001 女子高生ライフスタート
4月7日。この日は俺が3年間通うことになる松原女子高校の入学式がある。
こんにちは。初めまして。俺の名前は立花 優莉。立花家の四女だ。実はつい9ヶ月前まで立花 悠司って名前の男だったんだが、わけあって女になってしまった。さらに身長は20cm以上縮み、容姿も日本人らしからぬものになってしまった。これでは立花悠司です、といっても誰も信じてくれない。なので別人の戸籍(東欧圏の日系ハーフ)で人生をリスタートさせている。
リスタートにあたり、戸籍上の年齢が3歳ほど下がったり、異性化による習慣の違いに戸惑ったりしてるが、この9ヶ月でだいぶ慣れた。あ、心のうちでは男言葉だが、話す時は女言葉を使うようにしている。そうしないと悪目立ちばかりするからな。考えてみて欲しい。女子高生が話す時に自分のことを『俺』と呼んでいては目立つであろう。すね毛がぼうぼうの女子高生はどう思う?座っているときに足を開いてパンツ丸見えな女子高生をどう思うか。ブラをせず、ぽっちが浮き上がっている女子高生をどう思うか。
周囲に溶け込む努力は必要である。
「~~~♪」
俺は鼻歌交じりに髪を梳く。女になった当初はこの長い髪が鬱陶しいだけだった。が、9ヶ月も共に過ごせば愛着もわく。最初は面倒なだけだったスキンケアも今じゃやらないとかえって違和感がわくくらいだ。この辺は女になった当初、あれこれと気を利かせてくれた3人の姉に感謝だな。
「優ちゃん。準備できた?」
ノックもせずに人の部屋に入ってきたのは元妹、現姉(元々は俺が2歳4ヶ月年上。3歳分年齢を下げたことで兄妹が逆転した。この辺ややこしいな)の陽菜だ。
今の戸籍を得る際にどっちが妹になるかで喧嘩したが、今にして思うと俺が妹になってよかった。
「うわぁ。今日も可愛いなぁ。こんなに可愛くなるんだったら女の子教育を頑張るんじゃなかった……」
なにやら呟いているが、まあ確かに俺は陽菜から見れば可愛いだろう。大人が赤ん坊を見て可愛い、というようなものである。というか
「ちょっと。朝からどこ触ってるの?」
4月5日生まれの陽菜は入学式を待たず16歳になった。逆に言えば16歳でこの圧倒的質量である。それに対し、俺は……
いや、これだけなら、脂肪の塊と笑い飛ばせる。だが、問題はこれだけではない。
「ねえ、今度はお姉ちゃんの腰を触って楽しい?」
楽しい?楽しいだと!! どこが!敗北感しかわかないわ!
というかお前はグラビアアイドルか!
同じ制服を着ているはずなのに片や胸元の盛り上がりを感じさせつつ、ブレザー越しにもわかるくびれを見せる外見の陽菜。
裸になればくびれくらい辛うじて見受けられるが、ブレザー越しでは全く伝わらず、寸胴にしかみえない俺。
本当に俺が妹になってよかった。万が一俺が陽菜の姉になろうものなら
ちっちゃいお姉ちゃん(笑)
と陰口を叩かれているに違いない。まあ今でも
ちっちゃい妹(笑)
なのは確定だろうが、妹な分、まだマシであると信じている。
というかうちにはおっぱい魔人しかいない。その中では三女の陽菜は一番の小物。次女はさらに大きく、長女にいたっては怪物だ。
……一応遺伝子的には俺も親族であるはずなんだがこの格差。解せぬ。
「……陽ねえ。私、お姉ちゃんみたいになれるかな?涼ねえみたく、なんて贅沢は言わないけど、せめて陽ねえの隣にいても笑われない女の子になりたい」
ちなみに涼ねえとは俺達の長姉のことである。
「優ちゃん、朝から何を言っているかよくわからないけど、お姉ちゃんは逆に優ちゃんになりたいからね。あと、優ちゃんの隣にいると笑われるのはお姉ちゃんの方だからね。」
この手の会話になるとなぜか陽ねえと俺の会話はかみ合わない。なぜだろう。
「早く自転車通学の許可証が欲しいね」
「たしか自転車通学希望者は今日の放課後に自転車置き場に集合だっけ?」
10分後、俺達は仲良く通学路を歩いていた。お互いの容姿についてはあれだが、それさえ除けば俺達の仲は非常に良い。ちなみに通学先の県立松原女子高校(通称:松女)までは家から徒歩で20分程度である。本当は自転車を使いたいが、高校の許可証が必要でその許可証は入学式後に交付されるという(一年更新で次は来年の始業式)。
なので20分間、俺達は通学のために歩くこととなり、その間ずっと話し通した。女になって感覚が変わったのか、長時間のおしゃべりも苦にならない。
むしろ物足りないくらいのところで学校についた。
「学年は一緒でもクラスは別だよね」
「こういう時、双子はクラスを分けるっていうし、私達もきっと別のクラスだよ」
などと話していたが、校門近くに張り出されたクラス分けを見ると……
「「あっ……」」
1年2組
出席番号 1番 相沢 幸子
出席番号 2番 井上 凛
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出席番号 18番 立花 陽菜
出席番号 19番 立花 優莉
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「ねえ優ちゃん。同じクラスになったね。なんでだろう?」
「多分私の国籍のせいかな?ほら、私、日本国籍を取得できたのは3月末だったし。入試の時は外国籍。だから陽ねえと姉妹として扱われなかった、とか」
「あ~かもね。というか、それなら3月末に国籍変わりました、って申請して今日までに学籍簿の名前をユーリ・タチバナから立花 優莉に変えた学校ってすごいね」
俺の国籍は捏造したものである。いやね、現代科学技術の常識で『女の子になっちゃいました』と言っても誰も信じてくれない。しかもただ性別が変わったのではない。調査の結果、遺伝子、骨格レベルで完全に他人という状態だ。
具体的には俺は男の時は180cmを超える身長であったが、今は156cmしかない。現代技術で20cm以上背丈を手術跡も残さず縮める方法など俺は知らない。とはいえ、日本国籍無しでこの国で生活するのは困難であるため、『戸籍もない内戦国で生まれ育った子供』でかつ『父親が若い時に遊んでできた隠し子』という設定を捏造して俺は日本国籍を得ている。
ちなみに日本国籍を取得できたのは3月も後半。松女の入学試験は2月上旬に行われている。入試の時は在留外国人として受験していたので陽菜との姉妹関係を学校側が把握できなかったのだろう。
案内板によると1年2組は4階にあるようだ。毎朝4階分階段をのぼるのは大変だね、などと話しながら教室に着くといきなり話しかけられた。
「ねえ、立花さん達って姉妹なのよね?」
誰だこいつ?アイコンタクトで陽菜に尋ねるが、向こうも知らないようだ。
「どうして私達が姉妹って知ってるの?あとあなたは誰?」
「あ、ごめんなさい。私は瀬田佳代。出席番号が17番で立花さん達の1つ前。あと、1年生であなた達が姉妹って知らない子はほとんどいないわよ?」
「えっと、瀬田さん。どうしてみんな私達が姉妹って知ってるの?見た目は似てないと思うけど」
スタイル、とは言わない。言ったら俺の心が砕ける。
「だって立花さん達、一か月前に体育館で大立ち回りを演じたじゃない。それなのに最後は二人仲良く手をつないで帰るんですもの。もう笑っちゃった」
あれか。
一か月前に体育館で大立ち回り、とは制服や体操着、その他諸々の採寸で入学前に集まった日のことを言っているのだろう。あの日は間違いなく俺の公開処刑日だった。背が周りより10cmほど高く、新高校1年生とは思えない程スタイルの良い陽菜。その横にいるのは平均より背が低く(といっても2~3cmだけど)、寸胴の俺。一緒に回っている都合上、相手のサイズも聞こえてしまう。
同じ制服を買うはずなのに、片や大人サイズ、片や子供サイズを公表されるという公開羞恥プレイを超えた公開処刑。
改めて再確認。間違いなく俺は被害者だな。が、陽ねえの口から出た言葉は事実は異なるものだった。
「優ちゃんのせいで私まで変人扱いになってる……」
「いやどう考えても陽ねえのせいじゃん」
「ぷっ。あはは。それよ、それよ。それをあんな大声で言い続けるんですもの。よっぽど仲がいいんだな、って。」
まあ、仲が良いのは否定しないな。
「それでそんなに仲が良くて、苗字も一緒なのになんで見た目が違うのかなって。ひょっとして親が再婚とか?」
まあ普通はそういう発想になるよな。だが、聞いてくれたのは好都合だ。
「あ、私、戦災孤児なんです。昨年の7月まで外国でシングルマザーの下、無国籍のストリートチルドレンをしてたんですけど、軍事クーデターが起きた際に母親が殺されちゃって、物乞いで餓死寸前のところを立花のお父さんに助けられて日本に来ました。」
「ちなみに笑えないことに、優ちゃんは私のお父さんが他所で作っちゃった子供で私の異母妹だよ。ちょっと前まで無国籍の難民だったけど、先月末にようやく正式な日本国籍を手に入れて今は日本人だね」
し~~ん
入学前にやらかした俺達の関係について聞きたい奴が大勢いたのだろう。
どうやらみな聞き耳を立てていたようだ。で、あまりに重い話に教室が静まり返った。
「あ、あはは。立花さん達、冗談がきつ」
「It is true(本当だよ)」
帰国子女アピールのために英語で返してみる。発音はばっちりのはずだ。瀬田さんはなんかもう泣きそうになっている。
本当は戦災孤児だとかは全部出鱈目なので気にされるとかえってつらい。
「気にしないで。いつかは聞かれると思ってたし。それがたまたま今だっただけです」
「ちなみに優ちゃん、日本語は頑張って覚えたけど、風習は怪しいところがあるから、見かけたら教えてあげてね」
尚もちょっと重い空気の中、アラフォーと思われる男性が教室に入ってきた。おそらく担任なのだろう。
「チャイムはまだなってないから席につかなくていいぞ」
とは言っているが、時計の針はすでにショートホームルームが始まる8時30分を指している。ほんの1分程度の時間しかないだろう。それをクラス全体が感じているのか、誰ともなく全員席に座るようになってた。
「君達は真面目だな」
教師が呆れたところでチャイムが鳴り――
「ぎりぎりセーフ」
チャイムとともに唯一教室にいなかった最後のクラスメイトが豪快に扉を開けて教室に入ってきた。
「ぎりぎりアウトだ。馬鹿者。今日は見逃してやるが、明日からはチャイムが鳴る頃には着席するように」
このけたたましく入ってきた同級生 ――都平 明日香―― が俺達の高校生活を大きく変えることになる。