051 高校生向け日本代表合宿 その4
合宿2日目の朝。
やはり冬場の朝は陽菜が必要だと痛感する。
寒い。
しかし俺はパブリックイメージを大切にする。あの立花優莉が実は寒いのが苦手で朝は毛布で芋虫になっている、というのはちょっとかっこ悪い。
そこで俺は耐えた。
寒くても寒くないふりをして耐えた。
我ながら完璧な偽装だと自負していたが、周りからはそうは思われていなかったようだ。
「立花って低血圧なのか?朝、凄く機嫌悪そうだったけど?」
「立花さんって低血圧なの?朝、表情が死んでたけど?」
「立花先輩って低血圧なんですね!朝、凄く怖い顔してましたよ!」
などと言われてしまった。
……頑張って耐えて寒くないふりをしていたのだが、その際は多分無表情で固定されていたためにこのように言われたのだろう。
そういえば涼ねえとかに「男の子の時は特に冬場は無表情で何を考えているのかわからなかった」「悠司と違って優莉って寒いのが苦手なのね。え?前から寒いのが苦手だったの?」などと言われたこともあった。
男だった時はかっこつけて寒くないふりをしていたのだが、それがある意味で顔に出て無表情になってしまい、誤解されていたのだろう。
そして出て来た朝食は和食。どこかで見たことある様なパッケージの納豆付き。……もはや何も言うまい。黙って食べるのみ。
合宿2日目の練習は初日の各練習を少しずつ時間のばしたような形になった。最初の補強は昨日より種目を増やして特定部位だけでなく全身の筋力を鍛える様な形。
その後は2対2、3対3と続く。
……
こんな言い方はあれだが、昨日と比べて今日はくじ運がない。
まず2対2の相方だが、3年生の仕切り屋だった。この点はいい。続けて自分はセッターだからブロックとトスを担当する、俺にはレシーブとスパイクを要求する。この点も勝利を目指すなら別にいい。
しかし、偉そうに指示をするわりに先輩自身の能力を見せるシーンが殆どない。
先輩の身長は165cmとさほど背が高くない。なので相手スパイカーが170cm後半から180cm台の身長となるとスパイクが先輩のブロックの上を通過してしまうこともあった。
いや、そこは無理にキルブロックを狙うんじゃなくてソフトブロックでワンタッチを狙えよ。
実質ノーブロックで飛んできたボールをフライングレシーブで何とか捕球。それを上がって当然と自分は普通のオープントスを上げてくる。それを俺が決めて1点。
これは極端なパターンだけど、ようは俺が広いコートを身体能力にものを言わせて無理くり守ってそれで先輩はただのオープントスしか上げんのはどうなのって感じ。
俺の方が身体能力が高いので広い範囲を守れる。だからレシーブを任せる。合理的だ。
でもそれで俺がボール拾って俺が決めるだけだとお前さんの評価にはならんぞ、ってはなしだ。それで私達が勝ちました、私が作戦を立ててます、司令塔ですって顔をされてもなあ。
例えばだが、同じ仕切り屋でも舞さんならこうはならん。
『相手からの攻撃は私が意地でも触ってワンタッチにするから、優莉はそれを拾って。コート内に腰の高さ以上に上げてくれれば私が速攻用トスにするから拾ったら最速で助走に移って速攻。いいわね』
なんてことを言ってくるだろう。バレーを知っている人ならこれを2対2でやるのは無茶だと思うだろう。
だが、舞さんは決して大口をたたかない。デカいことを言うが、それを実現する。だから大口にはならない。それを実行するだけの実力とその実力を身に着けるだけの努力をしている。
だから舞さんは去年度の春高で最優秀選手になったし、19歳で日本代表にも選ばれている。
3対3の方では反対に俺のネームバリューに慄いたのかチームメイト2名は2人とも3年生なのに俺に伺いを立てる形。
まあ、これはこれでやりやすいから俺の方が方針を決めて、2人から了承を取る形で進めた。実質俺が言って、それを相手がのむだけだったけど。
……これが同じ3年でも例えば藤堂先輩なら『私はこっちの方が良い』とか『そりゃ立花がスパイクしたほうが決まるけど、私にも少しは打たせてほしい』など自分がやりやすい形を言ってくるんだけどなあ……
みんな誤解している。
今回の合宿では勝った負けたは意味がない。勝ってもどこかの大会に出れるわけでもない。ミニゲームの中でどれだけチームに貢献できたかどうかが田代監督達の評価ポイントのはずだ。
あと、田代監督は守りに入る子よりも多少のリスクを冒してでも積極的なプレーを好む。特に俺がよく言われたのは「まだ高校生なんだから失敗なんか気にするな。お前のミスなんて大したことない。それより果敢に攻めろ」と言われ、実際これを受けて世界選手権では入るかどうかもわからんサーブを打つことになった。
なので一旦アホになってちょっと無理をするくらいが一番評価されると思うんだがなあ……
もちろんそれは自己中にプレイをしろ、という意味ではない。味方の良い所を引き出しつつ、自分はおそらく事前に田代監督たちに知られているだろう以上のプレイをみせる。これが一番評価されるはず。
今更言っても仕方ないが、昨日は本当にくじ運が良かった。
2対2で組んだ昨日の相方は龍閃山の奏ちゃん。
直接会ったことは少ないがSNS上ではよくやり取りをしていたのでお互いに気安く話が出来た。作戦もシンプルに1人が前衛でブロックとトス。もう1人は後衛でレシーブとスパイク。これを1ラリーごとに交互にやろうと決めた。ただし――
『私が敵対側なら優莉ちゃんにスパイクを打たせないためにファーストタッチは多少無理をしてでも私を狙ってくるからその時はトスをよろしくね』
と冷静に戦力分析。
実際の試合ではファーストタッチを無理やり奏ちゃんに取らせるケースが多くあった。俺は速攻用のトスなんてできないので普通のオープントスを上げる。背が決して高くない奏ちゃんは本来ブロックとの直接対決を避けるためにブロックが完成する前に速攻を狙うのだが、ブロッカーの1枚ならオープン攻撃でも十分戦えるようだ。
んで、ファーストタッチが俺の場合は良い感じにトスを上げてくれる。
つまりこれは俺をフォローしつつ、自分はオールマイティーになんでも出来ます、というアピールだった。
実際、奏ちゃんの去年の印象は背は低いけどそれをものともしないスケールの大きなバレー、というものだったが、今は良い意味で小兵の戦い方『も』出来る万能型になった感じを受ける。本人に聞いたら『ずっと背が低いことがコンプレックスで、でも小さくても大きなバレーができるってことを証明したかった。でもそれを私の代わりに優莉ちゃんが世界を相手にやってくれた。だから意地は捨てて今は出来ることは全部やる』とのことだ。……何気に凄いことを聞いてしまった気がする。
3対3では奏ちゃんとは逆に得意不得意がはっきりした選手と組んだ。
「龍閃山高校1年、稲代 紫苑です。ポジションはリベロなんでスパイクは先輩達に任せます」
「ゑ?」
最初の自己紹介を聞いた時は驚いた。紫苑ちゃんの身長はぱっと見たところでも170cm前後。女子バレーボール選手としては決して高いとは言わないが十分に長身の女子だ。ところが本人曰く、『ジャンプしてボールを打つのが苦手で下手』とのことで確かにスパイクは下手くそだった。また、これも紫苑ちゃん曰く『立花先輩の日本代表の方になっているお姉さんには背が170cmあってもリベロやっていいって証明なのでマジで勇気づけられてます』と言われた。
……美佳ねえは由美お姉さん達との激しいレギュラー争いの果てに敗れてリベロになっているんだが、一方で美佳ねえリスペクトの紫苑ちゃんを無下にも出来ず……
「弓隠高校3年。高橋 真白。ポジションはウイングスパイカーつうかオポジット。私は反対にレシーブ出来ないんでそこは2人に任せた。攻撃は任せて」
3人チームのもう1人の人は知っている。春高本選の組み合わせは12月上旬に行われ、明日香曰く『1回戦を勝ち抜いた場合、多分2回戦は多分ここになる』って言ってた高校が弓隠高校。俺も弓隠の県予選決勝戦の配信動画は見た。高橋先輩は181cmの長身でまるで男子の大型スパイカーのように守備はせず、代わりに前衛後衛問わず常にスパイクを打ち込んでくる大型大砲だ。確か県決勝では弓隠があげた総得点75点のうち、42点が高橋先輩の上げたものだったはず。
これはこれでやりやすかった。
2人とも明確に××は出来ないけど○○は出来ると宣言し、矜持としても自分で出来ると言った○○には自信があり、その自信を納得させるだけの実力もあった。だからこそ、自分の長所は○○なのでそれを活かせるようにしてほしいと宣言してくれると戦いやすい。
俺自身強く思うのだが、本当の意味で万能選手なんていないのだから自分の出来るとんがった何かで勝負すればいい。そのとんがった何かをアピールし、それが田代監督達にさされば晴れて日本代表の椅子に座れるというわけだ。
無難に2対2、3対3をこなして最後の6対6。
何と今日はチーム決定後、試合前に40分の作戦会議の時間をくれるとのことだ。しかもわざわざ小さなホワイトボードと駒用にマグネットを数個配布してくれるとのことだ。
これはでかい。
で、メンツは……
「あっ……」
「立花先輩、チース!よろしくお願いしまーす!」
俺はWS枠で、これは2枠あるんだが、俺の対角ウイングスパイカーはなんと桜山のこんちゃん。
……これ、勝確チームじゃね?
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「――というわけで、早速だけどみんなはどう戦うのが良いと思う?って言っちゃうと中々意見が出てこないので立花さん、あなたはどう思う?」
例によって急造7人チーム (セッター1名、ウイングスパイカー2名、オポジット1名、ミドルブロッカー2名、リベロ1名の計7名)をくじ引きで決め、
自己紹介もそこそこにいきなり話を振られた。
「いいですけど、何で私からなんですか?」
「実績が一番なのよ。立花さんは知らないかもしれないけど、あなた以外の6人は高校バレーだけに限っても三大大会でセンターコートまではいけても最高で3位止まりなのよ。
あなたは前回の春高で準優勝まで勝ち進んでいるでしょ?だから一番の勝利経験者の話を最初に聞きたいの。それを受け入れるかどうかはまた別問題だけど」
ふむ。そういうことなら――
「ではまず、私の考えなんですが、その前にまずこれから行われる試合の目的って何ですか?」
「え?そりゃ試合なんだから勝つことが目的なんでしょ?」
3年生の……名前なんだっけ?忘れた。えっと……とにかく、ミドルブロッカーの先輩がそんなことを言った。
それに対し、俺は否と答える。
「違います。少なくとも田代監督たちは試合を通じて私達がシニアの日本代表選手として相応しいかを確認しています。そして誤解を恐れず言うなら私達も日本代表という餌につられて今回の合宿に参加している部分もあるはずです」
……まあ俺の場合は高価な撮影機材が時間限定とはいえ使いたい放題、というものだが、これは横に置いておく。
「なので試合の目的は日本代表選手として相応しい実力を見せることになります。その副産物として勝利があるのかもしれませんが、極端な話、試合に負けても日本代表選手として相応しい何かを田代監督たちに示すことが出来ればいいんです」
ホワイトボードに勝利と書いてその上に×を、日本代表選出と書いてその上に○を書く。
ちなみに他のチームメイトはホワイトボードを半円状に囲む形で座り、俺だけが立ってホワイトボードの横に立っている。
「ではどうすれば日本代表に選ばれると思いますか?多分、それは田代監督が度々マスコミ相手にも言っている『世界に通用する武器』を示すことです」
言いながら日本代表選出の下に『条件:世界に通用する武器』と書く。
「とは言っても私達は高校生です。まだまだ技は未熟。精神は子供。身体だって成長する余地が残されてます。なので世界に通用するかもしれないという可能性を提示できれば良いと思います」
まあ、俺はすでに日本代表に選ばれているわけだが、そこは言わない。
ホワイトボードの『世界に通用する武器』と書いた文字の下に小さく『の欠片』と書いた。
「はい!立花先輩!質問です!そのケツカタってどういう意味ですか?」
勢いよく質問を投げたのはこんちゃん。
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俺は無言で先ほど書いた『の欠片』を消し、改めて告げる。
「私達は高校生です。技は未熟。精神は子供。身体も成長する余地があります。なので世界に通用するかもしれない欠片を見せられれば田代監督たちに興味を持たれます」
そして文字を消したスペースに改めて『のカケラ』を書く。
改めて急造チームメイトの方を見ると体育座りをしているこんちゃんがちょっと小さくなっていた。そして隣に座っている先輩が『ほら、立花は偏差値の高い高校だから、ね』と慰めている。
……なんか俺が悪者の流れになっている……
「立花。ちょっといいかしら?その世界に通用する武器の欠片って何を見せればいいの?」
そんな中、俺に質問を投げてきたのは最初に俺に話をするように言った先輩。
「凄く簡単に言えば先輩達も含めて私達の一番得意な技なり、身体能力なりを見せることですね。私達で言えばレフトが私と近藤さんなのでスパイカーの打点は十分世界トップレベルです。なのでオープンでも良いのでレフトから攻撃できるようにみんなで立ち回る――と考えていたら大間違いです」
え?とかは?って驚きの声が上がる。
「考えてみても下さい。確かに田代監督たち全世代の日本代表スタッフはアンダーカテゴリーの高校生選手のことをあまり知りません。ですが、事前に簡単な資料を読んだり、あるいはざっと試合の様子を流し見での確認くらいはしているはずです。誰がどんな特徴というか武器を持っているかは少しくらい知ってます。なので一番の武器を見せてもよほど事前情報との乖離がない限り『想定通り』で終わっちゃうんです。それでは印象に残らない。そもそもこの合宿は日本中から日本代表に選ばれる可能性の高い高校生を集めた合宿です。参加者は大なり小なり『世界に通用する武器の欠片』を持っていると評価されているんです。必要なのは『お、こいつ事前情報のことだけじゃなくてこんなこともできるか』です。
これに成功したのは龍閃山高校の金田一さんですね。私もそうだったんですけど、金田一さんのプレイスタイルって決して高くない身長を高い身体能力でカバーし、あの身長で3枚ブロック相手でも真正面から打ち抜く様な大きなバレー、ってイメージがあったんですけど、この合宿中では勇猛果敢なバレーはそのまま、アンダーやトスも巧みに使ってフォローに回ることも出来てますよね?
皆さんも何度か金田一さんが田代監督たちと話をしているところを見かけたと思います。あれはただ活躍していたからではなくて事前情報にプラスされた付加価値情報に価値があったからなんです」
そういいながらも俺はその世界に通用する武器の欠片の下に『実はもう持っている!』と書く。
「ただ、金田一さんのように誰にでもわかりやすい武器があって、それに加えて第二の武器もある選手なんてまずいません。なので他人の武器を自分の武器のように見せるんです。
バレーボールは団体スポーツです。私が日本代表でそうだったように出来ないこと、不得意なことは出来る選手に任せちゃえばいいんです。昨日の最後の6対6でやたらと私のいたチームに田代監督たちが助言という形で口を出してきました。あれは田代監督たちの興味関心をひいて、もっと出来ることはないかってサインです。あの状態にするにはお互いの長所を引き出せるように、逆に言えばお互いの短所を見せないように立ち回ることです。そうすれば田代監督たちの興味をひけます」
ここまで言って、改めてチームメイトの顔を見る。皆、真剣な顔をしている。
「では、まず皆さんの任せて欲しいところと逆にフォローしてほしいところを言いあいましょう。今日は試合開始までに時間があります。まずはお互いの長所、短所を知りそれから戦い方を決めましょう」
真剣なことは良いことだが、真面目になりすぎてもいけない。緊張をほぐすためにも俺はにっこり笑って話をいったん〆た。
今年の春高も面白かったですね。個人的に一番面白かったのは男子でしかも1回戦ですが、東福岡 対 正智深谷です。いやラグビーかよって組み合わせですが、バレーボールの試合です。フルセットまで持ち込み、かつ全セット2点差の大接戦。この欄では語りつくせないくらい良い試合でした。