052 高校生向け日本代表合宿 その5
お久しぶりです。リアルで44-42というスコアが出たのでデュースはもう何点でも驚かれないなあと思う今日この頃。
作者も話を半分忘れているのでここ数回の話を何回も読み直していたり。
覚えなくていいキャラ紹介
武藤 比奈 セッター 3年生 身長160cm 背は高くなく、身体能力も選抜メンバーの中では低い。ただしトスワークは非常に優秀。
北条 愛優 ミドルブロッカー 3年生 身長181cm 恵まれたフィジカルを活かす半面、フィジカルで戦えてしまうので技術は決して高くない典型的な大柄選手。
近藤 樹里亜 ウイングスパイカー 1年生 身長174cm 驚異の身体能力を誇り、最高到達点は335cm!優莉からはこんちゃんと呼ばれている。
藤堂 智花 ウイングスパイカー 3年生 身長177cm バレーボールの実力は全国の女子高生選抜バレーボールチームを作ると招集はされるが、試合には……くらいの実力。
杜若 紗耶加 ミドルブロッカー 3年生 身長180cm 京都の女子バレーボール強豪校で主将を務める逸材。
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高校生向け選抜合宿2日目
6対6の試合中
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「レフトレフト!」
「バックバック!」
左からは前衛のこんちゃんが、後ろからは俺が声を上げる。
打点の高いこんちゃんのスパイクはキルブロックがしにくい。出来ないわけではないが高校生選抜のこの合宿メンバーでも容易ではない。そうなるとワンタッチ狙いのソフトブロックをするのも手段ではあるが、相手はブロックを諦め、アタックラインより後ろに下がって6人全員をレシーバーにするようだ。
これはこれで正解。中途半端にボールに届きもしないブロッカーを配置するよりよっぽどマシ。
が……
セッターの武藤先輩が選んだのはツーアタック。
ここまでエース2枚にボールを集め、レフトレフトと左からの攻撃を囮にし、相手の視線を存分に左に集めてからの意表を突く中央からの攻撃。
相手コートの選手は悲鳴を上げつつフライングレシーブで飛びつくがもう遅い。
ボールは相手コートに落ち、俺達の得点だ。
「武藤先輩。ナイスツーアタック」
「ありがとう。なるほど、これは立花さんが言った通りくせになるわね」
武藤先輩は苦笑しながらも悪い笑みを浮かべていた。
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少し前 練習試合開始前
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自分の長所と短所をいきなり言え、と言われても困るだろう。だからまずは俺が先陣を切る。
「まずは言いだした私から。任せて欲しい、自信のあるところは打点の高いスパイクを打てることです。単純なフィジカルなら誰にも負けない自信があります。背はそんなに高くありませんが、私は誰よりも高く跳べます。だからオープントスでもトスを上げる場所が良くて助走距離を確保出来れば得点につながるスパイクを打てます。反対に苦手な事なんですけど、私は高校からバレーボールをはじめたので戦術的なことはまだまだ勉強不足です。ブロックシフトとかトータルディフェンスなんかはよくわかりません。なのでここらへんはフォローしてください。次は私の右隣のこんちゃん」
「立花先輩の後って超やりにくいんですけど……。私も立花先輩程じゃないんですけど、高く跳べます。どんなブロックでも正面から勝負出来ます。反対に苦手なことは守備で、特にアンダーは全然ダメなのでフォローしてください!」
俺とこんちゃんが潔く『頭を使うバレーは苦手です。フィジカルに頼った脳筋バレーなら得意です』宣言をすると、続く武藤先輩は顔色を曇らせながら自分の長所と短所を語った。
「私はセッターなんだけど、見ての通り、背はそんなに高くない。身体能力だって高校生選抜だと下から数えた方が絶対にはやい。
でも私は高くない身長と運動能力でも技術、特にトスワークでのし上がった。小学校、中学校、高校のチームメイトも絶対的に大きい選手はいなかったけど、どこでも全国大会に出場出来た。……って自負があるんだけど、これって立花さんや近藤さんを活かせる長所じゃないわよね……」
武藤先輩の言いたいことはなんとなくわかる。武藤先輩はこれまで決して恵まれたとは言えない体躯の仲間と共に、それでも相手守備の意表を突くトス回しで勝ち上がってきた選手なのだろう。
なのに今回のレフトは2枚とも規格外の身体能力で成りあがった選手ときたもんだ。こんちゃんがどこまでやれるのかはわからないが、俺は相手ブロッカーを見定めて臨機応変にジャンプ位置を変えるなんてことは出来ないし、そんなことをしなくてもブロックの上から攻撃できる。むしろ俺が欲しいのはファーストタッチがどんなに乱れても毎回必ず決まった位置に決まった高さで上がってくるトスだ。その代わりトスはオープンで良い。
一方、武藤先輩が得意な戦術はファーストタッチが乱れても強引に速攻をねじ込む、といったところか。そしてそれは代わりにスパイカーにも変則トスを打ち抜く様な技量を求めるものなのだろう。
うむ。
確かにこれでは長所はかみ合わない。
しかしそうではないのだ。むしろ、武藤先輩のようなセッターが俺やこんちゃんを活かすのだ。
「そんなことはありません。むしろ武藤先輩のようなセッターと組みたかったんです。先輩の長所はブロッカーの隙をつく効果的なトスが出来る、ですよね?」
「自分で言うと恥ずかしいけど、そうね」
「でしたら、最初の試合の最初のうちだけでいいので攻撃はわざとレフトからの一辺倒にしてください。私も自分で言うと恥ずかしいんですけど、私は誰よりも高いところからスパイクを打てます。私の対角の近藤さんも私の次に高いところから打てます。そんな2人を擁するチームがレフト中心で攻撃してくるんですよ?相手チームはブロッカーもレシーバーも私達のチームのレフトに視線が釘付けになります。逆にこちらのセンターとライトは注目されなくなります。つまりそれはこちらセンターとライトはノーマーク状態から攻撃できるんです!そこを突いてください」
「……言いたいことはわかるけど、そんなにうまく出来るの?」
「『出来るの?』ではなく、『やる』んです。私が前衛にいる時は相手が高校生だろうかプロだろうが、それこそ世界一を決める舞台だろうが視線を集めることができました。後は先輩がツーアタックでも、中央速攻でもDクイックでもいいので隙をついてセンターやライトから点を取ってください。先輩、そういうのが得意なんですよね?
私や近藤さんは先輩を活かすための撒き餌です。釣り針です。囮に使ってください。いい感じに使って先輩の武器をアピールしてください。それが出来れば先輩は背が高くない選手を活かすことが出来る速く、鋭いトスが得意なセッターから、スパイカーによってトスの種類を変えることが出来る小兵でも大兵でも活かせるセッターという評価に変わるんです」
この空論を現実に出来れば武藤先輩の評価は例え先輩自身の背が低くても俺やこんちゃんの特性を奪うことで大きなバレーが出来るセッターに変わる。
それが出来るかどうかは武藤先輩次第であり、それが出来れば次も呼ばれ、出来なければ次は呼ばれないというわけだ。
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そんなやり取りを試合前にして、実際試合で武藤先輩は相手ディフェンスを翻弄している。
最初はレフトにボールを集めて『レフトの2人は高いぞ、ブロックできない、よし6人守備だ』と思わせてからのセンターから攻撃で『センター使うのかよ。つか立花、近藤は届かないけどそれ以外ならブロックできるぞ、よしブロッカーを配置しよう』からのレフトからの攻撃で相手を攪乱して『やっぱりレフトかよ!』からの先ほどの武藤先輩自らのツーアタックである。
精神攻撃は基本。もう相手ディフェンスはボロボロだ。
なんならちょっと可哀想ですらある。
「ねえ!武藤!それと立花!その得点も私がブロックでワンチ取っているからレシーブ出来てるのわかってる?あと近藤!スパイクばっか考えてないでブロックも来なさいよ!さっきのは2枚ブロックに出来たでしょ!」
抗議の声を上げたのは同じくチームメイトになった3年生の北条先輩。
このチームのブロックの柱だ。
高身長が正義のバレーボールで全国から選りすぐりの女子高生バレーボーラーを選んだのに、このチームには180cm台の選手が北条先輩1人。反対に160cm台の選手がリベロを除いても俺を含めて3人。このチームのセッター対角は攻撃特化型の高身長選手ではなく低身長でも堅守で貢献しますってタイプの選手。
で、女子高生のバレー世界ではネットの高さは220cm。なんだが、この合宿ではネットの高さはプロ仕様の224cm。この4cm差に泣いている選手が地味に多い。
先ほど北条先輩がブロックの柱と言ったのはこのチームでジャンプしないで腕を上に上げただけでブロック出来るレベルで指先がネットから出るのが北条先輩達センターラインの選手しかいない。
174cmのこんちゃんですらギリ指先が出る程度なので仕方ない。
確か陽菜も174cmで、この前の春高向けのパンフレットで指高を測った時に227~8cm、230はなかったはずなのでこんちゃんも似たようなものだとするとネットの高さ220cmなら10cm弱出ていた指先が224cmになるとその半分程度しか出ていないので影響が大きい。
ブロックはスパイクと違ってただ単純に高ければいい、というものではない。相手スパイカーがボールを打つその時に最も高い位置で壁を作ることも大切だが、その前に出来ることなら指先をネットから出し、疑似的にネットの高さを嵩増しすることで少しでも相手スパイカーにプレッシャーをかけたい。
指高が高ければわざわざ飛ばなくても腕を伸ばせばボールに触れるかもしれないし、ちょっとくらい飛ぶタイミングがずれても有効なブロックになる。
ジャンプ力があり、曲がりなりにもブロック時の高さもチームトップどころか世界でもトップだった俺が世界選手権ではブロックに加わらなかったのは田代監督から『腕を伸ばしても指先すらでない立花では相手スパイカーに事前にプレッシャーをかけれないし、飛ぶタイミングも相手スパイカーのタイミングとがっちり合わないとそもそもボールに触れない。当たれば凄くても消費期限の短いそんな不安定なブロッカーはいらん』とブロックの有効時間の短さを指摘されたからだ。
レフトはこんちゃんはともかく俺は相手が並みの高校生ならともかく、高校生の中でも精鋭相手となるとはっきり言って指高が足りずブロックの迫力に欠け、ライトはもっとダメ。となると必然的にブロックはセンターラインの北条先輩達に頼るしかない。
「もちろん北条先輩のブロックあっての得点ってわかってますよ。良い攻撃は良いレシーブから。良いレシーブには良いブロックが必要です。このチームはセンターライン以外は背が低いのでブロックはどうしても先輩頼りになります。なりますけど、問題ないですよね。だって先輩、試合前にブロックが得意っていいましたよね。私、先輩のブロックを信頼してますから」
俺が笑顔で言い返すと北条先輩は一瞬驚いた表情を見せてすぐに天を仰いだ。
「あ~~。得意宣言ってこういうことだったのね」
「そうですよ。大丈夫。先輩は出来る人です。日本代表、つまり日本一の選手の可能性があるんですから得意のブロックくらい他2枚がショボくても先輩1人である程度何とかなりますよね。私、先輩のことを脅迫してますから」
この合宿はアンダーカテゴリー限定の国際大会で活躍することではなく、あくまで全世代での日本代表選考を見据えたもの。そこに高校生が選ばれるためには『知られている得意技』にちょっと応用技を加えてみせることが必要なはず。
武藤先輩であれば知られている技は小兵を活かすトスワークだろう。これに大兵『も』活かせるトスワーク (重要なのが『も』の部分であり、大兵に頼り過ぎないことが必要)を見せることが出来れば評価されるだろう。
北条先輩であればブロックが凄いと知られていても、それはおそらく他にも凄いブロッカーがいて、複数枚ブロックが当たり前のチームでの話だろう。有力な高校生を集めた合宿であれば在学中の高校もそれなり以上の強豪校のはずだからだ。ところが今のチームメイトは背が低い。それなら一枚でも有効なブロックができる――確実にワンタッチが取れるとか、ボールにさわれずともレシーバーのいる方向にスパイクを誘導するブロックをするとか――ことを証明すればプラスαの評価になるはずだ。
不得意なことは出来なくていい。出来る何かがもっとできる何かであることを証明することが出来れば多分次も招集される。
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若干チームメイトを煽りつつも試合は続いていく。昨日と同じで1セットマッチ。それで相手を変え、途中で休憩も入れつつ何試合も行う形だ。
で、当初の予想通り俺達のチームは勝ち続けた。
これには明確に理由がある。
今回の様な急造チーム同士のバレーボールは得点が入りにくい女子でも攻撃側が有利なのだ。
考えてみて欲しい。
スパイクでもサーブでも攻撃側は相手コートの9m×9mの範囲でどこを狙ってもいい。
対して守備側は相手選手の得意・不得意な攻撃、味方選手の特徴をある程度知ったうえでないと組織的な守備が出来ない。
能動的な攻撃側と受動的な守備側。事前情報がなければ確実に能動側が一歩先を行く。
まして今回こっちのチームには俺とこんちゃんという高校生どころか女子バレーなら世界トップクラスの高さを出せる選手がいるのだ。強力なレフト2枚を主軸としつつ、中央やライトからも攻撃ができる。もちろん、俺達の守備だってそう褒められたものじゃないけど、それ以上の攻撃力で相手より先に点を重ねることが出来る。
出来て、向かうところ敵なしだと思ったんだけど……
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「うげっ!」「しゃあああああ!」
悲鳴と雄叫びがほぼ同時にあがる。
悲鳴を上げたのはうちのこんちゃんで雄叫びを上げたのは相手コートの藤堂先輩。藤堂先輩が最高打点330cmを超えるこんちゃんのスパイクをドシャットして見せたのだ。
これには仕掛けがある。
通常、スパイクよりブロックの方が高さが出ない。これは助走をつけて腕の振りによる反動もつけて飛ぶスパイクと助走もつけずにその場で飛ぶブロックの違いから来るものだ。
なぜブロックがその場で飛ばざるを得ないかというとブロックは守備側であり、スパイクに対し受動的。9mのネット幅に対し、相手セッターがどのスパイカーを選ぶか、選ばれたスパイカーがどう攻撃するかを判断してからでないとブロックが出来ないので助走をつけるタイミングなんぞない。
普通ならそうなんだけど、さっきは違った。
まずこっちのファーストタッチが崩れてオープントスから攻撃になった。こっちのレフトはこんちゃん。相手チームのブロッカーの1人は藤堂先輩。
レフトからこんちゃんがフェイントも一人時間差等の小細工もやらずに馬鹿正直に打つ作戦に出た。
そりゃこんちゃんからすれば藤堂先輩がブロックをした場合、どれくらいの高さまで飛べるかなんて知っているわけで、だからこそ藤堂先輩のところを狙って小細工抜きで正面からぶち破りに行ったのだ。
が、それを藤堂先輩だって知っている。まともにやったらボールに触れないからまともにやらない。
スパイカーが誰かわかっていて、こんちゃんが打つタイミングだって熟知しているからこそ、普通ブロックではやらない助走をつけての跳躍で普段よりブロックの高さを上げたのだ。
まず、相手スパイクはまともにやったら止められないと瞬時判断し、助走をつけてまで高さを上げることを選んだ決断力。
高く飛べると言ってもそれでもこんちゃんと藤堂先輩とではジャンプ力が違う。スパイカーの打点が高いなら、それを止めるブロックだって高い必要があり、高ければ高いほど高さを維持できるブロックの有効時間が短い。
その短いブロック有効時間をこんちゃんのスパイクに合わせてドンピシャリで合わせられるバレーボールセンス。
今のは素直に相手の技ありだった。
なお、仮の話だけど、俺が玲子のスパイクに合わせて一番高い位置でブロックするようにしろ、って言われたら無理。
そ、そこはその、俺の場合は玲子を上回る圧倒的ジャンプ力で多少タイミングがずれても有効な高さを維持し続けること出来る、藤堂先輩とは真逆にブロック有効時間の長さで玲子のスパイクを止めることが出来るし……
さ、最終的にブロック出来れば、細かいことは気にしなくていいってことよ (震え声)
「タイム!タイムお願いします!」
仕切り直しが必要だと俺が考えたところで武藤先輩も同じ考えだったのか審判にタイムを要求した。
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「すいません。ちょっと調子に「ごめん!今のは私のトスが悪かった!2人が細工なしで正面突破できちゃうから調子乗ってブロックの真正面にオープントスしちゃった!」」
スパイクをドシャットされたこんちゃんが謝ろうとしたところに割り込む形でセッターの武藤先輩が先に謝罪を入れた。
……まあ、確かに今の場面は3対7くらいで武藤先輩が悪い。
いくらこんちゃんが高いところからスパイクを打てるからと言って無策で打たせてはいけない。
ファーストタッチが乱れてレフトにしか上げられない、という状態ならともかく、さっきのは他の前衛も攻撃は出来た。
仮に先ほどのシーンもこんちゃんが打つと相手に悟られていなければ藤堂先輩もこんちゃんだけに狙いを定めてブロックなどしなかっただろう。
それだけで相手のドシャットは防げた。
結果論で言えば武藤先輩が安易にトスを上げて、それで止められたのが失点理由だが、擁護の余地もある。仮にあそこで決まっていれば小細工なしの単純オープン攻撃でもこちらは点が取れるということで、相手の動揺は相当なものになる。
というかここまでの対戦相手はそうなっていた。
武藤先輩もおそらく精神的優位に立つために序盤はあえて単調なレフトからのオープン攻撃という小学生みたいな攻撃を選んだのだと思う。
ではなぜ今回の対戦相手がそうならなかったのかというと――
「なんか、今回の相手は高いところからの攻撃に慣れているというか、近藤どころか立花の高さにもビビってないわね」
そう。これがデカい。ここまでの対戦相手は不必要に俺やこんちゃんの高さにビビってくれて、それが精神的な優位を生んでくれた。
しかし今回の相手はそうではない。なぜなら――
「知っているかもしれませんけど、向こうのチームの4番は村井って言って私と同じ松原女子高校から来てます。さらに相手セッターは私と同じ県で練習試合や公式戦で何度も戦った姫咲高校の沖野さんっていいます。さらにさらに相手チームのセッター対角オポジットにいるのはその沖野さんの小学校からの相方で姫咲高校のエース徳本さんです。この3人は私の高さをよく知っているので驚きはないでしょう」
「立花のチームメイトと同じ県の強豪ってことね」
「姫咲って確かインターハイの優勝校でしょ?ってことはインターハイ県予選で立花がいる松原女子に勝ったってことでしょ。半端ないわね。そりゃいまさら立花のスパイクに驚いたりしないか」
俺のことをよく知っている玲子と、俺のことをよく研究していると公言している姫咲の知佳ちゃんと正美ちゃんの計3人がいる。それだけじゃない。
どうやら向こうのチームには同じ高校の藤堂先輩以外にもこんちゃんのことを知ってそうな選手がいる。
「立花先輩と比べるとショボいですけど、私のことを知っている人がいます。相手チームの前衛レフトは私と同じ高校で女子バレーの主将をやってる藤堂先輩です。で、今の相手前衛ミドルブロッカーは京都の御宿成京って高校のミドルブロッカーで杜若先輩って言います。御宿の監督と桜山の監督が社会人バレーでチームメイトだったとかで結構頻繁に遠征に行ったり来たりで練習試合を何回もやってます」
なるほど。そういうことか。相手チームは俺かこんちゃん、どちらかの高さを知っている選手が多い。だから高さが有利である要素であっても絶対ではないと知っている。なので萎縮しない。
「で、それがわかったところでどうやって攻めるの?作戦はどうする?」
不安そうに武藤先輩が聞いてくるが、俺からするといやいやって感じだ。
「別に今まで通りで私は構いませんよ。私の攻撃が止められたわけではありませんし、予測よりは早かったですけど、私やこんちゃんの高さにはどこかで慣れてくるって思ってましたし。で、こんちゃんはどう?」
「いやまあ、ブロックの真正面から挑んだのは私のポカミスですけど、バレーって別にブロックされたら即負け、じゃないですよね。あと、武藤先輩勘違いしているみたいですけど、別に私はブロックの上から常に叩けるわけじゃないんで、ブロックされるならされるで対策くらいありますよ」
「あ?そうなの?ここまでブロック無視して戦えてたから立花も近藤もそういう選手なのかなって」
「いやいや。立花パイセンくらい飛べたら別ですけど、私はブロックに捕まる時もありますって」
「私もトス次第でブロックと戦うこともあるよ。少ないけどね。……それより向こうのチーム、急造チームの割には仲がよさそうですね。さっきのこんちゃんの話からリーダー格の3年生2人が知り合いで見た感じ、仲良さそうだからすぐにまとまったっぽいですね」
「それは感じる。後うるさい」
それな。
今もそうなんだが、1点取るたびに雄叫びを上げて大げさなくらいハイタッチなんかをしている。
相手の得点は俺達から見れば失点であり、失点のたびに相手が声を出して喜んでいる姿はこちらを萎縮させる。
これ自体はおかしなことではない。
以前陽菜や明日香、ユキからは小学生の頃からやっていたと聞いたことがあるし、世界選手権でも他国代表も日本代表もやっていたごく普通のことだ。
だが、向こうは本当に元気いっぱいでうるさい。これはまるで――
「まるで男子みたい。うちの高校でも男子のバレーはあんな感じに楽しそうにやってるの思い出すわ……」
あー。
うん。
そうだな。俺が思いついたのとは違うが、言われてみればそうだな。
確かに中学の時とかでサッカーで点とるとあんな感じになったわ。もち、それは男子中学生だった時の話だ。でも俺が今思い出したのは松原女子高校でのことだ。
「立花は女子校だから思い当たる節がないと思うけど、体育の男子ってあんな感じになるよねえ……」
「いや~。うちの高校も体育の授業中はあんな感じになりますよ」
「え?立花先輩の高校って女子校ですよね?女子校なのに?」
「お姉ちゃんに教えてもらったんだけど、共学校じゃなくて女子校だから、らしいよ。ほら、男子の目がないし」
うちの高校の体育の授業は男子の目がないせいか、割とはじける子もいる。
他のクラスの子から『大人しい』『真面目ちゃん』『陰キャの巣窟』と言われる特進クラスですら、中学時代の俺が見たら驚くほど……なんといえばいいのだろうか……あえて言うならおきゃんというか……
『元気』『問題児』『ギャル』の集まりと言われる四組なんかだと体育が凄いらしい。
頑張れ、田島先生。
「まあ松女の残念ぶりはさておいて、向こうに対抗してこっちも声を出していきましょう。声も出せないくらい緊張していると動作が硬くなって負けます。大丈夫です。こっちには私がいます。困ったらコート内にオープンでトスを上げてくれれば私が何とかします」
「おぉ!かっこいい!『オープンで決めます』って立花先輩にしか許されない発言ですよ!」
こんちゃんが俺をヨイショする。……そー言えば最近、『可愛い』とか『キレイ』とはいわれても『かっこいい』とは言われないから嬉しい。出来ればもっと言って欲しい。
「まあ、実際に立花に頼りっぱなしだと立花以外はアピール不足になっちゃうんだけどね」
苦笑する武藤先輩。
「それはそうなんですけど、安心材料の1つだと思ってください。困ったら立花が何とかする、そう思うだけでちょっと思考が楽になるはずです。思考が楽になれば視野が広くなります。視野が広くなればもっといろいろできるはずです。そうしたらもっと皆さんの良い所が出せるはずなんです」
「それは確かなんだけど、立花はそれでいいの?無駄にプレッシャーかかってきつくないの?」
心配してくれる北条先輩。
「まあプレッシャーは感じますけど、それは飲み込まないといけませんよ。それにプレッシャーといっても日の丸背負って世界と戦うのと比べたらそよ風みたいなものですよ」
「おぉ!流石日本のエース!」
心配は無用と返すと茶化してくるこんちゃん。でもこれでいい。
「とにかくうちは攻撃のチームです。守勢に回らずゴリ押しで行きましょう!」
俺の声におう!と勇ましい返答が上がった辺りで笛が鳴り、タイムアウトが終了。試合の続きだ。
結論から言うとこの試合はかなりの接戦になり――俺やこんちゃんがいくら打ち込んで、点を取っても、相手チームはすぐさま立ち上がって点を取り返してくるおっかない連中の集まりだった――
最終的に29-27というバカみたいなスコアで辛うじて俺達が勝った。
※なお、新キャラは近藤樹里亜ちゃんと藤堂智花先輩を覚えておけば後々問題なくなります。