054 閑話 それはただの気まぐれ
多分三夜連続公開予定
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立花 優莉たちが1年生のころ
8月
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金豊山学園高校の女子バレーボール部をまとめる大友監督は目の前に集まった精鋭達を見てとても満足していた。
半年ほど前の春高でついに念願の全国初優勝を達成。先月末のインターハイでも優勝し、自分たちは名実ともに日本一のバレー部と言えるようになった。
入部志望者を集めるにあたってこの日本一の看板はとても大きい。
進路先を考える中学生相手に自分たちは日本一の高校であるという口説き文句を言えること。そして外部から色々言われてきたが結果をもって自分たちの指導が全部とは言わないが間違っていないことを証明できた。
全国各地の有力な中学3年生は遅くとも年を越す前に進路を決める。そのため今年入部した新1年生は金豊山が日本一だと知らずに入学を決めた子達だが、来年の新1年生の勧誘には日本一の看板が使える。現に今年は春先から日本一の看板に惹かれてか有力中学からの問い合わせも多く、また直接スカウトに赴いた際の反応も良いと聞いている。
今回の夏休みを利用した体験入学――の口実を借りた実質中学生向けの入部試験――でも質・量ともにこれまでで一番の手ごたえを感じる入部希望者が集まった。
だがしかし――
(なんや?あのチビ?)
筋力や技術は鍛えればどうとでもなる。しかし身長だけはどうしようもない。そしてバレーボールはごまかさず言えば身長が正義のスポーツ。だから強いバレーチームを作るなら選手は高身長が最低条件。
それが信条である大友監督は当然、入部条件にリベロを除いて高身長を条件につけている。
なんならバレーボール経験がゼロでも高身長で運動神経がよさそうなら積極的に勧誘するほど高身長を重視している。
にもかかわらず、来年の入学・入部を希望する中学3年生の中で1人だけ背の低い――といっても160cm前後はあるので女子中学3年生としては平均並みである――入部希望者がいた。
(あれか?技術が凄いから博あたりがわいにダマでセレクションに参加するよう仕向けたんか?)
ならばお手並み拝見と大友監督はとりあえず静観することに決めた。
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観察の結果、そのチビは大したことない選手だった。また、途中でスカウト部門をまとめる沼田達にも確認したが、あの小さな選手は招待選手でもないことが判明した。
そこで、送られてきた履歴書を見るとそこには身長172cmとあった。だが、大友の見立てではせいぜい160ちょいといったところだろう。
(3~4cmならともかく、ずいぶん豪快な嘘をついたもんや)
とはいえ、入学したわけでもないただのセレクションだ。ここで断ってもいいが、その根性だけは買って話くらいはしてもいいか。
あきれつつも大友はそう考え、その小さな選手に近づいた。
「な~。お嬢ちゃん、どっから来たんや?わい、大阪なら県大会の1回戦、2回戦もチェックしとる。大阪周辺やとベスト4あたりからやな。で、お嬢ちゃん、どこでも見たことないんやけど、どこの出身や?」
「は、はい!私、福井県から来ました!」
「ほ~福井か。あそこからやと場所にもよるけど、体験入学の開始時間には始発でも間に合わんやろ?親御さんに送ってもらったんか?」
「い、いえ。近くのビジネスホテルに一泊しました」
「そっかそっか。そこまでして来てくれてありがとな。でな、わい。回りくどいの好きやないねん。だから単刀直入に聞くで。怒らんから正直に答えてや。お嬢ちゃん、身長何センチや」
「あの、私ひゃくな「怒らんから正直に言うてや」……162cmです」
10cmもサバ読むとはなかなかのもんや。なんでばれへんと思うたんかなぁと大友監督は思った。
「身長条件のこと、知っとったやろ?なんで来た?怒らんから正直に言うてみい」
「春高、見たんです!すごく高くて力強くてかっこいいバレーでした!私もあんなふうになりたいって思ったんです」
それは素直にうれしい。自分たちのバレーを見て憧れてくれる少女を増やし、バレー人口を増やし、多くの選手で切磋琢磨し、いずれ金豊山の卒業生で世界を獲る。それが大友監督の夢だからだ。
だからか、問答無用に追い出す前にもう少し話――というか現実を教えることにした。
「春高見たならわかるやろ?『力強くて』『かっこいい』は練習次第でなんとかなる。けどな『すごく高くて』は練習ではどうしようもないで?バレーボールで高身長は絶対ではないかもしれんけど、強烈な強みであることに間違いはあらへん。それを見てくれた春高でも証明したやろ?」
目の前の少女は黙った。大友監督はさらに残酷な現実を教える。
「一昨年は4人、春高獲った去年は3人。今年も多分3人。何の人数かわかるか?」
「わかりません」
少女は首を横に振る。
「答えはな、3年間、一生懸命バレーボールやったにもかかわらず、いっぺんもユニフォームを着れんと卒業した子の人数や。
あくまで『3年間、一生懸命バレーボールやった』子で『ユニフォームを着れへんかった』、やで。何らかの理由で退部した子やユニフォーム着れても公式戦に出られへんかった子はのぞいての人数や。
想像してるよりきっついで。一生懸命練習してるのに先輩、同級生はまだしも後輩にも抜かれていく。それでも毎日、遊びもせんとバレー漬けや。それで毎年何人かは辞めていく。他所の高校やったら主力になれる選手が、やで?」
息をのむ少女。
辞めた理由の詳細――ほかの部員に実力で抜かれ、やる気を失い、練習に身が入らず、素行が荒れ始めたので強制退部&退学となった者もいる――を言わないのはそこまで辛い現実を見せる必要はないだろうという判断である。
だが、それがよくなかった。少女を誤解させてしまった。
「あの、私3年間一度も「最初から試合に出る気のない子なんてイラン。欲しいのはたとえ今実力が劣っていても絶対にユニフォームを着たる、レギュラー全員蹴散らして自分がエースになったる、そんな子や。全国一やで?それくらいの気概がないと話にならんわ」」
おそらく試合に出れなくても入部させてほしいとでも言いそうなところを強い口調で否定する。事実、金豊山学園女子バレー部で生き残っているのはそんな子ばかりだ。
「お嬢ちゃん、経験者やろ。ここまでの動き見とったわ。それなりにできとる。それは認めたる。ここやあらへんとこなら高校でもレギュラー狙えるやろな。せやのに、なんでうちに来たいんや?」
「金豊山が一番すごく高くて力強くてかっこいいバレーだったからです!」
「……それはさっき聞いたな。でもな、そのかっこいいバレーをするための練習はきついで。恥ずかしい話やけど日本一のチームといってもやな、自分たちが日本一上手くバレーを教えられるわけやないと思っとる。けどな、バレーボールをするうえでここが日本一厳しいっちゅうことには自信がある。お嬢ちゃんの背丈やと相当頑張っても3年間、日陰者やで?それでもか?」
「それでもです!」
――強い意志を秘めた目や――こういう目をした子がバレーで大きく伸びるんや。んでそれ以上の人数、こんな目を最初はしてた子が現実を知って挫折した場面を見てきたんやけどな。
「ところでお嬢ちゃん、何月生まれや?」
「え?いきなりなんですか?」
「現代医学ってすごいもんでな、子供の骨を見ればあとどれくらいおっきくなれるのかわかるんや。んで男の子やったら18歳くらい、女の子やったら15歳くらいで大体身長の伸びは止まることがわかっとる。
もちろん個人差はあるけどな。15歳って中学3年生の歳やんか。つまり女の子は高校生になったら身長は伸びないってことや」
「お言葉ですが、金豊山に入って身長が伸びたって話を聞いたことがあるんですけど……」
「まあ、15歳で大体止まるっちゅうだけで、体自体は女の子でも20歳くらいまではほんの少しずつ伸びたりもする。そもそも個人差もあるしな。んでその小さい可能性を運動、食事、睡眠の3つをバランスよう整えることでその伸びを補強してるんや。してるんやけどな、それでも5cm以上伸びた子には全員カラクリがあんねん」
「カラクリ?」
「せや。カラクリや。さっき女の子は15歳くらいまで身長が伸びる、15歳は中学3年生って言うたやろ?でもな、もう少し細かく見れば4月生まれの子は中学3年生の3月には16歳に近い15歳や。反対に3月生まれの子は中学3年生の3月でようやく14歳から15歳になった子や。そんな子が高校1年生4月になったら大げさに言うと15歳を過ぎて16歳になった子と限りなく14歳に近い、言い換えればあと1年分成長の機会を残した15歳の子になるんや。で、さっきのカラクリの正体やけどな、実は金豊山にきて5cm以上伸びた子は全員早生まれや。で、お嬢ちゃん、正直に答えてな。何月生まれや?」
「2月です!2月8日生まれです!」
……一応、履歴書にも2月生まれとは書いてある。とはいえ身長を偽った子だ。生年月日も違う可能性もある。あるにはあるが……
のちの大友監督はこのとき、なんで追い出さなかったのか、なんで仮とは言え入部を認めたのかと聞かれたときにたまたま、としか答えられなかった。おそらく、優秀な新1年生候補を何人も見て機嫌がよかったことも大いにあっただろう。
「……そっか。2月か。それならまだそのちっこい身長も何とかなるかもな」
「!!じゃ、じゃあ」
「まず先に言うとくで。推薦状は出さへん。せやからあんまり難しゅうないとは言えちゃんと金豊山学園の入学試験、受けて合格すること。来年の4月、金豊山の制服着れるようやったら入部は認めてもええ。
ただし仮入部でや。そっから試合に出れるかは実力次第や。贔屓はせん。お嬢ちゃんはうちのレギュラーの子と比べて10cmは身長が低い。バレーボールで10cm身長が低いのは相当なハンデや。
この身長差を覆す何かがあらへんと3年間、ずっと球拾いや。それとこれはお嬢ちゃんだけに限ったことやないんやけど、生活態度が悪いと退部、退学も普通にあり得る。それでもええんか?」
問題ない、ありがとうございます、と喜色満面に浮かべる少女に対し、大友監督はかなり後ろ向きなことを考えていた。
――日本一やしな。こういう子も出てくるのは想定の範囲内や――
大本監督は目の前の少女を日本一の名声だけを盗りに来た盗人だと判断していた。
どんなにへたくそでも、実際には試合に出れないような選手でも金豊山学園高校女子バレーボール部に所属さえしていれば『春高やインターハイで日本一になった女子バレー部の部員だった』『私が高校生の時はバレー部に入部していて、その時に日本一になったことがある』と言えてしまう。
だが、春高優勝、インターハイ優勝は去年、今年所属のバレー部員だけではない、過去に所属していた多くのバレー部員の汗と努力と涙の果ての勲章だ。
それを上っ面だけ掬い取ってその勲章を自分のものにするのは気分が悪い。
――やる気あるのはどうせ最初のほうだけやろうな。すぐに根を上げるやろ。そんで仮病を使いだして練習に来なくなる。そのままズルズル中途半端にバレー部員で居続けるんやろうけど、そうはさせん。そうなったら強制退部からの強制退学や――
よい言葉ではないが確かに『腐ったミカンの方程式』というものはある。
前向きに言うならダイヤモンドはダイヤモンドで磨かれるものだ。
集団生活を送るうえで、生活態度というものは確実に伝播する。
怠け者がいればそれに倣って自分もやってもいいかと思ってしまうものがいる。反対に真面目にきっちりやっているものばかりなら手を抜くものはそうそう現れない。目の前の少女を生贄に他山の石以て玉を攻むべしとしよう。
そんな考えで大友監督は仮とはいえ入部を認めることとした。
「そういえば名前、聞いてへんかったわ。わいは大友 重雄。ここで監督やってるおっちゃんや。履歴書見て知っとるけど、お嬢ちゃん、お名前は?」
「はい。福井県出身で星野 司っていいます!4月からよろしくお願いします!」
――それから15か月後の11月。金豊山学園高校の女子バレーボール部のユニフォームを着た星野 司が正セッターとして春高最終予選を戦うことをこの時は誰も予想していなかった。