047 校内マラソン大会
男性教師が立場を利用し教え子の女子にみだらな行為をし、逮捕、なんてニュースは昔から世間を飛び交っているが、その気持ちは全くわからない。
もちろん、俺は不能ではないし、性欲もある。性対象は女性だ。しかし、教え子にそんな気が沸くかと言われればノーである。
むしろ俺に言わせれば教師だからこそ教え子を性の対象とは見えないのだ。
教師は聖職で高潔な精神が、なんていう気はさらさらない。
もっと根本的な理由として、普段の教え子を見ているからこそ、その言動の幼さを知ってしまい、そうとは見えないのである。
見た目は多少大人びて見えていようが相手は所詮高校生、もっと言ってしまえば子供なのだ。
普段の会話の内容は大人からすると世界が狭く小さくとても可愛らしい。例えばどこそこに遊びに行く、なんて会話でもせめて大学生くらいになっていれば車を借りて遠出、なんて話も出てくるが高校生だと松原駅か精々沿線沿いの繁華街が出てくる程度。買う物一つとっても千円、二千円で大騒ぎだ。大人の女性は化粧品に平気で一万、二万をつぎ込むケースがある。テストの点がちょっと良い悪いでも大騒ぎだ。
また、俺自身中学生の娘を持つ父親であることからも彼女達はそのような対象には見えず、保護対象にしか見えない。
「寒い!死ぬ!死んじゃう!」
だから、世間一般では美少女アスリートだ、なんだと騒がれている少女に密着されていても変な気は全く起きない。
……これでもテレビの画面越しに見た立花妹はそりゃ美人に見えたもんだが、俺にくっついて震えている今の姿を見るとただの愛玩小動物にしか思えん。
俺の名は田島 彰浩。教え子から気軽に風よけに使われる程度には慕われている体育教師だ。
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今年で赴任11年目を迎える県立松原女子高等学校には2学期期末テスト終了後にマラソン大会が開催されるという伝統がある。
マラソン大会自体は珍しくないが、経緯や副賞は他校にはないものになっている。
元々は戦時中に近く――と言っても20キロ近く離れているが――の護国神社まで走って戦勝祈願をしたことが起源となっている。
その後、終戦もあったがなにより神社まで何百人の女子生徒が走るのは単純に交通上邪魔があるとかでゴールは神社ではなくなり何度かルートを変えて現在のコースになっている。
現在の15キロと女子高生が走るには長い距離となっているのは、元々が20キロ近い距離だったのでこれでも短く調整された結果なのだ。
また、今でもその風潮はあるがこと日本においてマラソンは全天候型スポーツと思われているのか、多少の雨、雪程度では開催されてしまう。今の常識では信じられないが、その戦後の昭和のある時は、小雪舞い散る中でマラソン大会が開催されたそうだ。
この辺りは今もそうだが昔は今以上に田んぼと畑しかない土地だった。言い換えれば一度風が吹けば遮る物など何もない状態ということだ。当然、そんな中で10キロ以上も走れば体はすっかり冷え切ってしまうだろう。凍える生徒を見かねた地元の蔵元の方が家で余っていた酒粕から甘酒を作って振舞い、これが生徒達に大変好評だったとかで翌年からは生徒側自ら甘酒を用意することとなったのだとか。
「うぅ……寒いよう……死んじゃうよ…」
だが、甘酒とはいえ学校イベントでお酒は良くないという話が出てしまい、甘酒は2回目で廃止、翌年からは酒粕を使った石狩鍋になったとか。
その後、酒粕を使うと出てしまう独特の癖を嫌う生徒も大勢いたこともあって現在の豚汁に落ち着いたと聞いている。
面白いのがこの豚汁の現在の分配方法だ。
元々競技終了後に配布される豚汁は教師の他、怪我や体調の問題で走れない生徒が競技の代わりに料理から配膳、片付けまでを行う仕組みになっている。
ある年、うっかり配膳係が最初から景気よく振舞っていたため、徐々に内容が貧相になってしまうということが発生してしまった。
これだけならよくある話になりそうだが、これが当時の生徒達になぜか受け入れられてしまい、
『ちゃんとした豚汁が飲みたかったら速く走り切れ』
『1年は2年、3年のおこぼれなんて時代錯誤で逆に面白い』
ということで以来、毎年、序盤から早々に具材を使いきるかのように山盛りにし、終盤は残り汁だけという豚汁が配膳されるようになってしまった。
「陽ねえ、遅いよ……何やってるの……」
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……まあ、現実逃避はこの辺にしておくか。
先ほどから俺に引っ付いて寒いだのなんだのわめいているのはそのマラソン大会を36分21秒という大会記録どころかおそらく15キロ走 (正確には15キロ弱であり中途半端な距離なので陸上の正式な記録として申請は出来ないだろう)の人類最速記録を叩き出した在校生、2年生の立花 優莉だ。
引っ付いているのは俺が好かれているだとかではなく単純な風よけに使われているだけである。現に俺を風上に立たせているしな。
コイツは自他共に認めるほど寒がりで最近の体育の授業では姉の立花 陽菜にべったりとしがみついた上で、しきりに『寒い。せめて風の吹かない体育館でできる競技にしましょうよ』などと常々俺に言ってくる。
今日も早々に走り終えるとすぐさま着替えて (市の許可を得て運動公園の一角を高校で貸し切り、そこに災害時には防災テントとしても使えるテントを複数設営し、生徒達はそこで着替えている。不埒なことを考える奴もいるかもしれないから言っておくが当然透けない。また、一角手前には女性教師を複数名配置しているのでこれまた不埒な輩はテント内に入れないよう配慮している)完全防備体制だ。
多分、ジャージの上からウインドブレーカーを羽織っているだけの俺より暖かい格好だと思う。
「立花。さっきから死ぬ死ぬ言ってるが、この程度の寒さじゃ人間死なんぞ」
実際、今日は好天に恵まれ、風もほぼない。気温も12月中旬にしては高すぎるくらいだ。
「せ、先生は何言っているんですか!今日のこの気温、十分に低体温症で死んでもおかしくないですよ!知らないんですか?夏山だとこれくらいの気温でも死者が出るんですよ!」
「あ~それな」
……立花、それ勘違いしてるぞ。
「立花、そう言ったケースだと夏の平地気分で薄着で登山に挑んだら、山頂は予想以上に涼しくて、日が沈むとさらに冷え込んだってパターンだ。今のお前の格好なら死ぬことはない。その恰好で低体温症になるくらい日本が寒かったら毎年何千人も凍死者が出てるぞ」
実際今の立花は冬用の制服の上に、耳は暖かそうなファー付きの耳当て、首元はマフラーを幾重にも巻き、口元すら覆っている。もちろん、ぶ厚いコートも着こんでいるし、手元は可愛さを極限まで投げ捨てたグローブのような武骨な手袋。そして脚は無地の黒色タイツで覆われている。
余談だが、このタイツという奴、今年はやたらと着用している生徒が多い。
一応、校則上は俺が着任した11年前には寒ければタイツを履いてよい、となっていたが実際には2年前まで誰一人としてタイツを着用する生徒はいなかった。
しかし、去年入学した妹の方の立花は帰国子女ということもあってか日本の女子高校生の常識など関係ないと言わんばかりに冬場はタイツを愛用していた。
そんな立花妹から少しずつ着用者が広がり、去年は1年生に少し程度であったが、今年は2年生を中心にタイツを着用する生徒が全体で1/4程度はいる。
疑問に思ったので2年4組の担任という立場から4組の生徒のうち、今年からタイツを着用するようになった生徒に聞いてみたところ、去年は寒くても我慢していた、とのことだった。
そんな中、去年堂々とタイツを着用する立花妹を見て今年は我慢を止めたとのことだ。ちなみにその生徒曰くタイツ1枚でも寒さは全然違うらしい。
「先生は男の人でスカートを穿いたことがないからそんなことを言っちゃうんですよ。スカートは防寒着としては最低ですからね!」
「???だからお前はタイツを穿いてるんだよな?それ、結構暖かいって聞いたぞ?」
「誰ですか!そんな出鱈目言ったの!確かにあるとないとじゃ全然違いますけど、これくらいじゃ足りません!」
「そうなのか?」
「そうなんです!先生、学校の制服、下はスラックスになりませんか?女子の制服もスラックスにするって一部で話題になってるじゃないですか?」
あれは心と体の性別が違うという難しい問題が根っこにあるのだが、お前は違うだろうに……
それにスラックスにも問題はあるんだぞ?
「立花、お前は知らないだろうが制服のスラックスってあんまり防寒性能は期待できないんだぞ」
生徒のプライベートはよく知らんが、妹の立花はこれだけ寒がりでかつスカートへの拒否具合からこの時期の私服はパンツルックである可能性が高い。
当然、それはそれなり以上に防寒性の高いボトムスなのだろうが、制服に使われる様な素材にそこまでを求めてはいけない。
「いっとくが、制服のスラックスってのは夏は暑いし、脚に汗で引っ付いてうっとしい。でも防寒性なんて皆無で冬は普通に寒い。夢は見ない方がいいぞ」
「でも、スラックスなら下にジャージを穿いても外から見てわかりませんよね?」
……立花。お前いったいどこでそんな裏技を知ったんだ?
「確かにあれは暖かいな。だが、スラックスの下にジャージを穿く発想があるならスカートの下にジャージを穿いてもいいんじゃないか?」
まあスラックス+ジャージと違ってスカート+ジャージははた目から見てもジャージを着用しているのがわかる。校内ではいわゆる埴輪ルックの生徒は冬季限定で俺が着任した当初から見かけている。
「……それをすると陽ねえが『女の子がそんなみっともない恰好しないの!』ってものすごく怒るからダメ」
……お前高校2年生にもなってお姉ちゃんに怒られるからやらないって子供か。……あぁ。子供だったな。
まったく。近くで人となりを見れば年相応どころかそれよりも幼い子供だとわかるんだが、如何せん見た目だけは大人びて見えるものだから質が悪い。
だからこそ大人が守らないといけない。
「そう言えば立花。噂程度で聞いてたかもしれないが、俺と上杉先生も年始の春高に同行することが正式に決まったからよろしくな」
「あ、そうなんですか。前からそんな話を聞いてましたけど、確定したんですね。でもどうしてですか?」
……同行する教師が増えた理由は立花優莉を始めとした女子バレーボール部員が有名になりすぎたために監視と保護を強化するのが目的だ。
こいつらをネット上で少し……下品な方向で調べると身体的特徴を捉えて揶揄するような書き込みがたくさんが出てくるし、実際に昨年はなんと宿泊先に不審者まで出没している。
無論、滞在している宿泊先もきちんとしたセキュリティ意識を持っている。が、前回大会時に、ある雑誌の記者でありながら「松原女子高校関係者なのですが、本日こちらを訪れると聞いていませんか」などと学校関係者を自称した者がおり、宿泊先としては仮にもしそれが事実なら無下に追い返せないと強い姿勢で臨めず、ひと悶着あったらしい。
また、佐伯先生も若い女性で、古い人間は無条件で彼女を格下に見てくるケースもある。
そこで宿泊先には俺が、大会中の移動には上杉先生がそう言った輩への対策として同行することなった。
とは言え、そんなことを生徒達に明かす気はさらさらないのであらかじめ考えていた言い訳を言う。
「お前達から見れば佐伯先生は立派な頼れる大人なのかもしれないが、俺から見れば教師2年目の新米だぞ。というか今回の優勝候補で特にお前は日本代表のエースでもあるんだろ?
となるとメディアの取材だってある。生徒を引率しつつ、取材も受けつつ、大会運営や宿泊先と交渉する、なんて一人じゃ無理だ。だから俺達も協力することになった。上杉先生が選ばれたのは前回大会で同行したことで多少ノウハウがあるからで、俺が選ばれたのは都平というかバレー部の主将の担任だからだ。というわけで細かい面倒なことは先生が引き受けるからお前達は大会だけに集中しろ」
言い訳と言いつつ、最後の『大会だけに集中しろ』は本音だ。雑音に気を取られることなくバレーをやって欲しい。
「そうだったんですね。冬休み中になんかすいません」
「気にするな。こうして良いことで仕事が増えるのは歓迎だ。上杉先生なんか『私は年末にウインターカップの引率があるんですけど、それで年始は春高ですか』ってぶつぶつ言ってたけど気にするな。口元笑っていたから」
「あ~。凄くわかります」
同僚の上杉先生は高校生の頃に野球で甲子園に出場したことで脳を学生スポーツに焼かれてしまった先生だ。スポーツで全国大会に行くから協力してくれ、と言えば口では文句を言うが、内心はよろこんで協力してくれる。
「それに泊まる宿は結構いいとこだぞ。正直、学校の部活レベルで泊まる宿じゃない。これも立花が有名になったおかげで結構な寄付金が今年も集まってな。おかげで、いい宿に泊まるのに遠征費は無しの方向になりそうだ。そうそう、朝食もお前にあわせて和食にしてくれるそうだ」
「ソ、ソウナンデスカ。ワ~ウレシイナ」
??心なしか応答が硬い。立花的には寒いので受け答えにも影響が出ているのだろうか?
「それにしても陽ねえ遅いなあ。どこで遊んでるんだろ?」
「いやいや無茶言うな。お前達2年生がスタートしてまだ1時間たってないからな」
松原女子高校の生徒数は各学年に約二百人、3学年合計で合計で六百人強となっている。
それだけの大人数が一斉にスタートすると、いくら車と人通りの少ないコースを選んでいるとはいえ、公道を走る以上は流石に交通の妨げになってしまうので、3年生から順に30分ずつスタート時間をずらしている。
15キロを完走するのに必要な時間は各人の運動能力に大きく左右されるが、目安として60分内に走り切れるような生徒は日頃から長距離走用の練習をし、運動能力も高く、加えて長距離走の走り方がわかっている者。目の前の立花優莉を除けば毎年全学年を通じて1人出るかどうか、というレベルである。ちなみに去年も立花優莉以外に60分以内に走り切った者はいない。キロ4分を15キロ、1時間続けるのは女子高生には相当ハードルが高い。
現実的なところでは60分台で完走する生徒が各学年で何名か出てくる、というレベルである。
立花姉は運動能力が高く、背も高い。腰の位置も高いことから脚も長く、長距離を走るうえでは理想とされるストライド走法に向いた体格をしている。
が、去年の今頃は毎日とは言わないが、週に何度かバレー部は鬼のように走り込みをしていたが、今年は練習メニューが変わったのかそれが見られない。つまり日頃から長距離走用の練習をしているとは思えない。おそらく立花姉が完走に要する時間は75分前後だろうな。
15キロを75分以内で完走するには平均キロ5分を維持し続ければ達成できる。女子高生が15キロを75分以内に走り切れれば大したものだ。実際長距離走向けでなくとも運動部で日頃から鍛えている連中はこの辺のタイムで完走している。
平均キロ6分で走り続けた場合は90分で完走できる。運動能力が高い帰宅部、文化部か、緩い運動部に所属している生徒はこの辺りになる。
ボリュームゾーンは完走まで90~150分かかる場合であり、正直俺達はこの辺りの生徒達のことを考えてスケジュールを組んでいる。
ちょっと前に立花妹が完走後受け取った豚汁に対し、「具たくさんですけど去年程具に味が染み込んでない」と愚痴っていたが、そりゃそうだ。染み込む前にお前が受け取っちゃったんだよ。
もし仮に来年も今年と同じくらいのタイムで走った場合、立花妹は今年よりさらに酷い、具材は下茹でしただけで碌に味のついていない豚汁を味わうことになるだろう。
運動が苦手な生徒は3時間以上かかる。しかし、それでも走って完走した、という実績はそうでない生徒に比べ成績が良くなるのは当然だろう。
時刻は11時半手前。3年が10時、2年が10時半、1年が11時にそれぞれスタート。
3年生はそろそろ走り始めて90分経過することもあって目の前のゴール付近にはちらほら3年生の学年色である緑色の体操服の生徒が見えるようなってきた。
そんな時間帯なので当然赤色の体操服を着た2年生の姿は見えない。
ちなみに生徒はゴール付近に設置した電光掲示板のタイムを自分で確認して記録用紙に記入するが、その掲示板が突然壊れた場合や、あるいはゴールすることに一生懸命で自身のタイムを確認し忘れた生徒のために俺もゴール地点で生徒のタイムを計測している。
流石に十人単位で一斉にゴールされたら全員の記録は間に合わないし、そもそも千人以上のタイムを全て俺一人で確認するのは無理なのであくまで予備である。
立花妹は立花妹でそんなに寒いのが嫌ならもう帰ってしまってもいいし、せめて風の当たらないテント内で姉を待っていればいいものを、わざわざ風の当たる屋外のゴール付近で俺と一緒に立花姉を待っている。
一応、先に帰れ、は酷いと思ったのでそんなに寒ければ風の当たらない更衣室で姉を待っていたらどうかと提案はしたが、立花妹の回答はここで姉を待つ、だった。
お前、本当にお姉ちゃん大好きだな。
そうこうしているうちに、緑色にまぎれて赤色の体操服が見えた。あれは――
「羽村!ラスト!60分きれるぞ!」
我が陸上部の長距離走のエース、羽村だ。
檄が届いたのか、最後の力を振り絞ってのゴール。記録は――
「凄いぞ。羽村!59分55!60分きれたな!」
これは凄い。最近の練習メニューの消化具合からもしかしたらとは思ったが、見事だ。
「はぁはぁ……2キロ……過ぎから、はぁはぁ……村井さんと前島さんにつかまって……そこから13キロ過ぎまではぁはぁ……ずっと並走で……私は陸上部だから、負けられないって……」
村井と前島につかまったのか。羽村は6組で体育の授業はその2人とは違う時間帯に受けているから知らないだろうが、この時期の3-4組合同の体育の持久走では村井と前島が先頭争いを繰り広げている。あいつらもかなり――
「あ、玲子と未来だ」
俺が倒れ込んでいる羽村に目を向けているうちに先ほど話に出ていた村井と前島の姿を立花妹はみつけたようだ。
ラストスパートで競る様子はいつもの体育の授業を思い出す。結果は――
「しゃ!!!玲子に勝った!」
「くっ……」
今日は僅差で前島が勝ったようだ。記録は2人とも61分32。
……立花妹もそうだが、村井にしろ、前島にしろ、全国大会に出るレベルで部活動をやってなければ是が非でも陸上部に入ってもらい、その後、長距離走を本格的に学んでいれば高校駅伝で全国制覇も夢ではない逸材なんだがなあ……
「ねぇねぇ!3人とも陽ねえを見た?もうすぐ帰ってくるよね?」
俺の個人的願望など知らぬ立花妹はまだ力尽きて倒れ込んでいる3人に能天気なことを尋ねる。
「え?優莉ちゃんのお姉ちゃん?ごめん。見てない」
「あぁ?陽菜?見てねーぞ」
「陽菜はスタート付近で見かけたくらいで後はずっと3人で並走していたからわからないな」
案の定の回答をする3人。あのなぁ、無茶言うなよ……
「立花。お前のお姉ちゃんは多分あと20分くらいすれば戻ってくるぞ」
立花姉の体育の授業の様子を考えるとそれくらいだろう。それを伝えると立花妹はマフラーで鼻から下が隠れているにもかかわらず見た目にもわかりやすい絶望的な表情を浮かべた。
顔のつくりの良い奴が顔芸をすると面白いな。
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その後、ほどなくして2年生5番手としてバスケ部の鍋川が駆け込んできた。
とにかく走りまくるスポーツだけあって、バスケ部員が校外を走っている姿をよく見る。故に走り慣れているのだろう。
陸上部顧問としては羽村がメンツを立ててくれたが、他2年生陸上部員が続かないのが歯がゆい。まあ、同じ陸上競技とは言え、他の2年は短距離走者か、投擲種目の選手だから仕方ないのだが……
そうこうしているうちに、3年生の塊が――っと。
「あ、陽ねえだ!陽ねえ!」
ちょっと前までしおしおだった立花妹が立花姉を見かけると急に元気になって手を大きく振り出した。だから子供か。……子供か……
周囲の3年生と比べて速い速度でこちらに向かってくる赤い体操服を着た生徒が2名。都平と立花姉だ。
……2年生6番手と7番手はバレー部か。日頃から走り込んでいるバスケ部には負けるのは仕方ないが、そうでないバレー部に負けるのはちょっと悔しい。
そんな中で都平と立花姉がほぼ同着でゴール。記録は74分44。妹がおかしいだけで1キロ5分以下で15キロ走り続けるのは女子高生が簡単に達成出来る記録ではない。見事。
「陽ねえ遅い!ねえ、寒いから帰ろ!ね、ね!」
「ちょ、ちょっと。……お姉ちゃん……はぁはぁ、走り終わった、ばかりだし……ってちょっと!」
だから俺がねぎらいの言葉でもかけてやろうかと思ったら妹が姉を抱えてどこかに行ってしまった。
多分更衣室に向かったのだろう。そのまま着替えさせて帰る算段か?
まあそれでもいいんだが、ちゃんと記録用紙に記録書かせてやれよ。というかまずは一息入れさせてやれよ。
姉妹仲がいいのは結構なのだが、高校生の姉妹ってあんな感じなのか?少し子供すぎないか?
まったく。日頃の言動を見てるとやっぱりあれはそんな風に見ることは出来ないな、と改めて感じた。
寒さで優莉ちゃんは多少年齢退行しています。