049 高校生向け日本代表合宿 その2
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ナショナルトレーニングセンター
アリーナにて
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「立花、あなた、ものすごく柔らかいのね」
合宿の集合場所となる体育館のアリーナに到着。まだ開始まで時間があるので、ストレッチをしつつ、時間を潰しているとそんな声をかけられた。
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この人、誰だっけ?
し、仕方ないんだって!
バレーボールという限られた世界で世代別の代表となると、中学の頃から呼ばれている連中が常連となっていると知佳ちゃん達が教えてくれた。
相手からすると大抵の連中は顔見知り。一方、俺の場合、全代表には呼ばれたことがあるが、世代別は今回が初ということもあり、ほとんどの人を知らない。
にも拘らず、俺の知名度はバレーボール界では非常に高く、相手は俺のことを知っている。
なのでここに至るまでに、いろんな人に『どこそこ高校のなんちゃらです。よろしくお願いします』的なことを言われたが、あまりにも多すぎるので誰が誰やら……
下級生なのにいきなり胸を触ってくる近藤とか同じく下級生なのに初対面で身長マウントを取ってくる星野くらいのインパクトがあれば忘れないんだが……
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誰だがわからないけど、タメ口ってことは2年生以上、多分3年生だから敬語でそれなりに応答しとこう。なに、いざとなれば (俺自身半分以上忘れているけど設定上は)東欧人とのハーフ設定なので日本人というか東洋人の顔の区別がつかない、という外国生まれ設定で乗り切ろう。
「バレーボールを始めた当初はこんなこと出来なかったんです。でも、一緒にバレーボールを始めた玲子、えっとそこで180°開脚で柔軟している子なんですけど、彼女が練習前にもの凄い柔軟をやっているのを見て柔軟のやり方を教わっているうちにいつの間にか柔らかくなった感じですね」
ついでにその場でI字バランスを披露して見せる。
「!!凄いわね!それ、実際に出来る人初めて見た!」
「今はこれができますけど、1年とちょっと前はY字だって出来なかったんですよ」
「……あっちの村井も柔らかいけど、ひょっとして松原女子の子って全員柔らかいの?筋トレみたいに柔軟にも力を入れているとか?」
「体幹トレーニングと違って柔軟は個人に依りますね。平均的に柔らかいチームだと思いますけど、I字バランスが出来るくらいの子は私とそこの玲子を含めても5人ですね」
「逆に5人もいるのね……」
「おー揃ってるな。みんな、こっちに集まってくれ」
――なんて話をしていたら、俺個人はよく知っている田代監督が体育館にやってきた。
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田代監督は俺達高校生を自分の前に集めると、話し始めた。
「まず、年末の色々忙しい時、特に一部は年始の春高がある中でも私の招集に応じてくれてありがとう。さて、今回の合宿はジュニアやユースをまとめている橋波監督ではなくシニア、所謂日本代表をまとめている私が招集した。これの意味するところは何か」
一呼吸を置いて田代監督は力強く断言した。
「来年のワールドカップ、再来年のオリンピックで君達をバレーボール日本代表の選手として呼ぶかもしれない。それに備えて君達を見定めるために招集をかけた」
ここで俺個人としてはすでにオリンピックまで声がかかっている、というのは言わないでおこう。あくまで大半を占める女子高生バレーボーラーに言っているのだ。
「もしかしたら、日本代表を君達はどこか遠い世界の話だと思っているかもしれない。だが、そんなことはない。私はかつて高校生の時に日本代表に選ばれた。過去には中学生で日本代表に選ばれた選手もいる。今日来てくれた立花も君達と同じ高校生で日本代表に選ばれた。君達が選ばれることは少しもおかしくない。だが――」
あ、これ田代監督お得意のあげて落とすパターンだ。
「だが、日本代表はこれまで君達が戦ってきた年齢制限のあった舞台とは異なる。上の世代は代表の椅子を簡単には手放してくれないし、うかうかしていると今度は下の世代が君達を押しのけようとする。ここから先は年齢は関係ない。純粋なバレーボールの実力だけが評価される。もっと言ってしまうと、候補に挙がっている選手は君達も含めてみんな上手い。実力はある。
それでも選ばれる選手とそうでない選手に分かれる。どうしてだと思う?これは君達だけの問題ではないのだが、総じて日本人は足並みをそろえるのが得意で自分だけ突出するのを嫌がる。
それはそれで協調性があっていいことだが、それではダメなんだ。日本代表に選ばれる選手は日本で一番の選手が選ばれるべきなんだ。
本気で一番を目指す選手こそが相応しい。それだけのプライドを持ち合わせ、自分こそが一番だ、と自信を持って言える、ある意味で傲慢と言えるくらいの強い意志を持っていない限り私は君達を選ばない。選べない。そんな選手でないと世界を相手に戦えないからだ」
……ここで俺、絶対に美佳ねえより絶対にバレー下手くそですよ。でも選ばれてますよ、というツッコミは心のうちで止めてく。
「私としてはとても困った話だが、つい先日、女子日本代表で主将を務めていた荒巻が引退を発表したが、これを君達は知っているか?知っているのならその発表を聞いたり、見たりした時にどう思った?そうなんだ、でも私には関係ない、なんて思っていないか?いいか。代表の枠が1つ空いたんだ。これはチャンスなんだ。本当なら代表の椅子に座っている選手を乗り越えなくてはいけないのに、その椅子が1つ空いたんだ。この空いた1枠を私がつかみ取る。
そう強い意志を持ってほしい。もちろん、君達だけではない。年上のプロで活躍している選手だって同じことを考えている。今回の合宿は今の高校生でバレーが上手い子を実力順に上から選んだつもりだ。まずは同世代のライバルたちの実力を確認し、その上で一番の高校生になって、日本代表に呼ばれるような選手になること。これが今回の合宿の目的だ」
……えっと、そうなると俺も今後は代表選手として呼ぶかどうかわからないってこと?なんてボケたことまでは思わない。多分、サーブとスパイクを除いた能力が最低限、立花優莉くらいバレーボールが出来ないと代表選手にはなれないぞ、っていうライン引きのために呼ばれたのだろう。
……随分低いラインだな。俺よりレシーブが下手な奴って呼ばれているのか???
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視点変更 同時刻
第三者 視点
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「監督、嘘はどうかと思いますよ」
「私は嘘なんて言ってませんよ。『荒巻が抜けたから代表の椅子が1枠空いた。この1枠を取りにこい』とは言いましたが『君達に荒巻の代わりを期待している』とは言っていません」
スタッフからの苦言に対し、田代監督は涼しい顔で返答した。
言葉の通り、代表が1枠空いたからこの枠を使いたい、と思うような選手が出てくれば招集するが、荒巻の代わりになるような選手が高校生から出てくるとは欠片も思っていない。
田代監督を含むスタッフ一同はメディア向けのリップサービスとは別に、本心として現日本代表メンバーが2年後のオリンピックで金メダル、世界一になるように選手選考をしている。
半世紀近く金メダルが取れていないオリンピックでそれをなすためには、まずは選手としてのピークをオリンピックに合わせる必要がある。
女性アスリートとしてのピークは競技によって異なるが、バレーボールならば肉体、技術双方を考慮すると二十代半ばとなるだろう。
監督就任後、数年後のオリンピックにその年齢になる選手を中心に選出をしていたが、バレーボールが団体競技である以上、プレイヤーとは別にまとめ役が必要となる。
田代監督自身がそうであったからよくわかっているが、トップアスリートというのは多少の違いはあっても総じて我が強い。これをいかにまとめるかと考えた際に白羽の矢が立ったのが荒巻だった。
肉体的にはすでにピークを過ぎ、さらに手術までした膝をはじめ体はボロボロ。しかし長年の経験に裏付けされた技術力と対応力は随一。
また、未だ年功序列の意識が強いスポーツ界において一回り以上年上で過去にはオリンピックを始め複数の国際大会でメダルを獲得した実績がある彼女がリーダーシップを取ることには反発が小さいと考えられた。
こうした想定をもとに結集した現日本代表を一つのチームにまとめるのは大変だった。
一流選手なら誰でも持っている良く言えば矜持、悪く言えば傲慢さは中々今までと違った戦術を受け入れない。
特にチームの中核をなしたのは高校生の時に天皇杯・皇后杯、つまりプロチームを含めた大会で優勝した姫咲高校の卒業生達であり、彼女達は彼女達だけの輪で固まってしまい、新戦術を認めたがらない。
これを監督として指導し続けたのが田代監督であり、チーム内で受け入れるようまとめてくれたのが主将を務めた荒巻である。
『このチームは荒巻のチームです。勝ったら荒巻の手柄。負けたら荒巻の責任』
メディアに対し、そう発信した田代監督の発言は決して虚言ではない。こうした裏付けあってのことだった。
だからこそ、10月の世界選手権終了直後に荒巻から次回以降の代表辞退と選手引退を聞いた時に驚き、なんとか思いとどまるよう2ヶ月間説得し、結果として押し負けたので引退発表が12月になったという経緯がある。
田代監督をはじめ、コーチやスタッフ一同、以前よりチームの柱は荒巻であると本人には伝えていた。
世界選手権ではたとえプレイ自体が全盛期のそれと比べ低調でもまとめ役として十分に仕事をしてくれていた。
それもあって2年後のオリンピックまで残ってくれと何度も依頼したが本人の意思が上回った。
なんのことはない。
『一流選手なら誰でも持っている良く言えば矜持、悪く言えば傲慢』は荒巻本人にも言えた。
全小、中総体、春高、五輪等と世代ごとに最高の大舞台に立ち続け、主力選手としてやって来た彼女に『たとえお荷物でも試合に出てくれ』は誇りが許さなかったのだ。
『田代監督は現役の時はセッターでした。もし、絶対にAパスでボールは返す。トスはレフトへのオープンだけでいい。主将としての仕事をしてくれればそれでいい。と言われても代表のユニフォームを着れますか?国旗を背負うことはそこまで軽いものですか?』
と言い返されてしまえば、納得するしかなかった。
なので今は次のまとめ役を探している。ただ年上ならいい、というものではない。実績と人望が必要だが、困ったことに現主力選手は長らく成し遂げてなかった世界一になった選手ばかり。
実績では到底勝てないだろう。いっそのこと、現メンバーから選ぶか?なとど頭を悩ます日々。
そこに間違っても実績のない高校生を荒巻の代わりに主将にするつもりなどないし、してもチームはまとまらない。
今の高校生に期待しているのは下からの突き上げ。
それが出来る選手がいれば推薦するし、いなければいないで現メンバーの底上げをする。それが主目的。
あとは立花を除く今の高校生向けの目的もあるにはあるが、それはこの合宿に参加した高校生自ら気が付いて欲しいと田代監督は考えている。
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視点変更 同時刻
立花 優莉 視点
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説明によると今更基礎練習などやらなくても基礎は習得しているだろうから、この合宿では試合形式の練習を中心とするそうだ。
まあこれは、田代監督からすれば俺以外の高校生バレーボーラーの力量は人から聞いたり、媒体を通したものばかりだから、実戦形式の練習を中心とすることで誰が、どの程度バレーができるのか把握するか、首脳陣サイドの都合によるものだろう。
で、基礎練習はしない、と言った割には一番最初にするのは補強、所謂体幹トレーニングだった。
バレーボール大でかつ柔らかめのバランスボールが各人に配布された。
これは全日本でもやった奴だな。
軸足一本でバランスボールの上に立つ。
軸足の反対の足を前後に振る。
利き腕は前方向に回し、反対側の腕は後ろ方向に回す。
こうすることで手足4本にそれぞれ異なる命令を出すことになる。
これは確か――
「バレーボールは持てない。触れるのは一瞬、ボールコントロールも一瞬で行う。自分の身体も思うように動かせない奴が、身体の外にあるボールを思うように動かせると思うな」
という意図があるとのことだ。
「いいか。これは単純な筋トレじゃない。練習でも目的意識をしっかり持ってやるんだ。この練習は自分の手足を自在に動かし、その延長線にはボールを意図通りに運ぶという目的があるんだ。
この合宿中だけじゃなく、普段の練習も監督、コーチ、指導者に言われたから、じゃなくて何の目的があるのかを意識するんだ。そうすればそれをしない選手よりほんのちょっとうまくなれる。
そのほんのちょっとをたくさん積み重ねてもっともっとバレーをうまくなろう」
全日本でも田代監督が監督だったので当たり前と言えば当たり前だが、これと同じことを全日本でも言われている。ということはこの練習は全日本でも通じる練習であり、本当に今の高校生に期待しているのだろう。でなければ代表と同じように扱う理由にはならない。
なお、今やっている筋トレはやってみるとわかるが意外と大変だ。
バランスボールの上に足一本で立つにはそれなりに軸足に意識を集中させる必要がある。反対の足、両腕はそれぞれ違う方向に動かさないと行けないのでバランスをとることだけに集中するわけにもいかない。
手足だけに気を取られていると身体がぶれる。これも――
「ほらそこ。身体がゆれているぞ。立花を見ろ。胸にあんなに大きな重りがあるのに姿勢を崩していない。それはしっかりと身体の軸を意識しているからだ」
身体をふらつかせていると怒られるのでそこは意識して真っ直ぐ直立 (大事な事なので同じ意味のことを重ねている)を意識しながら手足を動かしている。
……どーでもいいがコンプライアンスの厳しい昨今、女同士でもセクハラは成り立つと田代監督に伝えた方が良いのだろうか?
この後は試合形式の練習、と言われたが、6対6の形式は最後で2対2だったり、3対3の練習も混ぜるらしい。
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視点変更 数時間後
田代監督 視点
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「監督。どうですか?直接見る高校生達は?」
「流石に3時間では全員は見切れません。ただ、そこの赤のビブスの3番、金田一でしたっけ?彼女はプレイの幅が広いですね。それと期待していた小平は……う~ん……」
スタッフからの声に私は思わず苦笑した。
今の高校生達はバレーボールでキャリアを積んでいくにあたり、非常に不運な世代となってしまっている。
バレーボールに限らず、アスリートにとってその競技の主要な大会で活躍することがキャリアの頂点と言える。
が、今の高校生はまずこの『主要な大会』で活躍する以前に出場すら難しくなってしまっている。
バレーボールの主要な大会は考え方によって分かれるが三大国際大会、オリンピック、世界選手権、ワールドカップの三大会、
その中でもオリンピックが一番だと回答する人が多いだろう。少なくとも私はそう。
対メディア向けのリップサービスはともかく、本心では監督就任直後からずっとどうすればオリンピックでの金メダルが取れるかを考えて選手選出をしていた。
偶々、立花優莉というトンデモと出会ったことで前の世界選手権で世界一になったが、元々オリンピックの前年のワールドカップ、前々年の世界選手権はそのための踏み台にしても良いと考えていた。
実際、現日本代表の主力選手はオリンピックで選手としてのピークを迎えるように、先日引退した荒巻のほかは2名を除き二十代前半。残る2名、津金澤と妹の立花に至っては未だ十代である。
2年後に彼女達は2名を除き選手としてピークの時期を迎える二十代半ば。
このまま世界選手権で世界一になった経験を持つ現日本代表メンバーをほぼそのまま招集するつもりであり、今の高校生達をごっそり総入れ替えにして主力を担わせるつもりはない。
では6年後はどうだろうか?
6年後、今の高校生達は22~24歳。一方、現日本代表メンバーの主力選手は30手前。
肉体的な有利は今の高校生達にありそうだが、一方で30歳前後はピークを過ぎてはいても、まだまだアスリートとしてやっていける。
加えて現代表メンバーには世界で戦ってきたという貴重な経験があり、その経験は私の理想通りに進めば世界選手権、ワールドカップ、オリンピックを制したとてつもない経験になっている。
その時の代表監督が私であるとは思わない。ごく一般論として世界大会三連覇の経験を買って人によっては若さより経験を取る可能性は十分にある。
では10年後は?
10年後となると流石に現代表メンバーは殆どが30歳半ばとアスリートとしての晩年にさしかかっている。
一方今の高校生達は丁度……と考えるかもしれないが、そこまで時間が経過するのであればもっと若い、例えば今の中学生、小学生が台頭する時期でもある。
オリンピックを基準に考えると2年後と6年後は今の代表世代でいい、10年後はもっと若い世代でいい、となってしまい別に今の高校生達を無理やり使って育てる必要はない。と考える人が出てもおかしくない。
私は別に世代ごとに選手は選ばれるべき、という考えは全くない。
バレーボールが巧ければ中学生でも小学生でも、反対に40歳、50歳の選手が日本代表に選ばれていいと本気で考えている。
従って、仮に今の日本代表主力選手が実力で10年間代表の座に座り続けたとなっても賛成の立場である。
が、それはあくまで『実力で』という条件が付く。
大舞台の経験値は確かに大きいが絶対ではない。
2年後はさておき、6年後のオリンピックを考えた時、流石に6年後も自分が代表監督をやっているとうぬぼれているわけではないが、今目の前にいる高校生達が正当な評価でなら選手の新陳代謝を期待する意味でも今の代表選手を蹴散らして選ばれて欲しいと思っている。
矛盾するようだが、大舞台の経験値は大きい。だからその大きな経験値を上回る武器を、実力を身に着けるために今の高校生達には今から死に物狂いで頑張って欲しい。でないと代表には選ばれない。
大変申し訳ないが、彼女達が青春をかけている春高の価値は決して高くない。精々、良い選手が強豪大学やプロチームへの足がかりになるな、程度である。
あくまで最後はバレーボール選手としてどこまで大成できるか、である。そして今回の合宿はそれを促すための合宿である。
練習もちゃんと意図がある。
試合形式ばかりの練習なのは基礎は各自高校で磨いて欲しいという意味である。
2対2、3対3の練習はリベロ志望の選手も含めくじ引きでランダムにチームを決める。
連続してボールを触れないバレーボールで2対2なんてやろうものなら、レシーブが苦手だとか、トスが苦手だとかは言ってられない。
強制的にやるしかないのである。そして上の世界では高校レベルで求められる程度の技量は苦手であっても出来て当然、出来なければ出来るまで練習をするか先を諦めるかの2択である。
これが3対3になるとまた変わった視点が出てくる。
バレーボールは連続してボールを触ることが出来ないが、間に1人挟めばもう一度触ることが出来る。
多少の面識はあるかもしれないが、詳しくは知らない選手と短い時間でお互いが出来ること出来ないことを見極め、作戦を立ててゲームに挑む。
これには所謂コミュ力が問われる。
この1年程度で心底わからせられた。代表監督になるまでは多少戦術の好みで選出選手が変わるとしても、基本的には各ポジションで最強の選手を6人選べば最強チームになる、と浅はかに私は考えていた。
一流のプロなのだから、お互いに相手を尊重し、折り合いをつけてチームを作ってくれるとも考えていた。
実際はそんなことなかった。
女3人集まれば派閥が生まれるとは誰のセリフだったか。
とにかく我の強い選手の集まりでチームをまとめるのに苦労した。
その反省もあって『自分の長所を殺さずに他人とうまくやれる』選手は十分に評価対象となる。
高望みまでしてしまえば他2人を従え、リーダーシップを発揮できる選手が見つかると嬉しい。
2対2で選手個人のバレー技量を総合的に判定し、3対3でそれをチームで活かせるかを判定する。
そして通常の6対6の形式でようやく本来のポジションでプレイさせることで総合力を把握する。
1回限りのチームでは選手同士の相性もあり、正しい能力評価が出来ないだろうから合宿中は何度も組み合わせを変えて行う。
その中で見どころのある選手が出てくればワールドカップは厳しくてもオリンピックは代表に呼んでもいい。
そして立花優莉。
今回の合宿は未来の代表選手を探すことが目的である。
その意味では彼女はすでに代表入りしているので目的外の選手である。
しかし、だからこそ招集する意味がある。
対メディア向けに何度も彼女は下手だから守備をさせないと言い続けた。
それは嘘ではないけど、前に『日本代表選手としては』という条件が付く。
仮にこれが『高校生としては』となると彼女の守備は『上手い』。
規格外の運動能力を除いて単純なボールを捌く能力だけでも全国に何万といる女子高生バレーボーラーの中でどんなに厳しく評価しても上位2割には入る。
これに運動能力を合わせて考慮すれば総合力では全国で上位数パーセントの守備力を誇る選手になる。
しかしその程度では足りない。
趣味ではない、高校より上のレベルでバレーを続けることが出来るのは高校バレーの上澄みのみ。
そこから日本代表に選ばれるのは上澄みの上澄み。
今ここに集まっている40名弱の高校生は何万といる高校生の上澄みだが、ここから日本代表に選ばれるのはこの中のさらに上澄み。精々1チーム分も選ばれない。
それこそ各ポジションで日本一の高校生になってようやく代表入りが見えてくる世界なのだ。
それを立花優莉以外の選手に思い知らせたい。
彼女は高校からバレーボールを始めたことが原因なのか、自分に経験が少ないことで卑屈なほどバレーボールの技術に対しては低姿勢だ。
しかしやるべきことは出来るし、出来ることは出来て当然と振舞う。
すでに合同合宿も3時間が経過し、ミニゲームも何度か組み合わせを変えて行っている。その中でどうしても注目を集める彼女だが、
多くの選手をメディアで散々持ち上げられた攻撃力ではなく、散々酷評された守備力で驚かせている。
しかし当の本人は「これくらい出来て当然でしょ」「競技歴1年ちょいの私が出来るんだからみんなも出来るでしょ」「この程度のレシーブ力じゃ代表だと論外だよ」と一切悪気なく言い放つのだ。
これこそ立花優莉を今回招集した理由。
代表監督から言うのではなく同じ高校生から高校生レベルでは論外だと思い知らせる。
このやり方がより効果的であると私は考える。事実、立花の何気ないセリフに顔を青くした子もいる。
自分達は代表に選ばれるかも、という餌の後に厳しい現実を突きつける。奮起して欲しいし、奮起しなければならない。
これで折れるようなら最初から芽はなかったということである。
あともう一つ、立花を招集した理由があるが、まあ今は最初の1つでいい。
この5日間の合宿で嫌でももう1つを思い知るのだから。
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設定話1
>先日引退した荒巻を除けば2名を除き二十代前半。残る2名、津金澤と妹の立花に至っては未だ十代である。
舞「私は?」
田代監督「私の中で代表の正セッターは川村。次点が伊月。その少し下に飛田。サーブも強力な170cm超の大型セッターは魅力があるけど、川村もそれは同じ。伊月も167cmでセッターとしては長身。飛田は唯一無二ではない。対して2mの動ける壁の津金澤、身体能力が突出している立花は唯一無二の存在で替えがない」
杏奈「だってさ。プークスクス」
設定話2
問「ならば田代監督の考える『唯一無二の存在』は?」
田代監督「さきの世界選手権では動ける2mのブロッカーの津金澤、既存のリベロよりボール1個分以上守備範囲の広くトスもできる立花姉、規格外の身体能力を誇る立花妹、個性豊かな選手 (京都人的表現)を主将としてまとめてくれた荒巻の4人」
設定話3
>とにかく我の強い選手の集まりでチームをまとめるのに苦労した。
田代監督「少し言い訳をさせてもらうと私が現役時代は監督や先輩が右と言えば右、白と言えば白だったのである意味1つにまとまるのは簡単だった。ところが今の若い子は自分が納得しなければ目上の者にもドンドン意見を言うし、動かない。概念として昭和の根性バレーが今の若い子に通じないことは理解していたつもりだが想像以上の反発で苦労した。ここは強引に選手の若返りをした弊害であり、逆に選手で唯一理解してくれた年長の荒巻の存在は指導者側としても大きかった」
設定話4
問「優莉の守備力いきなりすごくなってね?」
解「どこを基準にするかによりますが、優莉 (と陽菜、明日香、ユキ、翼)のバレーボールの才能は全国大会常連の強豪校でレギュラーになれるくらいです。なのでインチキ無しでも普通に上手いです。1年生編の春高でも守備の基本は出来ている、インチキ使ってボールの下に強引に潜り込んで無理くりイージーボールにするから結果守備も上手いとしていました。高校野球に例えると夏の甲子園で優勝した高校の野球部部員は高校野球界ではトップクラスの野球人でしょう。普通に凄いです。ですが、その年のプロ野球ドラフトでその野球部員が、レギュラークラスであっても丸々ドラフトで指名された、なんてことはありません。彼らの多くは『高校球児』として上位でも『プロ野球選手』としては足りないのです。それと同じく、優莉本来の才能はプロからすると物足りないのです。田代監督は野球で例えるとWBCで日本代表として選ばれるくらいの選手を欲しています」