050 高校生向け日本代表合宿 その3
春高、クッソ面白くてずっと見てます。
ただ、私の勘違いから本作中とは大分乖離が出てしまったなあ、と思います。
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ナショナルトレーニングセンター
アリーナにて
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このチームは急造チームだ。
ポジション毎に分かれたくじ引きをして、同じ番号をひいた者同士でチームを組んだ。もちろん、ウイングスパイカーとミドルブロッカーは各番号で2名選出されるように番号にダブりがある。
で、突貫で組んだチーム同士で試合だ。
チームメイトとはお互いにぱっと自己紹介と戦術を10分くらいで簡単に決めて試合に臨んでいる。でもいきなり3枚ブロックがきれいに決まっている。しかもブロッカーの位置もいい。バレーのブロックは相手スパイカーの真正面ではなく利き腕の正面でするのが良い。こっちの今のミドルブロッカーは金豊山のミドルブロッカーだけあって背が高い。それが自身の利き腕の前にタイミングもばっちりでブロックに跳び、左右のブロッカーもタイミングを合わせて跳んできている。
これでは打つコースがない。
フェイントで逃げるか、正面突破を諦めてブロックアウトを狙うか、ブロック相手にリバウンドを狙うか。
どちらにせよ、得点には結びつかない。
スパイクコースはブロックでふさがれ、フェイント対策に前に1人、ロングプッシュ対策に中ほどに1人。ブロックアウトを狙って吹き飛ばされた時に備えて俺が最後方に備えている。
この辺はバレーのセオリーともいうべき戦い方をしているから正解と言えば正解なんだが、それを急造の6人で、特に連携が難しくてそれでいて重要なブロック3枚を高さとタイミングと位置を揃えたのは流石だろう。
バシッ!
相手スパイカーはどうやらブロックアウトを狙ったようだ。ボールはこちらのブロッカーの指先に当たり、コートの外へ飛んでいく。
が、勢いはないので簡単に追いつく。これなら後衛速攻にも間に合うな。
俺はファーストタッチとなるレシーブを高く上げる。
先ほどのブロックと違い、ファーストタッチには正解がない。少なくとも俺はそう思っている。ファーストタッチを今のように高く山なりに上げればスパイカーは十分な助走距離を確保できる。セッターもスパイカーの様子を見て誰にボールを上げるか判断できる。それは利点だが、当然相手もじっくり守備位置を整える時間を確保できる。反対に低く鋭いファーストタッチにすることもある。セッターへの返球は1秒、下手をしたらコンマ数秒の世界だが早くなる。これがどうしてか、コンマ秒の短縮で味方スパイカーは助走距離を確保しにくくなるし、相手守備も万全でなくなることがある。たかが1秒に満たない世界で、だ。
それはそれで正解だが、俺は忙しなく動いてスパイクを打つのが苦手なのでファーストタッチは高い方が好きだ。
以前、美佳ねえにこのことを話したら「傲慢だねえ。私も優くらい高く跳べたらそう思ったかもね。でもそれは相手の守備が万全でも自分が相手のコートをじっくり観察さえすれば決まるスパイクを打てるってことだろ?」と私以外には言わない方が良いぞ、いくら優が可愛くても絶対に反感を買うから、と助言付きで苦笑された。
そんなつもりはないんだが、逆に確かに忙しなくボールを打つとうっかり相手の守備範囲内に打ってしまい捕球されることがある。
「星野、レフト!」
「司、センター!」
「ライト!ライト!」
恐ろしい光景である。このチームは急造チームなのにいきなり前三枚が俺のファーストタッチに合わせて助走に移っている。三枚同時速攻だ。流石見込みありとされた女子高生バレーボーラーである。
「星野、バック!」
まあ後衛の俺もファーストタッチを高く上げたことで攻撃に加わることが出来る時間を作ったから正確には四枚同時速攻か。
いずれにせよ急造チームとは思えない連携だ。
反対にコートの向こうはあまり連携が取れていない。
俺の高さだとバックアタックでも女子ではブロックできない。なのでブロックを止めるようにする声、ブラフだからとブロックの強行を訴える声、わたわたする者。そうして結局一番悪い対策なしという『連係ミス』が出来てしまっている。相手コートの混乱を背中で感じながら星野がトスを上げたのは――俺。
今回は高さもタイミングもいい。ブロックの手も届かない高さから相手コートを見降ろすと隙間はそこかしこに見られた。
――ここは手堅く相手コートの最奥の隙間を狙うと決めて腕を振り抜く。
ボールは相手レシーバーに触れられることなくコートへ落ちる。こちらに追加点だ。
「先輩。ナイスキー。どうでした?」
駆け寄ってくるのは金豊山学園高校の1年星野。身長168cm。
「ん。後衛速攻ならさっきのタイミングと高さでやってくれると頭突きでボールを返さなくて済む」
嫌味と聞こえるかもしれない返答だが、実際ちょっと前に高さが合わず、俺は頭でボールを相手コートに返したのだからこれくらい言わせてほしい。ちなみに俺の身長は端数切り上げで164cm。
「それより星野ちゃんよ。ブロック崩れてたんだし、誰が打っても決まんじゃん。だったら代表当確の立花じゃなくて他の奴にトス上げてアピールさせろよ。つーか私によこせ」
星野のトスを別の意味でディスるのは桜山高校3年生の藤堂先輩。身長175cm。
「立花先輩ばっかし使うなっていうのは同感。というか司、金豊山の監督がいつも言ってんじゃん。相手コートが乱れていたら体勢を立て直す前に中央からの最速攻撃が一番点につながるって。つまりあそこは私じゃないの?」
星野 司を司と愛称で呼ぶのは同じ金豊山学園高校の1年生ミドルブロッカーで身長186cm、久保田 里桜ちゃん。
俺から見てめっちゃうまいミドルブロッカーなんだけど、本人曰く『金豊山の中だと4番手のミドルブロッカー』とのことだ。
秋の国体まで公式戦出場機会無し。それでも1番手が春高大阪予選からセッター対格のオポジットにポジション変更、2番手がインフルエンザで大阪予選を欠場し、本来は試合に出ない4番手の自分が代役で試合に出ていたら、たまたまそこを評価されてこの合宿に呼ばれたのではないか、と言っていた。里桜ちゃんレベルでベンチ。金豊山は怖い。
「あ。それならいまからごめんなさい。私がセッターになったら立花先輩に何回かはトスを上げちゃいます」
藤堂先輩と里桜ちゃんは私によこせと声を上げたのに対し、同じ前衛でも違った意見を出したのはセッター対角のウイングスパイカーを務める保富 慶子ちゃん。恵蘭高校の1年生で身長171cm。
恵蘭高校は伝統的にツーセッターを採用することが多く、今年もツーセッターを採用。慶子ちゃんは『高校入ったら先輩達が凄すぎて全然スパイカーじゃやっていけないと思ってトスを練習したらどうにかセッターとしてやっていけそうな目途がついただけ』と謙遜した自己紹介を最初にしたが、藤堂先輩は『コンビネーション命の恵蘭でセッターやれるって普通にバケモンじゃん』と言い、里桜ちゃんは『セッター歴8ヶ月じゃなくて80ヶ月って言われた方が納得できる練度』と評し、星野は『私の完全上位互換です』としょんぼりするくらいに凄い子である。
ちなみに慶子ちゃんがいるので俺達はツーセッターで戦うことになっている。と言ってもそこまで本格的なものではなく、星野と慶子ちゃん、どちらか後衛になった方がセッターをやる、という単純な戦術だ。というかいくらなんでも急造チームで本格的なツーセッター戦術は無理。
「……ところで立花先輩。私と組んでた3対3の時はトスに一回も文句言わなかったのに星野相手には結構細かく注文つけますね。何でですか?」
ちょっと違うツッコミを入れてきたのは龍閃山高校から来た1年生リベロの稲代 紫苑ちゃん。なんと身長173cm。
リベロなのに……
いや170cm超がリベロやっちゃいけないってルールはないんだけど、勿体ない気がする。
同じ高校の奏ちゃんなんかは『その無駄にデカい身長10cmくらいよこせ!』と酷いことを言っていたりする。ちなみにリベロだけあって俺達のチームで1人だけリブスの色が違う。
また、本当にどうでもいいことなんだけど、こうして急造チーム全員集合って場面だとこの中では背がちょっと控えめな俺 (とても重要。俺はチビじゃない)はどうしても視線を上に上げざるを得ない。
これが、こう……なんというか身も蓋もないことを言えば見上げなきゃいけないのがちょっと……
俺だって決して、女性としてなら背は低くないんだが、むぅ……
そもそも俺より背の低い奴はこの合宿では3人しかいなくて、うち2人はリベロ、もう1人はセッター。後は全員俺より背が高い。リベロは計6人呼ばれているんだが、うち4人が俺より背が高いのだ。
これが、ちょっと……
あぁ。普段一緒に練習しているユキや敦ちゃんは俺の癒し枠だったんだな。こんなことを本人に言ったら怒られるけど。
まあそれは横に置いておくとしてだ。
「そりゃ、紫苑ちゃんは本職リベロで、もう1人のチームメイトの高橋先輩は本職ウイングスパイカーだからね。優莉用のスぺシャルトスが難しいのは理解しているつもりだから本職セッター以外にはとりあえず高く上げてくれれば文句は言わないよ。あと、星野なら出来るって期待してるし」
俺がなぜ星野にだけトスを細かく要求するかを答えた。これに対し――
「うぁあ……期待が重たい」
と当の本人は苦笑で返すが、
「じゃあ期待しない方が良い?」
「めっちゃ期待してください。コツは掴んだんで、次からはもう大丈夫ですから」
と俺の返しに満面の笑みでこの回答だ。事実、次からはもう大丈夫だろう。
バレーの上手い奴とチームを組むと味方同士のつなぎのプレイが上手いから自然と自分もいいプレイができるようになって自分が上手くなったような錯覚に陥る。
……まあこれを突き詰めちゃうと自分もいいプレイをしなきゃいけないってことだし、特にスパイクなんかは最高のレシーブ、最高のトスで回したんだからお前決めろよってプレッシャーになるんだけど。特に世界選手権の時、舞さんから最高のトスを貰って決められなかった時は……思い返しても胃が痛い。
「だ、か、ら。次は代表当確の立花じゃなくて私に寄こせって、な」
「司、同じ高校から来てるチームメイトへの愛が足りないぞ」
「贅沢な攻撃陣ですね。誰に上げても決めてくれそうだから私も星野さんみたいに迷っちゃうと思います」
「ちゃんと拾えば高確率で点につながるのはレシーバーとしてやりやすいです。なのでちゃんと拾うためにもブロックはぶん回すんじゃなくてまっすぐ伸ばしてください」
藤堂先輩や里桜ちゃんが文句を言い、紫苑ちゃんがブロックに注文をつけるが険悪な空気はない。試合中に互いの意見を言い合える『風通しの良い』状態だ。急造チームでもこのチームはまとまりがある。良いチームだ。
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やっぱり俺達のチームは良いチームだったのだろう。2試合、3試合とすることでドンドン良くなっていく。
この急造チーム同士の試合で田代監督は気が付いたこと、改善したほうがいいと思ったことを試合中に言うが、途中から露骨に俺達のチームへの助言回数が増えた。これは他のチームに比べ思わず口を出したくなる程度には俺達のチームを注目しているということだ。自分なりにも客観視して考えた場合、6組の急造チームの中では俺達が一番チームだと思う。
試合と試合の合間。ちょっとした雑談が出来るタイミングで藤堂先輩から『やっぱりスター選手がいると違うわ。立花様々ね』と言われたがそれを俺は即座に否定した。
「このチームは藤堂先輩が最初にバシッと指揮を取って、そのままチームを良い感じに統率してくれたから良いチームになってるんですよ」
「最初に指揮取ったってあれ?自己紹介の時に『3年は私だけみたいだから取り合えず私から自己紹介。時間ないし、次は私から見て右回り順、名前とポジションだけ言って』ってやつ?」
「それです。あれがあったからその後すぐにどうやって戦うかってところに時間を割けて、他のチームがまだ様子見をしている中で一歩先に戦い方を相談できた。だから他のチームよりちょっとだけ完成度の高いチームが出来て、上手く戦えているんですよ」
「別に大したこと言ってないでしょ。それに実際私だけが3年だったわけだし。……あ~でも『私だけ』っていうのはあったわ。よそだと3年生が2人以上いたわね」
「で、どこのチームもサーブローテとか、誰と誰が前に行くとか枝葉のことを気にしちゃって最初の方はどこも碌に試合になりませんでしたよね」
その点、うちのチームは速かった。
『いきなり集まった急造チームで戦術も何もないでしょ。ファーストタッチはセッター以外が取って、セカンドは基本セッター。誰がスパイクを打つかはセッターに一任。後は流れ』
『サーブ順?そんなの教科書通りのセッタースタートでいいでしょ。誰がサーブ上手いとか、相手の守備シフトとかわからないんだから』
と最初に基本方針を藤堂先輩が決めた。それはオーソドックスで一般的な戦術であり受け入れ易いことは確かにあったが、それでも方針を決めてくれたのは助かった。しかも藤堂先輩は一方的に決めたわけじゃない。
『ブロックシフトは基本スプレッドシフト。無理に3枚は狙わないで2枚でいい。確実に2枚付いて嫌がらせをしましょう。ブロックタイミングはミドルブロッカーに一任。海野、久保田。前衛に上がったらブロック指示をして。立花、保富、星野は海野達の指示に従ってブロック。いいね』
『保富は恵蘭でツーセッターやってんでしょ。ちょっとみんないい?うち、セッター2人だから前は常にスパイカー。保富と星野、後ろになった方がセッター』
『稲代。守備はしたいように言って。沈黙は絶対ダメ。あと、時間があったら可能な限り海野と久保田と話をして。ブロックとの連携は大まかに方針を決めて試合中に修正。時間ないからね』
と各ポジションに任せる度量もあった。
そんなに話したわけじゃないけど、藤堂先輩はただバレーが上手いだけじゃない。リーダーシップもある選手なのだろうと推測される。松女だと明日香がそれになるが、全体的に明日香より能力が2段階か3段階上。同世代で明日香よりバレーが上手いと感じた奴は大勢見たことがあるが、統率力 (バレー限定)で明日香より明確に上だと感じた高校生は藤堂先輩が初めてだ。
俺がそういうと、照れくさそうに頭をかきながら
「別にそんな大したことは言ってないし。ま~強いて言うならやっぱみんな体育会系だから3年の言うことってことでみんな受け入れてくれたのと、実績がぶっちぎってる立花が大人しく私の言うことにうなずいてくれたのが大きかったわ。日本代表、世界の大エースにノーって言われたら何も言えないし」
と謙遜した。
「私だって滅茶苦茶言われたらノーって言ってますし、他の子もそうだと思いますよ。その辺、上手くまとめてくれたのが藤堂先輩なんですよ」
「いやいや私、3年だし。3年なら誰だってそうなるでしょ」
……あんまし他人の悪口は言いたくないけど、これは違うなあ……
「3年でも上手く仕切れない人もいますよ。ここにいない人の事をどうこうあまり言いたくないですけど、金豊山の小平先輩なんかは出来ないと思いますよ」
長身が正義のバレーボールで全国から有力な高校生を集めれば高身長の選手が集まるのは当然だが、その中でも唯一の190cm台という超高身長から一目を集めたのが金豊山学園高校3年生、セッター対角のオポジット――チーム方針で春高予選からポジションをミドルブロッカーから変更した――小平先輩。
これに加えて俺は世界選手権中に秋の国体に大阪代表として出場した実質金豊山学園高校の試合の様子と春高大阪予選の試合の様子をネット越しに観戦している。
どの試合も圧倒的なパフォーマンスで相手を蹂躙する小平先輩を見てなんて規格外の選手なんだと驚いた。つうか今年の1月の春高で戦ったよな?あの時とマジで別人。
日本代表の人達と一緒に国体での試合を観ている中で舞さんが「小平は『これくらい』出来る子なのよ。練習なら」と言っていたのを覚えている。ついでにその後に「つまり舞がこんないい選手を潰していたと」と杏奈さんが言って2人が大喧嘩を始めたのも覚えている。
そんな選手なのでどんな選手なのか話してみたいと思っていた。
幸か不幸か最初に小平先輩と同じ高校の星野とは仲良くなったので彼女を介して小平先輩を紹介してもらったのだが……
なんというか、全国大会に出場出来るくらいのスポーツ選手だからと言ってみんながみんな体育会系というか陽キャというか明るく積極的な子ばかりじゃないってことだ。
小平先輩は舞さんからの評価も合わせると多分もの凄く人見知りであがり症なんだろうと思う。紹介してもらって話をしたんだが、初対面の俺とは会話が続かない。
『国体の試合、実は日本代表メンバー全員で見てたんですよ。凄いミドルブロッカーがいるなってみんな言ってました』
『11月の大阪予選からポジション変えたんですね。どうしてですか』
などの会話を振っても『ありがとうございます』『監督から言われて』ですぐに会話を切られてしまった。ならばと
『世界選手権見てもらえました?私どうでした?』
『化粧水やリップって何を使ってますか?』
と俺の話題にしたり、ひょっとしてバレーの話が苦手なのかと思って女子の鉄板ネタ、愛用している化粧品とかの話もしてみたけどどれも
『凄かったです』
『そういうのはよくわからないです』
等々、会話のキャッチボールを試みるも全部相手が受け止めてお終い。
あまりの酷さにそばにいた星野が苦言を呈する程だった。
『先輩!もっと会話しましょうよ!金豊山の監督も友達作ってこいって言ってたじゃないですか!大丈夫です!立花先輩めっちゃいい人で滅多なことじゃ怒りません。ほら、こんな風にいきなりおっぱい揉んでも全然――って重っ!でっか!先輩、これバレーボールくらいありませんか?』
『いや、流石に無遠慮に触られると怒るから。あとバレーボールよりは小さいって』
その星野とは今日が初対面で何なら出会ってまた数時間だがすでにこれ。いにしえの常識では運動部の上下関係は厳しいはずだが、だいぶいい根性している。
俺は俺で伊達に2年近く女子校に通っていない。このような場合は逆にやり返さないと無作法というものなのだ。
『そういう星野は小さいというか、ないというか、これ、ブラじゃないよね。キャミだよね?ひょっとしてブラがいらないくらい小さい?AA?』
『な!きょ、今日は確かにキャミですけど、これはちゃんとしたスポーツ用の奴です!あと、AAじゃありません!Aです!先輩はいくつなんですか?』
『カップサイズ?数字上はF』
『え、F???実際にFカップの人って初めて見ました!実在するんですね!で、その『数字上は』ってなんですか?』
『知ってると思うけど、カップサイズってトップとアンダーの差が10cmあればAで、以降2.5cm差が大きくなるごとにB、C、Dって上がってくじゃん?
そうなると私、数字上はどっちかというとF寄りのはずなんだけど、この前ブラを新調するためにお店に行ったらGが一番しっくりした』
『それってGカップってことじゃないですか!Gカップって男子向けのアホな二次元作品にしか出てこないサイズですよ!』
『私は実在してるんですけど?』
『先輩は色々規格外なんですよ!』
『そんなことない。それより金豊山の選手の平均身長の方があり得ないって』
『そっちはあり得ますって。金豊山は全国から背の高い子を集めているから高いんですよ』
『で星野は?』
『立花先輩よりちょっとだけ身長が高いくらいですね』
で、最後は仲介を頼んだ星野と笑顔でこんな会話が弾んでしまったほどだ。そんな小平先輩が年下とはいえほぼ初対面の選手相手に指示を出すイメージが全くわかない。
「あ~小平か」
藤堂先輩が苦笑している。
「藤堂先輩知ってるんですか?」
「たいそうなことは知らない。けど同じ学年だし、ちょっとだけね。小学生のころから同学年で滋賀にデカいスパイカーがいるっていうのは有名で、写真とかでは知ってた。で、初めて会ったのは確か中二の時だったかな?ユースの合宿に呼ばれた時に1回だけ一緒だった。
あの時は今と違って線が細くてヒョロヒョロだったんだけど、背は今と同じくらいあって、まず集まっての基礎練だとぶっちぎりだった。あの身長でダッシュするとめっちゃ速くてジャンプ力もあってこれは凄い奴が同級生にいるなぁって思ったんだけど、練習試合になるととたんにダメになって驚いたからよく覚えている。あれは本番に弱いタイプって奴なんでしょうね」
だよなあ。そんな感じがする。でもそんな選手がなんで国体から急に覚醒したんだ、って話だ。
そんな話をしているとこちらに近づいてくる子が1人。
「智花さん、立花先輩と何話してるんですか?というか智花さん達のところだけ強すぎですよ。可愛い後輩相手に手加減しようとか思わないんですか?」
「ごめん。私は樹里亜のことを頼もしいとは思っても可愛いって思ったことは一度もないわ」
近づいてきたのは桜山高校で藤堂先輩の後輩にあたる近藤だ。
「さっきまで私達のチームは智花さん達のチームに負けた反省会してたんですけど、智花さんのところだけ個人商店じゃなくてショッピングモールになってるって結論になりました。どうして智花さんのところはチームとしてまとまっているんですか?」
「藤堂先輩が凄いから」
「可愛い後輩がみんな協力的だから」
近藤からの質問に俺と藤堂先輩は異なった回答をした。
「その辺の仲の良さが急造チームとは思えないんですよねえ。コツとかないんですか?」
「多分だけどさ、みんな日本代表に選ばれるかもってことで浮足立ってない?それでアピールしなきゃって私が私がって自己中なプレイばっかりになってる気がするんだよねえ。その点、私達は最初に藤堂先輩が戦い方を決めて、その後にどうやってアピールしようかって話になったから根っこにどう戦うかってのはあったんだよ」
「偶然だけどな」
「戦い方が決まっているだけでそんなに違うんですか?」
「じゃ、聞くけどさ、近藤のところ、ブロックシフトちゃんと機能してた?うちは最初からミドルブロッカーの海野さんと里桜ちゃんがブロックのタイミングと配置を指示して、あとリベロの紫苑ちゃんが中心になって守備位置との連携も簡単だけどしてたよ」
案の定、近藤は沈黙した。そりゃそうだ。今までの試合の中では、全く機能していないことくらいわかっているはず。
競技歴2年もない俺が言うのもあれだが、ブロックは結構奥が深い。
素人目には相手スパイカーにあわせて前衛最大3名が両手を上に上げてジャンプしているだけに見えると思うが、ブロックは相手スパイカーが打ったボールがネットを超えた瞬間に最も高さを出すのが理想だ。
それはスパイカーだってわかっているから、ブロックタイミングをずらそうとしてくるし、そもそも速攻はこのブロックを振り切るために編み出された戦術だ。複数人でブロックする場合はブロックの高さを合わせる必要がある。でなければせっかくの複数人ブロックも意味がなくなってしまう。
オープンの1枚攻撃ならともかく速攻複数枚攻撃となったらいくつか選択肢が生まれる。ブロックが間に合わないリスクを承知のうえで相手セッターのトスを見てからブロックに動くリードブロックにするのか、それとも相手の情報を仕入れ、ある程度の根拠をもとにトス先を予測して事前に動くコミットブロックにするのか。ブロックは3枚にするのか2枚を基本とするのか。ブロックの待機状態を中央に3人集めるバンチシフトにするのか3人バラバラに配置するスプレッドシフトにするのか。
相手に強力なエーススパイカーがいた場合にはこちらのエース級ブロッカー1名をそのエースにベタ付きさせるというやり方もある。
これにさらにレシーバーとの連携も考え、このコースはブロックで、ブロックで守れないところはレシーバーで、なんて考えだすと本当は急造チームでうまくいくはずがない。
「さっきも言ったけどさ、近藤のところも含めて他のチームってチームプレイできてないじゃん。私達のところは最初に藤堂先輩が方針決めたけど、全部は決めてない。むしろ各ポジションの専門家に細かいところは決めさせてた。特にうちには慶子ちゃん……オポジットの子が高校じゃセッターの子なんだよね。そしたら普通ツーセッターにするかどうかって相談するじゃん。きっともめて結論出ないけど。
けどそこは藤堂先輩が『みんな良い所見せたいだろ?だったら保富は保富の良い所を見せないと勿体ない。良い所を見せるためにもうちはツーセッターでやる』っていってまとめちゃったんだよね。あれでみんな、『藤堂先輩は全員の長所を見せるための方針を立ててるんだ』て思ってそこからは協力はするし、すり合わせはするけど卑屈にはならないでみんなで建設的な意見が出るようなったんだけど、近藤のところは?」
「まさに先輩の言う通り、私が私がで他の人の長所なんて気にしていないですね。全員。やっぱ智花さん凄いんですね」
「まとまったのは偶然だけどね」
近藤は苦笑し、藤堂先輩は偶々だと謙遜した。
「立花先輩、バレー暦って2年弱ですよね。競技経験は私と変わらないくらいですけど、やっぱ日本代表に選ばれる選手って色々考えているんですね」
「そりゃバカ高校の桜山と毎年国立大学に何人も現役合格者が出来る様な学業優秀校の松原女子とじゃ頭の出来が違って当然でしょ」
?今変なこと言わなかったか?
「あれ?『競技経験は私と変わらないくらい』ってバレー始めたの、最近なの?」
「?あぁ。そうですよ。私がバレーを始めたのは中2からです。それまでずっとバスケをやってました」
……マジか。いやでもなんでだ?家族を考えればそれこそ小学校入学前からやってそうなんだけど?
その辺を聞こうとしたら笛が鳴った。休憩は終わりってことだ。合宿はまだ初日。経歴については後で聞こう。
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視点変更
数時間後
藤堂 智花 視点
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「――以上で本日の全体練習は終了です。夕食は19時半から食堂で――」
合宿初日の全体練習は終わった。最後の6対6の練習試合ではくじ運に恵まれたわ。
くじで決まったチームメイトはみんな素直で性根のいい子だった。
立花や星野なんかは藤堂先輩が凄いと言ってくれたが、それは素直にあの子達が従ってくれたおかげだ。
世代別代表に選ばれるような奴は私も含めて総じて天狗なところがある。
だから私に任せろ、私に従えって奴が多いこと多いこと。
私が最初に3年生であることを口実にマウントを取りに行ったのは急造チームの主導権を握るためでもあった。あそこで仮に立花が「そういうのはどうでもいいです。全部ハイセットでもいいんで私に上げてください。全部私が決めます」なんて言っていたら反論出来る奴はいないし、そうなっていたらこうも気持ちよく――少なくとも私は気分が良かった――試合は出来なかっただろう。
格上の立花が謙虚である以上、私も自分だけではなくチームとして戦うように考えたのが結果的に良かった。立花だけでじゃない。セッターの星野、ミドルブロッカーの海野と久保田、オポジットの保富、リベロの稲代。
いずれも単純にバレーが上手いだけじゃなくて思考も柔軟。こいつらが桜山にいたら間違いなくレギュラー第一候補。
3週間後にはこの頼もしい味方が敵になるとは……
特に驚かされたのは立花。
マスコミの言っていたことは本当にあてにならない。何が守備が下手だ。普通に守備が上手いし。ただ、本人の言っている『この程度じゃ代表だと論外』が本当だとするとシャレにならない。
今までも田代監督が『なんでも器用にある程度できるじゃなくて他がダメでも世界に通用する武器が1つ欲しい。そんな選手を選ぶ』と散々メディア向けに話していた。だから現高校三年生だとレシーブとか下手くそでもスパイクさえ良ければ、なんて考えていた連中もいるはず。
でも今日現実を直接見せつけられた。
『世界に通用する武器』を持つ立花のサーブやスパイクが凄いのは知っていた。肉眼で見るそれは画面越し以上の迫力と威力だったけど。
それより『他がダメ』のダメレベルが私の想像よりずっとハイレベルだった。立花くらいの破格の攻撃力があって初めて立花曰く『代表だと論外』レベルの守備力でも許されるのだろう。それでは立花より攻撃力の劣る私達が代表入りに必要な守備力なり、戦術眼なりはどれほどなのだろう。
求められるレベルの高さに今は絶望しかない。私以外にも内心顔を青くしている子は絶対いる。
でも逆に言えば今日、頂点を知ることが出来た。ゴールは見えた。後は上がるのみ。
「――こちらからは以上です。夕食までの時間と夕食後から就寝までの時間は自由時間です。練習するもよし。明日に備えて体を休めるのもよし。仲間たちとのレクリエーションするもよしです」
ん?話が終わったみたい。よし、早速――
「立花先輩!サーブレシーブ練習をしたいので付き合ってください!練習ならテレビで見た魔球サーブを使ってくれますよね!」
!!
樹里亜に先を越された!
立花は世界選手権では見せてくれた魔球サーブ――本人曰く一か八かサーブ――を今日は見せてくれなかった。本人曰く『あんな入るかどうかもわからないサーブを使わなくても普通のサーブで点は取れますし』とのことで、実際一応は高校生選抜の選手ばかりの相手でも急造チーム故の守備位置調整の不具合から本人の言葉を借りれば普通の、私に言わせれば高校生男子のトップよりえぐいサーブで10連続サービスエースをもぎ取り、田代監督から『練習にならないからサーブの時、立花はボールを投げ入れろ』と個別指導が入るほどだった。
しかし県予選決勝では茉理達姫咲相手に使っていた。ならば春高でも使ってくる可能性があるということ。ならば実際一度は見てたい。出来ることなら守備側でサーブレシーブしたいと思っていたところだ。
今日一日で少しは立花とは仲が良くなったはず。私も――
「あ、ごめ「へーい!1年!優莉ちゃんとデートの約束はすでに私らがさきに取り付けているんだよ!」ということで後でね」
なんと。
先に同じ2年の金田一が予約を取り付けていたと?
いつの間に?
「立花さん。サブアリーナで準備できましたよ。いつでもOKです」
スタッフさんから謎の声が立花に入る。サブアリーナの準備ってなに?
「はーい。ありがとうございます。奏ちゃん、知佳ちゃん、正美ちゃん。カメラの準備も出来たみたいだし、サブアリーナに移って早速やろう。で、あの『魔球』なんて恥かしい名称のサーブをレシーブしてみたいって話だけど誰からやる?一人10本って話まではSNS上で出来てたのは知っているけど?」
――なるほど。SNSであらかじめ2年生同士のネットワークがあり、そこで予約していたのね。ずるい。
「あ、それなんだけど、優莉ちゃん。魔球サーブってコントロールまだできないんでしょ?」
「そうだよ。で、ここには複数のカメラ画像を合成して疑似的に立体画像として確認できる機材があるから、ここでうまくいった時のフォームを確認しながらサーブの完成度を上げたいって前から言ってたでしょ」
「聞いてる。だからさ、1人10本じゃなくて3人で30本にしてくれない?30本はコート内に入ったボールだけカウントしてラインアウトになったのはカウント外」
「3人って奏ちゃん、正美ちゃん、知佳ちゃんの3人?」
「そう。正美と知佳には話を通している。時間ないし、早くいこ!ここにいると優莉ちゃんモテモテだからさっきの1年みたいにいくらでもデートに誘われちゃうし」
状況整理が追い付かないが、ここで出遅れるとまずいと勘が告げていた。
「た、立花。ちょいまった。そのサーブレシーブ練習、3人で30本なんだよな?だったらその次、私達もその条件でやらせて。樹里亜、私と一緒に立花のサーブをレシーブする。文句ある?」
「ないっす」
「よし。あと1人。……ちょい茉理!ちょっと私達と立花のサーブ練習に付き合って!いいでしょ!いいわね!ということで立花。私らもまぜて」
「それならいいですよ。でも本当に魔球サーブって奴はコントロールがいまいちなので中々コートにボールが落ちなくても苦情は受け付けませんよ」
そう言って立花は了承してくれた。
楽しそうに談笑しながらカメラ機材のあるサブアリーナに向かう立花達2年生組。
それを後ろから見ながら状況を整理する。
立花は世界選手権でなにかが間違っている決定率を叩き出した魔球サーブのコントロールがイマイチであることをきちんと把握している。そしてそれをそのままにする気は――少し考えれば当たり前だけど――全くなかった。
だから、この合宿で高価な機材を使ってフォームを確認しながら完成度を高める気なのだ。
そしてそれは他の日本代表選手にも言える。前に何かのテレビ番組で往年の元バレーボール日本代表選手が言っていた。
『現女子日本代表はとても若くて後10年、現役でも全然おかしくない』
私はこれを聞いた時、頂点にいる今の代表は今のままその座にいると無意識に思っていた。なんなら後は加齢による衰えしかないとも思っていたと思う。
でも違う。
立花がサーブを高めようとするのと同じく、他の日本代表選手だって今より高みを目指しているはず。なんたって『若い』のだから。
今日、私は高みを一寸でも知った気になった。
でも実のところその高みは精々八合目と言ったところでその八合目にいる偉大な現代表選手はそこからさらにバレーの頂点を目指しているのだ。
日本代表への道は果てしなく遠い……
今年の春高を見て本作とのバレーの違い
ブロックについて
春高の配信画像を確認する限り男子はバンチシフトからの3枚ブロックが多いですが、女子の世界ではスプレッドシフトからの2枚ブロックでスパイカーから一番遠い1枚はレシーブに回るのが主流のようです。ブロックよりフロアレシーブ力を重視してるんですね。この点、本作では男子に近い3枚ブロックが女子の主流とします。ご了承ください。
スパイクの決定率について
女子の全国レベルの試合でもエース級は50%近い決定率を誇るようです。女子の世界もフィジカル重視でレシーブ出来ないスパイクを放つようです。
サーブについて
フィジカルが重視されるようなった割には女子のサーブでスパイクサーブが少ないです。男子なら各校1名はスパイクサーブの使い手がいるんですが、女子の場合はほとんど見ない……
なお、松原女子はゴリゴリのフィジカルバレーなのでスパイクサーブの使い手が複数います。そんな高校は現実にはいません。