048 高校生向け日本代表合宿 その1
ちょっと短め。
春高県予選は終わっていて、期末テストが始まる前だったから11月末ごろの話だ。
バレーボール協会から高校宛に全国の優秀な女子高校生バレーボーラーを集めて合同合宿をするので参加しませんか、という連絡が届いた。松女でお誘いがあったのは俺と玲子。時期は12月中旬。
丁度期末テストに向けた勉強をしている最中で、思っている以上に陽菜に後れを取っていることを感じているから、正直俺は参加する気はあまりなかった。
期末後は授業の進みが極端に遅くなるとはいえ、ここでさらに土日を含むとはいえ4泊5日。拘束されるのは土日月火水。つまり3日分の授業が遅れることになる。これは避けたい。
なにより、この合宿に陽菜が招集されていない。
ということは、寝る前に布団の中が温まっているということもなく、寝る時にはいくらくっついても火傷することがない人肌の暖かさを朝まで保ち続ける湯たんぽもなく、クッソ寒い朝に暖かい布団の中から手を伸ばすだけで下着を含む着替えが供給されることもない。
平たくいって無理。
よし、参加は止めよう。
そう思っていたのだが、合宿時の練習先は『ナショナルトレーニングセンター』とあった。ここには何度がお世話になっている。ということは『アレ』があるわけで……
念のため、ナショナルトレーニングセンターのスタッフに電話で確認すると自由時間なら使ってよい、人材、機材も貸し出してくれるとのことだ。ならばと俺は断腸の思いで参加を決めた。
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元々玲子は参加するつもりとのことだ。で、そのことを奏ちゃん達とやり取りをしているSNS上で報告するとあちらさんも参加するとのことだった。
結果、同じ県で姫咲というご近所さん (と言うには微妙に距離が離れている)の正美ちゃん、知佳ちゃん、そこに俺と玲子の4人で待ち合わせをして当日は一緒に合宿所に向かうことになった。
……道中、地元ではすっかり冷めていたバレーボール熱は都内ではそうではなかったようで、電車で目的地に近づくにつれ周囲から遠巻きに見られるようになり、やがて『バレーボールの立花選手ですか』的な声をかけられるようにまでなった。
2ヶ月くらい前、それこそ世界選手権の熱が冷めていない時期に都内で電車に乗っても何もなかったが、今はこの有様。なんでだ?
格好と周りの人間……かな。
修学旅行の行きと帰りは私服で一緒にいた陽菜とあわせてちょっと高校生には見えにくい大人びた格好だった。
対して今日は学校指定ではないその辺のスポーツショップに売っているウインドブレーカー姿の女子高生が4人固まっている状態。
背丈は俺が一番低く163cm。玲子、正美ちゃん、知佳ちゃんは3人とも180cm手前
陽菜も女にしては背が高いが、それ以上にあの時は周りから女子高生もしくは女子大生の姉妹と思われていたのだろう。
一方、今はいかにも運動します、という格好の中で俺だけが背が低いという状況から『バレーボールの立花優莉』というのが想像できた、というのが違いだと思う。
最初のうちはそうです、とか応援ありがとうございましたとかで適当にやり過ごしていたんだが、だんだんさばききれなくなってきた。
俺、こう言っては何だが、ただの一般人よ?
そんなに珍しい?
世界選手権から2ヶ月くらい経ってるんだが、まだ都内の方ではまだ熱が残っていた。なんでだ?
ちっとも人だかりがなくならないので同行のみんなには悪いが途中下車し、タクシーに切り替えた。
「ま、4人でここから割り勘なら電車賃よりむしろ安くつくよ」
他、気にしてないなどと3人にフォローしてもらった。正直すまん。
まあ、そんなこともあったが無事にナショナルトレーニングセンターに到着。
ここから集合場所に向かわなければならない。その場所がバレーボールコートというちょっとあれなものだった。
このトレーニングセンターはそこそこ広い。加えて施設も様々あり、いきなりすんなり移動できる人間はそうはいないだろう。一応、そこら中に案内掲示板があるが、初見で迷うことなく移動は出来ないだろう。
「こっちこっち」
一方、俺はここに一ヶ月近く軟禁されていたこともあるし、勝手知ったるなんとやらだ。バレーボールに必要な施設の場所はすべて知っている。途中、何人か似たような恰好の大荷物を抱えた俺達と似たような年齢の女性が何人も見たので多分同じように招集を受けた人だろう。
俺には見覚えがないひとばっかりだけど。
「よ。久しぶり」
誰?
「おはようございます」
「お久しぶりです」
「藤堂さん、おはようございます」
……俺は知らんが、同行の3人は知っているようだ。
「……立花……さんは知らんか。1年前、全代表とU-19の試合をした時に相手チームにいたんだけど……」
っげ!知らん!見覚えがない!
「ご、ごめんなさい」
ここは素直に謝るしかない。
「あぁ。いいって。あの時は碌に自己紹介もしなかったし。改めまして。桜山高校3年の藤堂よ。5日間よろしく」
「よろしくお願いします。松原女子高校2年の立花です」
「えっと、立花さん、でいい?」
「私2年生なので呼び捨てでお願います」
「了解。こっちから紹介したいのが一人いるのよ。樹里亜、ちょっと来なさい」
藤堂先輩が声をかけると陽菜位の背丈の女性――こっちは雑誌や配信動画で見たことがある――が小走りでやって来た。
「この子は桜山の1年でエース。近藤。樹里亜、挨拶」
「桜山高校1年、近藤 樹里亜です。よろしくお願いします」
自己紹介と共に深々とお辞儀。礼儀正しい子のようだ。
「よろしく」
雑誌でも見たな。パウロさんの妹。どうやら姫咲とは夏のインターハイで戦ったらしく、インターハイ以来だね、という言葉が正美ちゃん達から出た。
「で、樹里亜。知っていると思うけど、こっちは右から順に姫咲のエース、徳本。姫咲のセッター、沖野。で、こっちの2人は松原女子のレフトで立花と村井――って、なにやってんの!」
ガツンと擬音語が聞こえてきそうな勢いで藤堂さんが近藤さんの頭をどつく。
「立花、ごめん。悪気しかないと思うけど、ちょっと教育するから。樹里亜!何やってんの!」
「でも智花さん、メロンですよ!凄く大きくて柔らかかったです!本物ですよ!」
「女同士でもセクハラは成り立つって知らないの?」
あ~。
すっかり女子校に毒されているからわからなかったけど、ひょっとして世間一般ではこうなるのかもしれないなあ。
「あの、お気になさらず。別に胸を触られたくらいでどうこう思いませんし、なんなら松原女子だと挨拶みたいなものですし」
「え!なにそれ!女子校爛れている!」
女性からなら突然触られようが別に驚かないというか、気にしない。
そうか、普通は女性相手でも騒いだ方が良いのか。
……俺自身女子校という特殊環境になじんでしまったところがあるが、例えば――いや止めておこう。
この手の奴で失言すると後で陽菜がすげー怒る。それはめんどいので後で陽菜に女子の常識と女子校の常識の違いについて聞こう。
なおもしばらく桜山の2人と歓談していると藤堂さんからこんな質問が飛んできた。
「――姫咲と松女は同じ県だから一緒に来た、ってのはわかったけど、他に呼ばれてないの?茉理は?」
「長谷川先輩には松女の子と一緒に行きませんかって誘ったんですけど『やっと面倒事から解放されたのになんであんた達みたいな問題児の引率を引退したあともやんなきゃいけないのよ』って断られました」
「あ~。いいそう。松女は?2人だけ?もの凄い1年がいるって聞いているけど?」
ほうほう。やっぱり見る人から見れば松女の1年にも凄い奴がいるっていうのは周知の事実って奴なのだろう。……今回呼ばれなかったけど。
「翼ちゃん……県予選で1番をつけてた金森ですよね。彼女は呼ばれてないんですよ」
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視点変更 同時刻
藤堂 智花 視点
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「翼ちゃん……県予選で1番をつけてた金森ですよね。彼女は呼ばれてないんですよ」
その言葉を聞いた時、正直な感想はそいつじゃねーよ、だ。
今回の合宿は直近にU-19でも大きな大会がないことから目的は選手育成だと思っている。そうなると今、凄い選手ではなく、未熟でも優秀な素材の選手、例えば去年は素人同然だった村井を招集したように松原女子からは14番の大河とかいう選手が呼ばれると思った。
まあ、松原女子の14番が呼ばれない、というのはそれなりに納得は出来る。ネットインサーブはそれは凄いけど、あんな見事な顔面レシーブを決めるくらいのド素人はまず基礎を身につけてこい、ということでしょう。
でも松原女子の1番??
あの子のどこがそんなにすごいんだ?
高校レベルであれば高いレベルで攻守まとまっている良い選手だけど、あの程度の選手なら全国には何人もいる。
でも私が凄い1年と言ったら村井も立花も当然のように金森の名を上げた。なぜ?
「松原女子の金森さんってMBの人ですよね?呼ばれてないんですか?」
私達の会話に1人、ひょっこり割り込んできた。この顔、見覚えがある。春高県予選の決勝試合は動画配信されているので全国全試合を一通りチェックした。その中にいたはず。確か――
「あ、金豊山の背の低いセッターだ」
「ぐはぁあ!」
そうそう。金豊山で1人だけ背が低い選手だから目立ってた。
……どうでもいいけど、イントネーションは標準語だけど、背が低いと立花に指摘された後のノリは完全に関西圏のそれね (偏見)。
「うぅ。実は私、スカウト組じゃなくてセレクションで金豊山に入ったんですよ。その時にエントリーシートには172cmって嘘ついて突破したんです。まあ、その後で監督にはバレちゃいましたけど、補欠合格ってことで滑り込んだんです」
うわぁ……
根性あるな。こいつ。
そこまでして金豊山にいきたかったのか。
「改めまして、金豊山学園高校1年、星野 司です。5日間、よろしくお願いいたします」
さっきまでのウソ泣きを止めて、からっとした笑顔で自己紹介をしだす。それにこっちもそれぞれ自己紹介をし返しつつ、この場にいない金森の話を続ける。どうやら金豊山の監督も松原女子の金森を評価しているよう……
なぜ?
あの選手のどこにそんなすごいところが?
私の見ている何かが間違っているの?
「――そんなわけで金森さんっていう人にも会えると思ったんですけど、呼ばれてないんですね」
「うん。そう」
「それは残念です。ところで立花先輩」
「なに?」
「私、確かに背は低いですけど、先輩より5cm大きい168cmですからね!」
「ぐはぁあ!」
大げさなリアクションを取る立花。してやったりの表情を浮かべる星野。
さっきの雑談の中で立花も170cmくらいの身長が欲しい、みたいなことを言っていた中でこのやり返し。『金豊山の背の低いセッター』って言われたのを根に持ってそれをやり返しやがった……
私も古臭い体育会系の上下関係なんていう気はさらさらないけど、初対面の2年生に対し、いきなり胸を触る近藤、笑顔で『お前の方が小さいぞ』と言い返す星野。ホント、いい根性してやがる1年生だこと……