表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/208

053 高校生向け日本代表合宿 その6

パリ五輪。男女ともやはり世界の壁は厚かった……

 合宿中といっても常に何かしらの運動をしているわけではなく、食事以外にも適宜休憩が入る。現在は休憩中で汗を拭いたり、水分補給をしたり、雑談――まあこの合宿に来るような連中は真面目なアスリートなので内容は大体ついさっきまでの試合の反省会、そうでなくても例えば今日の練習後の自主練の話、変わり種だと日頃のお互いの練習メニューや食生活――をしたりと各々自由に過ごしている。

 

 昭和の時代ではないので水分補給の大切さは誰もが知っているし、水分補給をすればお手洗いに、という子もいるだろう。

 

 そして、健全な16~18歳の女性がこれだけいるということは当然、何人かはそういう日だろう。となれば休憩時間を利用して換える子だっているだろう。

 

 そんな俺も予測ではあと数日後、合宿が終わった頃に来るはずである。なので合宿中は多分被らないが、こればっかりは平気で数日ズレることもあるしで、一応対策はしている。

 

 ……血では汚れないけど、俺もどっかで換えるか……

 

 そんな女になってから抱え込んだ事情を考えているとさっきまで試合をしていた相手チームの藤堂先輩がこっちに近づいてきた。

 

「さっきの試合って結構な割合で私達が勝てた試合だったよね」


「そうですね。というかむしろ逆に何回も戦ったら先輩達の方が勝ち星を重ねられますよ」


 つい先ほどまで接戦を繰り広げていた相手チームの藤堂先輩相手に俺は素直な意見を返した。

 

「お?やけにあっさり認めるわね?」


「そりゃ事実そうでしたし」


「ふ~ん。立花って見た目ほわほわなのに結構負けず嫌いなところがあるから否定すると思ったんだけど?」


「負けたくないからこそ、戦力分析は正確にしないと勝ちにつながりませんよ。今日のうちのチームはどうしてもブロックの高さがでないから割と相手攻撃が素通しなんですよね。で、じゃあレシーブで拾いましょ、ってなるんですけど、急造チームでブロックも含めた守備位置・守備範囲がまだちゃんと決まってなくてそこをつかれると脆いですよね。先輩のところはその辺、今日も巧かったですよね」

 

「まあ、うちはそれなりにブロックの高さが出るし、みんなブロックシフトの基本というかセオリーがわかっているからまずブロックで、ダメならレシーブって奇策でも何でもない王道スタイルだったからね。王道ってのはつまらなく見えるかもしれないけど、大体うまくいくから王道ってことよ」


「やっぱブロックである程度スパイクを防ぐかせめて攻撃範囲を狭くしないときついですよね」


「立花にそれ言われると、いやお前ブロック関係ないじゃんと思わなくもないけど。そうそう。さっきの試合と言えば、最後、立花って魔球サーブ使ったよな?あれ、昨日の自主練だと練習試合じゃ使っても意味ないから使わないって言ってたけどなんで使ったの?」


 そこ聞いちゃう?

 

「単純に確率の問題ですよ。スパイクサーブの方は狙ったところに大体打てます。で、女子にしては強力なサーブだと自分でも思っているので結構な確率でサービスエースか、悪くてもファーストタッチを乱せるんですよ。ところがさっきの先輩達みたいに相手レシーバーが良い選手ばかりだとサーブレシーブに成功されちゃうんですよね。

 私、先輩がさっき言ったみたいに『負けず嫌い』なのでそれって面白くないんですよ。相手にサーブレシーブを成功されてスパイクで返されて失点するくらいなら、ノーコンでサーブに失敗するかもしれなくても魔球サーブっていう恥かしい名前が付けられたサーブで勝負してもいいかな、って」

 

「『相手レシーバーが良い選手ばかり』って持ち上げてくれるわね。立花に言われたら調子乗っちゃいそう」


「乗って良いですよ。バンバン乗りましょう」


「マジ!よーし。地元に帰ったら『日本のエースにレシーブが巧い』って言われたって自慢しまくることするわ」


 などと言いつつ笑っていると先ほどの試合では俺のチームメイトだったこんちゃんが近づいてきた。

 

「お疲れーっす。なに笑って話してたんですか?」


「いやね、さっきの試合を通じて『日本のエースにレシーブが巧い』って評価されてめっちゃ調子に乗ってた」


「あー智花さん、レシーブも巧いっすからね。ま、その智花さんをもってしても魔球サーブは攻略できなかったみたいですけど」


「うっさい。それ出来たら余裕でバレーボール女子日本代表入りしてるつーの!」


「でも実際どうします?春高で立花パイセンのところとあたって魔球サーブ打たれたらどうしようもなくないですか?」


「それなら逆に大丈夫ってことがさっきわかったから問題ない」


「ん?どうして問題ないんですか?」


「なー立花。もっかい同じこと聞くけど、『なんで魔球サーブを使ったの?』」


 なるほど。そういうことね。なら答えてあげましょう。

 

「そりゃ『単純に確率の問題ですよ。私、スパイクサーブでも結構な確率でサービスエースか、悪くてもファーストタッチを乱せるんです。でも相手レシーバーが良い選手ばかりだとサーブレシーブに成功されちゃうんです。私、『負けず嫌い』なので相手にサーブレシーブを成功されるくらいならノーコンでサーブに失敗するかもしれない魔球サーブで勝負します』」


 俺はさきほどの発言をまとめる形で返答した。

 

「聞いたでしょ。前提として立花に魔球サーブを使わせるにはスパイクサーブだとサーブレシーブをきれいにされるかもって思わせないといけない。

 で、桜山(うち)のスタメンで立花のスパイクサーブ、ちゃんとサーブレシーブ出来なさそうなのは何人思いつく?」

 

 こんちゃんが露骨に挙動不審になり始めた。

 

「え、え~と、スタメンでも半分くらい?」


「でしょうねぇ……。ちなみにジュリアは自信ある?」


「無いので智花さん!フォローお願いします!」


「いや。そこは頑張りなさいよ!」


「頑張るだけで後2週間くらいで立花先輩のサーブをAパスで返せるくらい成長できるほどバレーボールの才能があったら私だって日本代表入りしてますよ!」

 

 ……この2人、3年と1年だけどめっちゃ仲いいな。

 

 そのまま目の前で立花優莉()対策を話す2人に対し、先ほど疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「そういえばこんちゃん、昨日バレーボールを始めたのは中学2年からだって言ってたけどなんで?お父さんとかお母さんに何も言われなかったの?」


「バレーボールをやれって言われなかったのか、って奴ですか?なかったですよ。小学校の頃は好きにしなさいって言われてバスケやってましたし、中学2年の時にバレーボールをやるって言った時には逆に親とかお兄ちゃんとかと比べられるぞ、あんだけバスケをやってたのにいいのかってやんわり反対されたくらいですよ」

 

「なんで小学生の頃はバスケだったの?」


「そういえば私もジュリアがなんでバスケやってたのか聞いたことなかったわ」


「……どっから話そうかな……

 知ってると思いますけど、私には5歳年上のお兄ちゃんがいるんですよ。お兄ちゃんは小学校の頃からバレーボールをやっていて、5年生と時と6年生の時にレギュラーで全小に出てます。で、このお兄ちゃんが原因で私、小学校の頃バレーボールが大っ嫌いだったんですよ」


 ……直接俺には関係ないし、事実言葉もつながってないけど『【お兄ちゃん】が原因で私、小学校の頃バレーボールが【大っ嫌い】だったんですよ』という音をこうも簡単に、かつ感情をこめて言われるとぐっさり来た。

 いやいや。立花家(うち)は大丈夫だし。合宿直前の一昨日だって(陽菜)とは一緒に風呂に入って一緒に寝るくらいの仲良しだし。

 

 これはこれで兄妹の関係としてはダメな気がするが、少なくとも嫌っているということはないだろう。

 

「そー言えばその話聞いたことなかったわ。ジュリアはなんでバレーボールが嫌いになったの?確かお兄さんは5歳年上だから小学1~2年の頃に兄のスパイク練習に付き合わされたとか?」


 藤堂先輩が割と説得力のあることを言う。

 

 そんな俺も立花悠司()だった時の、確か小学校4~6年生あたりのころに美佳ねえの自主練習に付き合わされたことがある。

 

 あの頃、当時中学生の美佳ねえはバリバリのアタッカーだったのでスパイク練習の補助――レシーブせよ、ではなく、球出しや球拾い――が主だった。

 

 当時でも女子中学生という枠組みなら全国区の美佳ねえのスパイクは、小学生の俺から見ても速いものだった。ありがちなこととして、例えばスパイクの練習がてら打ったボールを面白半分でこんちゃんに向けたとか?

 

 小学5~6年生の男子が妹に軽い気持ち――軽い気持ちなのは当人の話であってあてられる妹からすればたまったものではないだろう――でボールをぶつけてる、なんてことは想像できる。逆に小学校に入るか入らないかの女の子からすれば、兄からのものすごい速さでボールをぶつけられたら怖いだろうし嫌だろう。これでバレーボールが嫌いになったとか?

 

 そんな推理をしたが全く違うことをこんちゃんは言いだす。

 

「そうではなくて、試合のたびに休日を潰されたのが理由です。知ってますか?練習試合ならともかく、公式戦だと全小県予選1次予選みたいな小さな試合でも市とか県が管理している体育館でやるんです。

 で、そんな体育館て住宅街じゃなくて畑とか田んぼの中にポツンと体育館だけあるみたいなところに建ってるんです」

 

 ま、公営の体育館ってメインアリーナはもちろん、施設によってはサブアリーナもあったり、柔道剣道弓道なんかの道場も併設されている場合もあったりで結構な場所を必要とする。


 そんなものを住宅街のど真ん中に建てようとしたら土地代だけでもえらいことになる。なので、ちょっと緑豊かなところに建てられていることが殆どだ。少なくとも俺の地元はそうだし、こんちゃんの地元もそのようだ。

 

「お兄ちゃんが小学生5年生の時、私は幼稚園の年長組、6年生の時で小学1年生です。うちはお兄ちゃんと私の2人兄妹で、お父さんはバレーボールの元日本代表、お母さんは元ブラジル代表。

 だからかお兄ちゃんの試合になると両親揃ってはりきって応援に行くんですけど、その頃の私を一人で長時間留守番させるのは心配だ、っていってお兄ちゃんの試合に強制連行されたんです。

 ひっどいですよ。本当は日曜日の朝からやっているアニメを見たかったのに、7時前に小学生のチームが集合、1時間超かけてどこかの体育館へ車で団体移動、試合開始が9時くらいだから、その前にウォームアップ、で大体試合が終わるのが2時とか3時でそこから家に帰るともう5時とかですよ。お兄ちゃんの試合のせいで私の日曜日がつぶれるんです!

 まあ、それでも友達がいて遊んで時間を潰せるならまだいいんですけど、大抵ひとりでポツンと時間を潰してました。

 同い年の女の子はもちろん、男子だっていません。いくら小学生の試合だからってクラブチームに所属して試合に出るような子って5~6年生中心なもんで、小学1年生なんて私だけでしたから。そんなのがたくさんあったからバレーボールが凄く嫌いになりました!」

 

 ……まあ、それならわからんでもない。でもじゃあなんでバスケをこんちゃんは始めたんだ?

 

「ジュリアがバレーを嫌いな理由は分かったけど、なんでバスケを小学校の頃やってたの?」

  

「それもお兄ちゃんが原因ですね。お兄ちゃんの部屋にあったバスケマンガにはまって始めたんです」


「バスケマンガって『コートの支配者』とか?」


「!!先輩良く知ってますね!あれ私が小学生の頃に連載していたちょっと古いマンガなんですけど?」


 ――コートの支配者――

 

 立花悠司(本当の俺)基準で小学4年生から中学2年まで、陽菜や立花優莉(設定上の俺)基準だと小学1年生から5年生まで、こんちゃんは陽菜より1歳年下だから小学校入学前から小学4年生のころにとある週刊誌に連載されていた正統派スポコンバスケ漫画だ。

 

 今でも知名度はあるが、当時はものすごい人気を誇り、当時小学校高学年から中学生の男子は直撃世代で、その頃のバスケ部は入部希望者が殺到したほどだ。

 

 ちなみに俺の周りで一番影響を受けたのが雄太。あのマンガの影響で小学5年生からバスケを始め、中学、高校共にバスケ部だったくらいだ。

 

 そしてそれは俺の世代では全然珍しくない出来事だった。

 

 ……『コートの支配者』が連載していた時のこんちゃんのお兄さんは小学5年生から中学3年生の頃だから俺と同じく直撃世代だな。

 


「立花はよく知ってるなぁ。確か5年くらい前に完結してなかったけ?」


「藤堂先輩。アニメはまだ完結してませんよ。今年の夏にアニメ6期ウィンターカップ編の後半が終わって、後は最後に劇場版でウィンターカップ決勝の神妙宮戦をやってお終いになります。劇場版は来年らしいですね」

 

「あ!先輩はアニメ組なんですね!というか先輩ってアニメ見るんですね!」


「コートの支配者の入口はアニメだよ。続きが気になったから単行本で先まで全部読んで追い越したけど。あと、アニメはめっちゃ見るよ。なんなら私の日本語の教科書だし」


 無論だが、俺の日本語の教科書がアニメというのは捏造設定である。が、これが結構説得力のある設定なので使い倒している。

 

「そういえばあんまりにも流暢に日本語話すから忘れてたけど、高校入る前まで外国にいたんだっけ?そんな設定のキャラかと思ってたわ」


「なんですか、それ。酷いですよ」


 藤堂先輩にうっかり真実をつかれるがそこは笑ってごまかす。

 

「でもアニメなんかが本当に日本語の教科書になるんですか?」


「なるよ。むしろ生活に必要な日本語を覚えるならちゃんとした日本語の教科書なんかよりアニメとかマンガの方がよっぽどいい教科書になるよ」


 こんちゃんがそんなことを聞いてくるが、俺はそれを真っ向から否定する。


「日本語の教科書に書いてある日本語って正しい日本語なんだけど、じゃあみんな普段から言語学として正しい日本語って使ってる?現代文のテストはいつも満点とってる?」


 俺がそう言うと2人とも苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「でも2人とも日本で普通に生活できるでしょ。逆に言っちゃえば『正しい日本語』しか使えないと普通に生活出来ないんだよ。多分。『正しい日本語』じゃなくて『活きた日本語』を学ぶにはマンガとかアニメとかドラマとかのほうが適してるってこと」


「そういわれるとぐうの音もでないなあ」


 ますます苦笑を深くする藤堂先輩。

 

「でも弊害がないわけではないんだよね。私の場合、『活きた日本語』の教材が少年漫画とか男の子向けアニメに偏っていたから実は高校生になりたての頃だと自分のことをうっかり『俺』って言っちゃうことが結構あったんだよね」

 

 最近はすっかりなくなったけど、と追加して答えておいた。

 

 ちなみにこの設定はいままでも女子高生をやっていくなかでうっかり『俺』などの男言葉を使った時の言い訳に使っている。

 

「あぁ。日本語だと私以外にも俺とか僕とかアタシとか色々あるからなあ。普段は意識しないけど、外国人が見れば奇妙で使い分けが難しいんだろうな」


「全然そんなイメージないですけど、先輩って俺っ子だったんですか?本当に?」


「ホントホント。玲子――えっと、さっき藤堂先輩の対角にいたウイングスパイカーの子に聞いてみれば教えてくれるよ」


「立花の見た目と声で『俺』は似合わないなあ……」


「あ、いた!優莉ちゃん!ちょっといい?」


 俺が藤堂先輩、こんちゃんと話をしていると正美ちゃんと知佳ちゃんと奏ちゃんと玲子と――なんかこの合宿に参加している2年生ほぼ全員が塊で来た。

 

 俺は今まで話していた藤堂先輩にアイコンタクトを送るとあっちからは「大した話をしてないし、いいよ」と返答を受け、2年生集団に向き合う。

 

「いいけど、なに?」


「今ね、あっちでこの合宿メンバーで最強チームを作ったら誰が選ばれるかって話になったの。で、この中で最強って言ったら優莉ちゃんでしょ?その優莉ちゃんが選ぶチームって誰だろうって話になったの!」


 最強と言われると自他共に欠点がいくらでもあると理解しているが、曲がりなりにも日本代表のエースとして戦ったし、世界一に貢献したと言えるのだから、いったん最強の名はもらっておこう。

 

「私が選ぶの?ちなみに正美ちゃん達で話をしてた時はどんなチームだったの?」


「後で話してもいいけど、まずは優莉ちゃんが前情報なしのガチで選んでほしいの!」


「人の意見聞いちゃうと引きずられちゃうでしょ!だからまず優莉ちゃんの考えを教えて欲しい」


 ……ふむ。確かに人の意見を聞くとなるほどと思ってしまうからなあ……

 

「じゃあ選ぶとして条件は?例えば仮想敵は誰にするとか、今後の成長も考えていいとか、あとはこの合宿中のメンバーだと微妙にぎこちないチームワークが改善するとか……あと、ポジションは変えていいの?」


「え?まあ、まだなじめてなくて動きの悪い人もいるから、チームワーク改善はわかるけど、ポジション変更って?」


「ほら、この間の世界選手権で優莉ちゃんってウィングスパイカー()だったりオポジット()だったりしたからそれじゃない?」


 そんなことを言ってくるのは奏ちゃん。専門家には怒られるかもしれないけど、ウィングスパイカー、ミドルブロッカー、オポジットはある程度ポジジョンを入れ替えてもそれなり練習すれば十分な選手に成ると思っている。だから (164cmの奏ちゃんには悪いけど)基本的に身長が正義のバレーボールで強い奴を選ぶなら背の高い奴を選びたい。

 

 もちろん、こんちゃんみたいな規格外の身体能力とかの代えが利かない武器は別。

 

 俺の意図をくみ取ったのか、正美ちゃんが続ける。

 

「わかった。じゃあ仮想敵というかせっかくだし『この合宿メンバーで世界選手権を戦うなら』って相手設定でポジジョン変更はあり。身長は流石にみんなこれ以上大きく伸びはしないだろうからそのまま。技術はまだまだ伸びると思うけど、伸びしろなんて見えないからこっちも現時点のまま。けどチームワークは改善されているっていう条件で選んで!」

 

「う~ん。そうなるとまずはチームの戦い方が決まる司令塔のセッター。これは知佳ちゃんで決定」


「え?」「マジ?」「理由!理由を教えて!」と一斉に騒ぎ出す。


「選出理由だけど、まずセッターで170cm超。これは結構でかい。160cm台の私が言うのもなんだけど、やっぱり外国の選手ってセッターでも背が高いよ。対抗するにはこちらのセッターも高い方が良い。知佳ちゃんは背が高いし、背が高いからブロックが高い。トスだけじゃなくてレシーブも巧いし、サーブも強力。たまに打つスパイクも強い。弱点がないっていうのは良いことだよ。

 世界選手権で守備面で散々足を引っ張った私がいうのも変だけど、強いチームは相手選手のどこか1つ弱点を見つけるとそこを徹底的に突かれる。

 監督がよく『世界に通用する武器が欲しい』って言うけど、それと同じくらい明らかな弱点の無い選手って重要だよ。だから知佳ちゃん」

 

 俺がそう言い切ると当の本人はさっきまで騒がしかったのに今はだんまり。しかしすぐに――

 

「――っしゃ!私の時代が来た!!」


 と雄叫びを上げつつ騒ぎ出した。

 

 ……そんなに?と俺は思ってしまう……

 

 内心引いている俺とは別に周囲は「いいなぁ」「次!次は!」とか大盛り上がりだ。

 

「――で、セッターが決まって戦い方も決まったから次はスパイカー。レフト2枚にセッター対角1枚の計3枚。1枚は私として、残り2枚のうち、1枚は正美ちゃんで決定」

 

「え?私?まあ、そりゃそれなりに出来ると思う方だけど、それでもこの豪華メンバーで即決するレベルなの?私?」

 

 周りから「えー!!」とか「意外かも」と言った否定っぽい意見と「さっきのあれじゃない?背が高くて弱点がないってのが良いっていってたじゃん」とか「徳本も割とオールラウンダーだよね」と言った肯定っぽい意見が飛び交う中、理由を告げる。

 

「チームワークが改善されているって条件でもそれはある程度でしょ。姫咲とは何回もやっているから知ってるけど、正美ちゃん―知佳ちゃんのセットアップは本当に嫌だよ。え?そこに上げるの?ってボールも平気で打ってくるし……」

 

「でもそれって逆に言えば沖野あっての徳本ってことでしょ?その評価ってありなの?」


「あり。全然あり。そもそも今の全日本代表の中心だって10年くらい前に姫咲を卒業した時の世代で、そこに外付け強化パーツ扱いの選手を当てはめている感じだからね」


 周りからは「そうなんだぁ」とかの声。なお、当の正美ちゃんは「知佳!あんがと!私達ズットモだよ!」なんて言っている……

 

「スパイカー3枚のうち、2枚はこれで決定だけど、残り1枚は迷うんだよね。個人的にはやっぱり弱点がなくて基礎能力全般が高い玲子を推したい」


 今日は試合形式の練習開始前に補強練習、それも昨日と違ってウェイトトレーニングも混ぜたことで玲子の基礎筋力が合宿に参加している精鋭女子高生バレーボーラーの中でも総合力で抜けていることが分かった。握力測定、垂直飛び、シャトルランなんかの種目で、言わなくてもいいと思うが、この手の基礎筋力測定となるとなると俺が全種目でぶっちぎった。

 玲子は俺に次ぐ全種目2位、というわけではなかったがすべての種目で五傑以内を確保し続け、基礎能力の高さを証明した。やはり本気で世界とやりあうのであればまず身体能力がある程度以上の選手から選びたい。

 

「玲子以外だと飛んだ時に高さの出るこんちゃんかなあ。でも守備を鍛えないと集中砲火になるのがなあ。ただでさえ、私っていう特大の守備の穴がある中で穴2つはちょっと避けたい……」


「え?私?私もありなんですか!おっしゃー!超アガってきた!」


「ジュリア聞いてなかったの?守備を鍛えないと集中砲火って話があったでしょうが」


 近くにいたこんちゃんに流れ弾が飛んだ形だが、こんちゃんも俺に選ばれたらテンションが上がっている。

 

  ……俺に選ばれたことがそんなに?と俺は再び思ってしまう……


「あとはこの合宿中だといまいちなんだけど小平先輩。本当は動画で見た国体の時くらいできれば最後1枚は小平先輩なんだけど……」


 俺がそういうと「あぁ」みたいな声とそれに紛れて「小平先輩はちょっとなじむまで時間がかかるんですよ」とフォローに入る金豊山の後輩。

 

「セッターとスパイカーが決まったことで残りはセンターライン。ここは杜若先輩は当確。後1人は背丈で選んで里桜ちゃんでもいいんだけど、ポジション変更もありだよね?となると栗田さんでもいいかなって思う」


「へ?私?」


 俺の唐突な発言に驚く当の栗田さん。

 

 栗田(くりた) 望海(のぞみ)。金豊山学園高校の2年生で身長183cm。ポジションはウイングスパイカーで、秋からの急成長で春高の大阪予選からエースとして金豊山を春高に導いた選手だ。

 

「不本意かもしれないけど、栗田さんの高身長とそこからのブロックの高さは魅力だよ。あと、確認だけど栗田さん、レシーブとサーブとスパイクにブロック。里桜ちゃんと比べて負けてると思う?」


「あ~そういわれるとないわ。うん。絶対にない。久保田には身長は負けてるけどそれ以外でバレーに必要な要素で負ける気はしないし」


「だったら、栗田さんをセンターラインに入れるのはありかなって。で、最後はリベロ。ここはちょっとわからない。みんな同じくらいうまく見えるし。しいて言うなら一緒にやってスムーズにできた紫苑ちゃんかな?」

 

 全ポジションでの選出をしたことで周囲が騒ぎ出す。

 

「つまり、今あげたのが暫定かもしれないけど、この合宿メンバーで組んだ時の最強チームで、日本代表に近い選手ってことでいい?」


 期待を込めた目でこちらを見つめる知佳ちゃんに俺は酷な宣言をする。


「さっきのメンバーで日本代表に呼ぶのは小平先輩とこんちゃんだけかな。逆に知佳ちゃんはよほどのことがない限り呼ばない」


「えーー!!なんで!」


 当然の声を上げる知佳ちゃん。でも理由があるんだよ。

 

「私さ、美佳ねえ……姫咲のバレー部OGから聞いているから知ってるんだけど、卒業生でプロとか大学にいった卒業生がたまに姫咲高校に遊びに来て一緒に練習するって知っているんだ。

 で、知佳ちゃんの場合、先輩セッターにあたる川村さんとか伊月さんとかが時々姫咲高校に来て一緒に練習することもあると思うんだけど、実際に見てあの2人とポジション争いして勝てると思う?今の日本代表、川村さん、伊月さん、これに金豊山のOGの飛田さんって人の3人でポジション争いしてるんだよ?多分代表のセッター枠は試合に選手登録する枠は2枠、実際試合に出れるのは1枠。だから知佳ちゃんが日本代表に正セッターとして試合に出るにはこの3人に勝たないといけない。せめて日本代表入り、ってレベルでも誰かに勝たないといけないんだけど、勝てる?」

 

「――無理ゲー」


 がっくり肩を落とす知佳ちゃん。

 

「で、知佳ちゃんほどじゃないけどほかの選手も日本代表入りするには今の日本代表に言い方が悪いけど上位互換がいるからちょっと……。例外は世界レベルの跳躍力をもつこんちゃんと超高身長の小平先輩。

 さっきのこの世代最強メンバーでは呼ばなかったけど、逆に奏ちゃんくらい万能選手は日本代表でもいないからむしろ奏ちゃんは召集の可能性ある。よく田代監督のいう『何かできる選手』っていう枠でいうと本当に何でも――スパイカーだけじゃなくてレシーブもトスもサーブも高いレベルっていうのは唯一無二だと思うんだよね」


 俺の発言に奏ちゃんはびっくりしている。いやいや奏ちゃんすごいからね。ここまで万能な選手はいなかった。なんというかある程度までいっちゃうとポジションの専門家になって特化しちゃうんだよね。

 でも奏ちゃんはそれがない。何でもできるというよりはなんでもとびぬけてできるという感じ。本当の意味で攻撃だけでなく守備も積極的にこなすユニバーサルになれる選手だと思う。


 

 俺のまとめにみんなざわついている。そりゃそうだ。おそらく田代監督からすればこの世代だけが比較対象ではない。現日本代表選手と比べてどうか、になる。

 

 そこいくとセッターは層が厚く、リベロは世界選手権でベストリベロ賞を獲得した世界一のリベロ、サーブもスパイクもレシーブできる美佳ねえがいるのでこれも正直代わるのは難しいだろう。

 

 ミドルブロッカーはどう考えても杏奈さんが確定。あと1枠もう~~~~ん。

 

 じゃあスパイカーか?

 

 1枠は手前味噌だけど俺で確定。残り2枠の選手だって、ねえ?

 

 

 つくづく、今の世代って生まれに恵まれていない気がする……

高校生向け日本代表合宿編は次話に金豊山学園の星野目線の話を入れておしまいになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
U-19クラスでこれだけの論理的思考と慕われ方みると、ユーリちゃんがシニア代表でのチームキャプテンがワンチャン・・・抑えには美佳姉を添えられれば盤石になるし
[一言] 先輩たちが衰えた時には代わりになれるはずだから・・・(震 1人バグってる娘がいるから麻痺してるんだろうけど、普通は目指す方向性とか将来の為に呼ばれるもんでしょ、まだJKだもんねえ。 がんば!…
[一言] >そんな設定のキャラ そうだね、そういう設定だね……まぁ(異世界で)内戦やってたのも人が日常的に死ぬのを見てたのも本当だから…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ