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056 閑話 主役になれない子

====

 

 8月。

 

 金豊山学園高校女子バレーボール部はインターハイ準決勝で約23か月ぶりに公式戦で敗北した。

 

 負けた相手はその後の決勝戦でも勝った姫咲高校。日本一になった高校に負けたんだから仕方ない、とは当然ならない。むしろ、一回限りのトーナメント方式ではなく、複数回戦うリーグ戦方式であったら自分たちのほうが勝ち星を重ねられた、というくらいの実力差であった。

 

 決して勝てない相手ではない。だが負けた。なぜ?

 

 勝敗は兵家の常というが、負けてなにも変わらないのは問題である。

 

 高校に戻った女子バレーボール部の部員、スタッフ総集合で反省会を開いた。

 

 そこである3年生から思わず納得してしまった発言が飛び出た。

 

「かっこいいバレーを目指していたはずなんですけど、今の私たちのバレーはかっこつけたバレーになってます」

 

 かっこいいバレーとは何か。

 

 難しい、高度なプレイも涼しい顔でできて当然という顔をしてバレーボールをする、端的に言えばそういうバレーである。あくまで難しいことをできたうえで涼しい顔をするバレーである。少なくともそうであったはず。ところが今はどうか。

 

 いつの間にか涼しい顔をしてバレーボールをすることが目的になってしまい、必死になってボールを追うこと、意地でもボールを上げることを忘れてないか。

 

 そう言われて思い当たるふししかなく、ようやく自分たちのバレーが目的と違ってしまっていることに気が付いた。

 

 さらにある2年生からの発言に大友監督は打ちのめされる。

 

「本当は私たち2年生がチームの中核になって、後輩には差を見せつけて、先輩からはレギュラーを全部ぶんどるくらい頑張らなきゃいけないのに腑抜けているのが悪いんです。私たちが本気でレギュラーを取りにいかないから監督だって温情枠(・・・)を設けちゃうんです」

 

 瞬間、大友監督はその日本語の理解を拒んだ。

 

 いやいや。温情枠ってなんやねん?わいはいつだって勝つことしか考えとらへん。そこにお気に入りの選手を使おうとかそんなことは考えたこと――

 

 

 ――きっちり真面目にやっている子にはフォローを入れてあげたいんやけどなあ――

 

 ――武器がない。入れる言い訳(理由)がない――

 

 ――学生スポーツで真面目にやっても報われへんとかありえんやろ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか。わいや。敗因はわいや。わいのふざけた選手選出をちゃんと見とる。みんな見てたんや……

 

 

 

 反省会はなおもそれぞれの立場から様々な意見が出る。

 

 最終的にはもっと必死になろう、もっと一球一球大切にしよう、一生懸命はかっこ悪くない、そのような形でまとまったが、大友監督はそれをどこか上の空で聞いていた。

 




 翌日

 

 

 朝練の指導のために体育館に現れた大友監督を見て誰しも一度は絶句してしまう。

 

 当の本人は

 

「最近暑いやろ?もうかなわんくてな。涼しくなるかな思うて、ばっさりきってきたわ」


 と軽い口調で五厘刈りの頭をたたいて見せた。

 

 そして皆が集まったところで頭を下げて宣言した。

 

「みんな。すまん。インターハイはみんなの努力をわいが無駄にしてしもうた。本当にすまん。わいはこれから本気になる。鬼になる。きついこともいう。その代わりみんなを勝たせたる。だからもういっぺん、ついてきてくれ」

 

 

 

====

 

 9月。

 

 男子三日会わざれば刮目してみよという言葉がある。これは男子は三日も経てば成長するので再会したときは注意して見よ、という意味である。

 

 では女子は?

 

 ある時を境に大友監督はこう話す。

 

「男は変わるのに三日必要かもしれへんけど女の子は一晩あれば変わるんや」

 

 インターハイ敗退後の反省会を経て、金豊山学園高校女子バレーボール部の練習風景は変わった。まず部員間での叱咤が大きく増えた。今のは取れた、もっと高く飛べた、ライン際を狙え、ちゃんとカバーに入れと、叱る宣言をした大友監督が口を出す前に自主的に部員自身が変わった。

 

 個人で言えば一番変わったのは3年生の小平であったが、学年で言えば2年生が一番変わった。先ほどの小平はもともと口数が少なく、自分の中で何事も完結しがちな選手であった。これに対し、2年生は周りを鼓舞し、自分を叱咤し、とにかくギラギラして部活動に取り組むようになった。

 

 大友監督も言い訳は探さない、純然たる実力で選手を選ぶよう努めた。

 

 結果としてはインターハイ時と国体時でユニフォームを着た14人+2人は14人中12人はそのまま、リベロ2人もそのままであったが、フロアに主力となって立った選手は6人中3人が3年生を追い出して1、2年生がレギュラーの座を掴んだ。

 

 外された3年生は1、2年生の時はレギュラーになれなかった。3年生でようやくつかんで、でも外されて最後はベンチ。さぞ無念であろう。

 

 だが、ここで私情を出してはいけない。鬼になると決めた大友監督の采配の下、金豊山学園高校女子バレーボール部は2年連続国体を制した。実質下した相手の中にはインターハイで負けた姫咲高校もあった。しかし、国体はそのルール上、都道府県代表ということもあり純粋な姫咲高校ではなかった。むろん、姫咲の選手の代わりに入った選手――松原女子高校の村井 玲子――もへたくそではない。だが、百戦錬磨の老将の薫陶を受けた選手ではないことも確かだ。だからインターハイの雪辱を果たしたわけではない。それでも全国一。目的は達した。

 

 国体終了後、大阪の寮に戻ると祝勝会として普段は出さないケーキなどの甘味類、ジュースやお菓子などを部員たちに振舞った。

 

 なにも甘えさせているわけではない。日ごろ厳しい食事制限をしている一流のプロアスリートもチートデイとして時々こうした何でも食べられる日を設けているのだ。インターハイ敗退後から今日まで、危険なくらい張りつめて練習した。それはユニフォームを着た部員だけではない。本気で皆がユニフォームを着よう、レギュラーになろうと切磋琢磨して強くなったから優勝できたのだ。

 

 努力は報われるとは限らない。しかし報われるものはみな努力をしている。


 この日はその報われた努力に飲食という追加報酬を与える日なのだ。


====

 

 10月。

 

 世間では絶好調のバレーボール女子日本代表に夢中になり始めているころ、大友監督は春高の大阪予選に向けての選手選考を始めようとしていた。

 

 選手のことをよく見てきたつもりだが、見てきただけでは主観が入る。金豊山学園高校女子バレーボール部では積極的に試合形式の部内練習を取り入れている。

 

 きれいに返ったボールをセットアップするだとか、助走も出来て姿勢も崩れていない状態でスパイクの準備態勢にはいれるだとかは理想ではあるが、試合中、常にその展開に持っていけるわけではない。崩れたボールをいかにリカバリするか――その前のファーストタッチをきちんと上げるように鍛えるのが第一だが、100%絶対にきれいに上げられるようにするのは不可能である――という練習はバレーボールにおいて不可欠であり、そうした崩れたボールを意図的に作るのは難しい。そのシーンだけ作るのは簡単だが、連続したプレイの中でセカンドタッチでリカバリして三手目は攻撃で返す、というのはやはり試合形式の練習でないとできない。

 

 そして国体終了から今日までは次の公式戦まで少し期間があることから、レギュラーで試合に出る組、そこまでではないがユニフォームを着てベンチで備える組、惜しくもアリーナ席で応援する組の3つの組を関係なくごちゃまぜにして様々な組み合わせで試合形式の練習を最近はしている。

 

 もとよりレギュラー組とアリーナ組の差ですらレギュラー組が気を抜くか、アリーナ組が何かの拍子にコツを掴んで急成長すれば簡単にひっくり返る程度である。また、インターハイ敗退後の反省会から急成長している部員もいる。なので選手選考の参考の第一手として直近の部内練習試合の勝敗結果を各個人ごとに見ていくことにした。

 

 もちろん、これだけで決める気はない。バレーボールはチームスポーツ。どんなに頑張ろうが人間である以上、特定の人物との相性というのは生じてしまう。

 

 なので各人ごとの結果は最初の参考値に過ぎない。

 

 ――そういえば去年の飛田は誰とどの組み合わせでもいっつも結果残しとったなあ――

 

 昨年度年間公式戦無敗の立役者の一人であり、今は弱冠19歳で幸運もあったが全日本代表のユニフォームを着た教え子を思い出した。


 飛田はいつも勝利に飢え、人の何倍も自分を律し、常に周りにも最高を目指すよう怒鳴り散らし、空回りをするくらいバレーボールに本気だった。なんちゃらハラスメントが話題になる昨今、自分の立場であそこまで怒ることは出来ない。それに怒るばかりでは萎縮させてしまう。それでも反省会後の今の練習風景を考えると彼女が嫌われ役を買ってくれたからこそ、強くなれたところもあったのだろうと今さらながら思っていた。

 

 そう思いながら集計するとおかしなことに気が付いた。

 

 ――??どうなってんのや??――

 

 1年生、チビセッターの星野の個人勝率が非常に高い。集計した期間はランダムにチームを組むようにしている。だからエース級選手と毎回同じチームで勝ち馬に乗れた、などということはない。また、同じように特別相性のいい選手と毎回同じチームだった、ということもない。ということは星野自身が凄かった、ということなのだが、そんな印象は全くない。それこそ、星野以上に戦績のよかった去年の飛田はそれはそれはすごかった。

 

 まずサーブが強烈。

 

 トスワークは随一。

 

 試合を支配するかのような卓越したゲームプランを考え、実行力もある。


 ファーストタッチが乱れても強引に速攻に持っていけるリカバリ能力も飛びぬけて高い。

 

 視野が広くすきを見てのツーアタックも出来る。

 

 たまに回ってくるスパイクも見事。

 

 「へたくそ」だとか、「今のいいトスだと思ったんですけど。なんで決められなかったんですか」だとか、「ブロックの後の戻りが遅いからトスがあげれないんだけど、やる気がないなら替わってくれない?」だとかの暴言の数々のおまけはあったが、すごさは一目瞭然だった。

 

 

 対して星野は?

 

 何かできたか?

 

 

 何か見落としがあったのかと4月からの部内練習試合の記録を漁ると、4月5月の結果は悲惨の一言。かろうじて1勝しただけで残りはすべて敗北。6月はインターハイ予選に集中し、部内練習試合はインターハイ予選選手組中心で混成試合がなかったので除外するとして、7月のインターハイ本選出場決定から選手選考までのわずかな期間の部内練習試合の成績もそこまでとびぬけたものではない。逆に言えば、7月時点はぼろ負けするようなことがないくらいにはなっていたということ。

 

 こちらは説明がつく。ただでさえ低身長のハンデに筋力面も劣っていたのだから勝負にならなかった4、5月。そこから筋力、技術を身に着けたことで7月は負けがこむにしても勝負になった。

 

 これは体力測定の結果からもわかる。

 

 だが10月の今の状態は説明がつかない。なぜ?

 

 

 特定の選手を贔屓するようなことはないと宣言した大友監督ではあったが、結果を出す理由を見つけるために次の部内練習試合は星野を注力して見ることにした。

 

―――

 

――これはおもろい組み合わせになったで!!――

 

 注力すると決めた星野が今回組んだ赤リブスチームのレフト2枚は急成長中の2年生の中でも注目株の桃城と栗田。この間の国体では3年生2名をベンチに追いやってレギュラーを勝ち取って国体制覇に大きく貢献したダブルエースだ。

 

 対する黄リブスチームはセンターラインは越野、東郷の185cm超組、レフトも沢田、涌井で180cm越え、セッターも177cmの財前。オポジットは186cmの三谷。この高い壁相手に桃城と栗田がどこまで戦えるのか。この高さと戦えるのであれば全国でも少なくともブロックの高さには苦労しないはずだ。

 

――――

 

 50名超の金豊山で部内練習試合をしようと思えば作れるチーム数は6つ。コートも、ギリギリ3面用意できる。となると同時に3試合並行して行えるため、直接見れる試合、見れない試合が出てくる。このような場合、コーチ陣は慌ただしく複数のコートを行ったり来たりするが、大友監督は最も気になる1コートにとどまることが多い。大友監督が直接見る試合はいい意味でも悪い意味でも選手選考に直結する。

 

 ゆえにほかの2つのコートと比べ張りつめた中で練習試合が始まる。

 

(赤チームからのサーブで1番手は星野か。あいつのサーブがええ印象はないねんけど、なんでや?セオリー通りセッター(S1)スタートです、ってことか?それは考えなしのアホのやることやで?)

 

 練習試合の進行は選手にバレーを考える力を身に着けてほしい意図もあり、極力大友監督は口を出さないようにしている。それが今回は悪い方向に働き、指示がないからセオリー通りセッターからのサーブで始めるようだ。

 

(そりゃ知っとったけど星野のサーブはしょぼいな。狙いはええとしても、あんな軟打じゃ簡単に……せやろ、Aパスでセッターにボールが返ったわ。近代バレーでサーブは給仕(サーブ)やのうで侵攻(インヴェイジョン)や。あんなん……せやせや。こうなってBクイックで攻撃されて……そりゃ星野狙うわな。これで赤リブスはファーストタッチをセッターに強要されてもうた。あーあー……)

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 そのまま試合はセッター(・・・・)が目立つことなく、しかし赤リブスをつけたチームが優位に試合を進めていった。

 

 そして終盤――

 

 赤リブスチームの前衛ミドルブロッカー久保田がセンターから攻めると見せかけフェイクモーションからの右サイドをいっぱいに使ったブロード攻撃を仕掛けた。

 

 これに対し、ブロッカーを中央に集め相手セッターのトスを見極めてから飛ぶバンチリードブロックの体制をとっていた黄リブスチームは反応がワンテンポ遅れブロード攻撃を素通ししてしまい、これでゲームセット。

 

「久保田!」


「はいっ!」


 ラリー中はプレイを止めてしまうので声をかけれなかった大友監督が試合を決めた久保田に声をかける。久保田からすると最後は決めたがその前に相手のシンクロ攻撃にひっかかりかけてブロックが半分しかつけなかったところがあった。春高大阪予選は間近。ケチはつけたくないと返事とともに直立になると……

 

「最後のブロード。あれはええ。あれがいつもできてほしいな。その前のブロックがちょっと不細工やったけど、半分とはいえ、片手だけでも触りにいったし、なによりすぐに体勢立て直して助走距離を確保してからのブロードや。いつも言っとる次の行動が出来とる。期待しとる」

 

ありがとうございます(あざーっす)!」

 

 期待しとる(・・・・・)

 

 金豊山不動のミドルブロッカーだった3年生の小平がオポジットにポジション変更になった今、ミドルブロッカーのポジションは1枠空いた。そこに期待しとる(・・・・・)の言葉。

 

 これはひょっとするのではと内心期待する久保田。

 

 反対に――

 

 

「三谷はしゃーないとして、東郷、沢田。お前ら何やっとんねん!いつもいつも言うとるやろ!コートに根生やすな!動け!

 リードブロックはトスを見てから飛ぶブロックやけど、ボールだけを見るな!相手コートの選手も見ろ!何遍言わせるんや!

 トスのボールと追っかけっこして勝てるわけないやろ!なんもせんとボールが返ってくるわけあらへんねん!中央がそんなに怖いんか?相手コートのセッターは星野やで?160cmやで?

 ツーアタックしてきても簡単に叩き潰せるやろ。レフトが怖い?やったら三谷をリリースシフトにして左1枚ベタ付きとかやり方あるやろ!

 無策でやって中央かレフトからしか攻撃が来んと勝手に決めつけてライトからドフリーに打たせて決められてどうすんねん!」

 

 

 最後をフリーで決めさせてしまった黄リブスチームのブロッカー、特に位置的に久保田と相対する沢田には強烈な雷が落ちた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 

 

 大友監督とてわかっている。沢田が最後、フリーで打たせてしまったのは赤リブスチームの作戦勝ちであったことを。

 

 

 強烈なレフトを擁する赤リブスチームは当然、レフト中心に攻め手を作っていた。そして前が3枚の時を除き、赤リブスチームの右、黄リブスチームの左からの攻撃は薄かった。だから無意識のうちに「ここは勝負所。セッターが前衛で前が2枚。となれば当然相手はレフトから来るはず」と思わせてからのブロード攻撃。わかってはいるが、だからといってそれを許容はしない。というかそれくらい見破れ、むしろそろそろライトを使うのでは、と考えろ、いつも言っているだろう、勝手に決めつけるな、と。

 

 そしてこの試合、やはり赤リブスチームに所属している星野の印象は正直良くはない。だが、大友監督は星野の強さがなんなのかわかってきた。

 

 

 一言で言えば星野は主役になれない選手なのだ。

 

(星野は頭がええんやろなあ。ゲームプランを考えて、それを試合中に臨機応変に書き換えることができる。さっきの試合、比較的(・・・)赤リブスチームの決定率が高いのはそれまで星野が小細工をしているからや。視線フェイント、しぐさのフェイントで相手ディフェンスにプレッシャー、そこまでいかずともストレスを与え、集中力を削る。地味やけど、これが地味に効いてる。やっぱり星野は『いい子』なんやな)

 

 だが、やはり星野は『いい子』止まりなのだ。

 

 ファーストタッチが崩れた時に書き換えるのではなく強引に当初の想定通りに試合をもっていくような超技巧――日ごろの練習だけではなく生まれ持ったセンスも必要なレベルの技術――が星野にはない。

 

 だから決定率が比較的(・・・)高い止まりなのだ。

 

 ――現日本代表メンバーと比べるのは酷とは言え、極端な例だが、これが昨年度の卒業生、飛田ならファーストタッチが乱れても強引に修正していただろう。


 星野は他にも単純にサイズで負けているから頭脳で勝ち、スパイクコースを塞いだつもりでも、その上から攻撃されていた。反対に攻撃をしようにもツーアタックやスパイクは高さが出ないので簡単に叩き潰される。

 

 ネット際でボールを押し合う場面が先ほどの試合でもあり、背の低い星野は上からボールを押されて簡単に負けた。

 

 相手が高校生くらいまでならまあ活躍できる。けど先には続かない。

 

 今ならまだ『背が低いけどバレーが巧い』か『バレー自体はまだ未熟だが体格はある』が通じる世界だが、この先は当たり前に『背が高くて巧い』が当然の世界になる。

 

 せめて身長かそれとも超技巧かのどちらかがあればよいのだが、星野にはない。先ほどの試合でも縁の下の力持ち的活躍はしていてもそれ以上ではなかった。だから印象が薄いのだ。

 

 とはいえ、現時点で金豊山で最高レベルのセッターであることには違いない。それは星野が体だけではなく、頭も使った結果だ。日ごろから同じバレー部の練習の様子を見て誰が、どんなことをできるのか理解し、それを活かす。

 

 その活かし方がずば抜けているから勝てているのだ。 

 

―――

 数日後。この日は春高大阪2次および最終予選 (インターハイ本選出場の金豊山は1次予選を免除)の選手登録最終日。大友監督はでかでかと国体後の部内練習試合の個人結果を勝率付きで張り出した。

 

「みんな、気が付いとると思うけどな、巧い奴は誰と組んでも巧いんや。勝つ奴は誰と組んでても勝つ。最初は選手間の相性も見ようかと考えたんやけどな、結局各ポジション毎に勝率のええ子から順に選んでチーム組むのが一番すっきりしたわ。というわけで春高予選は――」

 

 こうして星野 司は部内練習試合でセッターとして勝率1位となり、ユニフォーム組どころかレギュラー組まで昇格した。

 

「最後に、先のこと言うたら鬼に笑われるっちゅうけどな、見通しがないから笑われるんや。わいには見えとる。春高予選、全部勝って大阪1位通過するのがな。せやから言うぞ。

 ユニフォーム着れへんかった子は今、崖っぷちどころか崖から転落しとる。けどな、春高本選前にはもっぺん選手選考のチャンスがあるんや。予選後にもっぺん部内練習試合を何試合もやる。そこが最後や。3年生にとってはほんまに最後や。目の前にはほっそい命綱がある。これを掴んで上るためにどうすればええんか、自分に足りひんもんよ~~~く考えてバレーしいや」

 

 

====

 

 11月。

 

 春高大阪2次予選直前にミドルブロッカーの柱と期待していた千寿をはじめ数名がまさかのインフルでダウン。下馬評が一気に下がった金豊山学園高校女子バレーボール部であったが、ふたを開けてみれば2次予選は1セットも落とすことなく全勝通過。

 

 なんなら「サブセッターの1年生を使うほどの余裕を見せた」などと評されるほどだった。

 

 (その1年、サブやのうてメインセッターなんやけどな)

 

 星野は敵味方問わず相手の力量を見極めるのが巧い。とはいえ、日ごろ一緒に練習していない初見の他校の選手相手にどこまで通じるか未知数であったため、1セットごとに3年生でインターハイ、国体で正セッターだった丸井と交代で使った。

 

 使った結果、第1セットから出ようが第2セットから出ようが、丸井より星野がセッターとして指揮をした試合のほうが同じ勝利でも試合展開は楽になっていた。ここまでくれば星野の力量は初見の他校相手でも有効と認めざるを得ない。

 

 そのため、2次予選の1週間後の最終予選 (余談だが、インフル組は結局間に合わなかった)は完全にセッターは星野メインで進め、やはりセット率100%で大阪1位で春高本選出場が決まった。

 

 

====

 

 12月。

 

 春高本選出場を決めた金豊山学園高校女子バレーボール部に、全日本バレーボール協会から女子高校生向けに将来の日本代表を選考するための合同合宿を行うので参加しませんか、という招待状が届いた。バレーボール部宛に届いたといっても全部員ではなく一部にだが。

 

 ここで大友監督の目標を語ると『バレーボール王国日本の復活』。これに尽きる。

 

 それは世界一になるということであり、世界一になるには誤魔化さず選手の高身長が条件。とはいえ、身長が高いだけの素人を集めるのみで強くなるわけもなく、まずはプロ前の高校生で高身長バレーを浸透させ、そのままそれを全日本にも浸透させ、いずれ世界一、これが目標である。……少し前の世界選手権で女子は世界一になったので目標であった、とすべきなのかもしれないが……

 

 という事情もあり、高校日本一はいずれ世界一になるための種まき、いわば目標ではなく手段であり、雇われている金豊山学園高校には申し訳ないが、日本バレーボールが強くなるなら、別に金豊山が日本一にならなくてもいい、とすら考えている。そして今は別高校で敵でも日本代表になれば頼もしい味方となる。

 

 なので、金豊山学園から選手を呼ばれることは名誉であり、むしろ全員呼んでくれ、とすら思っている。

 

 

 そんな大友監督であったが、バレーボール協会から届いた招待状に書かれている選手にはツッコミどころが満載だった。招待選手は全部で5人。

 

 

 3年生 小平 那奈 オポジット

 3年生 池端 ゆず リベロ

 2年生 栗田 望海 ウイングスパイカー

 1年生 久保田 里桜 ミドルブロッカー

 1年生 星野 司 セッター

 

――なんでやねん!なにどうしたらこの選考になるんや???――

 

 大友監督はツッコんだ。

 

――まず小平。これはええ。むしろ呼ばれんかったらわいから抗議するレベルや。せやからこれはええ。次、池端。ま~現高校生で一番のリベロかて言われたら、恵蘭とか龍閃山とかのリベロさんもいるからちょっと悩むけど、間違いなく関西一のリベロや。これもええ。

 

 けど問題はここからや。

 

 なんで栗田?いや、栗田はええよ。ええ子や。桃城は?そないに差、ないで?直近の大阪予選もそこまで差がなかったやん。当落線がどこにあるのか知らんけど、栗田呼ぶなら桃城も呼んでバチ当たらへんで?ちゅうか呼んだりいや!

 

 それ以上にわからへんのが久保田や。いや千寿は?なんで千寿呼ばれへんの?まず千寿やん。ちょっと春高予選はインフルに罹患しただけやん。しゃーないやん。インフルくらいなるで。ちょっと流行りに乗っただけや。春高予選だけやのうて、インターハイや国体も評価対象にしてくれや!

 

 それでも、直近の実績が評価できません、だから千寿呼びませんは何とか理解したとして、久保田よりは長友やろ?そこは長友やろ?どんな判断すれば長友きって久保田になるんや?

 

 長友より久保田が勝ってるところなんて身長で、しかも2cm差やで?なんでや?そこまで身長重視したんか????

 

 

 

 

 

 一人ツッコむ大友監督。だが、まだギリギリ、百歩どころか千歩くらい譲って1ポジション1名縛りがあったと仮定してここまでは納得したとして

 

 

 ――ほんまに星野はわからん。何がどうして全国に無数にいるえぇセッター押しのけて星野を選んだんや????――

 

 

 とは言っても一高校の監督がごねても変わらない。

 

 招待選手となった5人を呼んで大友監督は告げた。

 

 行くか、行かないかは自由であること。ただ、自分の本心としては行ってほしいこと。高校卒業後も考えれば他校の、精鋭選手と仲良くなるのは悪いことではないこと。

 

 ここまで告げたうえで――

 

「やっぱ前言撤回や。命令や。自分ら全員、行ってこい。行って合宿で活躍しまくって他校の選手を圧倒してこい。やっぱり高校ナンバーワンは金豊山以外にないって思わせるくらい暴れてくるんや」


 とおどけながら伝えた。

 

 将来は味方になることもあるのだから仲良くなって来い、とも。

 

 そして解散を告げるが、星野だけは残るよう伝えた。

 

「星野、お前は合宿行ったらみんなと仲良くなれ。そんで普段の練習とか聞いてくるんや。代わりに聞かれたことは全部素直に答えてええ」


「えっと。他校のスパイをしてくるんですね。でも私たちのことも教えていいんですか?」


「なんか勘違いしているみたいやけどな。わいはな、もっとみんなに巧くバレーを教えたいんや。強い高校が優れた練習をしとるなら聞きたいやろ?場合によってはうちの練習メニューだって変える。まだまだうちは女子バレー新興校や。守るべき伝統なんてあらへん。より良いものは取り入れる。当然やろ。反対にうちらの練習メニュー聞かれたからゆうてなんやねん?わいらと同じ練習しても、金豊山の子ほど才能がないと伸びんから勝負にならんやろ。ぱくるほど価値があると思われてるなら遠慮なく与えてやるんや」

 

「わかりました。でもなんで私に?」


「……反対に聞くわ。小平、池端、栗田、久保田。この4人、初対面の、誰とでもすぐに仲良く話せる子か?星野の方が得意やろ」


「わかりました」



「あと、最後にな、お前は上澄みや。全国に何千といる女子高生バレー選手の中で上澄みなのは間違いない。合宿中、これを1日1回は思い出すんや。わいからは以上や。合宿は楽しんでな。友達、作ってくるんやで」

 

 

 

  


―――

 

 12月も後半。春高まで2週間というところでプレ日本代表合宿に参加した子が戻ってきた。何か良い経験を積んだのだろう。皆良い顔をして戻ってきた。

 

 

 ……ただし、1名は無理をして表情を作っていると思われるが……

 

 


―――

「で、合宿どうやった?」


「なんというか立花先輩が凄かったです」


 正直、そこか?とは思った。あれは現実離れしすぎて比較対象にならへんと思ったんやけどな、とも思った。

 

「いえ、あれは凄いってもんじゃなかったです。テレビとかネットとかでも大きいなあとはずっと思っていたんですけど、いざ目の前で見るとバレーボールかってくらい大きくて、でもあれ、第一形態だったんです!お風呂場で見たらもっと大きくて、でも腰は私よりずっと細くて力を入れたら折れちゃうんじゃないかってくらい細いんです!ボンキュッボンって言葉がありますけど、立花先輩のはドッカンキュドーンって感じで、でも先輩、お姉さん達と比べると自分が一番寸胴って言ってたんですよ。わけがわからないですよね」

 

「わけがわからないのはお前や。お前、ほんまに何しに行ったんや!」


「まあ冗談はこのくらいにして」


「冗談だったんかい!」


 こいつとは監督と教え子っちゅう関係のはずなんに、どうしてこうなったんや?最近の子てみんなこんな感じなんか?

 

 

「上の方って本当に上限がないんですね」


「上限はあると思うで。ただ上が高すぎて見えないんやろうな。……そんなに活躍できへんかったのか」


「いやあこれでも最初の方はかっこいいところ見せれましたよ。最初の方だけですけど」


 星野の力を考えればそうやろうな、と思ったがこれは言わないでおいた。星野の長所は敵味方の動きをある程度コントロールし、自分の思うように試合を作っていく能力が高いことである。短所はその考えたゲームプランが崩れた時に強引に試合を修正する技量が不足しているので、作戦がそのものがダメになったり、そもそも作戦など必要としない圧倒的パワープレイの前には無力化してしまうことである。身体能力も女子高生バレー選手としては平均よりは上でもトップレベルと戦えない、中の上程度である。

 

 

「これでも私、最初の方は運が良くて全日本の田代監督にいろいろ声をかけてもらったんですけど、だんだんメッキがはがれちゃって、最後はあまり声をかけられなくなっちゃいました。すごいセッターって本当にすごいですね。修正力とゲームプラン能力が当たり前にあって、どう頑張っても勝てないなあって思ったんですけど、そんなすごい人も全日本のセッターと比べるとまるでダメだったみたいなんですよ」

 

「合宿に行く前にも言うたけど、星野は上澄みやで。ただ、この間の合宿は上澄みの上澄みが参加しとったんや」

 

「私はどこまで通用すると思います?」


「そんな生意気なセリフは自分のできること、全部やった奴がいうセリフや。うちの入学条件ぶっちしたんや。この先も壁は自分で壊せばええ。やればできる子やで、自分」


 と前向きなことを言ったが、実際星野がバレーでどこまでいけるか、と言われればプロは無理、大学は最上位ではなく一つか二つ落としたところで主力級のセッターがせいぜいだとは思っている。

 

 

「そんなことより、合宿に参加した他校の子と仲良くなれたか?」


「なれたと思います」


「そっか。それならさっき言っとった『立花先輩』のとこはどうや?」


「松原女子の主将は春高には問題なく出れるそうです」


「やっぱりな。少なくとも歩ける状態で県予選は全休させたんや。春高は何とか間に合わせたんやろうな。で、どこが悪かったんや?」



「それは――」











「教えてくれませんでした」


「流石に教えてくれへんか」


 大友監督は苦笑した。コミュニケーション能力の高い星野をもって話さないのだ。おそらく松原女子としてはトップシークレットレベルに秘匿したいのだろう。なぜなら――

 

「脚怪我してます、だから万全じゃありません、なんて言えるわけあらへんからな」


「脚でなくても、仮に完治していたしても、予選を全休するレベルなんですから、一か月以上ちゃんと練習できなかったはずです」


「そうなると嫌でも練習不足になる。そんなら松原女子さんとあたったら左右に動いてもらって体力を削らせてもらおうか」


 大友監督は悪い顔をしながらそう言う。

 

「え~。なんかずるい気がしませんか?」

 

 と言いながらも同じく悪い顔をしながら星野も言う。

 

「いやいや。これは立派な作戦やで。勝利を目指す。そのために最善を尽くす。そのために相手チームの弱点を突く。どこが悪いんや?」

 

 そう、これは決して悪いことではない。相手の弱点を突く。これは正当な戦い方であり、そのために事前情報を仕入れることもまた正当な戦い方である。

 従って口の達者な星野が松原女子の選手から選手の状態を聞き出すのは悪くなく、仕入れた情報から対松原女子戦を想定した作戦を立てることも悪いことではない。

 

 もし仮に悪いものあるとするならそれは都平明日香の学業、特に数学2種の成績のみである。



 

 


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(別バージョン)※こちらは正史ではありません。


「それは――」



「頭が悪いそうです……」


「!!」


 しまった。そっちか……

 

 大友監督はこれを聞き出すよう星野に勧めた己の不覚を恥じた。


 バレーボールは走って飛ぶ競技である。

 

 飛んだ際に例えば足元にボールが転がっていて、たまたま着地時にボールの上に乗ってしまい、そのまま転倒、頭を強打、ということはあり得る。特に松原女子の主将のサーブはジャンプして打つスパイクサーブだ。サーブを打つときは自分の上げたトスに視線が移ってしまい、足元のボールに気が付かない、というのは十分にある。

 

 いやそもそも交通事故にあった、階段で転倒した、といった日常生活の事故で頭を強打することもあるだろう。

 

 脳震盪か、最悪脳挫傷で運動制限がかかっとったんやな……

 

 そのレベルなら春高にも出るなと言いたいが、部外者の自分にそれを言う権利もない。松原女子高校の監督とていくら重要な選手といってもドクターストップがかかっているような選手を出さないだろう。それくらいの良心はあるはずだ。

 

 医学的には出てもよい、という状態ではあるはずだ。ただし、頭に爆弾を抱えながら……

 

「…その話聞いたとき、周りに誰かいたか?」


「いません。松原女子高校の立花先輩と村井先輩しかいない状態で2人ともずっと困った顔でごまかしていたんですけど、私があんまりしつこく聞いちゃったから最後は困った顔をしながら……」


「――そりゃ頭に爆弾あります、なんて言えんわな……」


 しばらく重苦しい空気が流れる。だが、その中でも大友監督が口を開いた。

 

「星野。松原女子さんとやるときは間違っても主将の頭に当たらんようにせんとあかんな」


「それは「勝つためや。バレーボールはドッヂボールと違うんや。顔面レシーブはルール的にありなんや。わざわざ相手にレシーブしやすいボールを送るなんて論外や」」

 

 勝つために鬼になると決めた大友監督だが、だからこそ勝つために松原女子主将の爆弾は狙うなと指示をする。これは悪いことではない。同じ勝利でもやはり勝ち方というのがあるのだ。

 

 もし仮に悪いものあるとするならそれは都平明日香の学業、特に数学2種の成績のみである。

 

当初星野の口の巧さを表現&それが仇となって誤解を生む、という展開予定でしたが、重苦しくなってしまったので本史では「口の巧い星野でも優莉も玲子も話さなかった」とさせていただき、誤解を生んだパターンは没ネタとします。




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― 新着の感想 ―
[一言] 思い出したのが高校の時の数学、1年生の期末で唯一赤点取ったのは日本史だけど数学は赤点ギリギリ。(日本史は追試をしてくれて春休みが1日削られて帰宅遅れた。(全寮制で私はダウンタウン浜田の先輩)…
[一言] この星野さん、すっごく気になります! 身長誤魔化して練習に参加して、それでも最終的に身長至上主義の中でレギュラーとは…。 応援したくなります。 アスカの頭…悪くは無いんですよねー…テスト入…
[良い点] ドッカンキュドーン! 頭に爆弾www ある意味爆弾ですね。 [気になる点] ドカンは背泳ぎしたら浮くのか沈むのか気になります。
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