015 インターハイ 県予選 3-4回戦 開戦前
インターハイの県予選 3-4回戦 開催日
今日で各ブロック代表、県ベスト4までが揃うことになる。
そんな日なんだが……
「だーあっつい!!」
「あつーい!」
「これも優莉が可愛いせいだ!」
「そうだそうだ!」
「優莉がナンパされるくらい可愛いのが悪いのだ」
「美少女は有罪だ!」
「え~」
不満の声をあげる。俺が可愛いかは別として、美少女は無罪でしょ、普通。
「ごめんね。うちの優ちゃん。自覚がなくて。ほら、優ちゃん。謝りなさい」
「何に謝るの?」
「う~ん。可愛くてごめんなさい、かな?」
「それ、かえって怒らせるだけだと思う」
時刻は12時過ぎ。太陽は高く、朝よりも気温が高い。こんな暑い時間帯に移動はしたくないが、女子バレー部関係者は会場に13時前の入場は禁止とお達しが出ている。
でも1試合目の開始予定時刻は14時となっている。着替えてウォーミングアップをして……と考えるとかなりかつかつだ。
運営委員会は女子の着替えがどれくらい時間がかかるのか知らないのか?ったく。
ちなみにこれは俺が先週、ビンタで他校の選手を失神させ、バタフライ効果で男女問わず試合の開始時間がめちゃくちゃになったことに起因する。
本来なら女子の第1試合は午前中に行われるはずだったが、14時まで開始時間がずれ込んでいる。さらに1試合目を勝ち抜いたもの同士で行われる2試合目の開始時刻は原則16時からのスタートとなる。
女子の場合、ラリーが続くことが多いため、1セット当たり40~50分程度かかる。それで2セットならともかく、3セット目に突入した場合、16時スタートは無理だろ・・・
と思いきや、試合後に最低限30分後インターバルは保証されるらしい。
男子は男子で可哀そうなことに9時半に第1試合開始、第2試合は11時半スタート、13時半までには男子バレー部関係者は会場からよりにもよって太陽が一番高い時間帯に立ち去らなければならないというスケジュールである。
今回の嫌な点は1試合目と2試合目の間隔が短いことだ。先週は試合と試合の間は昼休憩含め3時間以上あった。拘束時間が短いのはいいかもしれないが、体力回復の時間としては不十分だ。
松女は選手層が薄く、第1試合で疲れた選手は第2試合で使わないとかはできない。つまりはピンチ。相手校も同じ条件とはいえ、これが吉と出るか凶と出るかはわからない。
しかも、今日の2試合目の相手と目されているのは公立高校では最強と目される玉木商業高校だ。このチームは佐伯監督曰く、俺達との相性が悪い。お互いに攻撃偏重チームなので殴り合いの試合になることだろう。
初戦の相手、鶴留高校も2試合勝ち抜いてここに来るので油断ならない相手ではあるが、明日香曰く「蔵上高校の方が強い」だそうなので何とかなるだろう。
それにしても……
「佐伯先生、車とか持ってないんですか?」
現在俺達は自分たちが使うユニフォーム、サポーター、バレーシューズの他にボールバッグ、ボールカゴなんかの用具を手分けして『人力』で会場まで運んでいる。ちなみに他校はバスやワゴン車で運ぶケースが殆どだ。
「今年社会人1年目の新米教師に車なんぞ期待するな。後、先生は普通自動車の免許しか持ってないからマイクロバスは運転できないぞ」
「「「「え~~~!!!」」」」
佐伯先生は若くて熱意のある先生だけど、こうゆうところが弱いよなあ。
とやっていたら今日の会場についた。時刻は12時55分。
会場入口にジャージを着た、いかにも“私が大会運営委員です”って人が立ってる。で、中から出てくる男子高校生に早期の帰宅を促してる。
入口前の広場は試合を終えて帰ろうとしている男子バレーボール部部員とその関係者、会場に入ろうとしている女子バレーボール部部員とその関係者でごちゃごちゃになっている。
……このカオスが俺のせいで起きているのか……
ん?
「陽ねえ!あれ!」
俺が指をさした先には薄紫のブラウスにチェックのプリーツスカートを履いた女子高生が!
「!!優ちゃん!よく見つけたね。あれ――」
「すっごく可愛いね!どこの高校か知ってる?」
・
・
・
「ていっ!!」
なぜか俺は脳天チョップを食らった!なぜだ!
「ひどいよ陽ねえ!いきなり何するのさ!」
「ひどいのは優ちゃんの方だからね。一瞬でも褒めようとしたお姉ちゃんがバカだった」
「優ちゃん。あの制服は姫咲高校の制服だよ。姫咲高校はわかる?」
明日香が横からフォローを入れてくれる。姫咲高校?
!!
「確か県で一番女子バレーが強い高校!」
「そう。今日、姫咲高校はこの会場ではないところで試合のはず。でも今日を勝ち抜いた高校が来週の相手だからわざわざ偵察兵を出した、ってところだね。」
あれが姫咲高校の制服か。そういえば5~7年くらい前に美佳ねえがあんな格好をしてたような気がする。当時の俺は自分のも他人のも服なんて興味なかったからなあ。
「陽菜、優莉、明日香!会場入っていいってさ!時間ないし、いそごう!」
エリ先輩からお呼びがかかる。まあまずは姫咲より前に玉木商業、玉木商業より前に鶴留だ。これはトーナメント戦。一戦必勝で挑まないとな。
・
・
・
で、試合は男子と女子で時間帯を分けたわけだが、時間帯でいる人間が完全に男女切り替わることなんてなく、こっちは女なのでその辺の廊下ではなく、更衣室で着替えなくてはいけないのだが……
わかってたけど女子更衣室がすっごく混んでる。今日試合をする4校全部、13時から会場入り可能、14時から試合開始という阿呆スケジュールだ。当然更衣室にはみんな一斉に入るので混み具合が凄い。
てかさ、ジャージの下にユニフォーム着て来てる高校は更衣室じゃなくてその辺で脱げよ。こっちは時間がないんだぞ!
俺はこの日、女になって初めて自宅以外の場所でブラモロ上等で着替えをした。
・
・
・
この会場のメインアリーナは最大4面までバレーボールのコートを作れる。そして今日試合をする女子バレー部は4校。なのでウォーミングアップに1校1コート使っていいようだ。
この点だけは気前がいい。
ユニフォームに着替え終わった俺は陽菜と一緒にコートに向かおうとして……
「陽菜!優莉ちゃん!久しぶり!二人ともバレーをやってるなら教えてよ!」
いきなり後ろから抱きつかれた!この声は―――!
「あれ?彩夏じゃん!久しぶり!!」
横田 彩夏
陽菜の中学校時代の同級生。中学校時代の陽菜が何度か家に連れてきているため、俺とも面識がある。どういうわけか、俺の容姿がお気に入りらしく、会うたびに「可愛い!うちのこにならない?」と聞いてきていた。
また、自身のことはお姉ちゃんと呼ぶようにと強要された。従わないと色々面倒だったので俺は彩ねえと呼んでいる。
その他にも色々面倒な人だった。
うちに遊びに来た時は必ず俺を呼び、かつ座る時は自身の膝の上か、もしくは前に座るよう強要された。抵抗しても聞いてくれない。そして背面から俺に抱きつく。しかもずっと。
現に今も俺の背後から飛びついた彩夏はその後、流れるような動作で左手一本でがっちり俺をホールド。そのまま自身に引き付ける。
お前の立ち位置は私の前だ、と言わんばかりである。もちろんそこに俺の意思などない。
「陽菜、またバレー始めたんだ。いつから?中学の時はもうやらないっていってたのに」
「それがクラスメイトにしつこいのがいて渋々ではじめて――」
「で、どうせ陽菜のことだから周りなんか見ないでひとりでドンドン進めちゃうんでしょ」
「うっ……それ言われるとつらいけど、でも今のバレー部員、みんなついてくるよ。むしろ私が置いていかれそうなくらい」
「え~うっそだぁ。陽菜って負けず嫌いだから―――」
俺の頭上で陽菜と彩夏のガールズトークが繰り広げられている。何センチか聞いてはいないが、彩夏は少なくとも陽菜より背が高い。ひょっとしたら玲子より高いかもしれない。
俺はというと向かい合う二人の真ん中に立たされている。背後にはぴったりと密着した彩夏。逃げようにも俺のおなかのあたりに彩夏の左腕によるホールドがあって逃げられない。
彩夏の右腕というか右手はさっきから俺の髪や頬や胸を触ったりなでたりしてる。
陽菜とのガールズトークの合間には
「やーん。優莉ちゃん相変わらず髪サラサラ♪」
とか
「うわぁ。お肌すべすべのもっちもち」
とか
「あれ?ちょっと大きくなった?お姉さんに教えてごらん」
とか言ってる。
どう考えてもセクハラ。先週のナンパ男より彩夏の方がよっぽどセクハラしてるはずなのに陽菜は文句を言わない。
お尻に手がかすったら痴漢なんですよね?だったらがっつり胸を揉んでくる彩夏は同罪以上じゃないの?やっぱり男女差別だ。
ちなみに俺の背は彩夏の胸くらいまでしかなく、かつ背面にがっつり密着ホールドされているので俺の後頭部には彩夏の柔らかいところがあたっている。
彩夏はこれを気にしていない。
俺はというとこの状況を嬉しい、ではなく暑苦しいな、程度にしか感じないことに男としてそれはどうなんだ、と思っている。
いや、これは彩夏のサイズが俺とどっこいどっこいなのが問題なのかもしれない。
俺は男だった時、大きい方が好きだった。
ではこれが彩夏サイズではなく、陽菜サイズだったと仮定しよう。
・・・
殺意しかわかないな。
い、いや今のは身内で例えたのが悪かった。そう、妹を性欲対象には見れないのは当然だ。ではもっと大きく、ユキサイズだったとしよう。
・・・
多分グーでぶん殴ってるな。巨乳はやはりもげる――――
「横田。何をやってるの」
コートへ向かう通路に男性にしては高い、女性にしては低いイケメンボイスが響く。
「!!市川先輩!」
ふにゃふにゃだった彩夏がピシーンという効果音が聞こえるくらいシャキッとした。同時に空気がピリッとしたものになる。
「横田。そちらの彼女はお友達?」
「は、はい!中学校時代の親友です!」
「ユニフォームから察するに松原女子の子だと思うけど、試合前に馴れ合うとつらいわよ?」
「大丈夫です!陽菜は私のライバルですので、こうして会うことで意気を高めていたんです!こう、2試合目は容赦しないぞ!って誓いを立てていたんです!」
陽菜が彩夏のライバルだったとは初耳だ。まあここで話の腰を折るわけにもいくまい。
「そう。ならいいんだけど」
そこまでいうと、ピリッとした空気が少し弛緩した。
「ここまでしてあいさつをしないのは不自然ね。初めまして。玉木商業3年生の市川 真貴子です。今日、試合をすることになったらよろしくね」
そういって両手を差し出す。
「わ、私は松原女子高校1年の立花 陽菜です。こっちが妹の優莉です」
「優莉です。よろしくお願いします」
「はい。よろしくね。でも試合では容赦はしないからね」
そう言いつつも陽菜、俺の順で握手するイケメン先輩。両手で包み込む丁寧な握手だ。俺もつられて両手でしてしまう。
いや、間近で見るとマジでイケメンだわ。この先輩。声も女にしては低いがそれがかえってイケメンボイスになってる。うちの高校だったらさぞモテているだろう。
「陽菜、優莉!何やってんの!準備運動始めるよ!」
!美穂先輩の声だ!
「今行きます!じゃ、後でね。彩夏!」
「彩ねえ!またね!」
=============================
陽菜たちがチームメイトに呼ばれて行った。
姿が見えなくなったところで市川先輩が聞いてきた。
「横田。あれが例の松女の外国人?」
「多分そうです。陽菜、えっとさっきの背の高い方が『ハーフは優莉だけ、後はみんな日本人』って言ってましたから」
「そう」
「先輩はあの都市伝説を信じますか?」
その都市伝説は突如生まれた。なんでも今年の松原女子には3m超の高さからスパイクを打てる外国人がいるというものだ。
馬鹿げてる。女子で3m超ってプロの世界だ。まあ、長身外国人ならあり得るかもしれないが、160cmもない優莉ちゃんが3mの高さからスパイクを打つには1m以上ジャンプしなければならない。
男子高生だって1m飛べるのは少ない。女子高生で1mも飛べるのがいるとは到底思えない。
「一考の価値はあると思っていたけど、あの背丈とあの脚じゃやっぱり都市伝説ね」
「背丈はともかく、脚ですか?」
「当たり前だけど、飛ぶには脚の筋肉が必要よ。それであの小さい子の脚をみた?あんな細い脚で高く飛べるはずがない」
「先輩、よく見てますね」
市川先輩はチームで一番洞察力が鋭い。
練習中も部員の好不調、手を抜いてる/抜いてないを見抜くのが的確で、試合中は相手の弱点をすぐに見抜く。
その先輩が都市伝説といっているのだ。やっぱり南波高校が流したデマであろう。
全く。ナンパに失敗して女の子のビンタで気絶させられた腹いせにデマを流すとかトンデモナイ屑連中だ!
「……ところで先輩。さっきから何をやってるんですか?」
市川先輩はしきりに自分の手のひらを揉んでる。
「ちょっとね。自分の手のひらの皮の厚さとさっきの小さい子、優莉ちゃんだったかしら?あの子の手の皮の厚さと比較してるの」
??意味が分からない。
「さっき握手した時、お姉さんの方はともかく、妹さんは右手と左手で手のひらの硬さがちょっと違ったわ。多分あの子、利き手の右手でなんらかの練習を相当してる。
あの背丈と脚でエーススパイカーはちょっと厳しいから、たぶんビッグサーバー、低い背に腕も細かったから強打は考えられない。ジャンプフローターサーバーかしらね」
!!
さすが市川先輩!!
たったあれだけのことでそこまで見抜くなんて!!
だが、この考察は一部正解で一部不正解だった。そして都市伝説は都市伝説でなかったことを私達は公式ウォームアップの時間で思い知る……