績上位だという。こうした事情 (実際には加えて8人全員がそのままアイドルになれるのではないかと評されるほどの整った顔立ちもあった)が判官びいきの日本人にささり、準優勝という結果もあってか高校バレーボールとして大会前後でとても大きなムーブメントを起こした。

 

 だが、今年は違う。

 

 昨年の準優勝メンバーが8人中6人残り、特にエースの立花優莉は3か月前の世界選手権に女子日本代表として選手として参加。他の同世代より一足早く女子の全日本(・・・)代表に選ばれたばかりか、その中でもエースとして日本を沸かせ、日本を世界一に導いたスタープレイヤー。その他の5人も昨年より大きく成長し、さらに順調に新1年生も加入し、戦力増加。地方予選ではIH()の日本一、姫咲高校を倒しての春高出場。昨年はクジ運もあったことからスラングで言うところのいわゆる『ラキ珍』枠であったが、今大会では最有力優勝候補である。

 

 その松原女子高校バレーボール部の一団が体育館前に姿を現した。

 

 春高に選手登録できる選手数は12名+リベロ枠で2名の計14名。松原女子高校のバレーボール部員は16名なので2名は選手登録ができない。高校によっては選手登録できた部員とそうでない部員で東京着日をずらしたり、大会中の行動も大きく異なるようにする場合もあるが、松原女子高校の場合は余剰が2名なので一緒に行動してもそれほど負荷が増えない、なんなら登録できなかった2名専用のスケジュールを組むのが大変という事情もあり、一緒に行動している。松原女子高校バレーボール部員、総勢16名が部指定のジャージや人によってはウインドブレーカーを着こんで体育館のアリーナへ向かう。

 

 大注目の一団である。特にエースの立花優莉はバレーボール関係者なら誰も知る有名人である。ちょっと声をかけてみたい、そう思うのも無理はないのだが……

 

 その立花優莉の様子がおかしい。

 

 昨年の世界選手権で世界一、というのは日本中を巻き込んだ一大ブームを巻き起こし、しばらくは女子日本代表の誰かが大手メディアに出ない日などなかった。

 

 それが時間とともに落ち着きを見せたが、つい先日の正月特番で再び様々なメディアで登場した。

 

 特によく登場したのがチームキャプテンを務めた荒巻、長身リベロというバレーボールの常識を破壊した立花美佳、日蘭ハーフで197cmの長身を誇る津金澤、出生がちょっと複雑なこちらもハーフの立花優莉の4人。

 

 何せこの4人が揃うといろいろと面白い。

 

 チーム最年長の荒巻と最年少の立花優莉。

 

 チーム最長身の津金澤と最短身の立花優莉。

 

 守備の要にもかかわらず180cm近い立花美佳と攻撃の要にもかかわらず160cm半ばの立花優莉。しかもこの2人は異母姉妹。

 

 加えて立花姉妹は容姿も華やかでメディア映りもいい。

 

 そんな事情もあり、正月特番で艶やかな振袖姿でトーク番組に出演したと思ったら、運動に適した格好で体力勝負をしたり (これは特に立花優莉に多く、かつ相手が男性アスリートでも単純な力比べであれば互角以上の勝負になっていた)と様々な媒体で連日メディアに姿を現していた。

 

 出演したそのどれでも穏やかでニコニコとした表情を浮かべていた立花優莉が、春高が行われる体育館に姿を現した時はピリピリした雰囲気をまとわりつかせている。

 

 テレビ、新聞、雑誌、ネットメディアなどで春高について聞かれる都度に並々ならぬ思いを口にし、リップサービスでないとすると世界選手権は周りに助けられて自分の力で優勝したわけではない、今度の春高では、今度の春高でこそ、エースとして自分の力でチームを優勝に導きたい、と世界選手権以上の熱意を向けていると察することのできる発言ばかりだった。

 

 誰かが思った。今日は開会式のリハーサルで本番は明日から。しかもそのリハーサルも開始前で今は体育館前に向かう途中だというのに早くも本番を見据えているのか。流石日本のエース。試合間近となると雰囲気から違う。これが世界一になった選手か、と。

 

 

 なお、当の本人は

 

 ――寒い寒い寒い死んじゃう早く風が吹かない室内に行こうよ――

 

 などとしか考えていない。

 

 ピリピリとした雰囲気の正体はただ単に口を開けば寒いと連呼しそうなところを必死に我慢しているため、表情が死んでいるだけである。にもかかわらず、日本のエースという色眼鏡が大会に向けて早くも本気モードだと周囲を忖度させているに過ぎない。

 

 

 そんな話しかけにくい雰囲気の漂う松原女子バレー部の一団に突撃してくる者が1名。いつだって空気の読めない奴はいるものである。

 

「先輩!おはようございます(おざまーす)!あと明けましておめでとうございます!」


 大声を上げつつ、頭を下げつつ、すすっと器用に近寄ってきたのは桜山高校の近藤 樹里亜。

 

「近藤。おはよう。あと、あけましておめでとう」


「こんちゃん元気だね。ことよろ」

 

 松原女子の村井と立花優莉、桜山の近藤は昨年末に行われた高校生向けのプレ全日本合宿で一緒だったことで面識がある。そのため、2人が近藤のあいさつに返事をする形となった。

 

「私は元気ですよなんと言って「このおバカ!」あいた!」


 なおも話を続けようとする近藤の頭上に桜山の女子バレーボール部主将、藤堂の拳骨が落ちた。

 

「樹里亜!あんた高校生にもなって団体行動が出来ないの?監督もコーチも私も言ったわよね?これだけたくさんの人がいるから勝手な行動をするとまぎれて迷子になってみんなに迷惑がかかるって!聞いてた?聞いてないとは言わせないんだけど、理解できなかったの?」

 

 なおも怒りが収まらない藤堂ではあったが、周りからの視線――松原女子は周囲から注目されている中でのこの奇行、ゆえに目立つ――に気が付き、声色を変える。

 

「んん。村井!立花!10日くらいぶり!あと、あけおめ、ことよろ!」


「あけましておめでとうございます」


「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 藤堂もまた、昨年末のプレ全日本合宿に参加している。ゆえに知り合いの村井と立花に挨拶をする。これに対し、先ほどは相手が1年生ということもあり、軽く手を挙げて略式のあいさつで答えた村井と立花優莉であったが、今回は相手が3年生ということもありしっかりと頭を下げて言葉も丁寧にして返答している。

 なお、この返答とほぼ同じタイミングで「今更取り繕ってもおそ……っあいた!」「うっさい!もとは全部樹里亜が悪い!」というやり取りも行われている。

 

「開会式前から騒がしてごめんなさいね。ほら、ジュリア、帰るわよ」


「ちょっと待ってください!1分!1分でいいんで!」


 近藤を引きずってでも戻ろうとする藤堂に対し、待ったをかける近藤。これに対し、あぁっ?なによと言いながらも手を放す藤堂。

 

「智花さん、ありがとうございます。で、ここに来た理由は……いた!金森!」


 松原女子の部員の一人、同じ1年生の金森を見つけると近藤は指をさして宣言する。

 

「去年の全中の借り、1年分の利子をつけて4日目のセンターコートでまとめて返す!覚えときなさいよ!」

 

 おぉ!と周囲から声が上がる。


 ……すでに春高のトーナメント表は出来上がっている。

 

 桜山高校と松原女子高校が戦うのは両校が4日目まで勝ち抜かなければならない。そして大会4日目からは、本来なら4面とれるコートで贅沢に1面だけコートを作って試合が行われる。春高でセンターコートに立った、ということは全国でベスト4以上でなければならない。今この場にいる多くは春高開会式のリハーサルのために集まっている。

 

 ならば当然、その多くは全国各地の有力バレー選手であり、つまりは体育会系。


 この2人のことは知らずとも、むしろ知らないからこそ、先ほどの『去年の全中』という発言から、これは優勝候補筆頭の松原女子相手に1年生(ルーキー)が堂々と啖呵を切ったのだとわかった。


 名誉あるセンターコートで昨年の雪辱を晴らすという宣言は体育会系の琴線に触れたどころかかき鳴らした。



 なお、啖呵を切られた方の金森は

 

(え?なに?どういうこと?去年の全中は私たちの負けだったわよね?え?なんで?)


 とあまりの困惑から言葉が出ない状態であった。

 

 そして啖呵を切った近藤の保護者でもある藤堂はというと、今度は特に近藤の言葉を咎めることなく、ふんと息をしたあと、「気は済んだ?じゃ、戻るわよ」と呆れたように言った。ただし、その口角はばっちり上がっている。

 

 そうして桜山高校の2人が去ろうとしたとこで――

 

「ヘイヘイヘーイ!どーん!」

 

 近藤に体当たりをする、ここに集まった人の中では小柄な少女が現れた。

 

「なになに?面白そうなこと言ってるじゃん!優莉ちゃんたちとセンターコートで戦うって、じゃなに?龍閃山(私たち)は?」


 体当たりすると同時に近藤にウザがらみをしだしたのは東京の強豪校、龍閃山高校女子バレーボール部のエース、金田一 奏である。

 

 

 ……すでに春高のトーナメント表は出来上がっている。

 

 松原女子高校と龍閃山高校が互いに勝ち上がった場合、両校は全5日間の日程で唯一1日2試合行われる魔の3日目、その2試合目 (準々決勝)で対戦し、勝者のみセンターコートへ駒を進めることができる。

 

 つまり――

 

「なかなかかましてくれんじゃん?龍閃山(私たち)が3日目で消えると思ってんだ?万年2回戦負けがずいぶん先の結果まで見通しができるようで?」

 

 桜山高校をあざけるように龍閃山高校女子バレーボール部の主将、竹林(たけばやし)が言う。先ほどのセリフは松原女子高校がセンターコートへ行く、逆を言えば強豪校が集う全国最高峰の激戦区である東京の第一代表を勝ち取った龍閃山高校が3日目で消えると言っているのだ。それも実績で言えばここ数年は全国大会に出てきても毎回2回戦で敗退するような高校の1年が言ったのだ。

 

 龍閃山としては嫌味の一つでも言いたくなる。

 

 なお、2回戦負けといっても近年の桜山が全国では1つ勝つのがやっとのチームかと言われれば違う。むしろ2回戦負けの不名誉な二つ名はそのあまりにも不運なクジ運によるところが大きい。

 

 18年ぶりのインターハイ本選出場をはたした一昨年度はインターハイ2回戦で龍閃山高校と対戦し、敗退。なお、同インターハイ優勝校は龍閃山高校。

 

 夏と春の全国大会ダブル出場をはたした昨年度はインターハイ、春高ともに2回戦で金豊山学園高校と対戦し、どちらも敗退。なお、同年のインターハイ、春高共に優勝校は金豊山学園高校。

 

 女子バレーボール界のスーパーサラブレット、近藤 樹里亜が加入した今年度のインターハイは2回戦で姫咲高校と対戦し、敗退。なお、同インターハイ優勝校は姫咲高校。

 

 見事なくらい2回戦で同大会の優勝校と対戦し敗退するという、悲劇的な様式美を確立してしまっているのだ。当然、桜山高校関係者はこの不運を非常に気にしている。それは周知の事実であり、もちろんも竹林もその不遇っぷりには大いに同情を寄せている。

 

 が、それでもわざわざ会話に割り込んで、しかも桜山の面々が気にしている2回戦負けという発言をしたのは優勝を目指している、優勝候補の一角である自分たちが眼中にないのは納得できない、うちの高校は雑魚高校じゃないんだぞ、なめんなよ、という意図があった。

 

 

「1年の戯言よ。センターコート常連の龍閃様なんだから雑魚の戯言に対してちょっとは余裕を持ってほしいわね」


 これに対し、癪に障る言い方をされたが2回戦負けは事実なので苦笑を浮かべつつ、受け流すようにみせる桜山高校女子バレーボール部の主将、藤堂。

 

 ちなみにあくまで『()()()()()()()()()()』である。受け流す気などさらさらない。

 

「龍閃山との格付けなんて2年前のインターハイでついたでしょ?桜山(うちら)はインターハイ2回戦で龍閃山(そっち)と戦って0-2でいいとこなしで負けたんだし?

 あら?そう言えば2年前のインターハイでは(わたくし)ずっとコート内にいたんですけど、竹林さんはどちらにいらっしゃいましたか?コートにもベンチにもお姿が見えなかったと存じますが?」

 

 藤堂渾身の嫌味に顔を引きつらせる竹林。

 

 

 確かに2年前のインターハイの舞台で桜山高校は龍閃山高校に敗れた。

 

 その時、1年生ながら主力として、エースとして桜山をけん引していた藤堂。

 

 対する竹林はコート内はもちろん、ベンチにも、さらには観客席にすらいなかった。

 

 龍閃山高校は超強豪校だけあって女子バレー部員も多い。そしてその年のインターハイは部員全員分の宿を手配できなかったため、ユニフォームを着れなかった部員は東京に残ることなった。

 そして当時1年生の竹林は1学年上に19歳ながら全日本代表のレギュラーとして活躍した津金澤をはじめ、多くの有力選手がいたこともあってベンチ部員としてすら箸にも棒にも掛からぬ有様で東京に残ってチームを応援することになった。

 

 チームは2回戦で負けたが当時から主力としてチームをけん引していた藤堂からすれば、確かにチームは優勝したかもしれないが、そこにあんたいなかったでしょ、他人の威を借りて楽しい?と言いたくもなる。

 

 先ほどまで爽やかな宣戦布告からの清々しい空気であったが、今は一転、バチバチ&ギスギスした空気に変わった。

 

 なお、そんな中でも立花優莉の脳内は寒いからこんなところでしゃべってないで風がないところに移動しようよ、だったりする。

 

 

=====


 ??「先輩!先輩!あそこで松原女子と龍閃山と桜山がなんか言ってますよ!私たちはいかなくていいんですか?」

 

 ??「いや、私たち、そういう高校じゃないし」

 

 ??「弱い犬ほどよく吠えるって言うでしょ。私たちは前回、前々回の優勝校なんだからああいうのは勝手にやらせておけばいいの」

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― 新着の感想 ―
正月の…サスケ編読みたかったなぁ。 あと、前話の更衣室でのお話も好きです。 実際正月にやる全国大会…たしか春高だっけ? 大変ですよね。 3年の選手ももちろんだけど、ご両親も…。 いや、嬉しいんですよ…
楽しくて一気読みしてしまいました! これから楽しみにさせていただきます
> そんな事情もあり、正月特番で艶やかな振袖姿でトーク番組に出演したと思ったら、運動に適した格好で体力勝負をしたり (これは特に立花優莉に多く、かつ相手が男性アスリートでも単純な力比べであれば互角以上…
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